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第8話【少女と発見】

 本棚によって構成される薄暗い通路を、ひたすらに歩いていく。



「見つからないね!!」


「そうですね。やっぱり逃げちゃっているんでしょうか……」



 ハルアに手を引かれながら、リタは周囲にそびえ立つ本棚に視線を巡らせて魔導書を探す。


 隙間なく魔導書が詰め込まれた本棚だが、その種類は統一されていない。転移魔法の魔導書があったかと思えば、その隣に鎮座しているのは紐で綴じられた雑な紙束だったりするのだ。教科書にも使える装丁の魔導書の近くに子供が作ったお手製の本みたいな見た目の代物が置いてある異様な光景に、リタは少しばかり反応に困った。

 とはいえ、危険度具合で言えば紐で綴じられただけの紙束の方が上である。あの紙束も中身は見ていないが、禍々しい雰囲気を感じるので近寄りたくない。「ああいった魔導書は総じて難易度が高いので近づかないことをお勧めしますの」と魔導書解読学の授業でも教わった。


 すると、先導するようにして歩くハルアがふと足を止めた。



「どうしましたか、ハルアさん」


「あそこに毛むくじゃらの何かが落ちてるよ!!」



 ハルアが手に持つ角燈カンテラを掲げ、通路の先を示す。


 どこまでも本棚が伸びる迷路の先に、何やら毛むくじゃらの塊が鎮座していた。明かりを受けるとモゾモゾと動く。動物にしてはやけに平たいそれは、どうやら魔導書のようであった。

 表紙にびっしりと生えた長い毛に埋もれるようにして、魔導書が噛み付いてこないように戒める革製のベルトが見え隠れしている。あの見た目は魔法動物関連の魔導書だ。本棚から落ちて帰れなくなってしまったのだろうか。



「あれかな!?」


「あ、ハルアさん!?」



 ハルアが駆け寄ろうとすると、毛むくじゃらの魔導書は怯えた様子で逃げる。ずるずると地面を滑るその様は、まるで見えない糸で引き摺られているかのようだ。

 表紙を埋め尽くす長い毛皮が掃除道具のような役割でも果たしているのか、もふもふとした毛並みに埃や砂粒が絡まっている。一体どこから逃げてきたのか不明だが、魔導書の見た目は妙に汚れていた。


 明かりの届かない位置まで逃げた魔導書は、立ち尽くすハルアを警戒している様子である。さながらその態度は野生動物を彷彿とさせた。



「逃げちゃうね!!」


「おそらく、怯えているかもしれないですね」


「魔導書が怯えるの!?」


「はい。ほら、見てください」



 リタは暗がりの中で警戒心を剥き出しにする魔導書を指差し、



「魔導書の表紙がボロボロで、ところどころ禿げてしまっています。乱暴に扱われたのでしょう」


「あ、本当だ!!」



 ハルアが改めて角燈カンテラで通路を照らすと、その様子はより顕著なものとなった。


 明かりの中に収まる毛むくじゃらの魔導書は、ところどころで毛皮の見られない部分が観測できた。表紙を覆う毛皮部分が無理やり引きちぎられ、表紙にあたる革部分が露出してしまっている。血の出ない魔導書だとしても、無理やり毛皮を毟り取られるのは痛いだろう。

 そのせいで、魔導書はハルアとリタに対して怯えたような素振りを見せるのだ。よく観察すると小刻みに震えていることも窺える。よほど乱暴な読まれ方をされたみたいだ。



「魔導書とは言っても、まるで生きているかのように動き回ることもあると聞きます。乱暴に扱われると本が怯えることもあるのではないでしょうか?」


「そっか!!」



 リタの言葉にハルアが納得したように頷くものの、



「じゃあどうやって捕まえようか!? それとも通り過ぎる!?」


「ええと、あの状態だと可哀想ですから保護してあげないと……」



 そう言うものの、魔導書に餌付けなどは出来ない。生物ではないので食べ物を口にすることが出来ず、傷ついた魔導書に敵意がないと示すことが不可能である。

 加えてリタは追試の真っ最中である。制限時間が2時間と設けられた中で早く目当ての魔導書を見つけなければ、魔導書解読学の単位がもらえずにもう一度1学年をやり直す羽目になってしまう。そんな最悪の事態は避けたいところだ。


 でも、こんなところで手負いの野生動物のように警戒する魔導書を放っておくことも、リタには出来なかった。



「よいしょっと」


「リタ、何で寝転がってるの!?」


「野生の魔法動物は、特に視線の高さを怖がるんです。上から目線に警戒されてしまうので、まずは目線の高さを合わせるところから敵意がないことを示します」



 大半の魔法動物は膝をつく程度の背の高さしかないだろうが、今回の場合は魔導書である。もはや目線など地面と同じぐらいしかないのだが、リタは躊躇いもなく腹這いになった。

 ついでに何も怪しいものを持っていないことを示すように、制服の長衣ローブも脱いで魔法を使う際の杖も手放す。リタは杖がなければ魔法が安定して使えないのだが、傷ついた魔導書を保護するのに怪しまれでもする物品は身につけておかない方がいい。


 そうして、リタは初めてもふもふの魔導書めがけて手を差し伸べた。



「おいで。怖くないよ」



 魔導書に呼びかける。


 長い毛皮にたくさんのゴミを巻き付かせた魔導書は、ずるりとその平たい身体を闇の中に沈めようとしてしまう。距離が開いてしまう。

 怯えるのは仕方がない。手負いの魔法動物なんかは警戒心を解かないのが当然である。


 だが、そこで保護を諦めるほど、リタも弱い心を持っていない。



「大丈夫、君を傷つけない。傷つけるものは持ってないよ」



 リタの呼びかけに、毛むくじゃらの魔導書は震えを止める。

 ずるり、とまるでリタを品定めするように身じろぎをした。そっと差し伸べた手と、リタを交互に眺めているようである。匂いを嗅ぐ為の器官を有している訳ではないので、リタの指先の匂いを嗅いで危険度がないことを探る方法は取れない。それでも何とかリタ自身に危険がないことを信用してもらうしかないのだ。


 やがて、



「あ――」



 それは一体、誰の声だっただろうか。


 リタの差し伸べた指先に、ついに毛むくじゃらの魔導書が擦り寄ってきたのだ。肌に触れた毛皮はふわふわだが、砂粒も一緒に巻き込んでしまった影響でざらりとした感触も伝わってくる。

 ここでいきなり掴み上げると、野生動物の如き警戒心を抱く魔導書は即座に逃げてしまうかもしれない。そうなると信頼を取り戻すのはかなりの時間を有する。



「……触っても、いいかな?」



 魔導書にそう呼びかけると、ふわふわと表紙を押し付けるように毛むくじゃらの魔導書はさらにリタの指先へ自身の身体を擦り付けてきた。


 そっと手を伸ばして、魔導書の表面に触れる。埃でざらつく表紙の状態は心が痛々しくなるものの、魔導書が逃げる様子はないので優しく撫でてあげる。その行為が気に入ったのか、魔導書はさらに距離を近づけてきた。

 徐々に身体を起こし、リタは床に座り込んだ状態で毛むくじゃらの魔導書を掬い上げるようにして保護する。腕の中で大人しく抱かれる魔導書はもう暴れることも逃げることもない。毛皮に絡みつく大きめの埃をまずは取り払って、毛並みを整えるように手櫛で撫でると「もっと撫でろ」と言わんばかりにリタの指先に表紙の毛皮を押し付けてきた。



「凄いね、リタ!!」


「どんなものでも傷つけられたら恐怖心を抱くのは当たり前ですから。まずはそれを取り除いてあげなきゃ――」



 脱ぎ捨てた長衣ローブと杖を回収したところで、リタは自分の抱えている魔導書の題名に気づいた。


 長い毛皮に埋もれるようにして存在する魔導書の題名は『魔法動物生態大全』とある。リタが探すべき魔導書だ。

 運よく目当ての魔導書を見つけることが出来て、しかもこうして懐かれた様子である。今回の魔導書拾いは大成功だ。



「ハルアさん!! この子、私が探すべき魔導書でした!!」


「そうなの!? よかったね、リタ!!」



 ハルアも笑顔でリタの魔導書保護を喜ぶ。



「じゃあ持ち帰らないとね!!」


「そうですね、制限時間がどれぐらい残っているのか気になりますし……」



 両腕で毛むくじゃらの魔導書を抱えたリタが立ち上がったところで、ハルアが弾かれたように顔を上げる。


 角燈に照らされる琥珀色の双眸は、薄暗い魔導書図書館の天井を睨みつけていた。何かあるのだろうかとリタもつられて天井を見やるものの、一般人よりも少し低めの視力しか持ち合わせていないリタでは何があるのか分からなかった。

 ただ背の高い本棚がどこまでも伸びており、その果てが確認できない。見たところでは何もおかしな箇所は見当たらないのだが――。


 その時、



「リタ、危ない!!」


「きゃあ!?」



 ハルアがリタに飛びつく。


 飛びつかれた衝撃でハルアと一緒に床に倒れ込むリタだったが、耳朶に触れたのは何かが落ちて床に叩きつけられる音だ。自分たちではない、何かが。

 視線を音の方にやると、魔導書が暗がりから雨のように降ってくる。ぼたぼたと、どさどさと、重力に従って落下してきた魔導書が床やリタの上に覆い被さるハルアの背中を叩く。



「ハルアさ――!!」


「まだ顔を上げちゃダメ!!」



 背中に叩きつけてくる魔導書の雨など意にも介さず、ハルアはリタを抱きこむ。


 頭まですっぽりとハルアの小柄な身体に覆われるも、次の瞬間、リタの視界に映ったものに肝を潰す。

 薄暗い中で、壁のようなものがゆらゆらと大きく揺れていた。それが揺れるたびに魔導書の雨が降り注ぎ、どさどさと音を立てる。


 本棚がハルアとリタを押し潰さんと倒れてきたのは、その直後のことだった。

《登場人物》


【リタ】将来の夢は魔法動物の研究者。魔法動物に関する知識であれば大人顔負けの量を有する。この度、魔導書さえも手懐けた。

【ハルア】魔導書を手懐けるなんて上司でさえやったことないことをやってのけたリタを、素直に凄えと思っている。

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こ、これは・・・!多分ハルさんが庇ったから大丈夫だと思うが、この後が問題だ。密着した状態でリタさんは耐えられるのかー!?
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