第2話【問題用務員と肉塊】
年越しパーティーに遅刻しただけで締め出しを食らった。
「あの野郎!!」
「学院長、酷いよぉ!!」
「まだ何もしてないでしょ!!」
「こんなのってないワ♪」
「善良な用務員をこうして事前に締め出して喜ぶ趣味がおありとは軽蔑します、学院長。隠している官能小説の位置を全公開した上で、全文公開までやってやりましょうか」
押しても引いても開かない大講堂の扉の前で、問題児たち5人はぶーぶーと文句を垂れていた。
何かやったと疑いにかかる人がいるとあれだが、まだ問題児は問題行動を起こしていないのだ。今回に限って言えば年越しパーティーの開始時刻から1時間も遅刻したぐらいだが、あれは参加時間も自由なパーティーなので何時に会場へ向かおうが構わない訳である。
毎年、ユフィーリアたち問題児も全力でお洒落を楽しんだり、時にはコスプレをしてウケ狙いで参加したりするので、年越しパーティーの開始時刻から大幅に遅れて会場に向かうのだ。去年までは締め出しを食らうことなどなかったのに、今年になって遅刻が許容されないなんて聞いていない。
綺麗な青色のドレスでお洒落をした銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは「クソが!!」と口汚く吐き捨て、大講堂の扉を思い切り蹴飛ばす。
「はあー、萎えたわ萎えた。ふざけんなよクソがよ、たかが1時間の遅刻で締め出しとかあり得ねえわ」
「だよねぇ、いつも遅れたって何も言わなかったじゃんねぇ」
悪態を吐くユフィーリアに同調するかの如く、エドワードも頷く。
「むしろ『ようやく来たの?』って感じだったじゃんねぇ。副学院長もいつもだったら最後の方にちょっと顔を出して終わりでしょぉ」
「そうヨ♪ おねーさんのお化粧時間ぐらいはちょうだいヨ♪」
アイゼルネも頬を膨らませて応戦した。
彼女の場合、いつもは南瓜のハリボテで覆い隠している頭部を晒して特殊化粧も駆使して今日という日に臨んできたのだ。『女性の身支度の時間は長い』という常識をご存知ではない魔法使いどもが年越しパーティーを運営すると面倒である。
同じく、今日の年越しパーティーの為にタキシードまで用意してちゃんとした格好をしているハルアとショウもお怒りモード全開である。
「せっかくリタとダンスのお約束したのに!!」
「ユフィーリアとダンスがしたかったのに!!」
「お、ハルは誘われたのか?」
「んん?」
ユフィーリアの冷やかすような質問に、ハルアは特に疑問を抱くことなく平然とした口調で答える。
「リタがね、ちっちゃな声で『だんす……』って言うからね、踊ろうって誘ったんだよ!!」
「そうかぁ」
ハルアの言葉にユフィーリアは苦笑するしかなかった。
どうやらうら若き魔女の卵は、淡い想いを寄せる少年をダンスに誘う勇気は出せなかったらしい。学院長に真っ向から意見できるぐらいの肝の座り具合を見せつけるぐらいだったが、初めての恋には彼女のいつもの度胸も形無しである。
ユフィーリアは小声で、
「リタ嬢は自分から誘えなかったかぁ……」
「何かおかしかったかな!?」
「いや、リタ嬢の度胸なら自分から言い出せると思ったんだけどな」
「こういうのって男の方から誘うんでしょ!? エドに教わったよ!?」
ハルアの言葉に、ユフィーリアは思わずエドワードの顔を見上げる。
エドワードは弁明するようにユフィーリアとアイゼルネを手招きした。
もちろん、彼はリタの恋心に気づいている。ショウも同様だ。彼女の勇気ある行動に水を刺すような鈍感野郎ではないとユフィーリアも頭の中では理解しているが、はてどんな言い訳が飛んでくるか。
声を潜めたエドワードは、
「あのままハルちゃんに何も教えないでいたらぁ、年越しパーティーの会場の中心で馬の被り物をしてブレイクダンスをするところだったんだよぉ」
「何でそんな路線に突っ走っちまったんだ」
「俺ちゃんが聞きたいよぉ。ショウちゃんが『それはまたの機会に』って軌道修正してたからぁ、おそらくショウちゃんが何か余計なことを吹き込んだかと思うけどねぇ」
「ショウ坊、お笑いの道はまだ諦めてなかったのか……?」
以前、あれほど父親のキクガから「お笑いは諦めた方がいい」と言われていたのに、まだお笑いバトルを目論んでいるのだろうか。まあ、今回はハルアの奇行を止めるのに一躍を買ったので不問とする。
「じゃあ今年はどうするのヨ♪」
「参加できないしねぇ。ハルちゃんもリタちゃんと踊れなくてしょんぼりしちゃってるしぃ」
見れば、ハルアが大講堂の扉を見つめながらちょっぴり肩を落としていた。そんな彼の背中を撫でて後輩のショウが慰めている。
せっかく今年になって出来たばかりの同年代の友人、しかも女子とのダンスパーティーである。この機会を逃せば彼のモテ期など訪れないかもしれないのだ。身内の恋路を観察――ではなくて、交友関係の維持に務めるのも上司の役目である。
ユフィーリアは顎で大講堂の外側を示し、
「舞台裏から侵入してやる。ただで許すと思うなよ、舞台から虫の幻影でも見せてやらァ」
「さすがユーリぃ」
「そこに痺れちゃうワ♪」
「お約束……」
「ハルさん、大講堂の裏側から侵入すればいいだろう。大丈夫だ、我々問題児に不可能はない」
そんな訳で、年越しパーティーの会場に侵入したら何をしてやろうかと問題行動を画策しながら、問題児は大講堂の裏手に移動するのだった。
☆
大講堂の裏手には小さな扉が設けられている。
この扉は、大講堂の内部から見えないように演者を移動させる際に設けられた外扉である。特に大講堂を使用する演劇などは、演者をわざと大講堂の出入り口から登場させる為に外を移動することもあるのだ。
その外扉から舞台袖に侵入してやろうと思ったのだが、
「あん?」
「何よぉ、これぇ」
「お肉!!」
「気持ち悪いお肉だワ♪」
「わあ……」
大講堂の裏手に移動した問題児が目の当たりにしたものは、ビクビクと脈打つ巨大な肉の塊だった。
桃色の表面に血管のようなものが浮かび、ビクンビクンと全体的に脈動している。外扉全体を覆い隠すように、あるいは塞ぐようにして張り付いている肉の塊は簡単に引き剥がせそうにない。肉の繊維らしきものが扉の隙間から侵入しているので、より強固なものになっていそうだ。
見た目が人間の内臓に似ているので、なかなか気持ち悪いものである。迂闊に触れば病気になりそうだ。
ユフィーリアは顔を顰め、
「気持ち悪いな、おい。何だこれ」
「ユーリは見たことないの!?」
「ねえな」
ハルアの問いかけに対し、ユフィーリアは首を横に振る。
こんな物体、長いこと生きてきたが見たことがなかった。こんな見た目の気持ち悪い物体が存在し、目の前に現れたのだとすれば七魔法王の決議など取らずに速攻で終焉に導いてやるところである。
ただ、こんなものをこんな場所に置いておくということは、学院長であるグローリアが何らかの実験でもやっていたのだろうか。魔法の実験をしていると周りが見えなくなって迷惑をかけるのは、彼の悪い癖である。
しかし、困った。
この巨大な肉塊が大講堂の外扉を封じてしまっているので、これでは年越しパーティーの会場内に入り込む方法がなくなってしまった。
「クソがよ、会場に入れねえんじゃどうしようもねえや」
「転移魔法とかどうなのぉ?」
「それがよ、何か徹底的に排除してえのか知らねえけど転移魔法が弾かれるんだよな」
エドワードの指摘通り、ユフィーリアも何度か転移魔法を試そうとしたのだが、その度に邪魔が入るのだ。よほど学院長殿は問題児の年越しパーティーの参加を許してくれないご様子である。
そんな訳で、問題児もイライラが溜まっていた。誰かに殴り掛かりたこの暴力性を、どこかで発散する必要があった。
しかし、都合のいい人間はいない。あるのは見た目が最悪の気持ち悪い肉塊ぐらいである。このデカブツを爆破させて遊べば苛立ちも紛れるだろうか。
そこで、
「ユフィーリア、ユフィーリア」
「何だ、ショウ坊。今ちょっとイライラしてるから、回答が厳しくなっちゃうぞ」
年越しパーティーの会場から締め出されてイライラが最高潮に達したユフィーリアに、最愛の嫁であるショウがそれはそれはとても素敵な笑顔でこう言った。
「異世界のお祭りには、こういう文化があってだな」
嫁の口から語られるその『内容』に、ユフィーリアは即座に「やろう」と返していた。
《登場人物》
【ユフィーリア】締め出された問題児。何か裏手に回ったら肉塊があるんですけど?
【エドワード】この肉は流石に気持ち悪いから食えない。
【ハルア】リタとダンスのお約束が……としょんぼり気味。
【アイゼルネ】せっかくお洒落したのにと憤慨。
【ショウ】あの大きさの肉塊なら、あのお祭りが出来るのではないかと期待。やってみたかったんだ♪