第6話【少女と分かれ道】
目当ての魔導書がなかなか見つからない。
「どこだろうね!!」
「題名を確認しているが、なかなか目当てのものがないな……」
「魔法動物系の魔導書は表紙がふかふかしているものが多いよぉ。まずは表紙の特徴から探してみようねぇ」
「は、はい。助言、痛み入ります」
背の高い本棚を見渡しながら、リタは目当ての魔導書を探す。
隙間なく詰め込まれた魔導書の題名を確認すると、精神異常系の魔法を学ぶ魔導書の隣に転移魔法の魔導書が置かれていたりする。本の並びが明らかに整理されていない。
こんな雑多な並び方が許されるのかと思いきや、エドワード曰く「今が『魔導書拾い』の時間だから魔導書が逃げ回っているだけだと思うよぉ」らしい。逃げ回っている果てがこの雑多な魔導書の並び具合なのか、と納得してしまった。
「でも、確かに動物を取り扱う魔導書は表紙がふかふかしていたり、ふわふわしているんですよね」
「魔導書も動物カウントなんでしょうか」
「かもしれないです。乱暴に扱うと噛み付いてきますよ」
「本が……噛み付く……?」
ショウが「想像できない」と言わんばかりの態度で首を捻る。
種類によるかもしれないが、リタの知る限りだと動物系の情報がまとめられた魔導書は表紙がふかふかしていたりふわふわしていたりする場合が多いのだ。魔法がかけられた書籍なので、魔導書も動物のようになっているのだろう。
たまに本棚にふわふわとした毛皮を纏った魔導書が詰め込まれており、それらは革製のベルトで雁字搦めに拘束されている。書籍であるにも関わらず動物の如く振る舞うそれらの魔導書は、読み手に向かって噛み付いてくる場合があるのだ。大怪我を防ぐ意味合いでも、魔導書を縛り付ける必要がある。
たまに見かける毛皮を纏った魔導書の題名を確認し、それが目的の魔導書ではないことを知ったリタは深くため息を吐いて肩を落とす。
「これも違う……」
「リタちゃん、気長に行こうねぇ。制限時間はあると言ってもぉ、合格者の人数によっては制限時間を延長してくれるって言ってたしぃ」
「が、頑張ります……」
適度な励ましの言葉を投げかけてくるエドワードに、リタは涙が出そうになる。これを単独行動で片付けようとしていたら心細くて精神的におかしくなっていたかもしれない。
それにしても、である。
キョロキョロと周囲に視線を巡らせるリタは、ある異変に気がついた。
「魔導書図書館の内装、こんな雰囲気でしたっけ……」
「確かにそうですね」
「本棚がどこまでも続いてるね!!」
リタの言葉に、ショウとハルアが同意を示してくる。
今まさに魔導書拾いの真っ只中なのだが、魔導書図書館の本棚があり得ないほど遠くまで続いているのだ。本棚の終わりが見えないほどである。そのおかげで本棚によって構成された1本道がどこまでも続いているという状況になっているのだが、これはこれで不安になってしまう。
リタも魔導書図書館は何度か利用したこともあるし、魔導書を借りたこともある。記憶の限りではこんな1本道など魔導書図書館にはなく、さながら樹林のように乱立する背の高い本棚の群れがあちこちにあるばかりだったような気がする。
延々と続く本棚の1本道がを目の当たりにしたエドワードは、
「あー、これはユーリの仕業だねぇ」
「え」
「簡単に魔導書が見つからないようにねぇ、本棚へ魔法をかけて迷路のようにしてるんだと思うよぉ」
エドワードの言葉に素早く反応をしたのはショウとハルアだった。
「つまり、ユーリがお邪魔してるってこと!?」
「どうしてそんなことを……」
「リタちゃんの得意分野って言ってもねぇ、これは試験だよぉ。ただ魔導書を探すだけのお仕事なんて課題って言わないじゃんねぇ」
エドワードは「それにぃ」と言葉を続けて、
「この迷路はまだ良心的な方だよぉ。本場の魔導書拾いは本棚が階段みたいになってたりぃ、それこそ崖みたいになってたりぃ、元の場所に簡単に戻れないようになっているんだからねぇ」
「それはもう、迷路って言葉で片付けられませんよ」
「そうだよぉ。本当の魔導書拾いは『迷宮区』って呼ばれる場所でやることが多いからねぇ」
何やらリタ以上に不満げな未成年組を、エドワードは「文句を言わないのぉ」と軽くあしらう。
確かに、迷路のようになっているだけならば危険度はないだろう。追試という状況にも最適である。まだ良心的な妨害と言えよう。試験監督を務めるユフィーリアは、彼女なりに加減して生徒たちに課題を提示したのだ。
ただ単に魔導書を探させるのであれば、誰でも簡単に成績が取れてしまう。名門魔法学校として生半可な授業では許されないのだ。多少の苦難があってこその試験、そして追試である。
その時、
「リタ、危ないよ」
「きゃッ」
唐突に腕を引かれ、リタは甲高い悲鳴を上げる。
ぽすり、と再びハルアの胸に抱き止められるリタ。間近に迫った温かさと逞しさにまた心臓が暴れ始めたと同時に、背後からガン!! バサリ!! という本が叩きつけられて地面に落ちたような音が耳朶に触れた。
見れば、リタから見て右側に聳え立つ本棚から飛び出した魔導書が、向かい側の本棚と衝突して床に落ちていた。魔導書が落ちていた地点は、ちょうどリタが立っていた場所である。
「大丈夫?」
「ぅえッ、あ、はい!!」
頭上から降ってきたハルアの声にドギマギしながら、リタは何とか答えを返す。
どうやら本棚から飛び出してきた魔導書がリタと衝突する前に、ハルアが手を引いて助けてくれた模様である。本当に、彼には助けてもらうばかりだ。
お礼を言おうと口を開いた瞬間、ばづんッ!! という音がして魔導書図書館の明かりが落ちた。それまで明るかった図書館に薄闇が迫る。
「ひゃあッ!?」
「大丈夫だよ、リタ。ちょっと暗くなっただけだからね」
急に暗くなったことで驚くリタを安心させるように、ハルアの優しい声が頭上から降ってくる。背中を撫でてくれる彼の手つきが優しい。
「これもユフィーリアが邪魔を?」
「多分、これは魔導書が何かしら干渉しているんだと思うよぉ。ユーリがやったのはあくまで魔導書図書館全体の迷路化だけでぇ、それ以外は全部魔導書がその場に干渉してるって思った方がいいねぇ」
エドワードは「多分、他の人は暗くなるようなことはないと思うよぉ」なんて締め括る。どうやら魔導書が人を選んで嫌がる罠を仕掛けるらしい。
書籍如きがそんなことを出来るのかと感心するものだが、たくさんの魔法がかけられた書籍が犇めいていれば図書館そのものに干渉することも可能だろう。魔法とは実に摩訶不思議なものだ。
周囲を見渡したエドワードは、
「あ、分かれ道だぁ」
「本当ですね」
ショウもその存在に気づく。
今まで1本道がどこまでも続いていたのだが、ここに来て道が左右に分かれている。どちらの道も薄暗く、果てしなく道が伸びていた。
どちらの道も似たような作りをしており、左右に背の高い本棚が立ち並ぶ薄暗い通路と化していた。どちらが正しい道のりなのか、そしてリタの目当てとする魔導書があるのか不明である。
左右の道を覗き込み、それからエドワードが判断を下す。
「よし、二手に分かれようかぁ」
「え?」
「ハルちゃんはリタちゃんについてあげてねぇ。ショウちゃんは俺ちゃんを手伝ってぇ」
「ふぇあ!?」
急な方向転換にリタは驚愕の声を出す。
しかし、物事はリタを置き去りにして進んでしまう。ショウは「分かりました」と言うなり足元から腕の形をした炎――炎腕を呼び出すと、エドワードについて行ってしまった。炎腕が燃えているおかげで光源も確保できているという訳である。最初からそれをやってくれればいいのに。
左の分かれ道に進んでしまったエドワードとショウを止める術もなく、リタはハルアと共に取り残されてしまった。この判断は果たして正しいのか。
呆然とするリタに、ハルアがそっと手を差し出した。
「オレらも行こっか!!」
「あえ、は、はいぃ」
差し出された手を反射的に握り返し、リタはハルアに引き摺られてエドワードとショウが進んだ道とは反対方向の道を選んだ。
☆
「別にねぇ、分かれ道だからって二手になる必要もなかったんだけどねぇ」
「ですねぇ」
2人きりとなったエドワードとショウは、炎腕に照らされる薄暗い本棚の道をひたすらに突き進む。
背中からハルアとリタは追いかけてこないので、おそらく反対方向に進んだのだろう。足音も2人分しか聞こえてこないので間違いはない。
実を言うと、二手に分かれる必要はなかったのだ。どちらを選ぼうが結果は変わらなかったのだが、二手に分かれた方がいい理由があった。
「ハルちゃんにもようやく春が来たもんだからねぇ、そりゃ先輩として見守っておかないとぉ」
「ここは後輩として、先輩の恋路はお邪魔しないでおきましょう。お馬さんに蹴られて死にたくないです」
ニヤニヤと企むような笑みを見せるエドワードとショウもまた、物事に対して『面白さ』を求める問題児なのであった。
《登場人物》
【リタ】動物関連の魔導書なら解読も問題ない。むしろ暴れる魔導書を手懐けるぐらいには扱いにも慣れている。
【ハルア】分かれ道は左右を無視して中央突破し、挙げ句の果てに迷ってショウに連れ戻される派。
【ショウ】分かれ道は道の状態で見極める派。踏み鳴らされた痕跡があるならそちらの方に行っちゃう。看板があれば看板の指示通り。
【エドワード】分かれ道は枝を1本立てて、倒れた方に進む派。地図があればその通りに進むけど、なければユフィーリア直伝の方式。