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第9話【異世界少年と君を殺す歌】

 阿鼻叫喚の地獄絵図の中、透き通るようなマギアピアノの音が落ちる。



「――――……♪」



 暗闇の中に、歌声が響く。


 それと同時に、大講堂に取り付けられた照明用の魔法兵器が観客である生徒たちを照らした。より正確に言えば、生徒たちの真ん中に佇む1人の女性だ。

 丁寧に手入れが施されて黄金を糸として紡いだかのような見事な金髪、夜空を閉じ込めたかの如き美しい黒瞳、スッと通った鼻梁や淡雪を想起させる白い肌。愛らしい人形のような美貌を持ち、華奢な身体を純白のドレスで包んだ女性が、形の整った桜唇から綺麗な歌声を紡ぐ。


 その視線は、真っ直ぐに舞台上へ固定されていた。問題児を見つめているのではなく、問題児に囲まれるネロにだ。



「おい、あれ……」


「嘘だろ……」


「絶唱の歌姫……」


「セイラ・フォートナだ……」



 生徒たちのあちこちから声が上がる。


 ネロの本気の歌声によって狂った生徒たちの絶叫が、徐々に小さく萎んでいく。彼女の紡ぐ歌声が、彼らの傷つけられた精神を癒しているのだ。

 一度、歌唱魔法によって傷つけられた精神は回復魔法や治癒魔法での完治は難しいが、同じ歌唱魔法ならば比較的簡単に回復へ導けるらしい。何せ歌唱魔法は精神に大きく影響を及ぼす魔法――精神を殺すも生かすも癒すのもお手のものだ。


 急に現れた姉の存在に戸惑うネロは、マギアギターの弦を爪弾つまびくショウに振り返る。



「何で、どうして姉さんが……あの人は『絶唱の歌姫』として忙しいはずなのに……!!」


「俺が呼びました」



 主体となる歌い手は『絶唱の歌姫』なので、ショウが歌う必要はない。弾きながらでも会話は出来るので、ネロの震えた声に淡々と応じる。



「貴方から見ればいじめっ子たちである『君』を殺す歌は完遂されました。ですが、復讐に取り憑かれた貴方もまた殺されるべき対象です」


「ッ!!」



 息を呑むネロに、ショウは言葉を続けた。



「家族を頼らなかった罰です。潔く殺されてください」



 ☆



 セイラ・フォートナは『絶唱の歌姫』という称号を与えられた魔女である。


 絶唱の歌姫の称号を得た魔女は歌の上手さを世間から公認され、各式典などで歌声を披露する機会を設けられる。王族や豪商の御前ではもとより、あの世界的にも神々の如く崇拝される『七魔法王セブンズ・マギアス』が出席する式典でも歌わなければならない日がやってくるのだ。

 いつでも万全な歌声を届けるべく、日々の練習と巡業は欠かせない。セイラは現在も世界中を回って歌声を披露し、人々に笑顔と癒しを届けているのだ。


 そんな中で聞かされた弟のいじめ問題、そして自殺未遂。――その話を届けてくれたのは、メイド服を着た可憐な女装少年であった。



『その話は、本当ですか』


『ええ。貴方の弟君、ネロ・フォートナは確かに自殺未遂を図りました。1人で懊悩し、苦しみ抜いた上での最悪の選択肢です』



 巡業先に設けられたセイラの私室に訪れたその少年は、淡々とした口調でセイラの1番柔らかい部分を傷つけるかの如く告げる。


 いいや、少年は傷つける意図などない。あくまで事実を伝えているだけだ。

 勝手に傷ついているのはセイラの方である。すでに過ぎ去った事実を受け止めて、脳裏に愛する弟の顔が浮かび、自然と涙がこぼれ落ちてくる。



『どうしてそんな……』


『家族は全員、歌が上手い。さらに姉である貴女は世間一般から歌の上手さを認められた「絶唱の歌姫」です。それらの劣等感と、フォートナ家の子供なのに歌が下手であるといういじめが起因しているかと』


『ッ』



 セイラは何も言えなかった。


 確かに弟のネロの歌声は特徴的で独特ではあれど、決して下手ではなかった。少なくともセイラはそう感じていた。

 それでも姉であるセイラの歌声が世間一般から『上手い』と認められれば、弟だって劣等感は抱くはずである。そして何かと比較されるかもしれない。その事実が今になって、最悪の形となって表れてしまった。



『弟君は、いじめっ子たちに復讐をします。俺がそうなるように仕込みました。今年のルミナスデイズで、貴女の弟君は人殺しの復讐の鬼と化します』


『あの子に何をする気なの……!?』


『いじめっ子たちに復讐をするんですよ。最大級に強化した歌唱魔法でもって精神を崩壊させ、地獄を見せてやります』



 弟の手を、歌声を汚すような真似を平気で口にする少年に、セイラは目の前が赤く染まる。

 大事な家族に何てことをする気なのだろう。この少年は悪魔か何かの類だろうか。歌唱魔法を誰かを傷つける為の手段にするなど、到底許されたことではない。


 ほぼ反射的に平手を振り上げるセイラだが、少年の言葉が怒りの感情を遮る。



『止めたいのであれば、ぜひ我がヴァラール魔法学院までお越しください』



 少年がセイラの眼前に突き出してきたのは、あの名門魔法学校『ヴァラール魔法学院』に立ち入る為の許可証である。


 普段は一般人どころか父兄さえ敷地内に踏み入ることは容易ではない場所。弟の生活する学舎。星の数ほどの魔法を学ぶことが出来る、世界最高峰の魔女・魔法使い養成機関。

 そこはセイラの両親が「ネロの歌声を矯正する為だ」として弟を入学させた学校である。しかしそこで待ち受けていたのは優しい弟が思い悩み、自殺未遂を図るほどのいじめの現実である。今からでも弟を連れ出せ、と暗に伝えられているのか?


 少年は夕焼け空の如き赤い瞳でセイラを見据え、



『今の貴女では、弟君のことを救うなど夢のまた夢ですよ』



 そう言い残し、少年は星が瞬く夜の空へと飛び去っていった。


 セイラはしばらくその場に立ち尽くした。

 弟を助けなければならない。復讐に駆られた殺人鬼など、間違った道へ進むのを止めなければならない。でも、あの少年の言葉にセイラは打ちのめされていた。


 今の自分では、復讐心に駆られた弟を救えない。



『――――なら』



 セイラの心には、いつも弟のネロがいた。


 両親からの厳しい歌唱魔法の教育、2人の兄からの僻みなどに晒されて磨耗し切ったセイラの心を助けてくれたのが弟のネロだった。ネロが「姉さんの歌は世界で1番だ」と言ってくれたから、セイラはどこまでも頑張れたのだ。

 絶唱の歌姫だなんて呼ばれるようになっても、それは変わらない。セイラの心の支えはネロだった。優しくて真っ直ぐなネロに、いつだって救われてきた。


 ならば今度は、セイラが助ける番ではないだろうか。



 ――『おや、逃げずに来るとはさすがです。ならば俺も弟君を救う為の異世界の歌をお教えしましょう。少しばかり厳しいですよ』



 だからセイラは、絶唱の歌姫なんていう立場さえもかなぐり捨てて、弟を助ける一心でヴァラール魔法学院の敷地内に飛び込んだ。家族の危機に、巡業なんてやっている場合ではなかった。



 ――『歌詞の内容をよく考えてください。ただ歌うだけでは誰でも出来ます。貴女は、本当は弟君のことを助けたいとは思っていないのでは?』



 厳しい指摘にも、理不尽な言葉にも懸命に耐えた。



 ――『本当にその歌い方で正しいですか? 弟君を救えると本気でお思いですか? この歌は感情を剥き出しにしてこそ映えます、今は技術云々は置いといて感情を乗せて歌うように意識してみてください』



 自分が今まで培ってきた技術が、経験が、全てが崩れていく感覚だった。

 異世界の歌は慣れない。それでも、少しでも弟の心に響くようにと懸命に努力を重ねた。歌詞の意味を確認して、内容を何度も噛み砕いて自分なりに解釈をして、ネロに届くようにと祈りさえ込めた。


 そして、その成果がこれだ。



(ネロ、私の大好きな可愛い弟)



 どうか貴方を、救えますように。





「――――――――♪!!」





 セイラは舞台に上がる。


 歌声は途絶えさせることなく、逃げようと後退りをするネロの手を掴む。両手で包み込んで、祈るようにただ歌声を響かせる。

 どうかこれ以上、苦しまないでほしい。ずっと側にいるから。そんな願いを込めて。



「姉さん……」



 灰色がかった瞳で見据えてくる弟の目を真っ直ぐに見つめ、セイラは最後まで歌い切った。



「――――……♪」



 音が余韻を残して消えていく。

 あとは綺麗な楽器の演奏に合わせて、歌が終わるだけ。


 弟の為を思って見事に歌い切ったセイラは、そっとネロを抱きしめた。



「ごめんね、ネロ」



 抱きしめた弟の身体が震える。



「気づいてあげられなくてごめんね。これからは、私が貴方の側にいるわ」


「姉さん……!!」



 ボロボロになった眼鏡の向こう、ネロの灰色がかった瞳から涙がこぼれ落ちる。震えた手で彼はセイラを強く抱きしめ、声を上げて赤子のように泣いた。





 この光景を前に、ショウを除いた問題児はおろか大講堂に集められた生徒たちがボロ泣きしたことは、もはや言うまでもない。

《登場人物》


【ショウ】先を見通す頭の良さがある。ネロが復讐の楽しさに走らないようにサプライズ演出。

【ネロ】いじめっ子に報復してタガが外れたと思ったが、姉がやってきて正気に引き戻された。


【セイラ】絶唱の歌姫に選ばれた、フォートナ家の歌姫。厳しい練習にも弟の存在があったから頑張れた。

【問題児の皆様】泣いていてそれどころじゃない。かろうじて楽器は演奏できた。

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― 新着の感想 ―
ぶわっ( ;∀;) これからは一緒にいるんだね。ゆっくり傷を癒してくれ・・・
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