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第1話【学院長と年越しパーティー】

 年越しパーティー当日である。



「賑やかなものだね」


「ッスねぇ」



 煌びやかに飾り付けられた大講堂を眺めて、ヴァラール魔法学院の学院長であるグローリア・イーストエンドはしみじみと呟く。


 本日はヴァラール魔法学院の年末最後の行事である『年越しパーティー』の開催日だ。参加者の生徒や教職員はみんなドレスやタキシードなどの正装に身を包み、この日の為に招聘した楽団が奏でる音楽に合わせてダンスを披露したり笑い合ったりしている。

 会場には食事も用意されており、温かい料理から冷たく提供される料理、さらには甘いものまで多岐に渡って揃えられている。その場で料理を作って提供する形式もあり、真っ白なコックコートに身を包んだ料理人が巨大な肉の塊を薄く切り分けて皿に盛り付けている様を、1学年らしい生徒たちが期待の眼差しで見つめていた。


 ヴァラール魔法学院の副学院長であるスカイ・エルクラシスは、ただでさえ猫背気味な姿勢をさらに曲げてため息を吐く。



「めんどくさ……」


「せっかくの年越しなんだから楽しみなよ」


「嫌ッスよ、こんな人が多いんだもの。パーティーとか最も面倒臭いものじゃないッスか」



 うんざりとしたように言うスカイに、グローリアは肩を竦めた。


 副学院長なのだからという理由で年越しパーティーの場に引き摺り出したが、乗り気じゃないからかまあ非常に面倒臭そうであった。毎年引きこもりのように魔法工学準備室に立てこもって魔法兵器の設計に明け暮れているのだから、せめて今年ぐらいはまともに参加してほしいというグローリア自身の願いが込められていた。

 そんな訳で、正装に疎いスカイも無理やりお洒落をさせた次第である。パーティーという場に相応しいようにタキシードを着させ、毒々しい色合いの赤い髪は整髪剤で綺麗に整えた。ここまで飾るのにかなり労力を要した。問題児は常にお洒落だが、毎度この苦労を味わっているのか。


 首元を飾る蝶ネクタイを鬱陶しげに指先で摘むスカイは、



「いつもの長衣ローブじゃダメなんスかぁ」


「ダメに決まってるでしょ、パーティーだよ」


「だって身内しかいないじゃないッスか」


「少しは威厳を持ちなよ、副学院長なんだから」



 呆れた口調でグローリアは言う。いつもの厚ぼったい長衣で参加すれば、年越しパーティーではなく仮装パーティーみたいになるではないか。



「あら、学院長に副学院長。ご機嫌よう」


「ルージュちゃんも今日は着飾ってるね」


「当然ですの。年越しパーティーですもの」



 すると、給仕から配られただろう葡萄酒の硝子杯を揺らしながら、真っ赤なドレスを身につけた魔導書図書館司書――ルージュ・ロックハートがスカートの裾を摘んで挨拶をしてきた。

 年越しパーティーの場だからか、普段も着ている赤いドレスはより扇状的な意匠となっていた。胸元の部分は大きく開き、豊満な胸の谷間を強調されて妖艶な空気を醸し出す。逆に細い腰を見せつけるかの如くコルセットを巻き、ドレスの裾から垣間見える真っ赤なヒールはピカピカに磨き上げられていた。かなり気合が入っているご様子だ。


 コテを使って巻かれただろう燃えるような赤い髪を手で払い、ルージュは真っ赤な口紅を引いた唇を歪めて笑う。



「身内しか参加しないパーティーでも淑女たるもの気が抜けませんの」


「ここにはアンタと結婚したいなんて望む自殺願望者はいないッスよ」


「誰が婚活を望んでると言ったんですの、すかぽんたん!!」



 人間の心を搭載していない魔族のスカイにバッサリと切り捨てられ、ルージュは眉を吊り上げて怒声を上げる。果たしてそのつもりが本当にないのか疑問だが。



「おお、学院長殿。第一席から第三席まで揃うとは奇遇じゃのう」


「あ、八雲のお爺ちゃん」



 人混みを縫うようにしてやってきたのは、植物園のお飾り管理人である八雲夕凪だ。さすがに本性である白い狐の姿では会場に相応しくないと珍しく良識が働いたのか、現在の彼は白髪の美丈夫姿に変化していた。

 極東で祀られている豊穣神らしく、身につけているのは黒色の袴と着物である。洋装ばかりの年越しパーティーでは浮いた格好だが、極東に於ける最重要の礼服と考えれば正装なのかもしれない。踊ることに適していないが、本人は踊るつもりなど毛頭ないのだろう。


 気さくに挨拶を交わす八雲夕凪の姿を目の当たりにしたスカイとルージュは、



「その格好だと、爺さんってよりお兄さんッスよね」


「細いのでわたくしの好みではありませんが、見てくれだけは整っていますの」


「何じゃ急に、色々なところから刺しおって。褒めてるのか貶しているのかどちらかにせい」



 急に2人から何か色々な評価を下され、八雲夕凪は不満げに唇を尖らせた。人間の心を搭載していない悪魔野郎と、筋肉重視の変態淑女の評価など当てにはならない。



「ところできくが殿とりりあ殿はどこじゃ?」


「まだ会場にいないんじゃないのかな」


「今回、珍しくキクガさんが問題児を頼ったみたいッスよ。『洋装がしたい』とな」


「興味ねえんですの」



 そんな情報交換をしていた刹那のこと、年越しパーティーの会場内が俄かに騒がしくなった。


 何かと思って振り返ると、ちょうど男女の2人組が年越しパーティーの会場にやってきたところだった。幼い少女をエスコートする長身痩躯の男性は黒く艶やかな長髪を整髪剤で整え、年越しパーティーに相応しく着飾っている。すらりとした形のタキシードは彼自身の足の長さを強調させ、飾り帯の存在が腰の細さを際立たせていた。身長の高さも相まって、会場内の注目を集めている。

 エスコートされている側の少女は、純真さを体現するかの如き白いドレスを身に纏っていた。白い薔薇やレース素材などがドレスの随所を飾り、さながら童話の世界から飛び出したお姫様のような可憐さがある。結婚装束を想起させる純白のドレスで、胸元に縫い付けられた真っ赤なリボンが目を引いた。透き通る金髪も可愛らしく整えられ、薄く化粧まで施されている。


 2人の男女はグローリアたちの存在に気づくと、迷いなく近づいてきた。



「この度は年越しパーティーに招待いただき、感謝する訳だが」


「こんばんは、皆様」


「うわ、キクガ君とリリアちゃん? 凄いお洒落にしてもらったねえ!?」



 2人の普段の格好を知るグローリアは、目を剥いて驚きを露わにした。


 冥府の役人として陰気な神父服姿をしているキクガは華やかなタキシードを着ているし、聖女として活躍するリリアンティアは厳粛な修道服を脱ぎ捨ててドレス姿をお披露目していた。とんでもなくめかし込んでいる様子で、気合の入り方が窺える。

 キクガもリリアンティアも、少しばかり照れながら「エドワード君に見繕ってもらった訳だが」「身共も、母様に色々とドレスを見てもらいました」と言う。やはり問題児が関わっていたようだ。



「で、そのユフィーリアたちはどこに?」


「先に身共たちのお着替えをしてしまいましたので、あとから遅れるそうです。特にアイゼルネ様はお時間がかかるようで」


「ああ、確かにアイゼルネちゃんは時間がかかりそうだね」


「そうです。珍しく南瓜の被り物はせずに、しっかりお化粧をしてから年越しパーティーに参加するようですよ」


「え、珍しいね」



 常にどんな時でも南瓜のハリボテを外さない問題児のお茶汲み係が珍しいことを言い出すものだ。それほど、今年の年越しパーティーには気合も入っているということだろう。


 すると、緞帳が下りていたはずの大講堂の舞台が、唐突に幕を開けた。

 ガラガラの舞台に立っていたのは、派手な衣装を身につけた道化師である。余興の時間はまだ先のはずだが、何をしようとしているのだろうか。


 俯かせた顔は伺えず、黒い髪もボサボサ。舞台に立つのに相応しい格好とは言えない道化師は恭しく一礼をして、



「紳士淑女の皆々様方」



 言う。



「贄となっていただきます」



 ――舞台上から何かが飛んできて、視界が暗転した。



 ☆



「あれ?」



 大講堂前の扉までやってきたのは、問題児の5人だった。


 今まで着替えと化粧などで時間がかかっていたのだ。特にアイゼルネは「今年は南瓜のハリボテも被り物も仮面もしないワ♪」と気合十分で、入念に化粧までしてばっちりめかし込んできたのだ。おかげで年越しパーティーの開始時刻より1時間ほど遅れてしまったのだ。

 ところが、大講堂の扉が開かないのだ。ガチャガチャと扉を押しても引いても開く気配がない。内側から鍵がかけられている訳ではないようだが、開かないのは何故だろうか。


 大講堂の扉の前で立ち尽くす銀髪碧眼の問題児筆頭――ユフィーリア・エイクトベルは、目を剥いて叫んだ。



「嘘だろ、締め出された!?」



 まだ何もしてねえだろ、という問題児の怒声は、静かな校舎内に消えていくのだった。

《登場人物》


【グローリア】去年の年越しパーティーでユフィーリアに強制的にバニーガールにさせられた。

【スカイ】いつもは参加したくなくて強制的にグローリアが引きずってくるのだが、去年はバニーガールに変身したグローリアが迎えにきちゃったので今年は身構えた。

【ルージュ】去年はユフィーリアの手によってバニーガールにさせられた。高いヒールで頭を踏んづける姿が写真に撮られ、購買部で売り捌かれたのはいい思い出。

【キクガ】いつもは和装だが、今年は息子の前で格好つける為にタキシードを着てみた。

【八雲夕凪】全員タキシードだろうが知ったことか。洋装は首が詰まるんじゃい。

【リリアンティア】今年も問題児に相談してドレスを見繕った。キクガがエスコートを申し出てくれて嬉しい。


【問題児5名】年越しパーティーにちゃんとお洒落して参加しようと会場に向かったら締め出された。何で?

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