第11話【異世界少年と新たな友情?】
「だでね、この部分はくるっとするのが格好いいと思うんだ!!」
「確かに格好いいな。一旦、その方向性で全体を通してバランスを考えよう」
「だね!!」
生徒が授業中の為、伽藍とした正面玄関にショウとハルアの声が落ちる。
毎度恒例のクリスタルピアノの演奏会かと思いきや、本日はそのクリスタルピアノに一切触れることはない。本日の予定はダンスである。
ハルアの披露するステップをショウが真似して、さらに「ここはこうしたらいいのでは?」という助言をする。振付が徐々に洗練されて形になっていく様は何とも楽しい工程だ。
すると、
「あ、いました。先生、おはようございます」
「おや、ネロさん。この時間帯は授業中では?」
「えへへ。喉を酷使するのもよくないと姉さんに言われてしまったので、この時間帯は空き時間にするようにしているんです」
「そうですか。いいお姉さんですね」
授業の間の空き時間ということで、ネロがショウとハルアの元にやってきたことでダンスの時間は中断となった。ハルアはまだ踊りの余韻が残っているようで、ちょっと身体が揺れていた。
「ありがとうございます、先生。おかげさまでいじめっ子たちが学校から消え、だいぶ過ごしやすくなりました。……その、まだ友達らしい人はいないんですけども」
「いじめっ子たちが消えたことに関しては、俺のやったことではないですよ。学院長にお礼を言ったらどうです?」
「はい、それはもう。でもいじめっ子たちに立ち向かうきっかけを作ってくれたのは、紛れもなく先生のおかげなので」
朗らかに笑いながらネロは言う。その表情もどこか張り詰めたものではなく、適度に気を抜くことが出来ている様子だった。もう思い悩んだ末に魔法不使用お空ダイブをすることはないだろう。
問題のルミナスデイズから、歌唱魔法を専攻していた生徒や教職員の大半が退学処分とされていた。主に2学年の生徒がその処分を食らい、ヴァラール魔法学院から姿を消したことになる。残されたのはネロと同じ学年ではない歌唱魔法を専攻する生徒や、同じ2学年でもネロのことを知らない生徒や教職員ぐらいのものである。
当然ながら、生徒や教職員、そして生徒の親御からの抗議が相次いだ。「いじめ如きでそんな退学だなんて」と言い出した生徒の親御の前で、該当するいじめっ子が何をしたかという証拠の記録を提示した上で「裁判しますか? 負けませんけど」と返していた。もはや無敵であった。
中には売り言葉に買い言葉で裁判に乗り出してきた家庭もあったが、ヴァラール魔法学院には第三席【世界法律】と第四席【世界抑止】がいる。当たり前だが、コテンパンにやられて敗北を喫するという何とも無様な姿を見せていたのは記憶に新しい。
「それでですね、複合歌唱魔法を学んでいたんですけれども、単体歌唱魔法に転向したんです。今は肺活量を鍛えるのに必死で……」
「単体歌唱魔法は肺活量が重要ですっけ」
「はい。とりあえず筋トレからと思って……まだそんな出来ないんですけども……」
恥ずかしそうにネロは頬を掻く。
単体歌唱魔法で重要なのは、周囲の雑踏や楽器の音に掻き消されないほどの声量だ。ルミナスデイズでは声量を増幅させる魔法兵器を使用したが、通常では魔法兵器など使わない場合が多い。自分自身の声量で勝負しなければならないのだ。
だが、彼は努力型の人間である。その特徴的な歌声は他人と同調させる為ではなく、自分1人で勝負した方がいい。何度打ちのめされても立ち上がるぐらいに強靭な精神の持ち主なのだ。
ネロは「それでですね」と言い、
「あの、先生」
「はい?」
「その、僕と……」
ウロウロと視線を彷徨わせたあと、ネロは意を決してその言葉を口にした。
「ぼ、僕と、友達になってくれませんか?」
「?」
ショウは首を傾げた。この人は何を言っているのだろうか。
「今更、そんなお伺いを立てる必要はありますか? 俺はもうお友達の気分でしたけど」
「そ、そう言っていただけると嬉しいです!!」
ネロの表情があからさまに明るくなった。今の今までショウとの関係性が見出せずにいたのだろう。
ショウとしてはお友達が増えるのはいいことであるし、そもそもあれほど関わっておきながら「別に友達でも何でもありませんけれども」なんて薄情なことは言わない。敵意がなければ問題児とて噛みつかない訳である。
そんなやり取りを見ていた為か、ハルアが「オレは!?!!」とネロにまとわりついていた。友達が一気に2人も増えて本人も嬉しそうではある。
「えと、それでですね。お友達にお願いがあって」
「何でしょう。内容によっては特別待遇でお引き受けしますが」
「僕に異世界の歌を、もっと教えてもらえませんか?」
「やです」
ネロのお願いに対して、ショウは速攻で拒否の姿勢を突きつけた。
「ええ!? な、何でですかぁ!!」
「やです。俺はこれからハルさんとダンスの練習をするんです」
泣きついてくるネロに、ショウはキッパリとお断りの態度を示した。
友人になるとは言ったが、もうすでに単体歌唱魔法へと転向して新たな道を歩み始めたところである。ショウが持つ異世界知識に頼り切りでは、彼はきっと成長しない。
これは友人として心苦しい判断である。ネロがきちんと正しく成長するには単体歌唱魔法に適した歌を学ぶべきであって、決して異世界ソングに頼り切りになる方法ではダメなのだ。異世界ソングは確かに絶大な威力を持っているが、みだりに頼れば成長しなくなってしまう。
――というのは建前で、本音は「自分の持つ強みの異世界知識を、ユフィーリア以外にホイホイとひけらかしたくない」という訳である。友達も大事だが何よりも大切なのは最愛の旦那様であるユフィーリアだ。
「お願いです、先生!! 先生から教わった異世界の歌は二度と歌えなくなっちゃったし、他の曲を教わりたいんです!!」
「やです、ダンスの練習します」
「先生〜!!」
「やです」
ツンとそっぽを向くショウに泣きつくネロの姿を、ハルアは「ショウちゃん楽しそうだね!!」なんて言って微笑ましげに眺めるのだった。
《登場人物》
【ショウ】簡単に異世界の知識は教えないのだ。
【ハルア】ショウちゃん、新しいお友達が出来て嬉しそうだなぁ。いつもより「嫌」の度合いが優しいもん。
【ネロ】複合歌唱魔法から単体歌唱魔法に転向した。姉とは文通をしながら授業内容を報告する。




