第8話【異世界少年と仕上げ】
(よし、成功した……!!)
リュート型の魔法兵器『マギアギター』の弦を指先で弾きながら、ショウは内心で作戦の成功を喜ぶ。
この日の為に異世界の知識を総動員して選んだ曲は、激しい曲調が耳に残る上に歌詞の内容も刺激的な曲と明るい雰囲気ではありながらも寂寥感のある曲調が印象的な曲だ。勝負を仕掛けるのは後半に用意した曲である。
舞台演出として用務員の先輩に「こうしてほしい」というイメージは伝えたが、果たしてそれを上手く表現してくれるか心配だった。自分の想定していることと別のことが起きる可能性が考えられたのだ。でも、さすが問題児のお姉さんである。ショウのやりたいことを上手く汲み取ってくれた。
それが、この最後のサビ部分での首吊り死体の偽装である。
(前半戦で精神を消耗させ、後半戦で一気に絶望の淵に叩き落とす。さしものいじめっ子どもも無事では済まないはずだ)
胸中で密かに微笑みながら、ショウはマギアギターの演奏を続ける。残りはもう後奏だけである。あとは無事に曲を弾き終えるだけだ。
さすがにこの『上げて落とす』ような形式の絶望感を他の生徒には味合わせない為、ショウはあらかじめルミナスデイズのプログラムに細工をしておいたのだ。「当日は耳栓必須」の文言を記載して、しれっと再発行をしておいた訳である。
ルミナスデイズ前日に用意し、当日の受付に置いてあるプログラムとすり替えた上で耳栓の準備も万全に済ませた。当日は朝から大講堂で歌唱魔法を専攻する生徒たちが練習をしていたのでプログラムを受け取るはずもなく、被害を受けたのはショウが細工を仕掛けたプログラムを確認していない歌唱魔法専攻の生徒だけだ。
(まあ、学院長と副学院長はこの思惑を知らないだろうが……そこはそれ、七魔法王だしどうにかなるだろう)
学院長と副学院長の2人が審査員席に座っているのは確認できたので、おそらく耳栓の事情については知らされていないだろう。まあ高名な魔法使いだし、簡単に精神崩壊の憂き目には遭わないはずだ。
ぺけぺけとマギアギターを弾いているうちに、曲は僅かな余韻を大講堂内に残して終わった。ショウも難しい曲を弾き切り、安堵の息を吐く。
大講堂内は水を打ったように静まり返っていた。暗い大講堂を見渡すと、観客である生徒たちの誰も彼もがじっとこちらを見つめている。水面に顔を出した魚のように、口をはくはくと開閉させて何と言うべきかと戸惑っている。
しかし、まだこちらの番だ。拍手で撤退する訳にはいかない。
「ネロさん」
「は、はい……!!」
ショウが呼びかければ、ネロは手にしたマギアマイクを握り直す。深呼吸をし、暗闇に紛れ込んだいじめっ子たちを真っ直ぐ睨みつけた。
「歌唱魔法を専攻する2学年諸君、ならびに他学年諸君。お望み通りだ。お望み通りに、僕は死んでやったぞ」
そして、ネロは鬼のような形相でマギアマイクに向かって怒声を叩きつけた。
「――僕を殺した気分はどうだ、この人殺しどもッッッッ!!!!」
次の瞬間、
「あああああああああぁぁぁあああああああああああああ!?!!」
「いゃゃゃぁいかなゃはかざにじらなきかなひにやさばはまさはまらはな!!」
「ほごひずぼるげひるそまやもそかごぬどこねめのてめごそまそまぞのぉおゃざはまごのらかまさほまはんに」
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
大講堂内を満たす、特大級の絶叫の数々。
それらは言葉の意味を成しておらず、とりあえずただ叫んだだけの印象がある。薄らと確認できる、頭を揺らしてのたうち回る人間たち。異世界の曲による精神崩壊は効果絶大のようだ。
すると、
「――君は何てことをしてくれたんだ」
ショウの鼓膜を震わせた、静かな怒りを孕んだ声。
暗闇の中に、見覚えのある人物が立っている。炯々と輝く紫色の瞳で、舞台上に立つショウたち問題児を睨みつけていた。
学院長のグローリアである。精神崩壊するような選曲をしたにも関わらず平然とした態度を取れているということは、耳栓の事情を誰かから聞いただろうか。自前の精神状態で耐えられるようなものではないとショウは推察する。
グローリアは怒りの表情で、
「生徒を精神的に危険な目に晒しておいて、これが君たちのやることかな? ショウ君」
「俺が犯人だとよく分かりましたね」
「君ぐらいしかいないでしょ。こんな仕返しの程度が度を越した問題行動なんて」
ショウはネロの手からマギアマイクをひったくると、
「ご名答です、全部俺が考えました。ユフィーリアたちは俺の要求通りに動いてくれましたし、このように大成功を収めることが出来ました。嬉しい限りですね。優秀な旦那様と先輩方を持てて、俺は大変誇らしいです」
「ここまでする必要は何?」
「おや、ご説明が必要ですか? 学院長だから事情を把握していると思っていましたが、どうやら教職員の辺りで情報が握り潰されていたんですかね」
なおも睨みつけてくるグローリアに、ショウは余裕の態度で応じる。
生徒を危険な目に晒した?
学院長だから生徒の身の安全を考えるのは確かに必要である。学院を統治する立場として当然の台詞だ。彼の態度はどこまでも正しい。
ただし、真実を知っても同じことを宣えるのであれば、の話だが。
「このネロさんはですね、今まさにのたうち回って精神崩壊の憂き目に遭っている生徒の皆さんにいじめられていたらしいです。『歌が下手だ』と嘲笑われ、無視され、思い詰めた果てに彼は命を絶つ決断までしてしまいました」
「ッ!!」
グローリアの表情が驚愕に染まる。おそらくいじめの事情を知らなかったのだ。
教科数だけで言えば400を超え、さらに教職員の人数も5桁近くは在籍している大規模な魔法学校である。全ての事情を把握するのはまず不可能と言ってもいい。学院長だって身体は1つ限りなのだから、限界だってある。把握していないのも無理はない。
無理はないが、歌唱魔法の担当教員から報告の1つだって上がっていないのはおかしいではないか。
「そんな決断を強いられたネロさんを、どうして責められますか。責められ、然るべき処分を下されるのは今苦しんでいる加害者たちではないですか? それとも弱者は我慢し、今もなお連中をのうのうと学生生活を満喫させるのが学院長の正しいご判断ですか?」
「…………」
「やりすぎだと仰るのでしたら謝罪しましょう。ですが彼は、今苦しんでいる学生諸君よりも遥かに苦しみ、悩み、最悪の決断をしたことをどうかお忘れなく。いじめていいのは、殺される覚悟のある人だけですよ」
ショウにはある種の確信があった。
確かにグローリアはヴァラール魔法学院の学院長である。生徒を守り、導かなければならない教師だ。
それと同時に、彼は不正や悪事を許さない。異世界の曲と歌唱魔法で仕返しをしたネロと、自死を選ぶほどのいじめを繰り返してきたその他大勢の生徒たちのどちらが悪いかなんて明らかである。厳しい処罰を下すことだろう。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中、グローリアは静かに息を吐き出してから告げる。
「…………歌唱魔法の授業を専攻する生徒を中心に聞き取り調査、いじめに加担していた生徒は退学処分とする。このあと事情聴取をするので、生徒は学院長室前に集合すること」
ざわり、と生徒たちがざわめく。
「そして歌唱魔法の担当教員についても事情聴取、いじめに加担あるいは無視して意図的に僕まで報告を上げなかった教職員は懲戒免職とする」
予想通りの厳しい処罰に、ショウは内心で快哉を叫んだ。
学院長がこういった悪事を許さないのは経験で理解している。魔法技術競技会で開催されたスカイハイ・レースでも同じような厳しい処罰を下したのだ、きっといじめの話を聞けば厳しい処分を下すはずだとショウは推測した。
案の定、いじめに加担した生徒は容赦なく退学。教職員も事実上のクビである。残った生徒が今後、ネロに対してどんな態度を取るのかは判断できかねるが、少なくとも不利益を被ることはなくなる。
ショウはネロの肩を抱き、
「よかったですね、ネロさん。貴方の歌声で、いじめっ子たちを成敗してやりましたよ」
「はい……!!」
涙ぐむネロの背中を撫でてやりながら、ショウは内心で言う。
(よし、最後の仕上げに移ろう)
《登場人物》
【ショウ】仕上げは念入りに。まだ内緒にしているネタがあるぞ。
【ネロ】人生で1番勇気を出した日。学院長に睨まれた時は生きた心地がしなかった。
【グローリア】いじめなどの問題は、自分が学院長でいる間は絶対に許さない派。見つけ次第、厳しすぎる処罰を与えることで有名。
【問題児の皆様】異世界ソングでそれどころじゃない。心が折れそう。