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第2話【問題用務員といじめ】

 とりあえず、ハルアが身体を張って助けた男子生徒は用務員室で休ませる運びとなった。



「この人は大丈夫か……?」


「怪我はないから大丈夫だとは思うけどな」



 用務員室の片隅に置かれた長椅子ソファに寝かされる男子生徒のやつれ気味な顔を、ショウが心配そうな眼差しで見つめる。そのすぐ側には用務員室のアイドルであるツキノウサギのぷいぷいを抱っこしたハルアが控えており、いつでも彼の顔面にぷいぷいを乗せる準備は出来ている様子だった。

 やや隈の残る目元に乱れた金色の髪、分厚い眼鏡はレンズの部分がひび割れている。よく見れば頬にも殴られたような痕跡があり、何やら不穏な気配が漂う少年である。空から真っ逆さまに落ちてきたという状況も後押ししてくる。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、



「閲覧魔法を使う訳にもいかねえしな。このまま起きるのを待つしかねえか」


「起こす!?」



 ハルアが抱っこしたぷいぷいを掲げると、ユフィーリアは「止めろ馬鹿タレ」と返す。



「内輪のノリを出すんじゃねえ。何かが刺激になってまた窓からお空を飛ぶかもしれねえだろ」


「投身を図ることをそんな可愛い表現が出来るのか……」


「可愛いか? 窓からお空を飛ぶことが?」



 意外だと言いたげな視線を寄越してくるショウに、ユフィーリアが怪訝な表情を見せる。


 窓からお空を飛ぶということは、問題児だけではなく魔女や魔法使いならば誰でもやったことのある行動である。世の中には便利なことに『浮遊魔法』と呼ばれる代物も存在するので、たとえヴァラール魔法学院の校舎の窓から華麗に飛び出したとしても助かる術はある。

 転移魔法が面倒な時は、ユフィーリアも窓から飛び出して移動時間の短縮を試みたりするものだ。よくある事象の内容ではあるが、表現が可愛いか可愛くないかで問われれば「何で『可愛さ』が出てくるんだ?」と疑問を持たざるを得ないが。


 すると、



「んん……」



 長椅子ソファに寝かせた男子生徒のカサカサになった唇から、呻き声が紡がれた。

 閉ざされた瞼が震え、ゆっくりと持ち上がる。ひび割れた眼鏡の向こう側に現れた瞳の色は灰色が混ざった黒色の瞳である。何度か瞬きを繰り返し、目の前に広がっている光景がどこかの部屋の建物だとようやく気づく。


 男子生徒は不思議そうな声で、



「あれ……何で……ここは……?」


「おはよう!!」


「おはようございます」



 目覚めた少年の顔を覗き込み、まずはショウとハルアの2人がご挨拶。

 起き抜けに問題児の、しかも地雷を踏めば特にまずいと有名な未成年組の2人の顔が目の前に映り込めば脳味噌も混乱する。少年は灰色がかった黒い瞳を剥いていた。


 やがて脳味噌が情報処理を再開すると、少年の口から甲高い悲鳴が飛び出た。



「ひゃああい!? 問題児!?」


「驚くことないじゃん!!」


「失礼な人ですね、ぷいぷいをけしかけますよ」


「うわあ暴力は止めてあふわふわだぁ……」



 長椅子ソファから転がり落ちて怯えた様子を見せる少年に、ハルアがぷいぷいのお腹を押し付ける。顔面をぷいぷいの腹毛に覆われたことで平常心を取り戻していた。平常心どころか息が出来なくて天国でも見そうなものだが。



「えと、何で僕は……その、問題児の巣窟じゃなくて、あの、用務員室に……?」


「問題児の巣窟って何だ」


「すみませんごめんなさい用務員室の名称が生徒の間では『問題児の巣窟』と呼んでまして」



 ユフィーリアの単純な疑問が脅しの言葉にでも聞こえたのか、少年は床に埋まる勢いで平伏した。この少年、かなり気が弱いらしい。



「お前が空から落ちてきたから、うちの未成年組が助けたんだよ」


「…………そうだったんですね」



 少年は非常に申し訳なさそうな声音で、



「た、助けてくれてありがとうございます……」


「その割には嬉しそうじゃねえな。こっちは命の恩人だってのに」


「えあ、すみません……」



 ユフィーリアが表情と態度について指摘すると、少年は沈んだ面持ちでまた謝罪する。

 彼の態度はまるで「余計なことをしてくれたな」と言わんばかりのものだった。せっかく校舎の3階から命懸けで助けたと言うのに、助かって嬉しくないとはよほどの理由が推測される。このやつれ気味な顔つきからも明らかだ。


 顔を俯かせる少年に、ユフィーリアは問いかける。



「おら、まずは名前と学年から。あと何で魔法も使わずにお空を飛んだのかも」


「黙秘って出来ます?」


「なるほど、死ぬよりも痛え拷問を受けたいんならそれでもいいぞ」


「すみません、喋ります」



 ハルアが抱っこするぷいぷいが牙を剥いたので、少年はあっさりと意見を翻した。あのまま「構いません、黙秘します」とでも言えばユフィーリアもぷいぷいをけしかけたところである。

 忘れがちだが、ぷいぷいはツキノウサギと呼ばれる非常に咬合力こうごうりょくの強い魔法動物だ。指先ならば簡単に食いちぎれるほどの顎の強さと歯の頑丈さを持っている。可愛いだけではないのだ。


 少年はゆっくりと口を開き、



「えと」


「嘘を吐いたら絶死ゼッシの魔眼を使うからな」


「ううう嘘なんてつきませんよ!?」



 脅しかけるようにユフィーリアが言うと、少年は慌てた様子で否定した。嘘をつくつもりだったと予想できた。



「えと、あの、2学年のネロ・フォートナと言います。歌唱魔法系の授業を中心に学んでいます、はい」


「フォートナ、ああ『絶唱の歌姫』を輩出した魔法使い一族か」


「はい。姉がそう呼ばれております。両親も2人の兄も歌唱魔法の達人でして、レティシア王国でも大きな合唱団に所属しています」



 自らをネロ・フォートナと名乗った少年は、簡単ながらもそう説明する。


 フォートナ家という魔法使い一族があり、歌唱魔法系の魔法では有名な家系である。親族は全員揃って規模の大きな合唱団に所属しているか、合唱団の運営を担っているかのどちらかで、歌唱魔法の技術が非常に高いと言われているのだ。

 中でも最近では歌唱魔法で卓抜した技術を持つ魔女に送られる称号『絶唱の歌姫』を輩出したとして、さらに注目度が高まっているのだ。この称号を与えられた魔女は全世界から歌の上手さを評価され、様々な式典などで歌声を披露することになる。


 そんなフォートナ家に生まれたネロは、酷く表情が暗かった。



「家族はみんな、歌が上手いんです。でも僕は下手で……生徒の輪にも入っていけずに虐められるばかりで……」


「なるほどな。虐めなんて陰険なことをしやがる」



 ユフィーリアはひっそりと顔を顰める。


 家族の誰もが歌唱魔法の高い技術を持ちながら、自分だけは彼らに追いつくことさえ不可能な劣等感をネロは抱えていたはずだ。それなのに、追い打ちをかけるように生徒から虐めの対象にされてしまうとは散々な状況である。

 追い詰められたあまり、ネロは魔法も使わずにお空を飛ぼうと決意したのだ。若いなりにたくさん悩んだ結果、そんな最悪の答えを選んでしまったのが悲しいものである。


 ネロの話に耳を傾けていたショウが、



「音痴さんなんですか? だったら音痴矯正プログラムをやります?」


「え? あの、え?」


「とりあえず、まずは歌ってみてくれます?」



 戸惑うネロに、ショウが「さあ」と促す。


 彼には、歌がど下手くそな学院長の音痴を矯正したという実績がある。ショウによる『音痴矯正プログラム』なる授業は確実にいい影響を及ぼすに違いない。

 ショウだけではなく、ハルアもネロの音痴具合に期待を寄せていた。一体どんな腕前なのかと怖いもの見たさがあるのだろう。ハルアの琥珀色の双眸はキラキラと輝いている。


 未成年組による期待を一身に受け、仕方なしにネロは口を開く。その唇から紡がれた歌声は、



「――――……♪」



 確かに、歌唱魔法の名門と呼ばれるフォートナ家の実子にしては下手と言えば下手だろう。決して上手いとは言えない腕前だ。

 ただ、学院長のような超音波っぷりを期待していた問題児としては微妙なところではある。何と言うか、歌声が平坦なのだ。抑揚がなく、人間が発しているものとは思えない歌声である。


 彼の歌声を聞いた問題児は、



「平坦? 一概に『下手くそ』って野次るのは違うような気がする」


「何だかお人形の魔法兵器が歌ったような調子だよねぇ」


「感情はどこに置いてきた!?」


「学院長並みじゃなければいいんじゃないのかしラ♪」


「…………」



 問題児からの素直な評価を受けたネロは、灰色がかった黒色の瞳を涙で潤ませる。



「うう、僕は下手なんです音痴なんです!! 姉さんや兄さんに比べたら光り輝く黄金と土塊みたいなものなんです!! どうせみんなして笑うつもりなんでしょう!?」


「いいえ、笑いません」



 ネロの悲鳴じみた訴えに、真面目な回答を提示したのはショウだ。



「人間では出せない歌声です。お見事です。これはある意味で素晴らしい才能であり、間違いなくとても素敵な歌唱魔法が使えることでしょう」



 呆けたようなポカンとした表情を見せるネロに、ショウは「どうですか?」と問いかける。



「貴方の才能を存分に活かす為の知識を俺は持っています。この世に恨みつらみを抱き、惨めな思いを抱いたまま冥府に旅立つ前に、貴方を馬鹿にした連中に一泡吹かせてやりませんか?」


「え、出来るの……? 本当に?」


「可能です。俺はこういう局面では嘘をつきません」



 ショウはネロに手を差し伸べ、



「俺たちでいじめっ子どもを、歌唱魔法で殺してやりましょう」



 可憐な女装メイド少年が浮かべた笑顔は、どこまでも華やかなものであると同時に果てしなく悪意に満ちていた。

《登場人物》


【ユフィーリア】魔法を使わないでも校舎の3階から飛び降りても割と平気でいられる。

【エドワード】魔法を使わないでも校舎の3階どころか屋上から飛び降りても割と無事。

【ハルア】魔法を使わないでも高高度から飛び降りて両足骨折で済んだ。馬鹿野郎。

【アイゼルネ】魔法を使わないで校舎から飛び降りるなんて正気じゃねえ。

【ショウ】誰よりもふーわふわと飛び降りるぞ! 高さなんて冥砲ルナ・フェルノで関係ないもんね!


【ネロ】歌唱魔法で名門の家系の子供。両親の期待に応える兄と姉を見習って歌唱魔法を学ぶも、あまりの下手さに同じ学問を勉強する生徒からは陰湿ないじめを受ける始末。この度、思い詰めた果てでフライアウェイしたら問題児に助けられた。

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