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第3話【問題用務員とゲリラコンサート】

 正面玄関へ近づくにつれて、綺麗なピアノの音が聞こえてくる。



「綺麗なもんだな」


「クリスタルピアノだよねぇ。この音ぉ、どんな曲を弾いてるんだろうねぇ」


「素敵な曲だワ♪」


「綺麗ですよね。身共も初めて聴いた曲なんです」



 正面玄関方面から聞こえてくる曲に耳を傾ける問題児大人組と、リリアンティア。


 廊下の奥から聞こえてくる音は跳ねるように軽やかで、それでいてどこか踊りたくなってしまいそうな曲調である。荘厳なクリスタルピアノの音で軽快な曲を奏でるとは何という贅沢だろうか。

 そんな音楽に合わせて涼やかな歌声が聞こえてくるが、それもユフィーリアたちが正面玄関に到着する前に途絶えてしまう。流れるような音が連なったかと思えば、余韻を残して消えてしまった。曲が終わったようである。


 万雷の拍手に包まれる吹き抜け状となった正面玄関に辿り着いた問題児たちが見たものは、



「あわ、あわわわわ」


「凄いよショウちゃん!! めっちゃいい歌だった!!」


「ずぴー、ずぴー」



 正面玄関の周囲に集まってしまった授業終わりの生徒たちから拍手を送られて慌てるショウと、そんな後輩に抱きついて歌を絶賛するハルア、そして何やら咽び泣いている赤い毛玉のような人物が床に這いつくばっていた。ゲリラコンサートの中心にいたのはこの3人である。

 どんな歌を披露していたのか、結局聞けずに終わってしまった。これは悲しいことである。出来れば再度の公演が望ましい。


 ユフィーリアの考えが通じたのか、同じくゲリラコンサートを聞いていた生徒の1人が声を上げた。



「アンコール!!」


「アンコール、アンコール!!」


「アンコール!!」



 その声を皮切りに、他の生徒たちも「アンコール」と叫ぶ。再演を望む生徒がこれほど多いとは、それほどショウの歌声と異世界の曲は生徒たちを魅了して止まないようだ。旦那として少しばかり嫉妬してしまう。


 あちこちから飛んでくる再演を求める声に、演奏者であるショウはワタワタと慌てていた。逃げ場を探すように視線を周囲に巡らせるも、そこかしこに生徒たちが蔓延っているので逃げられないでいた。

 だが、3階から透明のピアノが置かれている1階を覗き込んでいるユフィーリアたち問題児大人組の存在に気づいたようで、ショウの表情がパァと明るくなる。その表情は例えるなら「助けが来た!!」とばかりの反応だった。



「ユフィーリア、助けてくれ!!」



 ショウは赤い瞳にわざとらしさ満載の涙を浮かべて、



「生徒のみんながいぢめてくる!!」



 生徒たちの視線がユフィーリアたちに突き刺さる。それから口々に「まずい」とか「見つかった」とか叫ぶと、さながら蜘蛛の子を散らすようにその場から急いで逃げ出した。

 ユフィーリアがショウを可愛がっているのは、ヴァラール魔法学院の内部でも有名な話である。問題児筆頭の愛する嫁を困らせればどんな目に遭うかなんて分かったものではない。尻に氷柱を叩き込まれるか、最悪の場合は氷像と化してしまうことだろう。


 必死の形相で逃げる生徒たちに、ユフィーリアは追い討ちをかけるように言う。



「おらお前らァ!! 嫁の歌声をアタシよりも堪能しておきながらおかわりを求めてんじゃねえ!! 散れ散れ!!」


「逃げろ氷像にされるぞ!!」


「氷像どころじゃねえ、全裸にひん剥いて可愛いフリッフリのメイド服を着せて1週間は脱げないように固定してやるからな!! 風呂にも入れないと思えよ!!」


「予想以上にやばかった!!」



 生徒たちはぎゃあぎゃあと騒ぎながら正面玄関から姿を消していく。問題児筆頭の問題行動を恐れてか、戻ってくる生徒はいなかった。


 正面玄関から生徒たちが完全に姿を消したのを確認してから、ユフィーリアは足元にまとわりついていたリリアンティアをヒョイと担ぐ。「ひゃあ!?」とリリアンティアの口から驚いたような声がまろび出た。同じくエドワードに担がれたアイゼルネは、もう慣れたとばかりの態度で大人しくしていた。

 ユフィーリアとエドワードは吹き抜けからの落下防止として設けられた柵に足をかけ、躊躇いもなく飛び降りる。重力に従って落下する身体。すぐ間近に迫った大理石の床へ難なく着地を果たしたユフィーリアとエドワードの2人は、担いでいたリリアンティアとアイゼルネを地面に下ろす。


 ショウは安堵の表情でユフィーリアたちに駆け寄ってくると、



「よかった、ユフィーリア。助けてくれてありがとう」


「アタシとしては再演してほしかったところなんだけどな」


「うぎゅう……」



 ユフィーリアがアンコールをしたことで、ショウがちょっと嫌そうな表情を見せる。



「ハルは興奮気味だし、副学院長は床に這いつくばってるし、よほど凄えものをお披露目したんだろ? アタシに見せてくれねえのは悲しいなぁ」


「ショウちゃん凄えよ!! お歌いっぱい知ってるの!!」



 琥珀色の双眸をキラッキラに輝かせ、興奮状態のハルアが言う。その腕に抱いたツキノウサギのぷいぷいも同意するように「ぷー!!」と鳴いた。



「で、そこの赤い毛玉は」


「毛玉言わんでほしいッスよぉ……」



 むく、と起き上がった赤い毛玉こと副学院長のスカイは、涙の跡が残された頬を手の甲で擦る。目隠しのされていない緑色の瞳は涙に濡れており、形のいいツンと尖った鼻からは止めどなく鼻水が垂れている。

 そんなに感動できるようなゲリラコンサートだっただろうか。副学院長ともあろう人物が涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔面を晒すとは驚きである。これは逆に、どんな内容だったのか非常に気になる。


 スカイは「ずび」と鼻水を啜りながら、



「ぷいぷいちゃんのアレルギーとか関係なしにショウ君の歌が本当にねぇ……もうねぇ……精神状態が乱高下ッスわぁ……」


「そんなに凄えのか、ショウ坊の歌。ますます気になるんだけど」


「凄えってもんじゃないッス」



 アイゼルネが差し出す塵紙で鼻を噛むスカイは、



「歌唱魔法って珍しくてね、魔力を持たない人間でも同じような効果が見られるんスよね。これはもちろん知ってるッスよね」


「そりゃ当然」



 ユフィーリアは常識だと言わんばかりに頷く。


 歌唱魔法は珍しく、魔力を持たない人間でも魔法を使った時と同じ効果を与えられる方法として有名なのだ。精神に多大な影響を及ぼす歌唱魔法は他者を励ましたり慰めたりなどの効果をもたらすのである。

 魔力を持たない人間でも使える魔法とは言うものの、長いこと生きている魔女や魔法使いでは精神に何の影響も及ぼさない。影響を及ぼすのは魔法を使い始めたばかりのひよっこか、それほど魔法の腕前が高くない魔女や魔法使いぐらいのものである。


 それが、魔力を持たないショウの歌声でスカイがこんな状態に陥ってしまった。これは歌唱魔法の常識の根底が覆される事態である。



「副学院長、精神に関与する魔法なら七魔法王セブンズ・マギアスでも随一じゃねえか。それが魔力を持たないショウ坊に屈するなんて情けねえぞ」


「じゃあユフィーリアも味わうといいッスよ、本当に精神がおかしくなるんスから」



 塵紙で鼻を噛みながら、スカイが「ショウ君、君の旦那様に目にモノを見せてやるッスよ」と言う。


 対するショウはちょっと嫌そうな表情を浮かべるばかりだった。よほど自信がないか、歌うネタがなくなってきたのだろうか。

 クリスタルピアノに近寄りもしないショウを、ハルアがグイグイと押しやって椅子に座らせる。琥珀色の瞳で期待するような視線を突き刺してくる先輩に、後輩であるショウは屈してしまった。


 鍵盤に指先を乗せたショウは、



「分かった、じゃあご期待にお応えしよう」



 少しばかり据わった目つきのショウは、



「ただしこれから披露する歌は、明るい曲調に見せかけた苦しい恋の歌だ。覚悟」


「え、ちょ、ショウ坊」


「覚悟」



 ユフィーリアが何かを言うより先に、ショウの指先が鍵盤を叩いた。

 地獄が待ち受けていることなど知らずに。

《登場人物》


【ユフィーリア】ショウの歌声を堪能するより前にコンサートが終わってしまったので、おかわりを求めたらまさかのとんでもねー歌が披露される予感。

【エドワード】この前、ショウが「ちくわ」を連呼する歌を口ずさんで呪われた(離れなくなった)ことがある。

【ハルア】異世界の歌に大興奮。精神の乱高下は起きていない。

【アイゼルネ】精神に異常をきたす魔法にはある程度の耐性はあるはずだが、そういえばシンカー試験で馬鹿になったんだよなぁ。

【ショウ】ゲリラコンサート開演。覚悟。


【スカイ】クリスタルピアノの調律を任されたはずなのに、どうして精神の乱高下に巻き込まれるのか。魔族なので精神に異常をきたす魔法についての耐性は高い。

【リリアンティア】聖職者として精神に異常をきたす魔法については修行をしているが、果たしてその実力は?

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