第7話【問題用務員と深夜ダンスパーティー】
クリスタルピアノと言えば、正面玄関にある。
「何でこんなクソ寒い真夜中に」
「寒いのは分かるけどぉ、俺ちゃんに引っ付かないでよぉ。邪魔ぁ」
「美女2人を侍らせておいて何言ってるのヨ♪」
「俺ちゃんで暖を取ってるだけってのは分かるよぉ」
角燈を手に、ユフィーリアたち問題児大人組は未成年組を追いかけて正面玄関を目指す。
深夜という時間帯だからか、廊下に流れる空気は凍えるほど冷たい。共用部を使うような時間帯ではないから、学院の校舎に仕込まれた環境維持魔法陣の威力も弱まっているのだ。今頃は学生寮や教職員寮の各部屋の温度を自動で調整するように魔法が発動しているだろう。
窓から差し込む青白い月明かりが、廊下を進む問題児たちの姿を浮き彫りにする。北側の大自然の中にポツンと存在するのでヴァラール魔法学院の周囲は水を打ったように静まり返っているし、非常に寒い。こんな時間帯にクリスタルピアノで演奏会なんてしなくていいのに。
ユフィーリアは羽織っている黒色のカーディガンを引っ張り、
「さむさむ……」
「だぁから引っ付くんじゃないってのぉ」
筋肉質なことで他人より体温が高いエドワードに引っ付いて暖を取っていたら、無情にも大きな手のひらでグイと引き剥がされた。同じように引っ付いていたアイゼルネも容赦なく引き剥がされる。
「何でだよ、いいじゃねえか減るもんじゃねえし」
「体温が奪われる時点で減ってんだよぉ」
「寒いのヨ♪ 引っ付かせてちょうだいナ♪」
「寒いのは俺ちゃんだって同じだよぉ」
「嘘つけ、そのカーディガンの下は肌着だけだって知ってるからな」
レースがあしらわれていたりシルク素材だったりという寝巻きの上から冬用のカーディガンという問題児女性陣と違い、エドワードは何とこの真冬に肌着と厚手のカーディガンのみという季節感を問いただしたくなる寝巻きであった。これで寒くないのが不思議である。
寒いことには寒いのだろうが、やはり筋肉を鎧にしているだけあって耐性はある様子である。「寒い」とは口先で言いながらも震えることはない。
ユフィーリアとアイゼルネの2人で両側からエドワードを挟み込み、
「もう引き摺っていけ、エド。お前なら出来る」
「この極寒の中、置いていくよぉ」
「部屋入れてやらねえぞ」
「引っ付いててもいいけどせめて自分で歩きなよぉ」
「意見をひっくり返したわネ♪」
さすがにこの寒さで夜を過ごすのはエドワードとしても嫌なのだろう。魔法が使えるユフィーリアであれば追い出すのも簡単なので屈するのが早いと判断したのか。
脅しに近い方法ではあるが、これで暖かさも確保である。ユフィーリアとアイゼルネでエドワードに引っ付きながら、冷たい廊下を歩いていく。
すると、
――――♪
遠くからピアノの澄んだ音が聞こえてきた。
「何か弾いてるな」
「また異世界の歌かねぇ」
「夜に似合わない明るい曲ネ♪」
廊下の奥、蟠る闇の向こうから聞こえてくる音に耳を澄ませる。
跳ねるように奏でられるピアノの音。流れるように響き渡るその音たちが形作る曲は明るく、夜の雰囲気には似合わない溌剌とした曲調だ。まるで昼間の生徒たちで賑やかな学校内の雰囲気を表現しているかのようだ。
連続する音符はさながら生徒たちの足音、浮き沈みのあるメロディーは思春期だからこそ抱く複雑な心境のよう。廊下を進むごとに大きくなる音は、ついにその歌声までユフィーリアたちの耳に届けてくる。
「――――♪」
ショウの歌声である。普段の彼の、涼やかなテノールが爽やかな印象を帯びて異世界の曲を紡ぐ。
暗い印象を与える歌詞かと思えば、それに続くのはそれら全てを跳ね除ける希望に満ち溢れた曲と歌詞。思春期が抱く不安を全て肯定し、受け入れ、それでもなお前向きな内容の異世界の歌である。
曲調もどこか特徴的で、耳に残るメロディーだ。歌詞の内容は知らずとも頭に残り、無意識のうちに口ずさんでしまうような歌である。これほど心に、そして記憶に残る歌はこの魔法が盛んとなった世界でもそうそうない。
ようやく正面玄関の付近に辿り着き、吹き抜けから1階部分を覗き込むと、透明なピアノに可愛らしいモコモコの猫を模った寝巻きを着たショウが向き合っていた。軽やかに鍵盤を叩き、綺麗な歌声を夜のヴァラール魔法学院の校舎内に響かせる。
「いい歌だな」
「そうだねぇ」
「そうネ♪」
ショウの奏でる異世界の曲に耳を傾けながら言うユフィーリアたちは、
「……ところで、その隣でハルは何やってんだあれ」
「踊ってるよねぇ」
「どう見ても踊ってるわよネ♪」
ポロロンポロロンとピアノを奏でるショウの隣で、ハルアは大人しく膝を抱えて聴き入っている訳でもなく、何故か元気に跳ね回りながら手足を振っていた。その挙動は酔っ払っているという風には見えず、おそらく彼なりのダンスか何かなのだろう。
跳ねるようなピアノの音楽に合わせてハルアの小柄な身体が躍動し、裸足の足が冷たい床をペタペタと叩く。音に合わせるように軽快なステップを踏み、飛び跳ね、手を伸ばし、全身で曲を表現するかの如く舞い踊る。
やがてピアノの音が残響し、曲が終わりを迎えると共にハルアの動きも止まる。それから2人ではしゃいだ声を上げた。
「凄いな、ハルさん。上手なダンスだ」
「踊るの大好き!! もっと踊りたい!!」
「ではゆったりとしたバラード曲なんかは踊れるだろうか?」
「いいね!! 挑戦してみるよ!!」
そんなやり取りを経て、ショウの指先が再び透明な鍵盤を叩き始めた。
次に流れてきた曲は、静かでゆったりとしたものだった。前奏などなしにショウの歌声が重ねられる。その歌声が紡ぐ異世界の歌は冬を題材にしている様子だった。
心に染み入るような曲に思わず聴き入ってしまう。吹き抜け構造となった正面玄関の全体に、ショウの歌声が響き渡っていく。そんなゆったりとした曲調に合わせてハルアも、バレエのようなダンスを披露していた。
「またいい曲だなこりゃ、涙が出そうになる」
「ぐすん」
「手巾を持ってきておいてよかったワ♪」
「エド、お前は泣くのが早すぎるんだよ」
すでに目が潤み始めているエドワードの脇腹を軽く小突き、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を掲げる。
曲の題材が冬ならば、冬らしい演出をしてやるのも一興である。下手に演出を決めれば台無しになりかねないが、曲そのものの題材がすでに決まっているので演出はやりやすい。
煙管を一振りすると、月明かりが静かに落ちる正面玄関にふわりと綿雪が降る。冷たい雪は静かに、しんしんと正面玄関で深夜の演奏会に勤しむ未成年組の頭上に降り注いだ。
ショウのピアノの演奏が止まり、ハルアもダンスを中断して室内に降る雪に魅入る。彼らの瞳はキラキラと輝いていた。
「よう、お前ら」
1階部分にいる未成年組に、ユフィーリアは3階から呼びかける。
「深夜にダンスパーティーなんて感心しねえな」
「はわわ」
「あわわ」
ようやくユフィーリアたち問題児大人組の存在に気づいたらしい未成年組が、揃って顔を青褪めさせる。
それはそうだろう。何故なら今の時間帯、いい子なら寝ている時間である。
なのに未成年組はクリスタルピアノによる演奏をもとにダンスパーティーを開催中だ。「こんなど深夜にやることじゃねえだろ」とお説教されるとでも思っている様子だった。
しかし残念ながら、問題児はどこまでも問題児である。『面白いこと』があれば真っ先に飛びつくのがヴァラール魔法学院を創立当初から騒がせる問題児なのだ。
「アタシも混ぜてくれなきゃ悲しくなっちゃうゾ☆」
「踊っちゃおうねぇ」
「踊れる曲がいいワ♪」
そんな大人たちに対して未成年組の反応は、
「れっつだんしんぐ!!」
「あの、俺が言うのも何だが、寝なくていいのか?」
「もう目が冴えちゃった」
そういう訳で。
深夜ダンスパーティーに問題児が全員揃って参戦し、ますます盛り上がりを見せるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】昔はよくレティシア王国のダンスホールに入り浸って踊りまくってた。踊るの楽しいよね。
【エドワード】ユフィーリアに付き合ってダンスホールに入り浸っていたことがある。基本、そのダンスホールのご飯目当て。
【アイゼルネ】義足をもらってから初めてダンスホールに行って、調子に乗って手品まで披露して、ダンスホールに出現する奇術師と名前を馳せた。
【ハルア】踊るの好き好き! ブレイクダンスからワルツ、あるいはフォークダンスまで全体的に踊れる。
【ショウ】夜中に叩き起こされ、何故かクリスタルピアノを弾いている。お目目が冴えちゃった。