第10話【問題用務員とごめんなさいの歌】
そんな訳で、元凶が学院長室に集合である。
「何か、言うことは?」
静かに怒りを漲らせる学院長のグローリアに、問題児とネロは仲良く並んで謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさいね〜〜〜〜♪」
「ごめんなさいねぇ〜〜〜〜♪♪」
「ごめんなさいね!!」
「ごめんなさいネ♪」
「もう1回披露しますか? 今度は地獄みたいな歌にしましょう」
「すみませんでしたごめんなさいどうか退学だけは退学だけはあああああああ!!」
「約1名、君のその隣の生徒を見習って本気で謝りなさい!!」
ユフィーリアとエドワードはふざけて『ごめんなさいの歌〜合唱団バージョン〜』を歌い、ハルアとアイゼルネは悪びれる気配すら微塵もなく謝罪の言葉だけを口にし、ショウに至っては謝罪の言葉すらなかった。謝る素振りすら見せないのが問題児である。
唯一、ペコペコと土下座で謝罪を繰り返し、退学だけはどうか見逃してほしいと懇願するのはネロである。問題児の問題行動はいつものことだが、彼の場合は巻き込まれて引っ張り込まれただけなので、これで巻き添えを食って退学処分になったら恨んでも恨みきれない。
グローリアは深々とため息を吐くと、
「何これ、僕も歌って対抗した方がいい?」
「止めろ耳が壊れる!!」
「俺ちゃんたちを精神病院送りにするつもりぃ?」
「外道だね!!」
「音痴を確実に武器として使ってこないでほしいワ♪」
「耐衝撃」
「え、あの先生? 何で僕の耳を塞ぐんです?」
グローリアが歌声を披露すれば、まず間違いなく被害を受けるのは一般人であるネロだ。彼はグローリアのクソど音痴に耐性がないので精神病院に叩き込まれる羽目になる。
その最悪の未来を危惧したらしいショウが、ネロの耳をそっと手のひらで覆い隠して塞いでいた。優しく聡明な嫁である。誰に1番被害を出してはならないかを判断している様子だった。
怒った表情を見せるグローリアは、
「君たちがとんでもない爆弾を落としてくれたおかげで、今年のルミナスデイズは中止になっちゃったんだけれども」
「それは俺たちだけのせいではないでしょう」
グローリアの説教に対抗したのは、問題児の中でも極めて豊富な語彙力を持つ舌剣の使い手であるショウだ。彼はやおら仁王立ちするや、人差し指をビシッと学院長に突きつける。
「確かに俺たちも悪いです、その部分に関しては謝罪をしましょう。ですがいじめ問題に関して何もお耳に入っていなかった学院長のお間抜けさんにも原因の一端があるのではないでしょうか」
「だからそれもあったからルミナスデイズを中止にせざるを得なかったんだよ」
豪奢な執務椅子に背中を深く預けて、グローリアは大きく息を吐き出した。
「君たちが犯人を炙り出したからね、君たちの説教が終わってから事情聴取をしなきゃいけなくなったんだよ。せめて終わってから通報するとか」
「何を仰いますか。いじめっ子どもはこの行事に自分たちの学生生命を懸けていたんですよ。無駄にしてやらなければ清算できませんよ、この罪は」
「厳しすぎるんだよ。1回絶望を見せてるんだからいいでしょそれで」
「厳しくしないで何が罰ですか。甘ったれたことは言いませんよ、俺は。元凶は元より末端の連中に至るまでケツ毛を毟ってやりますよ」
グローリアの主張へ被せるようにショウが素早く切り返すので、もう学院長も反論する気がなくなってきていた。「もういいよ……」と疲れ切った様子で応じる。
確かに『やられたらやり返す、たとえ借金をしてでも』という精神が染み付いた問題児にとって、いじめ問題の解決に相応しい場所がルミナスデイズであった。歌唱魔法を専攻する生徒にとっては夢の舞台である、そんな晴れの舞台を邪魔された暁には絶望もしたくなる。
すると、
「あ、あのぅ……」
何だか泣き出しそうな表情で、ネロがおずおずと挙手する。
「ぼ、僕は退学になってしまうんでしょうか……その、あの、悪いことをしましたし……で、でも退学だけはどうか待っていただきたいというか都合のいいことを申し出て本当にすみません……」
「いや、君は退学にしないよ」
「え」
ネロが弾かれたように顔を上げた。
執務椅子に座るグローリアは、申し訳なさそうな表情で「むしろ、こっちが謝らないと」と言う。あろうことか、1人の生徒に頭を下げるという謝罪の姿勢まで見せた。
生徒が直面している『いじめ』という問題を把握していなかったのだ。学院を統治する長として責任は感じているのだろう。普段こそ問題児の問題行動の餌食にされがちだが、生徒思いの立派な指導者なのだ。
「君がどれほど悩んでいるのか、どれほど苦しんでいるのか、学院の長として把握していなかったのが原因だよ。本当に申し訳ない。謝って済むことではないけれど、今後君たちのような生徒が安心して自由に学べるような学院運営を心がけていくから、ぜひ今後とも我が校で魔法を勉強してほしい」
「あ、はい……!! こちらこそ、ぜひお願いしたいです!!」
無事に退学は免れたようで、ネロは安堵に胸を撫で下ろしていた。これで間違った判断をしていれば、今度は確実に問題児による暴力行使が待っているので懸命な結論を下せたと言えよう。
「まあ、それはそれとして生徒を発狂させたのは問題だからお説教するからね」
「ごめんなさいね〜〜♪」
「反省してますぅ〜〜♪♪」
「許してください〜〜♪♪」
「この3人はどうして歌いながら謝るのかしラ♪」
「これぞ正しく『ごめんなさいの歌』か。とても素晴らしい歌だな」
「す、すみませんでした。もうやりません。すみませんすみませんすみませんすみません」
ユフィーリア、エドワード、ハルアの3人は『ごめんなさいの歌』を披露する。その側でアイゼルネは呆れた様子で頭部を覆う橙色の南瓜を撫で、ショウは赤い瞳をキラキラと輝かせて歌声に聴き惚れていた。懸命に謝罪の言葉を繰り返していたのはネロだけである。
グローリアは本日2回目の大きなため息を吐くと、スッと執務椅子から立ち上がる。
何をするのかと思えば、土下座をして許しを乞うネロを「君は顔を上げていいよ」と慈愛に満ちた笑みと共に言う。顔を上げるように促されたネロは怯えたような表情で起き上がると、グローリアに案内されて学院長室の外に出されていた。
「君は十分に反省しているから不問とするね。そのまま学生寮まで真っ直ぐ帰れるかな?」
「あ、はい……あの、本当にすみませんでした……」
「気をつけて帰るんだよ。明日からまた魔法の勉強に励んでね」
ネロを笑顔で見送ったグローリアは、静かに学院長室の扉を閉じる。
それから、彼は学院長室の扉に鍵をかけた。ガチャンという施錠がかかる音がユフィーリアたち問題児の耳朶に触れる。明らかに「まともな謝罪をしない問題児は外に出さねえ」という強い意思を感じ取れた。
次にグローリアは、右手をスッと掲げる。その動作を合図として手のひらに出現したのは、真っ白な表紙が特徴的な魔導書である。開いた白紙の頁に手を翳すと、彼は魔法を発動させる。
発動した魔法は防衛魔法のようなもののようだった。閉ざされた学院長室の扉の表面に、薄紫色の結界が膜のように張られる。そこまでして脱走を阻止したいのか。
「すぅー…………はぁー…………」
大きく深呼吸をするグローリア。それだけで嫌な予感がした。
ユフィーリアは慌てて自分の耳を塞いだ。エドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウもまた自分の耳を塞いで衝撃に備える。
音痴だ音痴だと揶揄していたのに、まさか自分の音痴を武器として扱う馬鹿野郎がいるだろうか。開き直った音痴は怖い。
それから、超音波攻撃が襲ってくる。
「どぼへえ〜〜〜〜ぼえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪♪♪♪」
「ぎゃああああああああああ!!」
「頭がああああああああああ!!」
「もげげげげげげげげげげげ!!」
「♪」
「音程を意識しろとあれほど言ったでしょう、まだ分からないのかど音痴ィ!!」
学院長による超音波攻撃を浴びた問題児たちは、堪らず悲鳴を上げながら許しを乞うのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】幾度となく『ごめんなさいの歌』を披露してきた馬鹿野郎。ある時はリュートの音に乗せて、ある時は踊りながら。
【エドワード】幾度となく、ユフィーリアと一緒に『ごめんなさいの歌』を披露してきた阿呆野郎。ミュージカルも経験あるよ〜♪
【ハルア】ユフィーリアを真似して踊りながら『ごめんなさいの歌』を披露した次の日、何故か学院に有名バレエ講師がやってきた。何で?
【アイゼルネ】歌いながら謝るなんて阿呆なこと、酔っ払っていないと出来ないワ♪
【ショウ】いつ聴いてもユフィーリアの歌声は綺麗だなぁ。
【グローリア】音痴ということに自覚を持ち、しかし問題児の屁理屈や理不尽に対抗する為の武器として使い始めた。嫌な学び方をしている。
【ネロ】今後、姉とも文通が始まり勇気をもらえる。これなら実家に帰れそう。