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第7話【問題用務員とサンタクロースの袋】

 なかなかサンタクロースがしぶとい。



「この……うぅ……ッ」


「ジジイ、そろそろ大人しくその袋を渡した方がいいんじゃねえか?」



 火炎瓶による援護を受けるユフィーリアは、なおも鋭い眼光で睨みつけてくるサンタクロースを余裕の態度で見返していた。


 何だかぬるぬるの液体爆撃を最愛の嫁がぶちかましたことで、サンタクロースは濡れた自分の衣服を脱がざるを得なくなった。現在は目当ての袋を小脇に抱えた状態の上、むさ苦しい上半身を剥き出しの姿でユフィーリアと応戦している。

 以前からエドワード並みの筋肉だとは思っていたが、顎髭あごひげが発達していることも相まってサンタクロースの剥き出しの肌は毛むくじゃらである。無駄な体毛が多すぎて見ていられない。特に胸元は密林の如く生い茂っており、如何いかに我が部下の肉体美が素晴らしいものかと思い知らされた。今度からは邪険に扱うのは止めようと思う。


 肩で息をするサンタクロースを眺めながら、ユフィーリアもまた内心では冷や汗を掻いていた。



(まずいな、そろそろ。木刀の方が限界そうだ)



 先程から振るう木刀から、ミシミシとかメキメキとか不穏な音が聞こえてくるのだ。そのうち折れそうである。

 新しい木刀を見繕いたいところだが、何故か問題児の姿がない。ここに来た時には一緒にいたはずなのに、どうしてか今はユフィーリアの孤軍奮闘状態だった。


 そんな状況のユフィーリアを、サンタクロースはニヤリと笑い飛ばす。



「ひとりぼっちだと何も出来ないと?」


「うるせえ。出来らァ」



 今まで渡り合ってきたのだ。今更、ひとりぼっちで戦う羽目になったところで文句はない。

 見た目だけは取り繕えている木刀を構えて、ユフィーリアはサンタクロースと向き合う。あと2合、3合と撃ち合ったら木刀の方が先に折れるだろうが、武器は失ってから考えればいい。戦場ではあらゆるものなどぶっつけ本番なのだから。


 その時、



「サンタさんごめんなさい!!」


「ごめんねサンタさん!!」



 火炎瓶と呼ばれる異世界技術のおかげで燃え盛る廊下に、未成年組の必死な声が響き渡った。


 今まで受けていた火炎瓶の支援が、唐突に途絶える。何かと思って見回すと、銀色のお盆を抱えてきたショウとハルアの姿が目に飛び込んできた。

 銀色のお盆に乗せられていたものは、お皿に盛られた大きめのクッキーとコップ1杯の牛乳である。妖精が好むご馳走と呼ばれる組み合わせだ。


 大きなお目目をウルウルと潤ませ、申し訳なさそうな表情を浮かべて駆け寄ってきたショウとハルアの未成年組は、銀色のお盆を差し出して言う。



「サンタさんなんて初めて見るから、ついはしゃいでしまって……本当にごめんなさい……」


「ごめんね、サンタさん。オレもサンタさんが遊んでくれるから、つい楽しくなっちゃって」



 殺す気で木刀によって側頭部を狙い撃ちしたような暴走機関車野郎が言うような台詞ではないのだが、とにかく2人は懸命にサンタクロースへ謝っていた。


 これにはユフィーリアも、そして聖戦参加者の生徒や教職員も困惑した。

 サンタクロースから聖夜祭のプレゼントが詰め込まれた袋を奪うべく、今夜は魔法に頼らない戦法を取ることでサンタクロースを圧倒していた。作戦の内容を考えてくれたのは異世界知識を豊富に蓄えたショウである。ショウ主導のもと色々と用意したのに、謝ってお詫びの品を差し出せば袋を諦めたと言っても過言ではない。


 どう言うべきが正解かと迷っていると、サンタクロースがショウの差し出す銀色のお盆に乗せられたクッキーを鷲掴みにした。



「分かればいいんだ、分かれば。子供は聞き分けがいいのが1番だ」



 そんな上から目線の態度で言いながら、サンタクロースは大きな口でクッキーを頬張る。普段は食べられないものだからか、お詫びの品として出されたクッキーを掴む手に遠慮はない。

 さらに口いっぱいにクッキーを頬張ってから、牛乳をゴクゴクと飲み干す。サンタクロースの喉が上下して非常に美味しそうに牛乳をかっ喰らっていた。


 すると、



「ふう、腹いっぱいだ……」



 そう言うや否や、サンタクロースはその大きな身体を横たえて眠り始めてしまった。何もかもが唐突すぎてついていけなかった。


 大きないびきを掻いて、燃え盛る炎に取り囲まれた状態で呑気に眠るサンタクロース。完全に袋を手放しており、「どうぞ奪ってください」と言わんばかりの放置状態である。念願の袋が手に入る、またとない機会である。

 同時に、これがサンタクロースの演技ではないかとユフィーリアは怪しんでいた。クッキーと牛乳なんていうありふれたものでぐーすかと眠りこけるなど、馬鹿みたいではないか。


 だが、ショウとハルアは何か知っているのか、サンタクロースが手放した袋を何食わぬ顔で奪い取る。



「ユフィーリア、奪えたぞ」


「獲ったどーッ!!」


「あ、うん、ソダネ……」



 今までの死闘は何だったのかと問いたくなるほど、あっさりとサンタクロースの袋が奪えてしまって拍子抜けするユフィーリア。一体どこからそんな知識を身につけてきたのか。



「父さんが、同僚さんとやらに聞いてくれたんだ」


「親父さんが? 何で?」


「仕事な訳だが」


「ゔぁッ」



 闇の中から出現したキクガに、ユフィーリアは飛び上がって驚いた。幽霊かと思った。エドワードとアイゼルネを伴っていなければ殴りかかっていたかもしれない。

 なるほど、冥府関係者は現在の時刻から本格稼働である。霊魂が活発になる時間帯に冥府からの脱走者や冥府に来るのが嫌で現世にしがみついている霊魂などを連れて行ったりするのも、冥府総督府の獄卒の仕事なのだ。


 ユフィーリアはとりあえず燃え盛る廊下を一瞥し、



「サンタクロースの袋は奪えたから消火、あとグローリアと副学院長を呼んでくれ」



 あっさり終わってしまった聖戦に、何とも煮え切らない感じで撤収作業に移るのだった。



 ☆



「サンタクロースの袋を奪えたんだ」


「クッキーと牛乳でな」


「思ったよりも簡単だったね。あの準備は何だったんだろう」


「本当だよ」



 眠るサンタクロースは抵抗されても面倒なので、キクガの冥府天縛によって簀巻きの状態にしてから床に転がしている。今のところ、増援であるトナカイが来る気配はないが、ショウとハルアが対抗策であるニンジンを片手に待ち構えているので問題はないだろう。

 問題のサンタクロースの袋は、ぺたんこの見た目だが持ってみるとしっかりと重量を感じさせる。この中に人々の欲しいものが詰まっていると考えただけでワクワクしてきた。


 ユフィーリアは早速とばかりにサンタクロースの袋を広げ、



「じゃあ中身を取り出すぞ。全員で山分けだからな」


「分かってるよぉ」


「ワクワク!!」


「何が入っているのかしラ♪」


「楽しみだ」



 全員の期待を一身に浴びながら、ユフィーリアはサンタクロースの袋をひっくり返した。


 どさどさどさッ、と音を立てて袋から出てきたものは、大量の赤い花である。幾重にもなった花弁が尖った形をしているそれは、クリスマスローズと呼ばれるこの時期にしか咲かない花だ。

 袋をひっくり返しても、出てくるのはこの赤い花だけである。プレゼントらしいものは転がり落ちてこない。もしかしてこのクリスマスローズこそが人間の欲しいものなのだろうか、と勘繰ってしまう。


 大量の赤い花を前に、生徒や教職員は唖然とする。



「何これ?」


「え?」


「俺、財布が欲しいんだけど……」


「僕は靴が欲しくて……」


長衣ローブが……」



 それぞれの欲望を口にする中、キクガは懐から髑髏しゃれこうべを取り出した。冥府関係者に直通する通信魔法がかけられた専用端末だ。

 額の辺りをコツコツと叩くと、歯列がカタカタと動き出す。『何だ、キクガよ。サンタクロースは捕まえたか?』などと髑髏が喋り出した。


 キクガはその声の主に向かって、平坦な声で問いかける。



「サンタクロースの袋をひっくり返したのだが」


『おう』


「クリスマスローズしか出てこなかった訳だが」


『だろうな』



 声の主は訳を知っているとばかりに、



『そも、キクガよ。日頃から魔法使いや魔女連中がこぞって馬鹿だ何だと揶揄する妖精どもが、人間の欲しいものを察知することが出来ると思うか? あの単細胞どもが人間の欲望を受け止めることなど到底出来んよ、神様でさえ願いを聞くだけしか脳味噌がないのに』


「では人々の欲しいものを出してくれる袋の存在は?」


『最初から眉唾物だ。本当のことを知った古のクソガキが、尾鰭おひれ背鰭せびれをくっつけて子供に流布した阿呆みたいな嘘話だろうな』



 スパン、と切れ味のいい言葉に、聖戦参加者の生徒や教職員たちがこぞって膝から崩れ落ちた。当然、問題児も同じである。

 一方で最初から眉唾と理解していたグローリアとスカイは、やっぱりかとばかりの反応を見せていた。最初から信じていなかったから傷は浅かった様子である。


 キクガの持つ髑髏は歯列をカタカタと揺らして、



『まあ結局は、欲しいものは自分の力で手に入れろってことだな。他人に頼るなということだ』



 その台詞に、崩れ落ちた面々は「ど畜生!!」と声を揃えて叫んでいた。





 ちなみにサンタクロースは、腹いせに顔へ袋を被せておいてヴァラール魔法学院の寒々しい正面玄関に放置しておいた。ただの変態の出来上がりである。

《登場人物》


【ユフィーリア】サンタクロースの袋の中身がただの花でがっかり。腹が立ったので寒空の下に放置してきた。

【エドワード】ただの花が食えると思うかい。

【ハルア】綺麗なお花いっぱい出てきたけど今は欲しくない。

【アイゼルネ】妖精さんだからお花を積んでくるのはメルヘンだけど、こんな山男みたいな見た目の妖精がお花を積んでも可愛くない。

【ショウ】せっかくサンタクロースの袋を奪ったのに……。


【グローリア】やっぱり眉唾だったのでがっかりはあまりしない。

【スカイ】ちょっとだけ信じていたので裏切られた感じ。でも信じていたのは少しだけなので別にそこまで落ち込む訳でもない。

【キクガ】せっかくサンタクロースの袋を奪ったのに、中身が花でちょっと失望。

【呵責開発課の課長】かつてサンタクロースの袋を単独で奪い取り、その中身が花であることを学んだ。勤務中に作るローストチキンは美味えなぁ。


【サンタクロース】さむい。

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― 新着の感想 ―
やましゅーさん、おはようございます!! 今回のお話もすごく面白かったです!!最後のオチに大笑いしました!!サンタクロースとの長年にわたる激戦の果てにこの結末とは・・・ユフィーリアさんたちが白目をむいて…
ドンマイ(;ω;`*) そう言うオチでしたか~
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