第4話【問題用務員と練習】
そんな訳で練習である。
「ッと、よいしょ、ほいほい」
ベルトで身体の前に吊り下げたマギアギターの弦を指先で弾き、ユフィーリアはショウが奏でたように鋭い音を出していく。
弦を弾くたびに『べけん』みたいな音が出てくるが、ショウのように落雷の如き激しい音はまだ出せない。あれには技術が必要なのだろうか。おそらく弦を弾くだけでは出せない音域なのだろうが、やり方が分からない。
べけべけとマギアギターを爪弾くユフィーリアは、
「どうよ」
「自慢げにするほどでもないねぇ」
「何だとこの野郎」
エドワードに正直な感想を述べられ、ユフィーリアは不満げに唇を尖らせる。まだマギアギターに触ったばかりなのだから仕方がない。
「そういうお前はどうなんだよ。ショウ坊からマギアギターっていうか、マギアベースってのをもらってたろ」
「聴いてみるぅ? ユーリよりマシだと思うよぉ」
そう言うと、エドワードは身体の前で吊り下げているユフィーリアと同じようなリュート型魔法兵器を掴む。
よく見れば、細部はユフィーリアの持つリュート型魔法兵器とは異なっていた。ユフィーリアの持つリュート型魔法兵器『マギアギター』は6本の弦が張られているが、エドワードが与えられた楽器は弦が4本しかない。ショウからの説明では『マギアベース』と言われていた。
ネックと呼ばれる弦が張られた部分を指先で押さえ、それから彼の指が弦を弾く。
――――ぼーん、ぼんぼん、ぼーんぼん♪
マギアギターの奏でる鋭い音とは違い、まるで地鳴りのような低い音が耳朶に触れた。奏でる楽器が違うので何がいいのか分からない。
「どうよぉ」
「地味」
「何だとこの野郎」
自慢げに返してきたものの、ユフィーリアからの素直な評価を受けてエドワードが「ちくしょう」と漏らす。
互いの評価はともかく、今はただひたすら弦を弾いて音を出してみて慣れるしかない。まだ弦を押さえる指先の動きは辿々しいが、そのうち慣れるだろう。慣れなければ困る。
ユフィーリアとエドワードがこのリュート型魔法兵器を与えられた理由は、最愛の嫁にして可愛い後輩であるショウから「ルミナスデイズでは2人にも楽器を弾いてもらうぞ」と言われちゃったのだ。どうやらネロを含めて6人で小規模の楽団を組むようで、副学院長に無理を言って楽器を用意したらしい。
そしてユフィーリアとエドワードの担当が、この弦楽器という訳であった。嫁からの期待には応えたいのだが、どうにも嫁を超える腕前を習得できるような気がしない。
「というか、今これ何の曲を弾いてるんだろうな」
「さあ?」
「異世界の曲だろうけど」
「ショウちゃんなりに考えがあると思うけどさぁ」
マギアギターをべけべけべんべんと弾きながら、ユフィーリアは首を傾げる。ショウのお手製である『マギアギターとマギアベースの弾き方』なんていう説明書の頁を捲り、エドワードもまた首を捻るばかりだ。
楽器を与えられたところまではルミナスデイズに必要なことだと自分を納得させたが、せめて何の曲を弾くのか教えてほしかった。とりあえず楽器に慣れる目的でマギアギターとマギアベースに触れているものの、全貌が見えないので不安になってくる。
すると、
「調子はどうかしラ♪」
「よう、アイゼ。相変わらず何も分からないままマギアギターを弾いてるよ」
首を捻りながらも何とか楽器に慣れようとじゃかじゃかマギアギターやマギアベースを掻き鳴らすユフィーリアとエドワードに、様子を見にきたアイゼルネが声をかけてくる。
彼女もまた持ち運びが出来るピアノ型の魔法兵器をショウから与えられていた。その名も『マギアピアノ』らしい。通常のピアノよりも音が軽いが、様々な雰囲気の音を出すことを可能としたピアノのようである。
マギアギターを掻き鳴らす手を止めたユフィーリアは、
「お前の方の練習はどうなんだよ」
「とりあえずある程度の曲は弾けるようになったけれド♪」
アイゼルネは困ったように頭部を覆う南瓜のハリボテを撫で、
「おねーさん、一体何の曲を演奏しているのかしラ♪ 楽しい曲ではないことは確かヨ♪」
「異世界知識はさすがにアタシの常識を超えてくるからな……」
ユフィーリアも何とも言えない表情で言う。
異世界の知識はユフィーリアの常識が通用しないものばかりだ。今回も「異世界の曲を演奏することでいじめっ子どもを成敗する」と言ってショウも気合が入っているようだが、肝心の曲の内容を一切教えてくれないのだ。
何とか頼み込んでかろうじて教えてもらった内容は「格好いい曲だぞ、ちょっと精神的にアレになるけれど」という曖昧なお返事をいただいた。ますます不安である。
「ハルは何も聞かされてねえのか?」
「ないね!!」
用務員室のアイドルであるツキノウサギのぷいぷいと一緒に遊んでいたハルアが、いつもの頭の螺子が弾け飛んだような狂気に満ちた笑顔で応じる。
「オレも楽器をもらったけど、太鼓がいっぱいついたものだったよ!!」
「練習しなくていいのかよ」
「練習してもいいけど、これでいいのか分かってない!!」
潔い返事だった。ハルアはどう練習すればいいのかさえ理解していない。
彼にあてがわれた楽器は、特に規模が大きい。大小様々な太鼓が寄せ集められ、金属製の蓋みたいな見た目をした楽器――シンバルを吊り下げた台座もいくつかある。演奏者であるハルアを取り囲むように配置された太鼓の軍勢が、暴走機関車野郎に与えられた楽器であった。
その名も『ドラム』である。魔法の要素は欠片もなかった。
だが、1番練習の辛い人物を知っている。
「違います、そんな歌い方でいじめっ子どもを苦しめることが出来ますか。もっと歌声に感情を込めて、怒りを爆発させてください。歌詞の全てを表現するには今までの想いを歌声に乗せてぶつけてください」
「は、はい、先生!!」
「それと3小節前、無理に声を出そうとすると喉を痛めますので気をつけてください。ここは全体的に声を出すのが難しい箇所ですが、その分、感情を伝えるのに最適な箇所でもあります。無様に声をひっくり返そうものなら笑い者にされますのでご注意を」
「はい!!」
用務員室の扉越しに聞こえてくるショウの指示と、そんな指示に懸命に応えていくネロの練習風景。
その凄まじさは慣れない楽器に挑戦する問題児どもと違っていた。ネロが歌声を響かせ、声に歌詞を載せるたびに止められて「違います」のダメ出しの連続。あまりにも厳しすぎる練習の内容は、魔女として数千年を生きるユフィーリアでさえ震え上がらせるほどだ。
ただ、無意味に厳しいだけではない。着実にネロの歌唱魔法は修練されているのだ。今も扉越しに聞こえてくる彼の歌声に、寒気を覚えるほどである。
「でも確実に腕前は上がってるよな、厳しすぎると思うけど」
「俺ちゃん、耳栓してるのに鳥肌が立ってるよぉ」
「凄えね!!」
「厳しい部分はキクガさん譲りネ♪」
実はこの練習、ユフィーリアたち問題児は耳栓をしながらやっている訳である。理由は「歌唱魔法の影響でユフィーリアたちが精神崩壊すると困る」とショウに言われてしまったのだ。
ただ、耳栓をした状態でも漏れ聞こえてくる歌声が精神を徐々に蝕んでくる。耳栓を外せば間違いなく精神崩壊まっしぐらの状況であることは確実だ。歌の練習が聞こえてくる限り、耳栓を手放せなくなってしまった。
歌がピタリと途切れたその時、用務員室の扉が外から開かれる。隙間からひょこりと顔を覗かせたのは、ネロにスパルタ歌唱レッスンを施していたショウだ。
「あ、アイゼさん。少しいいですか?」
「どうしたのかしラ♪」
「ルミナスデイズの時の舞台演出について相談したくて……」
「いいわヨ♪」
「ありがとうございます!! ではこちらの方に……」
それまでネロに対して鬼軍曹もかくやとばかりの指導をしていたが、アイゼルネに対する受け答えやお願いの仕方はいつもの可愛い小悪魔系後輩のショウである。中身が入れ替わったのではないかと思うぐらいの二面性であった。
というより、ルミナスデイズの舞台演出に関して幻惑魔法を得意とするアイゼルネに相談する辺り、ますます彼のやりたいことが分からなくなってくる。頭の片隅で理解できたのは『ショウを本気にしたいじめっ子どもの命は、少なくともないだろう』ということだけだ。
遠い目をするユフィーリアは、
「今から怖ぁい……」
「死ぬ気で楽器が弾けないとまずそうだよねぇ」
「ユーリの場合はお部屋に閉じ込められて個人レッスンみたいな展開になるんじゃね!?」
「嫌なことを言うんじゃねえ。鼻血で出血多量とかごめんだわ」
練習をサボっているとショウから何を言われるか分かったものではないので、ユフィーリアとエドワードは大人しく楽器の練習に戻るのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】練習は出来るまでやり込む派。出来るまでやれば出来る。
【エドワード】練習は出来るまでやり込む派。出来るまでやるが、その練習風景は他人に見せない。陰で努力する。
【ハルア】練習は自分が理解できる範囲でやる派。出来たら褒めてほしいのでその練習成果を見せに行く。
【アイゼルネ】練習はエドワードと同じく陰で努力する派。研究に研究を重ねて努力している。
【ショウ】アイゼルネと同じく研究に研究を重ねて努力はするが、それはそれとして意外とあっさり出来ちゃったりする天才派。天才が努力するのでやべえ奴。
【ネロ】血反吐吐くほど努力して、それでも出来ずにもがく派。ショウの厳しい練習に食らいつく。だんだんスポ根に目覚めちゃってる。