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第9話【問題用務員と子守唄】

「君たちって問題児は!! 今何時だと思ってるんだ!!」


「その台詞、そっくりそのまま返すぜグローリア。お前は何時まで起きてるつもりだよ」


「うるさいよ!!」



 冷たい床の上に並んで正座をする問題児どもに、グローリアの怒声が叩きつけられる。


 現在の時刻は何と深夜1時過ぎだとグローリアは言っていた。踊り狂っていたので時間感覚がなかったものだが、どうりで眠いと思っていたのだ。眠いなら大人しく寝ろという話だろうが楽しい音楽を前に踊るのを止められなかったのが敗因である。

 おかげで普段は超健康優良児である問題児は、すっかり夜更かしさんになってしまった。深夜の12時になれば魔力切れよろしくパタリと倒れ伏すハルアでさえお目目をかっ開いている始末である。異世界の歌がすっかり目を冴えさせてしまっていた。



「深夜にピアノなんか演奏したら迷惑でしょ。騒いでないでとっとと寝なよ」


「楽しくてつい」


「踊りたくなってぇ」


「楽しかったよ!!」


「学院長もどうかしラ♪」


「いい汗かけますよ」


「深夜の騒音騒ぎの感想を求めてないんだよね、こっちは。『とっとと寝ろ』って言ったのは聞こえなかった?」



 グローリアがジト目で睨みつけてくる。


 そんな至極真っ当なことを言うグローリアだが、彼もまたこんな深夜の1時過ぎまで起きているのがおかしいのだ。夜更かしは不健康の塊である。しかも深夜帯でも元気な模様から寝るのが遅いのは常態化していると見ていい。

 超健康優良児である問題児からすれば由々しき事態ではある。こんな時間まで起きていなければならないということが可哀想だ。ここは早く寝かせてやるべきだろう。


 そんな訳で、ユフィーリアは同じように正座をするショウに視線をやる。



「ショウ坊、悪いんだけど子守唄を歌ってくれねえか? まずはこいつを寝させなきゃ」


「ああ、分かった」


「ちょっと!?」



 いきなり寝かしつけてこようとする問題児に、グローリアは目を剥いた。



「何で僕を先に寝かそうとするの!? 僕はまだ仕事が」


「そんなの今日終わらせなくてもいいだろ。世界が終わる訳でもねえんだし」


「君たちのせいで僕の仕事が遅れてるんだよ!?」


「はにゃ?」


「ぶっ叩くよ」



 拳を掲げて暴力を宣言してくる学院長だが、その脇をするりとショウが通り抜けてクリスタルピアノに向かってしまう。

 弾かれたように振り返るグローリア。異世界の子守唄にどんな威力があるのか不明だが、とりあえずこの常に夜更かしをする学院長を眠りの世界に引き摺り込むぐらいは出来るだろう。慌てて止めようとするも、貧弱な学院長はエドワードが羽交い締めしたことで身動きが取れなくなってしまう。


 クリスタルピアノの前に置かれた椅子に座り、ショウの指先が透明な鍵盤に乗せられる。それから、





 ――――♪


 ――――♪ ♪――――♪♪





 紡ぎ出される優しい曲。それまでの跳ねるような音とは打って変わり、眠りを促すような穏やかな曲調は確かに子守唄と呼べよう。

 クリスタルピアノの荘厳な音で奏でられる優しい曲に、グローリアも黙り込んでしまう。耳朶に触れる異世界の曲に怒る気力さえ奪われてしまったようである。さすが精神状態を乱高下させることで有名な異世界の歌である。


 そして、ショウの静かな歌声が乗せられる。



「――――♪」



 穏やかな曲調によく合う、伸びやかでいて涼やかな低音。

 歌詞は家族との思い出を描いたもので、語りかけるような口調が精神を揺さぶってくる。瞼を閉じると自然と歌詞の内容の光景が再生される。


 昼間にこの歌を聴いていれば、間違いなく再び涙腺崩壊の憂き目に遭っただろう。今は眠気の方が刺激されている。



「あれ……」


「これぇ……」


「もしかしテ♪」


「ユフィーリアたちも餌食になってるんじゃ……」


「ぐう」



 グローリアの為に子守唄を歌ってあげてほしいとは言ったものの、自分たちも聴いてしまったことで睡眠欲が刺激されて、哀れ問題児も学院長と同じく夢の世界に引き摺り込まれていくのだった。



 ☆



 ちょっと子守唄とは違うだろうが、穏やかな曲調が眠りを誘うだろうと考えて選んだ曲は、学院長を穏やかな眠りの世界へと誘った。

 規則正しい寝息を立てて冷たい床の上に転がる学院長の隣では、ショウの愛する旦那様が猫のように丸まって眠っている。同じように用務員の頼れる先輩たちもぐーすかと眠りこけていた。


 演奏者であるショウは首を傾げ、



「あれ、みんな寝てしまったのか?」



 ユフィーリアから「子守唄を歌ってほしい」と頼まれたから歌ってみたら、特に彼女たちも対策を取っていなかったようである。おかげで異世界の歌の魔力に引き摺られて夢の世界に旅立ってしまった。


 しかし、困ったものである。

 自力で起きてくれなければ、ショウはこのひんやりとした正面玄関で朝を迎える羽目になってしまう。用務員室は魔法で施錠されているので、ショウでは鍵を外すことが出来ないのだ。冥砲ルナ・フェルノでぶち抜いたら確実に怒られるだろうし。


 少し考えてから、ショウはポンと手を叩く。



炎腕えんわん



 虚空に呼びかけると、足元からずるりと腕の形をした炎――炎腕が何本も生えてくる。「何?」と言わんばかりに手首を揺らした。

 命じればどこでも生えてくるのが彼らである。扉越しに生やすことも可能だろう。炎腕に内側から鍵を開けてもらう作戦である。


 ショウは冷たい床の上で眠りこけるユフィーリアたちとグローリアを指差し、



「すまない、炎腕。学院長は学院長室に、ユフィーリアたちは用務員室に連れて行ってくれないだろうか。あと用務員室の鍵も開けてほしい」



 ショウの要求を受け、炎腕はグッと親指を立てる。それからわらわらと眠る問題児と学院長に炎腕が群がった。

 炎腕によって持ち上げられた学院長は、滑るように学院長室を目指して移動する。炎腕によって運ばれてもなお起きる気配のない学院長を見送り、ショウもまた眠る問題児と一緒に用務員室へ戻る道を辿る。


 薄暗い校舎内も、炎腕が明るく照らしてくれるので光源は確保されていた。1人でも怖くなさそうである。



「ん? どうした、炎腕」



 すると、炎腕がショウの寝巻きの袖を引っ張った。


 視線を下にやると、数多いる炎腕のうちの1本がぴこぴこと指を動かしている。何かを訴えているようだ。

 その指先の動きは、まるでピアノを演奏しているかのようだった。「歌ってほしい」と訴えているのだろうか。



「異世界の歌が聴きたいのか?」



 ショウの質問に、炎腕の手首が上下に揺れる。分かりやすい反応だ。



「じゃあ、少しだけなら」



 そう言って、ショウはふと脳裏をよぎった歌を口ずさむ。


 伸びやかな高音が特徴的な男性歌手の歌である。歌詞の内容は優しく、穏やかな日々を過ごす恋人の歌だ。ショウが聴いた印象では、そんな内容だと思う。

 ショウの声では少しばかり出すのが難しい低い音程から、盛り上がるサビにかけて男性歌手にしてはかなりの高い音程に変化していくので歌うのが難しい。それでも澄んだ歌声は聴いていて心地がよく、歌詞の内容も胸を打つものなので結構好きなのだ。


 歌を口ずさむごとに、炎腕がわさわさと左右に揺れる。異世界の歌を楽しんでくれているようでよかった。



「――――♪」



 ショウの歌声は、薄暗い校舎内に静かに落ちる。

 その足取りは軽やかで、歌うことがとても楽しそうであった。

《登場人物》


【ユフィーリア】超健康優良児。夜更かしをするのは晩酌をしている時ぐらい。

【エドワード】超健康優良児。どんなに遅くても深夜12時にはちゃんとお布団に入ってる。

【ハルア】深夜12時に電池切れを起こす。

【アイゼルネ】美容のために早く寝るのは基本。

【ショウ】健康優良児なので12時前にはお布団に入ってる。今回は例外。


【グローリア】不健康代表。夜更かしなんていつものこと。

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