第4話【問題用務員と聖戦開始】
聖戦開始前――就寝前まで時間は巻き戻る。
「待機位置を偽装する」
「偽装? 魔法を使えばいいのか?」
「サンタさんにバレてしまうだろう。魔法を使うのはなしだ」
全員、お揃いの簡素な寝巻きのみを身につけた問題児は、司令官であるショウの作戦内容を傾聴する。
前開きとなるありふれた意匠の寝巻きは、ユフィーリアが今回の聖戦に向けて仕立てたものである。普通の衣服に備わっている閲覧魔法を防止する為の魔法などを織り込ませることのない、本当にごくごく普通の布地によって構成された寝巻きだ。これもサンタクロース対策である。
ショウは自分の寝床の布団を捲り、そこに丸めた毛布と黒色の髪の毛が特徴的なカツラを配置する。布団を元に戻すとまるで誰かが眠っているかのように見えた。
「このように寝ていることを偽装する。寝息や寝言、いびきなどは各自で出来る限り演技してくれ」
「そんな無茶な」
「やれば出来る。大丈夫だ、どうせサンタさんなんてそこまで見ていない」
真剣な表情でショウに言われてしまうと、何故か出来そうな予感がしてくる。見事な嫁マジックである。
「布団上下させたりとかどうするの!?」
「そこは目の錯覚だ。寝ていることを偽装して、寝息まで完璧に表現できれば脳味噌で上手い具合に補完されると思う」
ハルアの単純な疑問に答えたショウは、
「まあこれで騙されたら、サンタさんの脳味噌が阿呆ってことになってしまうが」
「妖精って全体的に阿呆だからそこは信用してもいいと思う」
「簡単な嘘にも騙されちゃうもんねぇ」
「その分、仕返しが酷いんだけどね!!」
「おねーさんは何も言ってないわヨ♪」
「ユフィーリアとエドさんとハルさん、まるで体験したかのような口振りだがまさか妖精さんをいじめたか?」
ショウの素直な疑問に、ユフィーリアは曖昧に微笑むだけに留めた。
実際、妖精とやり合ったのは随分と昔のことである。今でこそよき隣人とか言われている妖精たちだが、悪戯好きで事あるごとに悪戯を仕掛けられていたのはいい思い出である。悪戯をされるたびにやり返していたのでおあいこだ。
軽く咳払いをしたショウは、
「あとは本日の武器はこちらだ。購買部で出来る限り購入してきた」
そう言って、ショウが掲げたものは木刀である。極東地域のお土産の代表格である、木を削り出して作られた模造刀だ。お土産としてもらったら悩むもの第1位である。
彼が抱えている本数は5本――この場にいる全員分の木刀が用意されていた。購買部に木刀が置かれていたことに驚いたものだが、あの購買部は大体何でも揃うので木刀を置いていても不思議ではない。
ショウは木刀をユフィーリアたちに渡しながら、
「潜む場所はベッドの下だ。ユフィーリアには俺のベッドの下に潜んでもらう」
「え、いいの? ベッドの下に何も置いてない?」
「置いていないが?」
「何だ……」
「明らかにしょんぼりしないでくれないか。何を期待していたんだ」
あからさまに肩を落とすユフィーリアに首を傾げるショウは、
「サンタさんの狙いは俺だと思う。学院長から借りた魔導書には『サンタクロースのプレゼント配布の対象年齢は18歳未満』とあったから」
「なるほどな」
ユフィーリアは納得したように頷いた。
サンタクロースのプレゼント配布の対象となるのは18歳未満というのは、この世界の成人年齢に紐づいている。18歳以上はもう大人ということになるのだ。
その理屈で言うなら、永遠の18歳であるハルアはすでにプレゼントをもらえない年齢に達している。問題児の中でサンタクロースからプレゼントの配布対象に選ばれたのは15歳のショウだけだ。
つまり、ノコノコとショウにプレゼントを持ってきたところを襲いかかれば問題なしという訳である。
「そんな訳で、聖戦前の最後の作戦だ。あとは昼間、俺が立てた作戦通りに」
「了解」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
「分かったワ♪」
そんなショウの号令を経て、ユフィーリアたち問題児は天蓋付きベッドの下に潜り込んでサンタクロース到来をひたすら待ち続けるのだった。
☆
聖夜祭の深夜を迎えた。
「暇だ」
「ぐうぐう」
「すぴすぴ!!」
「♪」
「むにゃ……」
「お前ら、狸寝入りだってのは知ってるからな。せめてアタシの退屈を紛らわせるような話題を投げかけろやこの野郎」
ショウのベッドの下に潜り込んだユフィーリアは、小声で他のベッドの下に潜り込んでいる問題児の仲間たちに呼びかける。
時刻は深夜を迎え、そろそろサンタクロースが到来する時間帯となった。少しでも寝ていることを偽装する為に寝息を立てるふりやいびきを掻く素振りを見せるものの、演技もだんだんと飽きてくるのが問題児である。
ユフィーリアは最初こそ真面目に作戦へ取り組んでいたのだが、やはり『面白さ』がなければ途中で放り出す問題児であった。もう潜むことも早々に飽きて、ベッドの下に積もった埃を手で集めていた。そろそろ大掃除でもするかと頭の片隅で余計なことを考える。
「サンタクロースって今どこにいるんだろうな。副学院長に聞いたら現在視の魔眼を使ってくれねえかな」
「ゆふぃ、いあ。しずか、してあい、とぉ、ばれむにゃむにゃ」
「ショウ坊、結構おねむか? 滑舌がふにゃふにゃになってねえか?」
「むにに」
ユフィーリアのベッドの下に潜むショウは、何とか頑張って起きようとしている努力は見られるものの、やはり滑舌が驚くほどふにゃふにゃである。今頃、猫のように伏せて眠気を懸命に耐えていることだろう。
どうせなら可愛い嫁の格好を眺めていたいところだが、サンタクロースの袋を強奪するという野望がある。せっかくショウが自慢の脳味噌をフル回転させて立案してくれた作戦だ。必ず成功させなきゃ彼に申し訳が立たない。
すると、
――がちゃ。
寝室の扉が外側から開かれる。
「――――ッ」
ユフィーリアは己の呼吸を最小限に抑える。
他のベッドからはエドワードたちの睡眠状態を偽装する演技が聞こえてくる。わざとらしい寝息だし、これまたわざとらしい寝言やいびきも聞こえてくるが相手が気づいた様子はない。
ギシギシと床板を軋ませて、ユフィーリアの潜むベッドに誰かが近づいてきた。僅かな隙間から垣間見えるのは、頑丈な素材で作られた真っ黒なブーツを履いた足だった。おそらくサンタクロースで間違いないだろう。
息を潜め、ユフィーリアは木刀を握り直す。ここからが正念場だ。
「――――、――」
何やら相手は嗄れ声でブツブツと独り言を呟いているが、布の中身を漁るような音が耳に触れた。今がその時だ。
ユフィーリアはベッドの下から手を伸ばし、サンタクロースの赤いズボンの布を掴む。布を掴んだ途端、サンタクロースの身体が驚愕で跳ねた感覚が伝わってきた。
それもそうだろう。何せ今日の為に徹底的に魔法を排除してきたのだ。罠魔法も偽装の魔法も、アイゼルネに頼んで幻惑魔法すらも使用していない。今日という聖戦の為に準備したのだ。
「よう、待ってたぜ」
ベッドの下から這い出てきたユフィーリアは、目の前の相手に向かって大胆不敵に笑む。その動きに合わせて他の問題児もベッドの下から木刀を片手に這い出てきた。
絵本の中や子供たちが語るような、ふくよかな体格と豊かな顎鬚の優しげな見た目のお爺さんではない。真っ赤に染められたサンタクロースの衣装の下から浮き彫りになるのは、エドワードに匹敵する彫像めいた筋肉の鎧である。白髪に埋もれるようにしてユフィーリアを見据える青い瞳は鋭く、サンタクロースというより歴戦の殺し屋か傭兵と言った方が正しいかもしれない。
皺が目立つものの鍛えられた大きな手で真っ白な袋を掴んでいる。汚れすら見当たらないその袋こそ、ユフィーリアたち聖戦の参加者が求めて望む『サンタクロースの袋』だ。サンタクロースは反射的にその袋を己の身体に引き寄せるものの、もう色々と遅い。
「1年ぶりだな、サンタクロースよォ」
ユフィーリアはサンタクロースに木刀の先端を突きつけると、
「今年こそはその袋をもらうぜ、覚悟しろ!!」
そう宣言すると、髭面の筋肉野郎に向かって襲いかかった。
《登場人物》
【ユフィーリア】ベッドの下には何も置いてないか……そうか……。
【エドワード】ベッドの下はちょっと窮屈なので早く出たい。
【ハルア】ベッドの下は狭くてワクワクするので定期的に潜みたい。
【アイゼルネ】これ無事に出られるか心配。主に胸がつっかえないか。
【ショウ】時間帯も時間帯のせいでおねむ。
【サンタクロース】未成年を対象にプレゼントを配りにきた聖夜祭の妖精さん。その見た目はふくよかなお爺さん……ではなく筋骨隆々の山男。