第2話【問題用務員と新作戦】
最愛の嫁に作戦をダメ出しされた。
「…………」
「ゆ、ユーリは頑張ったよぉ、元気出しなってぇ」
「どんまい!!」
「ユーリは魔法の天才なんだから作戦なんて考えなくてもよかったのヨ♪」
膝を抱えて座り込み、背中に闇を背負うほどの落ち込みようを見せるユフィーリアの背中をエドワード、ハルア、アイゼルネの3人が叩いて励ます。
肝心の嫁であるショウは、バラバラと何かの魔導書を大量にひっくり返していた。時折、学院長のグローリアに「この記述は何ですか?」とか「他の魔導書はありませんか?」などと問い合わせ、回答をもらったり新たな魔導書を転送してもらったりなどしている。
魔導書の頁を捲る手つきは迷いがなく、ものの数十秒ほどで読み終えると新しい魔導書に手を伸ばす。彼の周囲に山と積み上がっていく魔導書の群れに、誰もが目を見開いて驚いていた。
そして最後の1冊を読み終えてから、ショウは「よし」と頷いた。
「大体分かった」
「え、本当に理解できたの?」
「詰め込み作業は要点のみ覚えていれば大体は何とかなります」
今まで広げていた魔導書をパタンと閉じたショウは、
「そして詰め込み作業を終え、お勉強した今だからこそ言う。ユフィーリアの願望を実現するにあたって、今回の作戦は全没だと」
「――――」
「ショウちゃん、ごめん!! ユーリが息してないからもうちょっと優しくしてあげて!!」
「何と」
ショウに再度『全没』という結論を提示され、ユフィーリアはさらに肩を落とした。丁寧にトドメを刺しにきた感じである。
「ユフィーリア、サンタさんの袋が欲しいのだろう?」
「そりゃ欲しいよ……」
「じゃあ、ユフィーリアの考えた作戦ではサンタさんの袋は絶対に手に入らないぞ。まずは敵を知らないと」
「ふぎゅぅ……」
そして丁寧な死体蹴りである。
だがショウも悪意があって言っている訳ではない。彼の聡明な頭脳と先程まで詰め込んだ知識を照らし合わせた結果、ユフィーリアの立案した作戦ではサンタクロースの持つ夢の袋を奪うことなど叶わないという予測が導き出されてしまったのだ。
ならばここは、ユフィーリア以上の指揮能力を有するショウに聖戦の行く末を任せた方が賢明かもしれない。彼だったら目当てのサンタクロースの袋を強奪することも出来るだろう。
どんよりと淀んだ青い目で、ユフィーリアは最愛の嫁の顔を見上げる。
「じゃあショウ坊、お前だったらどう作戦を立てるんだ」
「魔法を一切使わず、拳による実力勝負だ」
なかなか暴力的な作戦概要であった。脳味噌まで筋肉が詰まっているのか。
「ちゃんとした理由はあるぞ。サンタクロースは聖夜祭の『妖精』だろう。妖精は魔法に対して強い抵抗力を持つと魔導書にあったぞ」
「ああ……まあ、確かに……」
そういえば、とユフィーリアは思い出す。
サンタクロースは聖夜祭を象徴する『妖精』という立ち位置だ。いくら問題児を打ち負かすような強さを誇っていても、小さく可憐で人間の良き隣人である妖精の中に属されている訳である。あんなのでも『妖精』に分類されると自分の中の常識を疑いたくなるが。
そんな妖精といえば魔法に精通しており、魔法の存在を敏感に察知することでも有名である。捕まえようと目論んで罠魔法を仕掛けても、妖精はその魔法の存在を感知して逃げてしまうのだ。
つまり、今まで罠魔法だ偽装の魔法だと何だかんだやっていたことは、全部無駄だったという訳である。悲しい。
「なら神造兵器で対抗すれば!?」
「神造兵器や魔法兵器も動力源となるのは膨大な魔素や魔力だから、使用した時点で感知されるなぁ」
「何ですとーッ!?」
「ハルさん、だんだん反応が芸人さんみたくなっているのだが」
ショウは至って真剣な表情で、
「魔力に色のないとはいえ、魔力そのものは存在している訳ですからアイゼさんもダメです。現在の洋服には閲覧魔法を防止する為の魔法も織り込まれていますので、普通に礼装を身につけていてもサンタさんに感知されます。全裸で突撃するのが1番だと思うが」
「え? 聖戦の猛者かと思ったら変態戦士になるのがサンタクロース打倒の手段なのか?」
ユフィーリアの頭が混乱した。
この世の中にはありとあらゆるものに魔法が使われており、そして妖精が魔法や魔力を感知することに特化しているとすれば取り除く他はない。そうなると残るのは丸裸で拳による暴力特攻である。とんだ変態戦士の完成だ。
これにはさすがの聖戦の為に集められた生徒や教職員も困惑の表情を見せるしかなかった。全員仲良く変態戦士は御免である。もちろん問題児だって、身体能力に自信はあれど全裸で暴力行使は嫌である。
ショウは「だが心配はない」と、どこか自信ありげに宣言する。
「ここで貴女のお役に立つのが出来るお嫁さんの俺だ、ユフィーリア。俺は魔法の存在しない異世界からやってきた特異な存在、存分に異世界の知識を披露させてもらおうではないか」
変態戦士の可能性を示唆されて絶望していた聖戦の行く末に希望が見えた。
そうだ、ショウは魔法の存在しない『異世界』からやってきた人間である。魔法を感知する妖精にとっては唯一の鬼門だ。
彼の有する異世界の知識は魔法に頼らないものが多い。もちろん魔法で再現することも可能だが、今回ばかりは忠実に実行した方がよさそうだ。
その場の全員が期待を込めた視線を向けてくる中で、ショウは新たに立案した作戦を発表する。
「ただ、絶対に魔法を使わないという方式では難しい。ここはサンタさんに悪意のない魔法を仕掛けることで、魔法を感知する能力を誤認させようと思う」
「具体的には?」
「校舎全体に防衛魔法を張ってほしい。出来れば耐火性が高い方がいい。こう、八雲のお爺ちゃんが結界を張るみたいな感じで」
ショウの要求に、誰もが首を傾げた。生徒や教職員はおろか、今回の聖夜祭に協力を取り付けたグローリアや副学院長のスカイも不思議そうにしている。
暴れ回ることを想定して校舎が半壊しないように、という意味合いで防衛魔法を敷くことは想像できる。ユフィーリアもその手法は作戦に織り込んでいたので、防衛魔法が特異な生徒や教職員には校舎の半壊を防ぐ為の防衛機構として働いてもらおうと思っていたところだ。
ところがショウが指定したのは、校舎の半壊を想定した防衛魔法の展開ではなく、火事を想定した耐火性の高い防衛魔法の構築である。サンタクロースを燃やすことを想定とした作戦になるのか。
――いや、もしかして冥砲ルナ・フェルノでズドンか?
「ショウ坊、神造兵器はサンタクロースも対策を」
「ルナ・フェルノは使用しないが?」
ユフィーリアの言葉に、ショウはキョトンとした表情で言う。冥砲ルナ・フェルノを使わないのに何故、耐火性を織り込んだ防衛魔法を必要とするのか。
ますます場が混乱するのをよそに、ショウはエプロンドレスの衣嚢から通信魔法専用端末『魔フォーン』を取り出す。
つるりとした表面に指先を触れていき、通信魔法を飛ばしていた。通信魔法を飛ばした先は、どうやら正面玄関から離れた位置にある保健室であった。
「リリア先生ですか?」
『はい、リリア先生です!!』
通信魔法に応じた保健医のリリアンティア・ブリッツオールが『どうしましたか?』と問いかける。
「大変申し訳ございません、保健室に消毒用アルコールは置いていませんか?」
『保健室には置いていませんが、母様によりますと学院内には取り扱いがあるようです。臓器を取り出したりする際、手指消毒に用いるそうですよ』
「なるほど、承知いたしました。ありがとうございます」
そんなやり取りを経て、ショウは通信魔法を終了させる。
「ふふふ……サンタさんめ、今年は楽に勝てると思わないでください……我らが魔女様をコケにしてくれた貴方にはとびっきりの……うふふふふ……」
「ショウ坊、何するんだ? サンタクロースからは袋を奪えればいいのであって、血祭りに上げることはねえからな!?」
「うふふふふふ、あとは片栗粉とお水と絵の具とうふふふふふふ」
「なあ、何を料理するつもりなんだよショウ坊!? 頼むからルージュみたいな誰かが死ぬような料理を作る真似だけは止めろよおい!?」
遠く昏い目で笑うショウの肩を掴み、ユフィーリアは半泣きになりながら彼をガクガクと揺さぶるのだった。
そして聖夜祭の夜までにショウが「いっぱい用意するものはあるぞ」なんて言ってあれこれ指示を出してきたが、もう訳が分からず怖いのでとりあえず指示に従っておくしかなかった。
今年の聖夜祭はどうにも別の意味で恐ろしくて仕方がない。
《登場人物》
【ユフィーリア】頭はいいが作戦立案の能力はちょっと低め。知識の引き出し(魔法限定)は多いのでアドバイザーは出来るが、本人のカリスマ性があるので先頭に立って指揮するのが上手い。
【エドワード】冷静沈着、平和主義を謳ってはいるもののゴリゴリの肉体派。殴ればよかろうなのだ。
【ハルア】オレが作戦なんて立てられると思うてか!!
【アイゼルネ】おねーさんは裏で暗躍するのがお好きヨ♪
【ショウ】特級指揮官の資格に合格し、指揮能力の高さを世に知らしめた異世界出身の少年。状況を理解する柔軟性、判断力ともに抜群。
【リリアンティア】聖戦では保健医として怪我した人を治しますよ〜!!