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第3話【問題用務員とお笑い】

 どうやら、年越しパーティーで呼ぶ道化師がショウの怒りの琴線に触れたらしい。



「それで『お笑い』か」


「我慢できなかったんだ……」



 しょんぼりと肩を落としたショウが言う。


 納得したユフィーリアだが、彼の説明を聞いて「じゃあお笑いをやるか」という判断が出来ずにいた。というのも、ユフィーリアはお笑いが何たるかを理解していないのだ。

 こればかりは魔法の知識があったところでどうにもならない。魔法で無理やり笑わせようものなら、それはもはや呪いの類か精神に異常を来していることが予想されてしまう。


 難しげな表情で腕を組むユフィーリアは、



「悪いな、ショウ坊。さすがに今回ばかりは手伝えねえぞ」


「そんな……!!」



 ガーン、とばかりの反応を見せるショウ。他人を笑わせることに関して何の知識も経験もない以上、協力を申し出て失敗した時が恐ろしいのだ。



「だって『お笑い』なんて分からねえし」


「大丈夫だ、ユフィーリア。貴女は生きているだけで面白いから」


「生きてるだけで面白いって何? 褒め言葉?」



 ユフィーリアはぷいぷいを抱っこしたまま用務員室の隅にちょこんと座るハルアに視線をやり、



「ハル、お前は止められなかったのか?」


「オレが気づいた時にはショウちゃんが喧嘩を売ったあとだったよ!!」



 ハルアもこればかりは反応に困った様子である。後輩を止められずにここまで来ちまったようだ。


 そんな状態で、この世界のお笑いの定番である『道化師』と真っ向からお笑いバトルなるものをやるのかと考えると頭を抱えたくもなる。道化師の定番のネタと言えば変顔だが、芸が上手い道化師だと変顔だけで大爆笑を取れるので難しいところだ。

 果たして異世界のお笑いが通用するのか謎である。そもそも異世界のお笑いとは一体何をするのか。ショウが怒り狂って喧嘩を売ってくるぐらいだから、変顔だけで他人を笑わせて満足させるようなお笑いとやらを見てきていないのだろう。


 すると、



「ショウ、お笑いがやりたいのかね?」


「父さん!!」


「はい、お父さんな訳だが」



 ショウが救世主を得たとばかりの反応を見せ、状況が変わる。


 なるほど、キクガも異世界出身なので異世界のお笑いとやらに造詣が深い。ショウの期待通りのお笑いが出来るかもしれないのだ。

 これはお笑いバトルにも光明が見えてきた。もしかしたら道化師に勝てる見込みがあるかもしれない。素人には変わりないが、勝てる可能性があるならそれに越したことはないのだ。


 息子の華奢な肩をポンと叩いたキクガは、



「諦めなさい」


「父さん?」


「お笑いの世界は厳しい訳だが」


「父さん、協力してくれるとかそういう話ではなかったか?」


「誰もそんなことは一言も言っていない訳だが」



 父親は予想以上に厳しかった。

 凄え慈愛に満ちた笑顔で息子の肩を叩き、自らが協力を申し出るかと思いきや、まさかのこの仕打ちである。現実の厳しさを教えてやるのも父親の務めということか。


 ショウはキクガに縋り付くと、



「父さん、酷いことを言わないでくれ。そこは『出来る限り協力しよう』と言うところだろう?」


「時には現実の厳しさも知るのが大事な訳だが、ショウ」


「甘やかしてくれ!?」


「甘やかすと君の為にならない訳だが」



 そんな親子の応酬を眺め、エドワードが一言。



「ショウちゃんとキクガさんの2人でやればどうにかいいところまでは出来るんじゃないのぉ?」


「ああ、なるほどな。出来そうだな」



 エドワードの言葉にユフィーリアは納得したように頷く。


 先程のやり取りと言い、キクガとショウは2人組で真価を発揮するお笑いを出来そうである。変顔で身体を張る必要もなし、豊富な語彙力で笑いを誘う可能性は十分に考えられた。

 現に天然をかます父親に、息子は懸命にツッコミを入れているのだ。これはもしかしたらこの世界のお笑いとして通用するかもしれなかった。


 キクガは「いやいや」と否定する素振りを見せると、



「ユフィーリア君、お笑いというものは非常に厳しい世界な訳だが。そんな一朝一夕でどうにか出来る訳がない」


「父さん」



 エドワードの言葉とユフィーリアの納得を受けて、ショウの中では何かの覚悟が決まったようであった。赤い瞳に決意を滲ませ、父親の顔を厳然と見上げる。



「父さんにとって、用務員のみんなはどんな立ち位置なんだ?」


「それはもちろん」



 キクガはさも当然とばかりに言い放つ。



「愛すべき義息子と義娘な訳だが」


「父さん、それはおかしい。各ご家庭のご子息、ご息女をそんな簡単に実子認定するのは間違っているのでは」


「何を言うのかね。ショウが世話になっている先輩たちはみな私の可愛い子供な訳だが?」


「その理屈はおかしい」



 そこまでやり取りをして、ショウは何やら希望に満ちた表情でユフィーリアに振り返った。彼も父親のボケに勝利の道を見出したのだ。



「父さん、一緒にお笑いをやろう。そしてあの変顔しか出来ないふざけた道化師を負かそう」


「私かね? 構わないが、出来るだろうか」


「絶対出来る、大丈夫だ問題ない」



 ショウはどこか自信ありげにそう宣言すると、父親の手を引っ張って居住区画に姿を消した。何やら話し声が聞こえてくるので、おそらく打ち合わせの真っ最中なのだろう。



「どうなるかね」


「まあ、見てみなきゃ始まらないよねぇ」


「わくわく!!」


「楽しみネ♪」


「ええと、これは身共は見ていてもいいのでしょうか。お笑いというものをあまり理解していないのですが……?」


「私もついていけていないので同じです」



 居住区画に消えた異世界出身の親子が披露するお笑いとやらを、ユフィーリアたち問題児とリリアンティアとリタは静かに待つのだった。



 ☆



 10分程度で話し合いがまとまったようで、居住区画から2人揃って仲良く出てきた。



「「どうも〜」」



 そんな挨拶を経てから、



「父です」


「息子です」


「「よろしくお願いします〜」」



 意外とノリノリで自己紹介まで始めるアズマ親子。軽快な挨拶と自己紹介までの流れが完璧で引き込まれる。



「最近、旅行に行きたいなと思っているんだが、この年末は特に忙しくて。どこかでゆっくり過ごしたいなと考えてて」


「なるほど」


「父さんは俺以上に忙しいだろう。どこかに旅行とか出かけないのか?」


「確かに忙しいと言えば忙しい訳だが、休暇を取るのは不可能ではない。現にこの前、同僚を2人ほど連れて極東の山奥まで小旅行に出かけた訳だが」


「ほう、極東。いいところだ、山奥だから自然も豊かでさぞ癒されただろうなぁ」



 軽快なやり取りが続いていく。

 内容は『旅行』に関する話題だった。話題提供までの流れがスムーズで、口調もやや速めなのでよく聞いていないと聞き逃してしまいそうになる。それも計算のうちなのだろう。


 ユフィーリアたちはこの異世界文化『漫才』を知らないのだが、自然と聞き入ってしまう魅力に囚われていた。もう異世界のお笑いの虜である。



「その山奥には小さな村があって、以前は仕事で訪れてとても歓迎された訳だが。食事も美味しく、村民の方々も温かみあふれる人々ばかりで居心地がよかった。その話をしたら同僚2人も興味を持ってくれて、今回の小旅行ではその村を再度訪問しようという話になった訳だが」


「ふむふむ」


「1週間で廃村になっていてな」


「何で?」



 話の空気が急に変わった。



「おかしくないか、父さん。1週間前にはちゃんとした村だったのだろう? たった1週間で廃村になるのはおかしくないか?」


「居場所も間違いないから多分場所そのものは合っていると思う訳だが。ただ山賊などのせいで廃村になったという話もあり得る、誰か生き残りはいないかと我々も村人を探した訳だが」


「ああ、山賊。なるほど、その可能性もあったのか……」


「それで、10分ぐらい探してようやく第一村人を発見した訳だが」


「ぶ、無事だったのか?」


「ああ、無事だったとも。確か……」



 そこで唐突にキクガは自分の両足を揃え、何やら奇妙な格好で左右に首を振りながら歩き始めた。両手を足にピタリとくっつけた姿勢は、実に奇妙である。



「こんな感じで歩いてきて」


「父さん、それは人間ではないではないか。明らかに何かまずい怪物ではないか」


「そんなことはない。確かに頭は風船のように膨らんでとても大きかったが、人間な訳だが」


「頭が風船のように膨らんでとても大きいのが人間の特徴に見えるのか、父さん?」



 ショウは自分の頭を父親の両手で鷲掴みにさせると、



「父さん、よく触って確かめてくれ。俺の頭は、その廃村で見かけた人と同じぐらいに膨らんでいるか?」


「いいや、小さくて可愛い頭な訳だが」


「そうだろう、父さん。頭が風船のように膨らんだその人は、すでに人ではないんだ」


「いやしかし」



 キクガはショウの頭を撫でながら言い淀み、



「あの廃村、火事になって燃えてしまったからなぁ……」


「どうして?」


「経緯は省略するが、私のせいだ」


「経緯は省かないでほしかったなぁ、父さん!!」



 アズマ親子の漫才は続いていく。喋りは軽快に、ツッコミは的確に。


 ここで異変と言えば、ユフィーリアたち問題児とリリアンティアとリタの存在である。先程から一言も発さないのだ。

 それもそのはず、ユフィーリアたちは全員仲良く突っ伏していた。彼らの漫才がつまらなさのあまり伏せてしまった訳ではなく、逆に笑いすぎたことによる酸欠のせいで気絶を果たしてしまった訳である。


 観客が揃って気絶する中、親子漫才は知らぬ間に続いていくのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】意外とゲラ。

【エドワード】あんな天然ボケと的確なツッコミには無理だった。

【ハルア】すぐに笑っちゃう。

【アイゼルネ】普段は耐えられるはずなのに、異世界文化には流石に耐えられなかった。

【ショウ】お笑いバトルを仕掛けた手前、やけくそで漫才に挑む。


【キクガ】親子漫才のボケ担当。誰もあの話を作り話とは言ってないんだ。

【リリアンティア】お笑いには疎いはずがいつのまにか酸欠で気絶。

【リタ】道化師の芸で楽しめる年齢だったが、異世界のお笑いも楽しいなぁ。

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