第8話【問題用務員とプレゼント】
聖戦は不完全燃焼で幕を閉じ、解散となった。
「クソ、サンタクロースの奴め……」
「花しか出てこないってやっぱり妖精だよねぇ」
「何てこったい!!」
「残念だワ♪」
「がっかりだ」
問題児どもは文句を垂れながら用務員室に戻る道のりを辿っていた。
サンタクロースの袋からはクリスマスローズしか出てこず、キクガの同僚が言うには「妖精が他人の願いを叶えられるような頭脳を持ってる訳なくね?」という至極真っ当な指摘を受けたことで白けてしまい、聖戦は幕を閉じたのだ。サンタクロースという存在には本当にがっかりさせられた。
ちなみにキクガは仕事がまだ残っているようで、今もなおこの深夜のヴァラール魔法学院を彷徨っているらしい。冥府関係者の、しかも冥王第一補佐官殿がわざわざ現世まで出向いて霊魂の回収をするとはご苦労なことだ。霊魂の方も恐縮するに違いない。
散々戦ったことでもうすでに眠いユフィーリアは、
「ッたくよぉ、せっかく絶版された魔導書が手に入ると思ったのに」
「俺ちゃん、レティシア王国に出来たばかりの焼肉店の招待券が欲しかったぁ」
「オレ、冬に出たばかりの運動靴!!」
「秋冬新作の鞄が欲しかったのだけれド♪」
「ユフィーリアのフィギュアは自作するしかないか……」
「ショウ坊、アタシのフィギュアって何?」
「何でもない」
生徒や教職員もそうだが、ユフィーリアたち問題児にも当然ながら欲しいものは存在した。ただサンタクロースから袋を奪い取ることに面白さを見出して聖戦を主導していた訳ではなく、その他大勢と同じような欲望を抱いていたので、自分たちの目的を遂行する為に聖戦を取り仕切っていたのだ。
ハルアやアイゼルネの欲しいものは頑張ってお金を貯めれば手に入るような代物だが、ユフィーリアとエドワードはそうもいかない。エドワードの場合は人気店すぎて招待券の競争倍率が天元突破しており、ユフィーリアに至ってはもはや失われているので絶対に手に入るものではない。サンタクロースにでも縋らなければやっていられないのだ。
何とも腑に落ちないまま用務員室に帰還を果たし、問題児はとっとと寝る準備を済ませる。
「もう年末だから年越しパーティーがあるけどよ」
「今年も美味しい料理が出るかねぇ」
「オレ、ショウちゃんと一緒にダンスをいっぱい考えたよ!!」
「あら、それはぜひ披露してほしいわネ♪」
「年越しパーティーなんかもあるのか。行事が盛りだくさんで楽しいなぁ」
明日以降に控えている行事の内容をあれこれ話し合いながら、ユフィーリアたち問題児は自分のベッドに潜り込む。
――ゴガッ、カサッ、ドスッ、ゴツッ、ゴンッ!!
枕を頭に乗せた瞬間、重量が違う何かがそれぞれの問題児の後頭部を襲いかかった。
「あだッ!?」
「何かあるぅ?」
「いだいッ!!」
「きゃッ♪」
「みぎゃあッ!!」
反応がエドワードだけ違うことに違和感があるのだが、とにかく5人中4人の問題児は頭に受けた激痛にベッドの上をのたうち回った。
特にユフィーリアは酷かった。鈍器で殴られたかのような衝撃を頭蓋骨を通じて脳味噌まで伝わってきたのだ。おかげで目から火を吹くような痛みを味わう羽目になった訳である。
ユフィーリアは右手を振って寝室の明かりを魔法でつけると、
「このッ、聖夜祭がおかしなまま終わって苛立ってるってのに……!!」
悪態を吐いたユフィーリアは、枕元に置いてある何かを確認した。
それは一抱えほどもある大きな箱である。丁寧に包装紙に包まれており、中身を見ることが出来ない。
手に持ってみるとずっしりと重たく、それがまさに頭蓋骨を貫通するほどの激痛を与えた原因であると理解した。こんなありがたみも何も感じないものを誰が置いたのか。
舌打ちをしたユフィーリアは、
「一体誰が押し付けてきやがったんだ? こんな時に……」
ぶつくさと文句を言いながらも、中身は気になるのでユフィーリアは包装紙を破く。すぐ近くで他にもビリビリとか音が聞こえてきたので、他の問題児の枕元にも同様の荷物が置かれているようだった。
包装紙の下に隠されていたのは、真っ黒い箱である。箱の表面には何も書かれておらず、明らかに怪しいものかと疑ってしまう。箱の蓋を持ち上げてみると、中身は箱いっぱいにぎっしりと魔導書が詰め込まれていた。
その魔導書の中身が、
「嘘だろ、アタシが欲しかった絶版した魔導書!?」
ずらりと並んだ10冊の魔導書は、どれもユフィーリアが以前から欲しかった絶版した魔導書であった。すでにこの世から失われてから久しく、読むことが出来ずに肩を落としたものだが、まさかそれらが目の前にこうして存在することに感動を覚える。
偽物か、もしくは魔導書の形を模ったお菓子か何かかと勘繰って箱から1冊取り出してみるも、やはり中身はちゃんと魔導書であった。ずらずらと並んだ文章が動かぬ証拠である。もう眠気も吹き飛んでいた。
欲しかった魔導書が手に入った喜びに似たものは、他も味わっている様子だった。喜びの声が次々と寝室を満たしていく。
「俺ちゃんの行きたかったお店の招待券だぁ!! 競争倍率凄くて抽選外れちゃったのに何でぇ!?」
「凄え!! 出たばっかりの運動靴だ!! オレの欲しかったもの!!」
「秋冬新作の鞄だワ♪」
「そ、そんな、ユフィーリアのフィギュア……しかも8分の1の大きさでここまでの繊細な作り込みは感動しちゃうぞ……!?」
エドワードは焼肉店の招待券、ハルアは集めている運動靴の最新版、アイゼルネはレティシア王室御用達の鞄店が発売した新作、ショウはやけに精密に作られたユフィーリアの姿を模した人形を手に喜びを露わにしていた。全員こうして欲しかったものが手に入った訳である。
喜んでいたのも束の間のこと、はたと思い返すと「これは果たして誰が用意したものだ?」と首を傾げてしまう。確かに誰かにこれが欲しいとは言ったような気もするのだが、雑談的なものであっておねだりをした訳ではない。それなのにこうして欲しいものが揃ってしまうと、何か怪しいものを疑ってしまう。
喜びの雰囲気が一気に萎み、ユフィーリアは欲しかった絶版の魔導書を箱の中にしまった。
「え、だ、誰が……?」
「誰が置いたのぉ……?」
「分かんない!!」
「もしかして問題児を陥れようとする罠かしラ♪」
ガタガタと震え始めるユフィーリア、エドワード、ハルア、アイゼルネをよそに、ショウはいそいそと枕元にフィギュアを飾って布団に潜り込む。
「ありがとう、サンタさん」
ショウだけは誰が置いたものなのか分かっているようだった。
☆
『ところでキクガよ、仕事と言って現世に出向いているのだろうが本当は仕事ではないのだろう』
「仕事な訳だが」
『嘘をつけ。霊魂の回収は送迎課の担当だから、繁忙期でもない限りはお前がやる必要などないだろうに』
カタカタと歯列を震わせて喋る髑髏と共に、キクガは深夜のヴァラール魔法学院の校舎内を当て所もなく彷徨う。
本当に仕事ではあった。ただしそれは本業とは何ら関係のない業務である。息子が生まれてから物覚えがつく頃に離れ離れとなってしまったので、果たせなかった責務をようやく果たすことが出来たという訳だ。
先程までの聖戦とは打って変わって静まり返る校舎内に、キクガの静かな声が落ちる。
「父親として、大事な仕事な訳だが」
『そうか。それはお前が、最近やたらと現世で買い物をしていたのも何か理由があると』
「当然な訳だが」
『人形の作り方を唐突にオレへ教えを乞うたのも?』
「もちろん」
『異世界の文化か?』
「そうだとも」
髑髏から『異世界とは愉快だなぁ』なんて笑う声を聞きながら、キクガは夜の闇の中に姿を消していくのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】絶版された魔導書を読み耽るあまり、夜更かししすぎてエドワードにベッドへ連行されることが増えた。
【エドワード】人気焼肉店の招待券は後輩と一緒に使ってきた。
【ハルア】新しい運動靴をもらってウキウキでお出かけした。
【アイゼルネ】もらった鞄をどんなお洒落に合わせようかワクワクである。
【ショウ】眠る前にユフィーリアのフィギュアを愛でてから寝るようになった。
【キクガ】元の世界に則り、サンタクロースの責務を果たした。エドワードの招待券はたまたまゲット、ハルアの運動靴とアイゼルネの鞄は現世のお店でちゃんとお買い物、ショウのフィギュアは自作、ユフィーリアの絶版した魔導書は冥府の大図書館から引き取ってきた。
【呵責開発課の課長】キクガにフィギュアの作り方を教えた張本人。