第4話【問題用務員と魔導書拾い】
魔導書解読学には、魔導書を解読する分野の他にもう1つの分野がある。
「読みたい魔導書がなけりゃ解読も出来ねえだろ。だから『魔導書拾い』って分野があるんだよ」
進退の瀬戸際に立たされた生徒たちを前に、ユフィーリアは真摯に説明する。
魔導書解読学という学問は読んで字の如く『魔導書を解読する』為の学問な訳だが、解読する為の魔導書がなければお話にならない。せっかく解読する技術を持っていても、宝の持ち腐れになる。
ちなみに魔導書というものは、上級になればなるほど魔導書解読学に明るい魔女や魔法使いから逃げる傾向があるという性質を持つ。中身を読まれたくない、解読されたくないが為に魔導書自らが意思を持って行方を眩ますのも珍しいことではない。日記や手記を後世に魔導書として残されているものだから、作者としてはそりゃあ読まれたくはないだろう。
そんな訳で、魔導書拾いは魔導書解読学に於いて重要な分野とも言えよう。
「ただし、これには魔導書解読学で必要な知識はあまりいらねえんだよな。逃げる魔導書を探すだけの分野だから」
頭にいっぱいの疑問符をくっつけて首を傾げる生徒たちに、ユフィーリアは乱立する本棚を雪の結晶が刻まれた煙管で指し示した。
「いいか、お前ら。魔導書解読学が得意な魔女や魔法使いでも、別に好きでも何でもねえ魔導書を読むのに割く労力はねえんだよ。どうせだったや好きな魔導書を自力で解読して読む方がいいだろ? エロ本を読みたいが故にあの手この手で工夫を凝らして取引する青少年なら気持ちは分かるんじゃねえか?」
ユフィーリアがそう言うと、何人かの生徒がサッと視線を逸らした。どうやら記憶がある様子である。同じく追試を受けている女子生徒から冷たい視線を浴びる羽目になった。
主に魔導書拾いを重要視するのは、時間のない魔女や魔法使いたちである。時間が腐るほどあれば自分で目当ての魔導書も探して、ついでにおまけとして何冊か掘り出し物でも見つけて満喫していればそれでいい。仕事に忙殺される魔女や魔法使いはそうもいかない。
魔導書が必要なのに目当ての魔導書が見つからず、探す手間も惜しむ連中なんかは魔導書拾いを得意とする彼らに依頼するのだ。魔導書拾いで生計を立てている場合なら数分から数十分で発見してくるので、その存在は有り難られる。
「お行儀よく適当な魔導書を捕まえて読み解く作業なんかもう止めようや。十分学んだだろ、お前ら。じゃあ次の段階として好きな魔導書を拾って読み解く方が有意義だろうが」
ユフィーリアはひらひらと手を振り、
「ま、一筋縄じゃいかねえから頑張るこったな。制限時間は2時間、達成者の人数によって時間を延長してやる」
「どんな手段を使っても、て言ったろ」
すると、今まで静かに説明を聞いていた生徒が口を開く。
「なら、探査魔法で探せばいいじゃねえか。簡単だろ」
「やってみろよ」
「は?」
「やってみろ」
ユフィーリアは鼻で笑いながらその生徒に探査魔法の使用を許可する。
怪訝な表情をする生徒は自分の杖を取り出すなり、必修科目で習得したらしい探査魔法の呪文を唱える。何編かの言葉を紡ぐと同時に杖の先端から鳥の形をした薄赤色の光が放たれるも、すぐに虚空で霧散した。
発動した探査魔法がすぐに意味をなさなくなり、使用者の生徒たちは固まる。探査魔法の使用に希望を見出していた生徒たちは、目の前に突きつけられた結果に口をあんぐりと開けて呆然としていた。
すでに結果を知っていたユフィーリアは、
「魔導書ってご存知? 魔法がかけられた本を『魔導書』って言うんだけど、そんなものが大量に集められれば魔導書にかけられた魔法と探査魔法が競合を起こして上手く発動させられなくなるんだよな」
「え、じゃあ……」
「それだけじゃねえ、他の魔法も上手く発動できなくなるんだよな。様々な魔法が犇めいているから、ある意味で魔素が不安定になってるから超特大級のミステリースポット扱いだ」
絶望する生徒に、ユフィーリアは「あはは」と軽い調子で笑い飛ばす。
ただの探査魔法など、魔導書図書館では意味がない。書籍そのものに魔法がかけられた『魔導書』が何千万冊と犇めいている空間は魔法を使う場所としては混沌としている。何千万冊分の魔法が混在しているので、探査魔法も上手く発動してくれない。
ある意味で魔素が不安定な状況下にあるのでミステリースポット扱いされているのだ。この状況で魔法を正常に発動させることが出来るのは、七魔法王クラスの魔女や魔法使いぐらいのものである。
1学年の魔女や魔法使いの卵たちが、そんな高度な魔法の腕前を持っているはずもなく、探査魔法があっという間に霧散して消えるのは止むなしである。
「だから言ったろ、どんな手段を使ってでも目当ての魔導書を探してこいって」
それは、探査魔法を使わない方法で。
それは、自分の知恵と身体能力を活用して。
あらゆる手段を用いて、目当ての魔導書を探して持ってくることこそが魔導書拾いと呼ばれるものである。
「さあお前ら、行ってこい!! 制限時間内に戻ってこれることを祈ってるぞ!!」
封筒を握りしめた生徒たちは、蜘蛛の子を散らすように立ち並ぶ書架の群れへと消えていく。不安げな表情をしていた生徒も手にした封筒を確認しながら、早速とばかりに本棚を見上げて目当ての魔導書を探し始めた。
いくら赤点を取ったとはいえ、彼らは名門魔法学校の生徒である。生半可な魔法の授業を受けていない、将来を期待された魔女や魔法使いたちの卵だ。下手なことをしてさすがにヘマはやらかさないだろう。
適当な椅子に腰掛けて送り出した生徒たちを待つユフィーリアは、ふと視線を上げた。
「おう、アイゼだけか?」
「そうネ♪」
アイゼルネは愛用している紅茶を入れる為の薬缶やカップなどを転送魔法で手元に送り込みつつ、
「未成年組はエドを引き連れてどこかに行っちゃったワ♪」
「どうせ魔導書拾いに興味が出たんだろ。未成年組は好奇心旺盛だから」
アイゼルネが用意する紅茶の華やかな香りに鼻をひくつかせながら、ユフィーリアは応じる。
未成年組の好奇心旺盛さは問題児の中でも突出している。特にこの世界にやってきたばかりのショウは何にでも興味を示すお年頃だ。お目付け役のエドワードは彼らの好奇心旺盛さに巻き込まれて可哀想だが、まるで兄弟のように仲がいいものだから何も言わないでおく。
魔導書拾いなど、未成年組が興味を示さない訳がない。この大量の魔導書の中から目当ての魔導書を見つけるなんて、頭脳派なショウと身体能力天元突破のハルアなら簡単だろう。
入れたての紅茶をユフィーリアに手渡すアイゼルネは、
「ユーリ♪」
「何だよ」
「雇用契約書で『全教科予備教員』の文言を消したはずなのに、それを復活させたのはやっぱりリタちゃんの為かしラ♪」
飴色の液体を火傷しないように気をつけて啜るユフィーリアは、自分の顔を覗き込んでくる南瓜頭の魔女を見上げた。
かつてユフィーリアの雇用契約書には、小さな文字で『全教科予備教員』という文言があった。当然ながら教員として働くつもりはサラサラないので、雇用契約書を作成した本人であるグローリアに拳での交渉を求めた結果、その部分だけ削除することに成功した。
しかし、今回その文言をグローリアに頼んで復活させてきたのだ。面倒だが全教科予備教員という立場を使えば、追試を乗っ取ることも容易い。生徒たちも指示に従いやすいというものである。
ふいと視線を逸らしたユフィーリアは、
「ハルにな」
「えエ♪」
「『リタを助けてあげて』って、真剣にお願いされちまったからな。成績をプレゼントするって言った手前、確実な道を選んだ方がいい」
「まア♪」
そんな言い訳じみた言葉を選ぶユフィーリアに、アイゼルネはくすくすと笑った。
「リタちゃん、可愛いものネ♪ 妹みたいに思えちゃったかしラ♪」
「うるせえ。余計なことを言うと、転移魔法で本棚の中心地に置いてくるからな」
「あら怖いワ♪」
なおも楽しそうに笑うアイゼルネを、ユフィーリアはバツが悪そうな表情で睨みつけるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】全教科予備教員という文言を復活させてきた全生徒の姉御。身内に対しては甘いので、未成年組と仲のいいリタは妹みたいに思えてきちゃっている。
【アイゼルネ】精一杯問題児筆頭を装う上司が可愛くてしゃーない。もちろんリタも可愛い後輩として可愛がる。
【問題児男子組】一足お先に魔導書拾いに出かけてしまった。