第3話【サンタクロースと聖戦開始】
聖夜祭、その夜のことである。
――――しゃんしゃん、しゃんしゃん。
鈴の音が白銀の星々の瞬く夜空に響く。
ポツリポツリと綿雪が聖夜祭を祝福するかのように降る中、空飛ぶソリが僻地に佇む名門魔法学校を目指していた。
赤と緑を基調とし、随所に金色の模様を施した特別製のソリである。どこかで見覚えのあるそのソリは、聖夜祭の象徴である妖精『サンタクロース』が乗るものだった。
そのソリを引くのは、真っ赤な花を洋燈のように輝かせて行き先を照らすトナカイである。首に括り付けられた鈴が、身動きするたびにしゃんしゃんと音を立てる。
「サンタさん、今年もやってきましたね……」
「ああ、そうだな」
ソリに乗る聖夜祭の妖精――サンタクロースは渋い声で言う。
ふくよかな体格と真っ白な顎髭、赤と白で彩られた誰の目を引く衣装の姿は今やもうない。袖のちぎれた真っ赤な衣装の下から浮かび上がる彼の身体は筋肉の鎧によって覆われており、白髪に埋もれるようにして鋭い眼光を宿した青色の瞳が覗く。
顎髭は短く切り揃えられており、サンタクロースというより山男と表現した方がよさそうな見た目をしていた。子供たちに夢と希望を運ぶ見た目ではない。悪ガキどもを片っ端から叩きのめして臓物を送りつけるかの如き邪悪な容貌だった。
しかし、これがサンタクロースである。毎年、サンタクロースが持つ不思議な袋を狙って子供たちが襲いかかってくるので、サンタクロースも鍛えざるを得なかったのだ。
「今年はあの用務員の連中も大人しくしてればいいんだがな……」
「難しいでしょうね……毎年のように襲いかかってきますからね……」
人の言葉を解するトナカイは、呆れたような口調で言う。
名門魔法学校『ヴァラール魔法学院』には、創立当初より問題児と称されて毎日のように馬鹿騒ぎをする悪ガキがいる。ガキというより、彼らは立派な大人である。サンタクロースのプレゼントを贈る相手の対象外ではあるのだが、妙に優秀で無敵な彼らを中心に生徒や教職員が徒党を組んでサンタクロースを迎え撃つので侮れない。
魔法の存在は通用しないので魔法を使われたところでサンタクロースをどうにか出来る訳がないのだが、問題児は身体能力も秀でている。集団で殴りかかられた暁には、さしものサンタクロースも太刀打ちできないだろう。
まあ、問題児とて『魔法』というこの世界の根幹にどっぷり浸かった一般人である。妖精に敵う訳がなかった。
「ふん、今年も叩きのめしてやるわい」
「ぶ、無事にプレゼントを配れればいいのですが……」
トナカイは苦く笑いながら、ようやく見えてきた名門魔法学校に近づいていくのだった。
☆
相棒のトナカイを校舎の外で待機させ、サンタクロースは真っ白な袋を担いでヴァラール魔法学院の校舎内に侵入する。
この真っ白な袋には、世界中の子供たちの願いが詰まっているとされているのだ。袋には子供たちの望むプレゼントでいっぱいに満たされており、聖夜祭の夜にサンタクロースがそれらを届けてくれると誰もが信じている。
そんな眉唾を、サンタクロースは鼻で笑うだけだ。
「呆れたもんだな」
静まり返っている廊下に降り立ったサンタクロースは、そう独り言を呟いた。
問題児も、そして世界中の子供たちも、それどころか大人たちもサンタクロースの袋を狙っている。子供たちの夢がいっぱいに詰まった袋を奪って聖夜祭のプレゼントを独占しようとしているのだ。そんな腐った根性をサンタクロースが許すはずもなかった。
毎年のように同じ理由で襲いかかってくるものだから、サンタクロースも嫌でも強くなる。今年も同じく、阿呆な悪ガキどもをぶちのめすだけだ。
さて、まずはどこから聖夜祭のプレゼントを配ろうか。
「…………ん?」
サンタクロースの目に、ある部屋が留まった。
校舎の隅の隅に追いやられた場所――そこにあるのは『用務員室』であった。お手製らしい木札が扉の表面に掲げられている。
あの問題児どものいる巣窟である。本当なら避けるべきだろうが、今年に限ってはそうもいかない理由があったのだ。
サンタクロースは懐に忍ばせた羊皮紙を取り出し、
「アズマ・ショウ……極東のガキか? 問題児に引き摺り込まれるたァ、運のねえガキだ」
サンタクロースは聖夜祭にプレゼントを配る妖精である。その対象者は子供たち――俗に18歳未満の子供たちは等しくプレゼントを配るという取り決めになっている。そこに大人たちが介入するとしっちゃかめっちゃかになるのだが、本来は18歳未満の子供たちが対象だ。
そして用務員室には運がいいのか悪いのか、15歳の子供がいた。それがアズマ・ショウという極東出身らしい少年である。去年までは在籍していなかったので、おそらく今年になって遠路はるばるやってきたのだろう。
それが問題児に引っ張り込まれて仲間にされてしまうとは哀れである。彼らのことだ、きっと奴隷のようにコキを使っているに違いない。
「ここから先に片付けるとするか……」
サンタクロースはそう言うと、用務員室の扉の前に立つ。
扉に触れると、ひとりでに扉が開いた。施錠もきちんと施されていたはずだが、サンタクロースが触れた途端に自ら招き入れるようにして扉が開いた訳である。
もちろん、相手が仕掛けた罠ではない。サンタクロースの知る魔法の1つで、どんな強固に鍵がかけられた魔法の扉でもサンタクロースが触れただけで屈したように開いてしまうというものだ。
反則的な方法でもって、サンタクロースは用務員室に足を踏み入れた。
「相変わらず汚えな……」
薄暗い中に広がる用務員室の光景を見渡し、サンタクロースは顔を顰める。
事務机や主任用務員の魔女が使っているだろう立派な執務机の上には、魔導書や絵本やその他の書籍が大量に積み重ねられて山と化していた。他にも筋トレ用の鉄アレイだとかお菓子の袋だとかぬいぐるみだとか、色々なものが雑に置かれている。
おそらく用務員の私物だろう。働く為の道具など皆無だ。用務員室の隅に設けられた戸棚には茶器が大量に並んでいるものの、あれらは用務員室の人間に振る舞われるのであって来客用のものではなさそうだ。
散らかっている用務員室を通過し、その隣の彼らの居住区画に向かう。
「なのにこっちは片付いてるのな」
サンタクロースの独り言が、暗い空間に落ちる。
一般家庭のような明るい雰囲気のある居間と広々とした台所は綺麗に片付いており、ものが床に積まれているということにはなっていない。用務員室の散らかり具合と比べると明らかに違っていた。
さて、目的はおそらく寝室だろう。まだサンタクロースの存在に気づくことなく眠っているようで、襲いかかってくることもない。
寝室の扉を開けると、天蓋付きのベッドが5台、仲良く並んでいた。規則正しい寝息が閉ざされたカーテンの向こうから聞こえてくる。
「確か寝床は……」
サンタクロースは足音を立てずに移動し、目当てのベッドのカーテンをそっと開けた。
柔らかな布団に全身をすっぽりと覆い隠し、すぅすぅと寝息を立てる目当ての人物。布団の隙間からはみ出た艶やかな黒髪が清潔感のある敷布に散らばっている。こんもりと盛られた布団の山はかすかに上下し、眠っていることが確認できた。
彼がアズマ・ショウと呼ばれる少年だろう。寝顔は見えないがベッドの位置的に間違いはないはずだ。
サンタクロースは復路を開き、聖夜祭の贈り物を枕元に置こうとする。袋に手を差し入れた、その瞬間。
――「よう、待ってたぜ」
その声は、足元から聞こえてきた。
「何!?」
サンタクロースは、弾かれたように視線を足元にやる。
自分の足を掴む手が、ベッドの下から伸びていた。赤く染められたサンタクロースのズボンの布を掴んでいる。その手は明らかに子供のものではない。
どういうことだ。魔法の類で偽装されている気配は一切なかった。今年は大人しく寝ているかと思ったが、全て罠だったのだ。
「1年ぶりだな、サンタクロースよォ」
ベッドの下からずるりと這い出てくる、銀髪碧眼の魔女。まるでお化けか何かのように這い出てきた彼女は、手にした木刀を肩に担いで大胆不敵に笑う。
それが合図となり、その他のベッドの下からも同じく木刀を手にした問題児の面々が這い出てきた。まんまとサンタクロースは彼らの罠に嵌められたのだ。
悪魔のように笑った銀髪碧眼の魔女は、木刀の先端をサンタクロースに突きつけて宣言した。
「今年こそはその袋をもらうぜ、覚悟しろ!!」
そう言うや否や、問題児は一斉にサンタクロースめがけて飛びかかった。
《登場人物》
【サンタクロース】子供たちから袋を狙われるあまり、身体を鍛えた末に強くなってしまった妖精さん。趣味は筋トレ、好きな食べ物はプロテイン。
【問題児】袋を寄越せえええええ!!