第4話【問題用務員とピニャータ】
回想開始。
『異世界にはピニャータというものがあって』
『何その愉快な名前』
『くす玉みたいなものを棒で叩いて中身を出させたら勝ちみたいな』
『ほう』
『くす玉というものが、ちょうどこんな肉塊みたいな……まあくす玉はもう少しメルヘンチックなのだが』
『つまりこれをボコボコにすればいいってこと?』
『そういうこと』
『採用』
回想終了。
「おらァ、まだ壊れねえのか!!」
「いい加減にしろぉ!!」
「しぶといね!!」
ユフィーリア、エドワード、ハルアの3人はどこから調達したのか不明な棍棒で大講堂の外扉に張り付いた肉塊をボコボコにしていた。
生々しい肉の表面を叩くたびにべちんばちんと音が聞こえてくるが、そんなことなど知ったことではないとばかりに殴りに殴る。もはや3人がかりである。『ピニャータ』とやらのルールを知らないので、とりあえず問題児の中でも特に戦闘能力に秀でた馬鹿野郎どもで袋叩きにしていた。
しかし、意外とこの肉塊は頑丈な様子でなかなか壊れる気配がない。肉をぺちぺち叩く感触だけがあるので、何だかこれから料理でも作っているような気分になる。
ある程度ボコボコにしたところで、ユフィーリアは殴る手を一旦止めた。
「どうする、これ。一向に壊れねえけど」
「もう表面を切っちゃえばぁ?」
エドワードの提案に、ユフィーリアも「そうだな」と同意する。
意外としぶとい頑丈さを見せる肉塊を、このまま馬鹿正直に棍棒で殴り続けていても体力を削るだけである。肉塊に暴行の限りを尽くしていたので年越しパーティーから締め出しを食らった苛立ちはどこかへ消えたが、今度は体力まで使い果たしそうだ。
それならいっそ、強制的に中身をぶち撒ける手法を取った方がいいだろう。刃物を使えるのはユフィーリアとハルアぐらいしかいないが、刃さえ通らなかったらもうあとは燃やすしかない。最終手段、ショウによる「燃えちゃえ☆ふぁいやー」で終わりだ。
雪の結晶が刻まれた煙管を銀製の鋏に切り替えたところで、ユフィーリアははたと気づく。
「待てよ」
「何よぉ」
「これぶち破ったら、血飛沫とか出てこねえか?」
現在、問題児はいつもの動きやすい格好ではないのだ。女性陣は煌びやかなドレスを身につけ、化粧までしっかりやってお洒落をしている訳である。男性陣もタキシードを着込んでパーティーの雰囲気に合わせた服装をしていた。
もし肉塊をぶった斬ったとして、表面から血飛沫が吹き上がったとすれば全身血まみれになることは間違いない。ドレスを鮮血で濡らした状態で年越しパーティーに参加する気はないのだ。
少し考えて、ユフィーリアは「もういいや」と言う。
「年越しパーティーは諦めよう。お前ら、あとで食堂に侵入して溶岩ピザ焼いてやるからピザ年越しパーティーしようぜ」
「ついでに購買部でお酒とジュースも買おうよぉ。学院長のツケでぇ」
「オレ、リタにごめんねって謝っとこ」
「切り替えが凄いのヨ♪」
「そんなユフィーリアの切り替えの速さも好きだぞ」
どうせ年越しパーティーの会場から締め出された身である、今更こんなお洒落をしていても無駄だ。それなら普段の動きやすい服装に戻って、肉塊で思う存分に遊んだ方がいい。
ユフィーリアは右手を掲げて魔法を発動し、ドレスから普段の肩だけが剥き出しとなった黒装束に着替えた。せっかくコテまで使って巻いた髪の毛は適当に手櫛で整え、汗を掻いたせいで溶け出してきていた化粧は魔法で転送させたタオルで拭い落とした。もはやこのあとから年越しパーティーの参加を許されたとしても参加する気はなさそうである。
同じく、エドワードやハルアもタキシードの上着を脱ぎ捨て、首元を飾る蝶ネクタイをぶん投げていた。整髪剤まで使って固めた髪もぐしゃぐしゃと手で掻き乱して、血まみれになる覚悟を決める。
すでに体力を使い果たして離れた位置から見守っていたアイゼルネとショウは、
「全く、おねーさんのお化粧だって無料じゃないのヨ♪」
「アイゼさん、わざわざ特殊なお化粧まで頑張っていましたもんね。年越しパーティーに参加します?」
「おねーさんだってする気ないわよ、今更♪」
アイゼルネも締め出された際の苛立ちが蘇ってきたようで、ぷりぷりと怒りながら魔法で転送してきた南瓜のハリボテを被っていた。せっかく特殊化粧まで使って顔の傷跡を隠してきたというのに、その労力は無駄足に終わってしまった。
ショウも年越しパーティーに参加する気はすでに失せたようで、整えた長い黒髪を髪紐で縛ってポニーテールにまとめていた。タキシードの上着は炎腕に預かってもらい、蝶ネクタイも外してしまう。彼に取っては初めての年越しパーティーだったのに、こんな結末を迎えてしまうとは運が悪い。
その時、
「貴様!! 何をしている!?!!」
怒号が耳を劈いた。
振り返ると、何やら化粧が溶けたボロボロの道化師が息を切らせながら駆け寄ってきていた。乱れた黒髪、派手な道化師用の衣装から察するに年越しパーティーの余興を任された道化師か何かだろうか。
ショウは彼の顔に見覚えがあったようで、指を差すなり「変顔で誤魔化そうとした低能な道化師さんではないですか」なんて言う。おそらく年越しパーティーが始まる前にやってきていた道化師で、彼にお笑いバトルを仕掛けたのだろう。
見た目がとんでもなくボロボロの道化師は、ユフィーリアたち問題児を睨みつけるや否や即座に人差し指と中指を組み合わせて印を結ぶ。見たことのない動きであった。
「おのれ魔女め、我が野望を阻止するとぎゃん!?!!」
道化師の呪詛は、最後まで放たれることはなかった。
大股で歩み寄ったユフィーリアが、棍棒で道化師の横っ面をぶん殴ったのだ。3回転半ぐらいしながら吹き飛ばされた道化師は、ぶん殴られた頬を押さえて呆然とユフィーリアの顔を見上げている。
同じように、問題児全員で仲良く棍棒を構えた。肉塊よりも殴った時の反応が面白い奴が現れたのだ。悲鳴すら上げない気持ち悪い見た目の肉塊をぶん殴るよりも、多少痛がってくれる道化師野郎をボコボコにした方が苛立ちも紛れるというものである。
そんな訳で、
「おらァ、お前がピニャータになるんだよ!!」
「脳漿を撒き散らしなぁ!!」
「生きて帰れると思うなよ!!」
「おねーさんの時間を返してヨ♪」
「俺は初めての年越しパーティーだったんですよ!!」
「ひでッ、げふぁッ、や、やめて、ゃ、死ぬ!!」
棍棒で容赦なく道化師をボコボコにする問題児。見た目は暴行現場で即逮捕になりそうなものだが、年越しパーティーを締め出されたことで苛立ちが溜まっている問題児に常識を説いても無駄である。
殴られる道化師の彼は、頭を守る為に背中を丸めて縮こまるしか出来なかった。それでもなお問題児の力の方が強いので、激痛が絶え間なく襲いかかってきている。あのままでは冥府の法廷に立たされるまで時間の問題だ。
そんな暴行現場に、聞き覚えのある声が響いた。
「ユフィーリア、何をやってるの!?」
「暴行現場!?」
「何故に棍棒で……?」
「や、止めるのじゃ止めるのじゃ!! ゆり殿、正気に戻っておくれぇ!!」
棍棒を振り下ろす手を止めて、ユフィーリアたち問題児はゆらりと顔を上げる。
大講堂の裏手に駆け込んできたのは、七魔法王の男子勢であった。グローリア、スカイ、キクガ、そして八雲夕凪の4人の他に多少の教職員が控えている。息を切らせて駆けつけたようだが、どこか他の原因もあって疲れているように見えた。
飛んで火に入る夏の虫、とやらである。問題児を年越しパーティーの場から締め出した張本人たちが目の前に現れたのだ。もし仮にそうでなかったとしても、理由が明かされない限り彼らは犯人のままである。
つまり、こういうことであった。
「お前もピニャータにしてやろうか!!」
「締め出した張本人たちが常識をほざいてンじゃねえ!!」
「ぶち殺してあげるね!!」
「おねーさんの無駄になったお化粧品と時間を返してちょうだイ♪」
「ふぎゃーッ!!」
「え、ちょ、何ぎゃーッ!?」
棍棒片手に襲いかかってくる問題児を相手になすすべなく、うっかり大講堂の裏手に様子を見にきてしまった連中は、全員仲良くぶん殴られて頭にたんこぶを作る羽目になった。
《登場人物》
【ユフィーリア】「お前がピニャータになるんだよ!」の台詞が気に入った。
【エドワード】手加減しないで殴っても壊れない肉塊の頑丈さに驚き。
【ハルア】壊してもいいだなんて最高だね!!
【アイゼルネ】せっかく化粧をしたのに無駄になってご立腹。
【ショウ】燃やしたら全部終わらないかなぁ。