第12話【問題用務員と授業代行】
「おいーす、グローリア。お疲れさん」
「ああ、ユフィーリア。追試お疲れ様」
追試を終えて報告書をまとめたユフィーリアは、それらを提出する為に学院長室を訪れた。
追試を乗っ取ろうと考えたのも、ひとえにリタの成績の為である。全教科予備教員の立場を復活させるように交渉した際、追試の結果を報告にまとめるようにと命じられたのだ。
面倒なことこの上ないが、リタは見事に追試を合格してくれたし労力をかけた甲斐がある。彼女が落第になろうものならハルアとショウが悲しむに違いない。
ちょうど書類仕事をしていたらしいグローリアは、羊皮紙に羽ペンを走らせる行為を中断してユフィーリアの提出した報告書に目を通す。
「ちゃんと書けてるね。明日は雪かな?」
「そうだよ、新聞見てねえのか」
「うわ雪が積もるよ。授業の道具がまた遅れちゃう」
「雪かきやっていい?」
「ふざけないならやってもいいよ」
明日の天気の様子を問題児のせいにされては困るのだが、雪が降るならまた雪かきの出番である。エドワードを引き連れて雪かきに勤しむべきか。ついでにヴァラール魔法学院を華やかにするべく、雪像の建築計画も頭の中に描く。
雪かきに対して苦痛も面倒も思わないので、ユフィーリアは積極的に雪かきを申し出る派である。何ならスコップ片手に雪かき作業の押し売りに行くぐらいだ。
鼻歌混じりに明日の雪の予報を受けて雪かきの計画を立てるユフィーリアに、グローリアは「そうだ」と思い出したように言う。
「ユフィーリア、悪いんだけどさ」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない」
「全教科予備教員として復活をしたんなら別の教科を見てやれとか言うんだろ。柄じゃねえことをするのはこれっきりだ」
グローリアの言葉を最後まで聞かず、ユフィーリアは一蹴する。
今回はリタの成績のことを鑑みて協力すべく全教科予備教員という立場を利用したが、本来であれば働かずに余計なことばかりする問題児だ。別に面白くも何ともない授業を受け持つことはない。
ただでさえ問題行動をせずに真面目に働いた影響もあって、サブイボが出てしまっているぐらいだ。今こそ「働かない万歳」を掲げるべきである。勤労なんて問題児から遥か遠い位置にいるではないか。
しかし、この学院長は諦めなかった。
「別にいいじゃない、悪い話じゃないし」
「なーにが悪い話じゃないだ。問題児に『働け』っておかしいのか」
「用務員としての給料を払ってるんだから働いてもらわなきゃ困るんだよ」
「うるせえ。ともかくアタシは働かねえからな。明日からはネオ【自主規制】を作って遊ぶんだ」
「馬鹿じゃないの!?」
声を荒げたグローリアは気を取り直したように咳払いすると、
「じゃあ、この話が君の可愛がっているリタ・アロットちゃんに繋がることだとしても断るつもり?」
「……何が言いてえんだ、脅しか?」
ユフィーリアはグローリアを真っ向から睨みつける。
働かせる為に随分と非道な手段を選んできたものである。対等の存在であるユフィーリアに言うことを聞かせるには『リタ・アロット』という生徒の存在が有効的と判断したのだろうか。下手に動けば彼女に容赦なく退学を言い渡してヴァラール魔法学院から追い出すことが出来る、とでも言いたいのだろう。
この学院長の非道な部分は今に始まったことではない。目的の為ならば手段を選ばないことをユフィーリアは知っていた。リタの立場を人質にすることも考えられたのに自分の行動が迂闊だったと後悔する。
が、
「いや、ルージュちゃんがいないからさ。魔導書解読学の教員を補充しようにも、昨日今日で見つかるはずないし。君は読書家だし、教えるのも上手いしね。魔導書図書館の魔導書は好きに読んでもいいから、引き受けてくれたらいいんだけど」
「何でルージュがいねえんだよ。確かに採取禁止の毒草を摘んで紅茶に加工したってことはお前に告げ口したけども」
「それが問題なんだよね」
グローリアは遠い目をすると、
「それがさ、僕や他の教職員が研究の為に使用するっていう個人的な理由から来る『採取禁止』だったらまだいいよ。個人的な理由だもの。でもさすがに法律で禁止されてて厳重な栽培の許可だけしか降りていない毒草を摘むのがね、ちょっとね」
「あいつ、自分で法律を破ったってのか? 【世界法律】なのに?」
司法の最高峰である【世界法律】が自ら法律を破るような行為は、さすがに学院長も目に余ったのだろう。謹慎処分を言い渡すのは妥当な気がする。
「確か、リタちゃんってルージュちゃんの授業を取ってたはずだよね。このままだと単位不足で留年ってこともあり得るから、君が代理でやってあげてよ」
「くそー、これが理由か」
ユフィーリアは頭を抱えた。
ルージュは普段の行動はさておいて、授業は非常に分かりやすい。魔導書解読学の分野はあらゆる魔法を学ぶ際にも必要になってくるので、分かりやすい授業をしてくれる教職員に生徒が集中するのはやむを得ない。
故に、その人気授業が受けられないとなるとあぶれる生徒が出てきてしまう。あぶれる生徒が出てくるということは単位が取れず、留年の恐れも出てきてしまうという訳だ。
その留年の可能性がある生徒に、リタも混ざっている。これは一大事である。
「仕方ねえな、ルージュが帰ってくるまでだからな」
「助かるよ。この調子でいつも働いてくれたらいいんだけど」
「やだよ」
そこで、ユフィーリアはふと思った。
「ルージュってどれぐらいで戻ってくるんだ?」
「3日間ぐらいかな。反省してなかったらもう少し延長する予定だけど、その判断は向こうに委ねてるよ」
「? 謹慎処分だろ、教員寮に閉じ込めたんじゃなくてどこにやったんだ」
「冥府だよ」
グローリアはあっけらかんとした口調で答えた。
「【世界法律】が自分で法律違反を犯すなんて七魔法王として示しがつかないから、謹慎処分よりも厳しめに処分したよ」
「……それ問題児がやったらどうなってた?」
「キクガ君を呼んでお説教かな」
「よかった、問題児で」
「よくはないんだけど、まあ問題児は法律の象徴じゃないからね。法律の象徴が自ら法律を破るような秩序を乱す行動をしたのがまずいからね」
知れず冥府送りになった第三席【世界法律】の無事を適当に祈りつつ、ユフィーリアは学院長室をあとにする。
その日より3日間、ユフィーリアがルージュの代わりに魔導書解読学の教鞭を取ることになったのだが、意外にも教え方が上手で密かな人気を博することになるとは問題児もまだ知る由はない。
☆
一方その頃、冥府では。
「手が痛くなってきたんですの……あと炭臭いんですの……」
「いいから黙って手を動かせ」
「何様のつもりですの!!」
「冥王第一補佐官様な訳だが。冥府にいる以上、私に逆らうことは出来ないと思いなさい」
冥王第一補佐官のキクガに監督され、ルージュはひたすら写経に取り組まされるのであった。
《登場人物》
【ユフィーリア】これから3日間ほど、魔導書解読学の授業を代行する。代わりにルージュの隠している禁書を勝手に読み漁り、何冊か拝借しておいた。あとで怒られるのは確定。
【グローリア】ユフィーリアが珍しく労働にやる気を出してくれているので、リタの名前を出せば働くと学んだ。
【ルージュ】七魔法王としてあるまじき罪を犯す真似をしてしまったので、冥府に連行されて写経の真っ最中。
【キクガ】グローリアから通報を受けて冥府拷問刑を適用させた。暴力はさすがにあれなので、嫌がらせ目的でひたすら社協に取り組ませることにした。