第1話【問題用務員と聖夜祭】
聖夜祭である。
「諸君よ、よくぞ集まった。今宵、我らの聖戦は始まる!!」
ヴァラール魔法学院の正面玄関には大勢の男子生徒と男性教職員、そしてそこに紛れ込むようにして何故か女子生徒や女性教職員の姿も確認できるが、とにかく生徒と教職員が大量に集められていた。
彼らの顔つきは、平和に魔法の授業を受けている時のものとは違う。幾度の死線を潜り抜けてきた猛者の如き険しさを宿していた。覚悟が決まった顔つきである。
そんな彼らの前に立ち、らしくもない演説を披露するのは問題児としてヴァラール魔法学院創立当初から騒がせる主任用務員――ユフィーリア・エイクトベルである。
「今年こそは――今年こそは、あの憎きサンタクロースの野郎から袋を奪取し、我々の欲するものを手に入れるのだ!!」
「「「「「押忍!!!!」」」」」
その呼びかけに対して、集められた生徒や教職員は野太い声でこう返す。真冬だというのに熱気が凄い。
「今年は何とありがたいことに、特別協力者が2人いる。紹介しよう、学院長と副学院長だ!!」
「おお、ついに!!」
「ありがてえ、ありがてえ……」
「七魔法王の第一席と第二席の協力が仰げたら、もう怖いものなしだぜ!!」
ユフィーリアの紹介により、生徒や教職員たちの視線がある方向に集められる。
正面玄関の片隅にひっそりと佇むのは、今回の聖戦の協力者――学院長のグローリア・イーストエンドと副学院長のスカイ・エルクラシスが手を振り返す。それだけで生徒たちから歓声が上がった。
ユフィーリアと同じく星の数ほど存在する魔法を自在に扱う学院長と、魔法兵器を開発させたら右に出る者なしと言われる副学院長が協力してくれるのは大きい。人数は必要だが、どうしても魔法の腕前で劣る人物ばかりになってしまうのだ。
さあ、舞台は整った。
「お前ら、気合を入れていけ!! あの袋を奪えばこっちのもんだ、サンタクロースをぶちのめして袋を手に入れた暁には中身のプレゼントは全員で山分けだ!!」
「「「「「おおおおおおお――――――――!!」」」」」
妙に気合の入った雄叫びが正面玄関の空気を震わせる。これから始まる聖戦に気合十分といった雰囲気である。
そう、今夜の聖夜祭とはつまり『聖戦』である。問題児だけではなく、世界中の人間がこぞってこの聖戦に命を燃やすのだ。無事では済まないだろうが、やれるだけの準備はしてきた。
そんなユフィーリアたちに、困惑の眼差しを向ける人物が1人。
「……あの、ユフィーリア。これは?」
「お、ショウ坊は初めてか。まあ初めてなら戦力にならねえと思うから気楽にしてろよ」
「よく分からないままここにいるのだが」
妙に気合の入った集会を前に、問題児の新人であり聖夜祭に向けて真っ赤なワンピースと純白のエプロンドレスを合わせた『サンタメイド服』なるもの身につけた女装少年――アズマ・ショウはどうしたらいいか分からないといった態度で言う。今日も可憐である。
「みんなは何をしようとしているんだ。エドさんもハルさんもアイゼさんも何か気合入っちゃってるし」
「ショウちゃん、これは聖戦だよ!!」
集団の中に属し、武器を掲げるショウの先輩用務員――ハルア・アナスタシスが真剣な表情で主張した。
「みんなでサンタクロースをぶっ潰すんだよ!! 今日はみんな目的は一緒の仲間!!」
「何でそんな聖夜祭の象徴に物騒なことをするんだ」
ショウは助けを求めるような視線を同じ先輩用務員であるエドワード・ヴォルスラムとアイゼルネにも向け、
「お2人もか? お2人もサンタさんをぶっ潰すなんて怖いことを考えているのか?」
「もちろんだよぉ」
「当然だワ♪」
「ああ、何てことだ。頼もしい先輩たちが今夜はみんな揃って馬鹿ばっかり……」
嘆き悲しむサンタメイド服のショウを慰めるように、ユフィーリアがポンと彼の肩を叩く。
「ショウ坊、これは大人も子供も一丸となって挑まなきゃまずい戦いなんだ。何せあのサンタクロースは死ぬほど強い、去年は早々にハルが潰されたぐらいだ」
「ハルさんが……!?」
ショウが驚愕の表情を見せる。
様々な神造兵器を扱うことが出来るハルアが早々と脱落してしまうのは想定外だったのだろう。ユフィーリアも彼の機動力と身体能力の高さを買って切込隊長を任せていたが、早々に連中とかち合って脱落してしまうのは読みが甘かったと言えよう。
それぐらいにサンタクロースは強い。問題児が束になってもコテンパンにやられるぐらいに強い。同志をこのように集めていき、何とか集団戦に持ち込むことでサンタクロースをぶちのめすことには成功しているものの、肝心の『袋』を奪うことが出来ていないのだ。
頭を振って何らかの考えを追い出したショウは、
「でも、目的の分からない作戦に乗るのは危ない気がするのだが」
「目的は今も昔も変わらねえ、サンタクロースの持つ袋だ」
「袋?」
首を傾げるショウに、ユフィーリアは「おうよ」と頷いた。
「サンタクロースの袋にはな、人の欲するものが何だって入ってるって話なんだよ。だから丸ごと奪って欲しいものを好きなだけ手に入れるって算段だ」
「何と強欲な……」
戦慄の眼差しを向けてくるショウ。
聖夜祭の象徴とも呼ばれる妖精『サンタクロース』は、不思議な袋を持っている。その袋に手を突っ込むと自分の欲しいものが手に入るという噂があるのだ。だからこそ、子供だけではなく大人もサンタクロースの袋を求めんと聖夜祭の日は決まって戦いになるのだ。
しかし、サンタクロースは阿呆ほど強い。罠にかけようにも罠魔法は悉く感知され、罠魔法を隠す為の偽装の魔法を使っても無駄である。ならばと全員揃って突撃をしたらほぼ全滅という辛酸を舐める結末に至った。今回こそはそんな失敗をしたくない。
その説明を聞いていた学院長のグローリアは、
「まあ本当かどうかは分からないんだけれどもね」
「喧しいぞ、グローリア。袋を手に入れた暁には研究材料として引き渡すって約束だろうが」
「本当にそんな能力的なものが確認されているんだったら見てみたいけどね」
グローリアは睨みつけてくるユフィーリアに向けて肩を竦めると、
「噂に尾鰭や背鰭がついたんじゃないかって僕は推測するよ。そこまで意気込むことではなさそうだけど」
「お前は夢がねえなァ!!」
「学院長、夢のない発言はなしだよぉ」
「現実を見せるなら先に学院長から仕留めるよ!!」
「覚悟してほしいわヨ♪」
「すみません学院長、それ以上の発言は生徒としても許せないのでお命頂戴しますが」
「あちこちから敵意が向けられてるんだけど!?」
普段こそあれだけ荒唐無稽な浪漫を語っておきながら、急に現実主義に成り果てた学院長に聖戦の猛者たちから罵倒が相次いだ。当然の帰結である。夢を持たない魔法使いは聖戦に必要ない。
「なるほど、ユフィーリアたちの本気度は理解した」
今までのやり取りを換算して、ショウがようやっと理解したように頷いた。
彼は『特級指揮官』なる資格に合格したばかりの聡明な頭脳を持った異世界人だ。サンタクロースに勝てるように指揮をしてくれるかもしれない。これは楽勝の可能性も見えてきた。
ショウは「それで」と言い、
「どのような作戦でいくんだ?」
「ああ、それはな――」
ユフィーリアは自分が考えてきた作戦の内容を口にする。
魔法を中心とした戦い方だが、人員の配置や使用する魔法、全員の得意分野を勘案して考えた作戦である。これ以上ないほど詰めた必勝法だ。
あのサンタクロースと何度も戦ってきたことがあるからこそ立てられた作戦だ。聖戦の参加者が異様に多くて得意分野を把握するのになかなか時間がかかったものの、ユフィーリアなりに最善を尽くした戦法である。
それらをしっかり聞き、受け止めて、そしてショウは口を開く。
「ユフィーリア」
「どうした、ショウ坊。いい作戦だろ?」
「没」
ショウは満面の笑みを浮かべて、とどめの一言。
「全部、没」
《登場人物》
【ユフィーリア】サンタクロースからはプレゼントは強奪する派。
【エドワード】あのサンタクロースを打倒するために鍛えていると言っても過言ではない。
【ハルア】去年のサンタクロース聖戦では早々に潰れた特攻隊長。
【アイゼルネ】幻惑魔法も罠魔法も見破られて悔しい思いをした。
【ショウ】聖夜祭は初めて。サンタさんの存在は知っているが、叔父夫婦がそんな粋なことをしてくれるはずもなく、早々に『サンタは存在しない』と見切りをつけた。
【グローリア】サンタクロースの不思議な袋を研究したい。あれどうなってんだろう。
【スカイ】とりあえず面白そうな出来事だったので参加。「誘われないかな〜」と毎年思ってた。