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第1話【異世界少年とクリスタルピアノ】

「もうすぐ聖夜祭クリスマスだね!!」


「そうだなぁ、もう1年も終わってしまうんだなぁ」



 冬の気配が忍び寄る外の世界を眺めながら、暖かいヴァラール魔法学院の校舎内をアズマ・ショウとハルア・アナスタシスの問題児未成年組が彷徨い歩く。環境維持魔法陣のおかげで校舎内は暖かさを維持されているので、防寒具を装備しないでも問題はなかった。

 ヴァラール魔法学院の窓の向こうでは、しんしんと雪が降ってきていた。また雪である。世界の北側に位置するヴァラール魔法学院は魔素まそが豊富な霊峰山脈に囲まれて囲まれた自然盛りだくさんの場所にあるので、物凄く寒いし雪も降ることも止むなしだ。


 ショウは手にした縄を引っ張り、



「ぷいぷい、お外には行かないぞ。雪遊びはまた今度だ」


「ぷー……」


「そんな顔をしてもダメ」



 窓から外に飛び出そうとするツキノウサギのぷいぷいの不満げな声に、ショウはキッパリと拒否の姿勢を突きつけた。


 現在、未成年組は日課のぷいぷいのお散歩中である。いくら毎日のように雪が降っているとはいえ、定期的にお散歩をさせなければぷいぷいは不健康にぶくぶくと太ってしまう。それだけは避けるべきだ。

 幸いにもヴァラール魔法学院の校舎内はかなり広いので、ぷいぷいにも十分な運動にはなる。本当はお外を駆け回らせた方がいいのだろうが、あいにくの空模様なので屋内で我慢だ。


 授業中の為に誰もいない広々とした廊下を進むショウとハルアは、話題を聖夜祭なる行事に移す。



「聖夜祭とは何をやるんだ?」


「お歌を歌ってるよ!!」



 ショウの質問に対して、ハルアは壊れ気味な笑顔でこう答えた。



「ほら、よくあちこちの教室からお歌が聞こえるでしょ!!」


「確かに」



 ショウは納得したように頷いた。


 ここ最近、ぷいぷいのお散歩をしていると色々な教室から綺麗な歌声が聞こえてくるのだ。歌詞の内容はよく分からないのだが、讃美歌のような印象を受ける。

 元の世界では綺麗な歌声を響かせる『聖歌隊』などが印象的である。あれは海外では未成年の少年が所属する少年合唱団によって印象付けられているが、なるほどこの世界では年齢や性別に左右はされないようだ。



「でも、名門魔法学校なのにどうして歌の授業なんかあるのだろうか」


「歌は誰でも使える魔法だからね!! 魔力がなくても誰かに影響を及ぼす魔法だよ!!」


「そうなのか。それは凄いな」


「綺麗な歌声には魔力が込められてるってユーリが言ってたよ!!」



 ハルアは琥珀色の双眸をキラキラと輝かせると、



「オレね、ユーリとエドが歌ってんのが好き!!」


「デュエットということか?」


「それもあるけど、ユーリもエドも歌がめっちゃくちゃ上手いからね!! 昔、レティシア王国で有名な合唱団で修行してリーダーもやったことあるって!!」


「確かに2人は歌が上手かったなぁ」



 特にユフィーリアの歌声は星屑祭りの『本祭』の際に聞いてことがあるので、それはもうよく知っている。遠くまで届くような綺麗な歌声はまさに世界まで震撼させたほどだ。

 ついでにエドワードも歌が上手いことは、何となく知っている。星屑祭りの『本祭』ではユフィーリアの方が目立っていたが、一緒にお風呂に入った時には陽気に鼻歌なんて奏でちゃったりしているので上手いという印象が強く残っていた。


 ショウは「でも」と言い、



「ハルさんも歌が上手いと思うが。歌って踊れるアイドルみたいだ」


「やだ照れちゃう!!」



 ハルアは照れ臭そうに頭の後ろを掻いていた。歌声を褒められてちょっと嬉しそうである。


 自分の上司と先輩を全力で褒めちぎるハルアだが、彼もまた歌が上手い部類の人間である。例えるならアイドル系だ。性格の純粋さも相まって元の世界ならば間違いなく芸能界のスカウトが殺到でもしそうである。

 しかも運動神経が突出しているので、まさに正しく『歌って踊れるアイドル』になれる可能性を秘めているのだ。異世界の暴走機関車野郎が、ショウの生きていた世界では夢を届けるアイドルになってしまう。ちょっとだけそれは寂しいので黙っておこう。


 すると、





 ――――♪ ♪♪


 ――♪ ――――♪♪





 何やら音が聞こえてきた。


 ちょうどこの先は正面玄関である。歌を披露する聖夜祭を控えていることに差し当たり、音楽団でも招集したのだろうか。

 それにしては音の種類は1つだけだし、音程もまとまりがない。まるで調律を受けるピアノのようである。


 互いの顔を見合わせたハルアとショウは、



「正面玄関にピアノなんて置いてあったか?」


「置いてなかったと思うよ!!」


「ちょっと見に行ってみよう」


「そうだね!!」



 足元で飛び跳ねるぷいぷいを抱き上げ、ショウとハルアはピアノの音が聞こえてくる正面玄関に向かうのだった。



 ☆



 正面玄関に、見覚えのない透明なピアノが設置されていた。



「わあ」


「わあ!!」


「あ?」



 透明なピアノを前に驚きの声を上げるショウとハルアに、ピアノの蓋に頭を突っ込んで何やらガチャガチャといじくり回していた作業着姿のヴァラール魔法学院副学院長――スカイ・エルクラシスが振り返る。

 さすがに繊細な楽器の調整時では目隠しをしないのか、いつもは目元を覆い隠している黒い布の存在がない。代わりに虹彩に複雑な魔法陣が刻み込まれた緑色の双眸が露わになっていた。


 スカイはショウの腕に抱かれているぷいぷいを見るなり、顔を「げ」と引き攣らせた。



「動物!! ごめんちょっと待ってべっくしやべえくしゃみが」


「あ、そうだった」


「副学院長、動物アレルギーだもんね!!」


「そうなんスよぉ、動物は大好きなのにもう」



 スカイは右手を振って、転送魔法によって鳥の形をしたマスクで顔面全体を覆う。ペストマスクなんてまともに見たのは初めてかもしれない。



「それで? どうしたんスか2人とも、ぷいぷいちゃんのお散歩?」


「ピアノの音が聞こえてきたので」


「そのピアノは何!?」



 ショウとハルアの言葉に、スカイは「ああ」と透明なピアノへ触れる。



「クリスタルピアノッスよ。毎年、レティシア王国の博物館からこの期間だけ借り受けるんス。誰でも自由に弾けるようにね」


「異世界知識に基づいて言うなら、それは『ストリートピアノ』と言いますね」


「そうなんスか。ショウ君の世界にも自由に弾いていいピアノがあるんスねぇ」



 スカイは感心したように言い、



「で、その調律を任されたのがボクって訳なんスよ。何せ世界で最も繊細な魔法兵器エクスマキナって言うからね、毎年この大役を任されるんス」


「それほど特殊な魔法兵器なんですか?」


「調律を少しでも間違うと音が汚くなっちゃうんスよ。このクリスタルピアノの音は世界最高峰の美音と有名ッスからね、世界的な歌姫も幾度となくこのクリスタルピアノの伴奏に合わせて聖夜祭に歌声を披露してるんスよ」



 スカイの魔法兵器を説明する口調に熱が入るということは、それほど見事な魔法兵器なのだろう。確かに鍵盤から中身まで無色透明のピアノはショウも見たことがない。

 少しでも調律を間違った途端に音が汚くなるほど繊細な魔法兵器を、よく毎年任されるものである。さすが魔法兵器の腕前では右に出る者はいないとされているほどの天才発明家だ。頭の螺子が吹っ飛んでおかしな魔法兵器を作らなければ、まだまともである。


 そこで、スカイが「そうだ」とポンと手を叩く。



「試しに弾いてみるッスか? 調律が終わったばかりなんて確かめてほしいんスよ」


「いいんですか?」


「誰でも弾けるようにって学院長のお達しだから、問題児でも弾けるようにね。遠慮なく好きな曲を弾いちゃってくださいな」



 スカイがそう言って、散らばった道具を片付けて無色透明のピアノから距離を取る。


 これでもショウはピアノを弾ける子である。父親がピアノを弾けたということで「お前も弾けるようになれ」と叔父夫婦から強制的にピアノを習わされたのだ。おかげで合唱祭の時はピアノの伴奏を任されるほどの腕前ではある。

 ただ、いきなり何を弾いたらいいのか分からないものだ。合唱曲なんて盛り上がりに欠けるし、かと言ってクラシックは眠くなるだけである。ここは聖夜祭にちなんだ曲にしよう。



「では異世界の曲を」


「待ってました!!」



 ハルアは弾んだ声で歓迎する。しっかりとその腕にぷいぷいを抱き、ショウにクリスタルピアノの演奏の権利を譲っていた。むしろ最初からそのつもりだったようである。



「へえ、異世界の曲ッスか。どんなの?」


「とりあえず、聖夜祭にちなんだ曲にしようかと」


「異世界の曲なんて初めて聴くッスわ。ボクも聴いてていい?」


「拙い歌でよければ」



 スカイも異世界の曲に興味を示し、居座りを決意した。これは半端なものは奏でられない。


 ショウはクリスタルピアノの前に設置された椅子に腰掛け、透明な鍵盤に指を置く。

 どこまでも無色透明なのでどの鍵盤がどの音を出すか確かめるように押し込むと、ポンという甲高い音が空気を震わせた。音を聞いて、指の位置を調整する。


 準備が出来たところで、ショウは指先に力を込め、奏でられる曲に合わせて歌声を響かせた。

《登場人物》


【ショウ】元の世界でも透明なピアノってあったけれど、中身も透明なピアノって初めて見たなぁ。

【ハルア】楽器は触らせてもらえない。壊したら大変だから。


【スカイ】楽器の調律を何度か任される天才発明家。余計な機能を付け足して怒られた回数は……まあ、片手の指の数で収まる程度なら。

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