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第5話【問題用務員と聖戦】

「おらァ!!」



 裂帛の気合と共に振り抜いた木刀は、見事サンタクロースの眉間を捉える。


 だがその寸前で、サンタクロースが丸太の如く太い両腕を交差させて防いだ。交差させた両腕に木刀の先端がめり込むだけの被害に留められる。

 両腕を交差させて木刀を受け止めたサンタクロースの表情は苦々しげだった。魔法というこの世界ならではの技術を徹底的に削ぎ落とし、サンタクロースの為に考えられた作戦が功を奏した様子である。


 ユフィーリアは「どうしたァ?」と笑い、



「魔法を感知できなかったから危ないってか?」


「小癪な真似を……!!」



 サンタクロースは親の仇でも見るかのような目でユフィーリアを睨みつけ、



「誰の入れ知恵だ!?」


「うちには異世界からやってきた大型新人がいるもんでよ。そいつの世界には魔法が一切ないから、こうして妖精にも対抗できる策をたくさん持ってるのさ」


「何だとッ!?」



 サンタクロースもこの事実には驚愕せざるを得なかったようだ。青い瞳をクワッと剥き出し、それから忌々しげに舌打ちをする。

 今までは魔法に頼り切りの作戦だったから、サンタクロースにも感知されて苦戦を強いられることになったのだ。魔法が関与しなければ、ただの鍛えられたおっさんと何ら変わらない。十分に圧倒できる戦力だ。


 木刀を掴む手に力を込めたユフィーリアは、



「いいからとっととその袋を寄越せェ……!!」


「断るッ!!」



 両腕を交差させてユフィーリアの木刀を受け止めていたサンタクロースは、腕力だけで木刀を払う。


 その力は圧倒的で、華奢なユフィーリアなど簡単に吹き飛ばされてしまった。寝室の床をゴロゴロと転がるが、素早く体勢を立て直す。

 ユフィーリアを吹き飛ばしたことで隙が出来たと勘違いしたらしいサンタクロースが、こちらを一瞥して鼻を鳴らした。愚かなのはどちらか。ここは問題児の巣窟であることをすっかり忘れたジジイなど敵ではない。



「やったらァ!!」


「ごはッ!?」



 背後から音もなく忍び寄ったハルアが、木刀をサンタクロースの側頭部めがけて振り抜く。完全に油断していたサンタクロースは的確にこめかみをぶん殴られてよろめいた。

 まともな攻撃が入ったことに琥珀色の瞳を輝かせるハルアだったが、次の瞬間、彼の顔面めがけて振り抜かれたサンタクロースの丸太の如き腕によって吹き飛ばされていた。軽々と宙を舞ったハルアの姿が寝室の外に消えていく。


 側頭部をぶん殴られたというのに、サンタクロースは身体をよろけさせただけだった。頭を振ると2本の足でしっかりと踏ん張って耐えている。



「ハル、頭を狙うんじゃねえ!! 目当ては袋だから手先を狙え手先を!!」


「顔が凹んだあああああ!!」


「元から凹んでるようなものだろ!!」


「酷いよ!?」



 寝室の扉の向こうからハルアの悲鳴じみた声が聞こえてくる。吹き飛ばされてしまったが無事なようだった。戦力が欠けるのはいただけないので動けるならまだマシである。



「猪口才なッ!!」


「ッ!?」



 サンタクロースがユフィーリアめがけて拳を振り抜いてくる。


 風を切って向かってくる巨大な拳を回避しようとするも、その前に大きな手のひらがサンタクロースの拳を受け止めていた。

 弾かれたように顔を上げると、エドワードが右手1本でサンタクロースの拳を止めていた。問題児――いいや聖戦の参加者の中でサンタクロースの剛腕に匹敵する腕力を有しているのはエドワードのみである。拮抗しているように見えるが、やはり獣人の先祖返りであるエドワードに軍配が上がっている様子だ。サンタクロースの表情は苦しそうだが、エドワードは余裕の態度である。


 エドワードは逆手で握った木刀を、サンタクロースの喉元めがけて一閃する。



「おらァ!!」


「ッとぉ!?」



 サンタクロースは慌てて身を引いて木刀を回避する。回避された木刀の先端が中空を切り、風圧だけが残された。

 舌打ちをしたエドワードは返す刀で再び木刀を振り下ろすも、普段から武器などを使用しないことから力が入っていないようにも見える。片腕だけでの木刀の使用は難しいのだろう。


 振り下ろされた木刀を腕で受け止めたサンタクロースは、



「小癪なァ!!」



 叫ぶと同時にエドワードの振り下ろした木刀を払った。

 力で押し負けると思わなかったらしいエドワードが、驚きに満ちた声を反射的に漏らした。素手喧嘩ステゴロの状態ならばまだしも、慣れない武器での戦闘はやはり無理があった。


 ユフィーリアは即座にエドワードの背後から飛び出すと、



「大人しく袋だけ寄越せ!!」


「ふざけるな小娘如きが!!」



 喉元を狙って突き出した木刀の先端は身を捻ったことで回避され、サンタクロースは忌々しげに大きく舌打ちをした。



「分が悪い!!」



 そう悪態を吐くなり、サンタクロースは身を翻して寝室から飛び出した。その筋肉の鎧で覆われた巨躯から想像できないほど軽やかで素早い撤退である。寝室の向こうから、ハルアの「あッ!?」という悲鳴じみた声が聞こえてきた。


 ユフィーリアたち問題児は、風のように飛び出していくサンタクロースを躍起になって追いかけるなどということなく、ただ黙って見送った。遠ざかっていく夜の闇の中に浮かぶ赤い衣装のサンタクロースの背中を一瞥するだけに留め、それから互いの顔を見合わせた。

 獲物に逃げられて呆然としている、という訳ではない。作戦が上手く運んでいることを喜ぶように、にんまりと悪魔の笑みを見せる。



「上手くいったな」


「次の段取りはぁ?」


「しめしめ!!」


「上手く騙されてくれたわネ♪」


「作戦開始を他の人にも告げよう」



 ショウは窓の外を示し、



「ユフィーリア、頼む」


「おうよ、任せろ」



 最愛の嫁からの要求に、ユフィーリアは笑顔で応じるのだった。



 ☆



 逃げるサンタクロースは、校舎内の異変に気がついていた。



「防衛魔法? いやだが……!!」



 校舎全体に巡らされた防衛魔法は、サンタクロースを閉じ込める為の罠として機能していない。あくまで校舎の崩壊を防ぐ目的でもって、さながら結界のように展開されている様子である。

 こんな山男のような見た目をしていれど、サンタクロースは妖精だ。妖精は魔法の感知能力が凄まじく高いので、当然ながらサンタクロースも展開される防衛魔法の中身について理解する。


 その中身というのが、



「耐火性が高え……炎の魔法でも使ってくる気か?」



 サンタクロースは展開されている防衛魔法に訝しむ。


 防衛魔法は幅広い攻撃やその他の魔法から身を守る為の魔法であり、そこに属性を付与することで該当する障害に特化した障壁になるのだ。今回のように耐火性の高さを極限まで上げた防衛魔法がいい例である。

 耐火性を上げてくるということは、つまり火器を使ってくるということだ。魔法兵器で組み上げた火炎放射器か、それとも炎の魔法か爆発の魔法だろうか。どのみち、魔法が関連していればサンタクロースに敵はない。


 やれるものならやってみろとばかりに鼻を鳴らすサンタクロースだが、





 ――――ひゅーん、どぱん!!





 甲高い音のあとに、爆発音。


 窓の向こうに、キラキラと色とりどりの火花が散る。季節には適していないが花火のようだ。

 おそらく魔法を使用して打ち上げられた花火は、サンタクロースの視界を撹乱する為の罠ではない。キラキラと綺麗だと思うことはあれど、危険さは感じ取れなかった。



「聖戦開始だ、かかれぇ!!」


「おおお!!」


「巻き込むなよ、第1陣は前に!!」


「投擲用意!!」



 サンタクロースの耳朶に触れた声は、問題児のものではない。この魔法学院の生徒や教職員たちによるものだ。


 廊下の奥から続々と寝巻きを身につけた生徒や教職員たちが姿を見せる。その手に握られているのは酒やジュースの瓶のようだが、その飲み口には紙や布で栓が施されていた。

 何をするかと思えば、生徒や教職員たちは瓶の飲み口を塞ぐ紙や布にマッチで魔法で火を灯した。炎の魔法をサンタクロースに向かって放つのではない。めらめらと紙や布が燃えているうちに、サンタクロースめがけて瓶を投擲してくる。


 その全てはサンタクロースまで届かず、手前で落ちて甲高い破砕音を響かせた。粉々に砕け散る瓶。それと共に中身の液体が――、



「ッ!?!!」



 ぼう、と炎が液体に引火してサンタクロースの行く手を阻むように広がる。あっという間に廊下は火の海と化した。

 肌を焼く熱気に、サンタクロースは蹈鞴を踏む。炎の魔法が発火のきっかけとなっているものの、火種に魔法は関与されていない。サンタクロースではこの炎を消すことが出来ない。


 炎の海を前に踏みとどまるサンタクロースに、背後から追っ手が迫る。



「逃げるのは止めたのか?」


「ッ、小娘ェ……!!」



 振り返ると、木刀を手にしたユフィーリアが余裕の態度で笑みを浮かべていた。背後には他の問題児も控えている。

 全て計算のうちとばかりの態度が、サンタクロースとしては気に食わなかった。一体こんな技術、どこで身につけたというのか。


 サンタクロースはユフィーリアを睨みつけると、



「小賢しい真似を!! そこまでして袋が欲しいか!?」


「欲しいさ。自分の欲しいものを手に入れたいと願うのは、人間なら当然のことだろ」



 ユフィーリアは木刀の先端をサンタクロースに突きつけ、



「どうよ、まさにこれが異世界技術の集大成――その名も『科学』だ。うちの大型新人が、お前から袋を奪い取る為にわざわざ考えてくれたんだぜ」



 そうして、ユフィーリアは笑みを消して宣言する。



「――今年は楽に勝てると思うなよ」

《登場人物》


【ユフィーリア】炎の魔法以外で火事になるようなことってあるんだなぁ。

【エドワード】木刀使いづらい。ユーリに渡しちゃダメかな。

【ハルア】サンタクロースに1発叩き込めただけ成長したよ!!

【アイゼルネ】完全に置いてけぼり。元々肉弾戦に向かないから仕方ない。

【ショウ】とうとう異世界技術『科学』をお披露目。カルメ焼きとかべっこう飴とか作ったら、ハルアなら喜んでくれそう。


【サンタクロース】さすがに魔法以外で出された炎に対抗する術を持たない。

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後門の炎!前門の問題児達!サンタクロース(山賊風)はこのピンチをどう切り抜けるのか。次の回に注目だあぁぁぁ!
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