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第6話【異世界少年と様子のおかしい先輩】

 ゲリラコンサートが終わってから、ハルアの様子がおかしい。



「ハルさん?」


「…………」



 ショウは頼れる先輩用務員の顔を覗き込み、試しに彼の眼前で手を振ってみる。


 虚空に投げかけられたハルアの琥珀色の双眸は、ショウを映していない様子である。どこか遠くを見据えており、明らかにぼんやりとしていた。

 クリスタルピアノを弾いている最中では興奮気味に曲を聴いてくれていたものだが、用務員室に帰ってきた途端に部屋の天井をぼんやり眺めて何かの思考に耽っているのだ。ツキノウサギのぷいぷいはおやつの為に来訪したリリアンティアのお膝の上を陣取り、ナデナデとブラッシングをされている。おかしくなってしまったのはハルアだけである。


 首を傾げるショウは、



「ハルさん、どうしたんだ? 身体の調子でも悪いか?」


「…………」


「ハルさん? おーい、ハルさーん」


「…………」



 目の前で手を振っても無意味に終わったので、今度は頬を抓って正気の取り戻しを画策する。


 ところが、ハルアは頬を抓られてもぼんやりが抜けなかった。思いの外もちもちなほっぺたがびよーんと伸びただけで、彼からの反応は一向に返ってこない。心ここに在らずといったような態度である。

 もしかしたら、ショウが歌っていた異世界ソングの数々が今になってハルアの精神状態に影響を及ぼし始めたのだろうか。精神的にも強靭な七魔法王さえ涙と鼻水で顔面がぐちゃぐちゃに崩壊するほどの強い影響が出た異世界ソングを聴いても、ハルアには何ら影響が出なかった。それは大きな認識違いだったのかもしれない。


 ショウはハルアの肩を掴んで揺さぶると、



「ハルさん、正気に戻ってくれ。もう異世界の歌は終わったぞ」


「…………」


「ハルさん、ハルさんってば」


「…………」



 どうやら聞こえていないようであった。何度呼びかけても無反応である。



「どうしたのぉ、ショウちゃん」


「エドさん、ハルさんが壊れちゃった」


「ええ?」



 ユフィーリアと今日の夕飯について話し合っていたらしいエドワードが様子を見にきてくれたので、ショウは先輩の異常事態を伝えてみる。


 彼自身の先輩であるエドワードが出てきても無反応である。ぼんやりと用務員室の天井を眺めたまま身動きをしない。瞬きもしない。これは精神崩壊をしてしまったのではないかと心配になる。

 エドワードもハルアの目の前で大きな手のひらを振ってみたり、琥珀色の瞳を手のひらで覆い隠してみたりと穏便に正気を取り戻そうと色々と行動してくれた。それでもなお、ハルアの正気は一向に戻らない。彼の心はどこに行ってしまったのか。


 拳を握りしめたエドワードは、



「もうあとは思い切りぶん殴るぐらいしか思いつかないんだけどぉ」


「えっと、ハルさんの頭が弾け飛んでしまうからそれは……」



 ショウはぷいぷいのブラッシングに勤しむリリアンティアを見やり、



「リリア先生もいますし、なるべく穏便にしたいところです」


「それリリアちゃん先生がいなかったら暴力も辞さないってことにならない?」


「いなかったら俺も炎腕でこしょこしょの刑でしたよ」



 ショウの呼びかけに「呼んだ?」と言わんばかりに床から炎腕が生えてくる。腕の形をした意思を持つ炎たちはゆらゆらと揺れ、わきわきと指を動かし、くすぐりの準備はいつでも出来ていると主張してきた。やる気に満ちているようである。



「どうした? おやつもう出来たぞ」


「ユフィーリア、ハルさんがおかしいんだ」


「? 全裸スパイダーウォークでもし始めたか?」


「何でハルさんの異常と言ったら『全裸でスパイダーウォーク』になってしまうんだ?」



 居住区画から顔を覗かせたユフィーリアは、その手に切り分けられたパウンドケーキを盛った皿を握っていた。ふわりと漂ってくる甘い香りが空腹感を刺激する。

 匂いを嗅いだことでリリアンティアが新緑色の瞳を輝かせ、ぷいぷいも興奮気味に「ぷ、ぷ!!」と自身もおやつを主張する。ユフィーリアの足元でぴょんこぴょんこと飛び跳ねるふわふわの兎はアイゼルネに捕獲され、我らが魔女様お手製のドライフルーツを手ずから与えられていた。


 ユフィーリアはパウンドケーキの欠片をハルアの目の前に突き出し、



「ほらハル、おやつだぞ」


「…………」



 ユフィーリアがパウンドケーキを差し出したことで、ハルアがその欠片に食いつく。そのままもっさもっさと咀嚼し、喉が上下に動いて飲み込んだことが確認できた。

 ちゃんとおやつには反応を示すようである。パウンドケーキをハルアの手に握らせると、自分でちまちまとドライフルーツが埋め込まれたケーキに齧り付き始めた。ただし表情は抜け落ちたまま、瞳にもいつもの光は戻ってこない状態である。何だかそういう人形みたいであった。


 問題児は揃って互いの顔を見合わせると、



「何があったんだろうな」


「ハルちゃんに限って風邪ってことはないよねぇ?」


「どうしちゃったのかしラ♪」


「ハルさん……」


「もきゅもきゅもきゅもきゅ」


「リリアは口の中に入ってるものを全部食べ終わってから喋ろうな」



 いつもとは違ったぼんやりとした様子のハルアに、一同揃って心配するのだった。



 ☆



 それからハルアはずっと不自然なままだった。



「ハルさん、ご飯だぞ」


「…………」



 夕飯の時もぼんやりしていて、ショウが手ずから食べさせなければならなかった。



「ハルさん、あんまり長湯すると上せてしまうぞ」


「…………」



 お風呂の時もぼんやりしていて、ショウとエドワードの2人がかりで面倒を見なければならなかった。


 そして寝る時になってもハルアの正気は戻らなかった。ぼんやりしたままなので可愛い兎の耳がついたモコモコの寝巻きに着替えさせ、寝床に転がしても何の反応がなかった。

 やはり彼の精神状態に異世界の歌が何らかの影響を与えているのだろうか。さすがに静かすぎる問題児の暴走機関車野郎に、ユフィーリアやエドワード、アイゼルネも不審に思っている様子だった。



「どうしたってんだ。まるで抜け殻じゃねえか」


「ショウちゃんの異世界のお歌が今になって影響してきたとかぁ?」


「そうだとすれば涙を流してオエオエしててもおかしくないと思うわヨ♪」


「ハルさん……」



 心配にはなるものの、これ以上の回復方法は思いつかない。自然治癒を待つしかないだろう。


 ユフィーリアの「寝るぞ」の号令で、ショウたちは天蓋付きベッドに転がる。寝室の明かりが落とされると、窓から差し込む月明かりが静かに照らし出すのみとなっていた。

 布団の中に潜り込んだショウは、未だ先輩のハルアのことを気にかけていた。明日には戻ってくれるだろうか。いつまでもあんな調子でいられてしまうと、異世界の歌を披露することにも躊躇してしまう。


 ユフィーリアやエドワード、アイゼルネも自分たちのベッドに入り込み、本格的に眠ろうとしたその時である。



「閃いた!!!!」


「ぎゃあ!?」


「何ぃ!?」


「やだ何ヨ♪」


「わあ!?」



 唐突にハルアのでっかい声が寝室に大きく響き渡った。


 驚きのあまりベッドから転がり落ちる問題児。ショウもさすがにハルアの絶叫に近いその大音声には飛び起きてしまった。

 何が起きたのか確かめようとすると、寝室と個別空間を仕切る為に設けられた天蓋付きベッドのカーテンが外側から開けられた。そこにはモコモコの兎さんの寝巻きを身につけたハルアが弾けるような笑顔を浮かべ、琥珀色の双眸を爛々と輝かせて立っていた。



「ショウちゃん、オレは閃いたよ!!」


「えと、あの、ハルさん?」



 カーテンを開け放たれて困惑気味なショウに、ハルアは要求してくる。



「歌って!!」


「え?」


「異世界の歌!! 歌ってよ!!」


「えと、それは明日でもいいか?」


「今じゃなきゃダメ!! 明日だとオレが忘れちゃうから!!」


「え、何を……?」



 今すぐ異世界の歌を歌ってほしいと要求されてさらに困惑するショウを、ハルアは抱きかかえた。



「行こうショウちゃん!! クリスタルピアノのところ!!」


「え、ちょ、ハルさん待ってわあああああああああ!?」



 一向に話が読めないショウは、ハルアに抱きかかえられた状態で夜のヴァラール魔法学院の校舎に連れて行かれるのだった。



「……いやダメだろ今何時だと思ってんだ!?」


「何考えてるのぉ、あの子!?」


「追いかけた方がよさそうネ♪」



 そして嵐のようなショウとハルアのやり取りを止める暇もなくただ眺めているだけだったユフィーリア、エドワード、アイゼルネの3人は夜の校舎へと飛び出したハルアを追いかけるのだった。

《登場人物》


【ショウ】様子のおかしい先輩が何かを閃いたようで、それに巻き込まれた。何事? ちなみに冬用の寝巻きはモコモコの猫さんみたいなパジャマ。

【ハルア】様子のおかしい先輩。何かを考えていたようだが閃いた様子。


【ユフィーリア】寝ようと思ったら急に叫ばれたおかげでベッドから転げ落ちた。

【エドワード】寝ようと思ったら急に叫ばれたので手をベッドの頭にぶつけて痛い。

【アイゼルネ】寝ようと思ったら急に叫ばれたので心臓が縮み上がった。寝る用の仮面を吹き飛ばさないでよかった。

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