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第4話【異世界少年と漫才】

 異世界文化『漫才』を記憶の限りで披露中、観客が気絶してしまった。



「…………ショウ、これは」


「…………」



 話の途中だったのだが、ショウとキクガは床に伏せてピクリとも動かない観客たちを静かに見下ろす。


 これは、あれだろうか。つまらなかったから「聞くに耐えない」という主張で気絶してしまったのか。床に伏せているので彼らの表情が窺えない。

 あまりにもつまらなさすぎて笑わないというのはよくあることだが、この光景は見覚えがない。もしかしたら認識していないだけであるのかもしれないが、床に伏せてしまうほど酷かっただろうか。


 親子で困惑するショウとキクガは、



「面白くなかった、ということなのだろうか」


「やはり漫才はレベルが高すぎたのではないのかね」



 キクガがポンと息子の肩を叩き、



「ショウ、今からでも遅くない訳だが。お笑いバトルは諦めなさい、私が責任を持ってその道化師とやらを冥府に引き摺り込む訳だが」


「父さん、遠回しにそれは『道化師を殺す』と言っていないか?」



 息子の敵は父の敵を体現しすぎる父親である。ショウも売り言葉に買い言葉的なアレであの道化師との勝負を受けてしまったが、もうキクガに冥府へ引き摺っていってもらうしかなさそうだ。罪状は『つまらなかった罪』である。

 何だか急にその方面がよさそうな気がしてきた。つまらないお笑いは見る価値がなく恥を晒すだけならば、いっそのこと対戦相手を冥府に引き摺っていってもらって勝負そのものをなかったことにしよう。


 すると、



「ユフィーリア、ちょっといいかな?」



 用務員室の扉が外側から開かれた。


 姿を見せたのは、ヴァラール魔法学院の学院長であるグローリア・イーストエンドだ。その手には何やら紙束が握られており、紙面には人物名と時間帯が並べられているようだった。おそらく年越しパーティーの余興のスケジュールか何かだろう。

 彼は床に伏せたままピクリとも動かないユフィーリアたち問題児を眺めて、動きを止める。紫色の瞳をぱちくりと瞬かせ、非難するような視線をショウとキクガの2人に投げかけた。どうやら殺害を疑われているようだった。


 ショウとキクガは揃って首を横に振ると、



「違います」


「違う訳だが」


「いやいやいやいや、信用できない信用できない」



 グローリアはショウとキクガの言葉を真っ向から否定すると、



「キクガ君はまあ、地雷原を踏んだら他人に手をかけそうだけど。ショウ君はあれかな? ユフィーリアをついに剥製にでもするつもりかな?」


「私にどういう印象を抱いているのかね」


「ユフィーリアの剥製も捨て難いですが、やはり最愛の旦那様は動いて喋って呼吸している方が好きなのでやらないですよ」


「捨て難いって考えたことはあるってこと?」



 怪しむような視線を向けてくるグローリアに、ショウとキクガの心は一致した。

 このままでは問題児殺害の容疑をかけられたままになってしまう。校内に喧伝される前に、彼にはここでオネンネしてもらう方がいい。


 そんな訳で、



「学院長、異世界文化の体験のお時間です。5分ほどお時間もらえますか?」


「グローリア君、悪いようにはしない訳だが」


「何なに何なに、怖いんだけど怖いんだけど怖いんだけど!?」



 ショウとキクガはグローリアの腕を掴み、用務員室に引き摺り込む。怯えるグローリアは2人の腕を振り払おうとするものの、元より力が弱い学院長に抵抗する術などなかった。

 哀れ、学院長はいとも簡単に用務員室へ引き摺り込まれ――地獄を見る羽目になる。



 ☆



 グローリアを無理やり用務員室に引き摺り込み、ショウとキクガは居住区画に引っ込む。それから簡単にネタとして使えそうな話を合わせて、居住区画から出てみた。



「「どうも〜」」


「ッ!?」



 驚いた様子のグローリアの表情が飛び込んでくる。


 殺されるのではないかと身構えていたら、いきなり漫才が始まれば誰だって警戒するし驚きもする。グローリアの反応は当然のものだった。

 ショウもキクガも「自分は何をやっているんだろう」という気分だった。だが見られてしまった以上は学院長にもオネンネしてもらう必要がある。多少の恥は風化すると信じるしかない。



「父です」


「息子です」


「「よろしくお願いします〜」」



 ヤケクソで異世界文化『漫才』を再現するショウは、とりあえず会話を切り出す。



「父さんは何か生き物を飼ったことはあるか?」


「生き物かね?」


「犬とか猫とか、可愛いには可愛いのだがやはり飼育は大変だろう。生きているのだから命の責任というものがあるし、飼育にはお金がかかるし」


「確かに病院代はペットを飼育する上で必要な出費になる訳だが」



 キクガも会話に乗ってくれる。


 この辺り、実は碌に話し合ってはいないのだ。キクガに「こんなような話を振るから」と言うと、彼は決まって「承知した」と返すだけである。本当に分かっているのか謎だ。

 そんなやり取りしかしないものだから、結果的にああなってしまった訳である。滔々とボケていく父親が空恐ろしく感じた。「まさか本当にやっていないだろうな」なんて頭の中に思い浮かんだほどだ。


 キクガは朗らかに笑うと、



「実は私も以前、ペットを飼っていたことがある訳だが」


「父さんもペットを? もしかして俺が生まれる前の話か?」


「ああ。妻と結婚する前の話、それはそれはまあ馬鹿な犬を飼っていた訳だが。私にいっとう懐いていてな、尻尾を振って駆け寄ってくるわ他の女性に吠えまくるわで大変だった訳だが」


「ご主人様思いで可愛いではないか」


「まあ確かに見てくれだけは可愛かった訳だが」


「何と言うお名前だったんだ?」


「カオリという名前な訳だが」


「犬種は?」


「人間」


「ちょっと待ってくれ、父さん」



 父の知らない一面が垣間見えて、ショウは思わず待ったをかけてしまった。いくら何でも人間を飼うなど倫理的にもアレである。



「母さんと結婚する前の話だから、父さんもしかして元カノを犬みたいに飼っていたのか?」


「元カノ? 勝手に駆け寄ってきて勝手に尻尾を振ってくる野良犬の雌な訳だが?」


「さっき飼っていると言っていたではないか!?」


「ショウ」



 キクガは静かにショウの名前を呼ぶと、



「さすがに冗談だ」


「じょ、冗談……?」


「そうだとも。いくら何でも、私が人間を飼うなんてあり得ない訳だが」



 笑い飛ばすキクガに、ショウは心の底から安堵した。


 父親がまさか人間を飼っていたなんて特殊性癖が世に知れたら、息子としてどう接していいか分からなくなるところだった。世界で最も尊敬する人間である父親の阿呆な姿は家族として見たくはない。

 正直な話、人間の1人や2人ぐらいは飼っているのではないかと思っていたのは否定できない。それぐらいに威厳があるというか、たまに怖いのだ。



「ペットの話で思い出した訳だが。以前、ヴァラール魔法学院の魔法動物飼育領域に迷い込んだ時に、不思議な動物を見かけた訳だが」


「どうしてそんな場所に迷い込んだのかという疑問はあるのだが、一応話だけは聞こう。どんな動物だったんだ?」


「爬虫類だろうか。女の上半身と蛇のような下半身が特徴の合成獣だ」


「ああ、魔法学院だからそれぐらいはありそうだ」



 名門魔法学校なのだから、それぐらいの奇妙な魔法動物がいてもおかしくはない。世の中には鳥と人間の女性を融合させたハーピーなる魔法動物もいるぐらいだから、ショウにとっては驚きも何ともないのだ。



「なるほど、誰かしらが飼育しているのだろうか」


「ああ、何せ檻に入れられていた訳だが」


「まあ、そうだな。女の人の下半身が蛇になっているから、危険な魔法動物だろう」


「確かに危険そうだ。何せあの檻には紙縒こよりと鈴が大量に括り付けてあって」


「父さん、それは明らかに『危険』で済ませていいものではないな。あと魔法動物でもないし、一気に怪物具合が高まったぞ?」



 話の雰囲気が変わったことにより、ショウは目を剥いた。

 もしかしなくても、これは元の世界で実しやかに囁かれていた怪談ではないか。嘘か本当か分からないあの話は非常にスリルがあり、初めて聞いた時はワクワクしたものだが、まさか父親の口からその話が語られるとは思わなかった。


 さらに話を進めようとするのだが、



「おや、ショウ。グローリア君が白目を剥いて気絶をしてしまった訳だが」


「学院長!?」



 長椅子に座ってショウとキクガの漫才に耳を傾けていたはずのグローリアが、どういうことか白目を剥いて気絶していた。学院長が晒していい顔面ではない。

 やはりあまりにもつまらないが故に、気絶する他はなかったのだろう。どうか目を覚ました時には記憶から抜け落ちていることを願うしかない。


 キクガは用務員室の惨劇をぐるりと見渡し、



「仕方がない訳だが。彼らを保健室に運ぼう」


「そ、そうだな。炎腕にも手伝ってもらおう……」



 ショウは自分の子分のような存在である腕の形をした炎――炎腕を呼び出そうとして、ふとキクガに視線をやる。



「父さん」


「何かね?」


「父さんのそれは作り話だろう? 元の世界で有名な怪談が語られるから驚いたぞ」


「…………」



 ショウの言葉に対して、キクガはグローリアをひょいとお姫様抱っこしながら曖昧に笑っただけだった。



「父さん?」


「さて、保健室保健室」


「父さん、作り話だろう? 作り話だよな、父さん。父さん?」


「これは何往復かしなければならない訳だが」


「父さん、話を逸らさないでくれ!! 父さん!?」



 何やら話が聞こえていないフリをする父親に取り縋り、ショウは「冗談だと言ってくれ!!」と懸命に訴えるのだった。


 ちなみにキクガは最後まで聞こえないフリをしていた。

 つまりは、そういうことである。

《登場人物》


【ショウ】父がボケるたび、それが本当の話に聞こえてくる不思議。え、本当にそんな話があったのか?

【キクガ】別に嘘はついていない。本当に何か檻があったし、中身の怪物? 冥府に連れて行ったが?


【グローリア】問題児に余興の相談をしたら異世界文化『漫才』を体験することによって、酸欠を味わった。

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