第6話【問題用務員と舞台占拠】
それから2組目、3組目の複合歌唱魔法の披露が終わって、4組目に突入してから問題児は動いた。
「お、この坊ちゃんをいじめた連中の組か。かなりの大所帯だな」
「ネロ君を省く為に無理やり引き摺り込んだんじゃないのぉ?」
「どうせそこまで大したことないよ!!」
「うふふ、お手並み拝見♪」
「微生物が歌ったところで誰も感動なんかさせられませんよ。ええ」
「…………」
余裕の態度で問題児が舞台上の雛壇に並ぶ生徒たちを眺める中、ネロは唇を強く噛み締めるだけだった。
本来なら正式な方法であの舞台に立っているはずだったのに、周囲の生徒がそれを許さなかった。悔しさもあるだろう。
現在、舞台上に立つ生徒の規模は今までと比べものにならないほど多い。平均で20人前後の団体となるはずだが、男女合わせて50人近い人数が舞台に立っている。生徒たちは雛壇に窮屈そうに並ぶと、指揮者の生徒に視線を集中する。
そして指揮棒を持つ生徒は、舞台の脇にまずは指揮棒を振った。そこには漆黒のツヤツヤと輝くものが置かれており、その前に誰かが座っている。
――――――――♪♪
流れ始めたのは、今回のルミナスデイズで初めて聞いたピアノの音。どうやらネロをいじめていた連中の合唱団は、ピアノの伴奏者も獲得していた様子である。
徹底して、ネロの心を折るような所業だ。「お前が立てなかった舞台だぞ」と言わんばかりの光景に、ネロが視線を逸らす。
白い指揮棒がゆらゆらと揺れ、それからやがて舞台上の生徒たちが一斉に歌声を響かせた。
「「「「「――――♪」」」」」
まるでお手本のような複合歌唱魔法である。女子生徒のソプラノとアルト、男子生徒によるテノールとバスの構成比率がちょうどよく、偏ることなく綺麗に歌声が混ざり合う。
さらにピアノの伴奏が載せられることで複合歌唱魔法の効果が増幅される。この人数による歌唱魔法を食らえば、魔法に耐性がない一般人はおろか魔法に強い耐性を持つ魔女や魔法使いでさえも心を動かされることは間違いない。涙の1粒でもこぼされてもおかしくないはずだ。
ところが、である。
「あらまあ、その程度ですか。所詮は生徒ですもんね、歌えるだけで何をあんなに偉そうに」
「おっとぉ?」
舞台上の生徒たちが歌唱魔法を披露する姿を眺めて鼻であしらうショウに、ユフィーリアは密かに驚いた。
彼にはどうやら歌唱魔法は通用しないようだ。不本意ながらも精神が鍛えられたこの麗しき女装メイド少年にとって、歌唱魔法はただの合唱でしかない様子である。
ショウは満面の笑みでネロに振り返り、
「それならこちらの方が技術も何もかも上回っていますよねぇ?」
「ええと、どうかな……」
ネロは困惑気味に返す。まだ自信がないらしい。
「いい加減に自信を持ってください。『あんな連中なんて地獄に叩き落としてやりますよ』ぐらいは言ったらどうですか」
「さすがに言えませんよ先生!?」
「喧しいですよ。いいからあんな路傍の石みたいな実力しかない連中など打ち負かすんですよ」
「ひいい、いつもより厳しい!!」
半泣きのネロは哀れ、ショウに引き摺られて無理やり舞台袖へ連行されるのだった。
☆
舞台袖に潜入すると、すでに次の組が発表の為に待機していた。
「げ、問題児!?」
「まさか舞台を乗っ取る気か!?」
舞台袖に姿を見せたユフィーリアたち問題児に、生徒たちは揃って顔を顰める。嫌な顔をされるのは予想できていたので何とも思わない。
前の組であるネロをいじめた連中は、まだ舞台上で歌声を披露していた。こちらの存在には一切気づいた様子はない。それなら好都合である。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管の先端を、生徒たちに突きつける。
「幸運だぞ、お前ら。精神崩壊をせずに済むからな」
「な、何をッ」
「大講堂の外でお待ちくださーい」
杖を一振りして魔法を発動。生徒の姿が全員揃って一瞬で掻き消える。
合わせてもう一度、今度は転送魔法を発動した。舞台裏に送り込んだのは、これからユフィーリアたち問題児が使用する楽器型の魔法兵器である。副学院長が手ずから組み上げた代物なのでこれから行う単独の歌唱魔法も効果をより増幅させてくれるはずだ。
すると、
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!!
万雷の喝采が舞台の向こうから聞こえてくる。どうやら歌唱魔法の披露が終わったようだ。
「アイゼ、そこの坊ちゃんを幻惑魔法で隠してやれ」
「分かったワ♪」
「全員、頑張って隠れろ。バレたら終わるぞ」
「はいよぉ」
「あいあい」
「らじゃ」
ネロの存在は景色に溶け込むほど精密な幻惑魔法を使用するアイゼルネに任せ、ユフィーリアたち残った問題児は舞台袖に積まれた木箱やら荷物やら畳まれた緞帳やらを使用して身を隠す。
遅れて、ドタドタという複数人の足音が耳朶に触れた。すぐそこに人の息遣いを感じる。「こんな荷物あったか?」「触るの止めとけよ、見たところ魔法兵器だぞ」「弁償になったら大変だ」なんて言っていたので、舞台裏に持ち込まれたユフィーリアたちの楽器類は触れられずに終わった。
そうして少しの間、舞台裏に身を隠す。ようやく人の気配がなくなったのを感じ取り、ユフィーリアは隠れていた木箱の影から少しだけ顔を覗かせた。
薄暗い舞台裏を見渡し、誰もいないことを確認。今が好機である。
「お前ら急げ、準備準備」
「ユーリ、オレのドラムは1人で持てないよ!!」
「ハルさん、静かに。俺が手伝うから」
ユフィーリアはマギアギターを引っ掴み、緞帳が降りた舞台に足を踏み入れる。エドワードもマギアベースのベルトを肩から下げながら追いかけてきて、アイゼルネも車輪のついた台座に乗せたマギアピアノをコロコロと押しながらやってくる。運ぶのが大変なハルアのドラムは、ショウが炎腕を大量に召喚して運搬していた。
最後に、ネロが舞台袖で立ち止まる。まだ舞台上に出ていくのを恐れているのだろう。彼の表情には緊張と罪悪感が色濃く浮かび、今にも泣き出しそうになっていた。
舞台袖から出られずにまごつくネロに、ショウは静かな声で言う。
「逃げますか」
「ッ」
「逃げるならどうぞご自由に。あそこまで仕込んでおきながら、結局は逃げ出すような臆病者なんて知りません。ただの問題行動として学院長に怒られる覚悟で臨ませてもらいます」
ショウの淡々とした言葉に、ネロは突き動かされるように顔を上げ、足を舞台に踏み出した。
「出来ます」
その声は力強く、
「出来ます。やらせてください」
「その意気です」
ショウはそう言って、メイド服のエプロンドレスの衣嚢から何か細いものを取り出す。
杖にしては太く、金属質である。持ち手に相応しい長さの円筒の上に銀色の球体が取り付けられ、銀色の表面には幾重にも溝が刻み込まれている。あれはおそらく魔法陣だ、つまりはこの銀製の杖めいたものも魔法兵器の類なのだろう。
その銀製の魔法兵器をネロに握らせたショウは、
「『マギアマイク』と呼ばれるものです。歌唱魔法を増幅させ、より遠くまで歌声を届けることが出来ます」
「先生……」
「必ず仕留めましょう」
マギアマイクと銘打たれた魔法兵器を手にしたネロは「はい」と頷くと、緞帳を睨む。その向こうにいるいじめっ子たちを見据えるように。
次の組の名前が発表され、緞帳がゆっくりと左右に割れていく。だが残念ながら、緞帳の向こうに控えているのは次に歌うはずの合唱団ではなく、問題児といじめられっ子による即席の小規模楽団だ。
案の定、舞台上に立つのが生徒たちによる合唱団ではなかったので、観客である生徒たちはざわめく。「いつもの問題行動か」「ふざけやがって」と野次が飛んでくるも、舞台上までは届かない。
マギアマイクを握りしめたネロは、ゆっくりと深呼吸をすると銀製の球体の部分に声をぶつける。
「すみません、ごめんなさい。歌唱魔法を専攻しています、2学年のネロ・フォートナと言います。ご迷惑だとは百も承知ですが、どうか僕の歌を聴いてはくれませんか」
生徒たちのざわめきが消える。
会場が水を打ったように静まり返る。
その沈黙を肯定と捉えたネロは「ありがとうございます」とお礼を言うと、
「それでは聴いてください。僕と、用務員の皆さんで――」
それまでオドオドしていたはずのネロのまとう雰囲気が変わる。
明るい照明を受ける灰色がかった黒い瞳に、それまで封じ込めていた感情が宿った。
底の見えぬ――果てのない、どす黒い怨嗟と怒りの感情が。
「――――『君を殺す歌』を」
死刑宣告の如く、そう静かに告げて。
ネロの歌声が、大講堂内の空気を震わせた。
《登場人物》
【ユフィーリア】舞台の占拠なんて何度もやってるから緊張なんかないもんね。
【エドワード】何度も問題行動に巻き込まれているから慣れたもの。
【ハルア】ドラム叩くの楽しみだな!!
【アイゼルネ】全く我らが魔女様は、と呆れるも問題行動自体は楽しんでいる様子。
【ショウ】大体の元凶。今回も色々と仕込んでおります。
【ネロ】いじめっ子に報復する為、舞台に立つ。練習した成果を見せる時だ!