第6話【異世界少年と真相】
ガラガラスパーン!! と食堂車の扉を勢いよく開けたショウは、開口一番こう宣言した。
「皆さん、謎は全て解けました!!」
ビシッと格好よく決めポーズもしながらの宣言である。乗客や従業員、そして世界的にも神々の如く崇められている魔法使い・魔女集団の『七魔法王』によって吊し上げられた上で罵倒の嵐に遭い、えぐえぐと咽び泣いていたシェイブからも注目を浴びることになった。
「へえ、解けたんだ」
「それはぜひ聞かせてほしいッスねぇ。この馬鹿タレよりも面白い話が聞ける?」
「どちらも正しい推理ではありませんでした、なんてオチは洒落になりませんの」
「頑張りなさい、ショウ」
「しょう殿の方が幾分か名探偵らしさがあるのぅ」
「ショウ様、頑張ってください!!」
「もう可愛いから『やっぱりエドさんが犯人でした』なんて言われても許しちゃう」
「おいコラ上司」
「ファイト♪」
大人たちからの期待を一身に受け、ショウは軽く咳払いをする。
「今回、被害者の死因は喉を切り裂かれたことによる他殺だと考えていましたが、実は傷口が見えなかっただけで喉は無事でした。血の出どころはおそらく毒を服用したことによる毒殺でしょう」
「誰かが毒を飲ませたってことでしょうか?」
「それもまた違いますね」
不思議そうに首を傾げるリリアンティアの考えを、ショウは首を横に振って否定する。
「結論から言いましょう、今回の殺人事件に於ける犯人はいません。何故なら被害者は自ら毒を飲んで服毒自殺をしたからです」
「何だと!?」
これに声を上げたのは、七魔法王によって吊し上げられた上で罵倒の嵐に遭ったシェイブである。言葉でボコボコに殴られたというのに早々と復活するとは、なかなか強靭な精神力をお持ちのようである。
確かに現場を見た限りでは喉を切り裂かれたことによる他殺と考えるのが妥当だろう。血塗れのナイフという凶器もその場に取り残されていた。だから傷口を見ない限り、殺人現場を目撃した人からは『喉を損傷した他殺、あるいは自殺』と考えてしまうかもしれない。
驚愕するシェイブに、ショウは「おや?」と赤い瞳を瞬かせた。
「死体をお調べしなかったんですか? 探偵ともあろうお方が、まさか血が怖くて死体を碌に調べなかったという訳です?」
「う」
「そうだったんですね。阿呆ですか。見ただけで分かったら苦労しないんですよ」
痛いところを突かれ、言葉を詰まらせるシェイブにショウは深々とため息を吐く。
死体の出血点は非常に分かりやすかった。死体を調べることが出来れば即座に分かったことである。その場に落ちていた血塗れのナイフという簡単な罠に騙され、血に汚れたシャツという分かりやすい物品も見抜けず、喉を引き裂かれたことによる他殺と安易な考えに至るのが悪い。
見ただけで死因が分かれば名探偵などそもそも存在していないのだ。何でもかんでも調べなければ始まらないというのに、碌な調査もせずに「喉を切り裂かれたことが原因で、犯人はお前だ」などと当てずっぽうにも程がある推理を口にすれば馬鹿にもされるし罵倒の嵐の標的にもなるだろう。
そこで、グローリアが挙手をした。
「はい、ショウ君」
「何ですか、学院長。俺の推理が当てずっぽうだとでも?」
「どうして被害者は服毒自殺をしたのか気になるんだよね。何か証拠はあった?」
「こちらです」
ショウが掲げたものは折り畳まれた羊皮紙である。被害者の旅行鞄から発見された手紙だ。
「世界的にも有名な魔法使いや魔女の人たちの前で改めて説明するのは恥ずかしい限りですが、世の中には呪術的な魔法を完成させるのに『生贄』を必須とするものもあるようですね」
「今回、被害者がその生贄になったということ?」
「証拠となる手紙にはそのように書かれていますね。『自分が生贄となるので、同盟者には魔法を完成させてほしい』と」
そう、同盟者である。
今回の殺人事件の被害者、いいや服毒事件の自殺者は新興宗教の集団に所属していた魔法使いである。新興宗教の集団ということは単独犯とは考えにくい、こういった連中は余程の理由がなければ群れることが多い。
つまり、この魔法列車内には同盟者と呼ばれる仲間が同乗しているのだ。
「素晴らしい」
不意に声がした。
見れば、今まで表情を強張らせていた乗客たち全員が気持ち悪いほどの笑顔を浮かべて拍手を送ってきた。その一挙手一投足に乱れはなく、どこかおかしな宗教を信仰している信者を彷彿とさせる。
万雷の喝采をショウが受け止める中、混乱しているのは七魔法王とシェイブと愛すべきショウの先輩たちだけである。一体何が起きたと言わんばかりの反応だ。
乗客の1人が歩み出てくる。死体を最初に発見したと言われて、シェイブからエドワードの不倫相手に勘違いされた女性である。
「我々の存在を見抜くその慧眼、天晴れだ。まだ子供ながら感服する」
「なるほど、貴方がたが新興宗教団体と」
「如何にも」
女性はどこからか杖を取り出す。その動きに合わせて、乗客全員も似たような杖を取り出した。
一見すると枝のような見た目をした木の杖だが、表面には薔薇の模様が彫られている。乗客全員が構える杖が同じ意匠だったので、新興宗教団体に所属している証としてその杖の使用が認められているのだろう。
その杖の先端をショウたち全員に向け、女性は「動くな」と命じてくる。
「動けば命はないと思え」
「もしかして、こちらのものが何か関係あるのでしょうか?」
他人からの命令に付き合う必要など毛頭ないと言わんばかりに関係なく動くショウは、手紙の他にも持ち込んだ瓶を掲げた。
手のひらで掴める程度の大きさの瓶には、赤黒い液状生物のような物体がたぷたぷと揺れている。瓶を見せると杖を構える女性の笑みが濃くなった。どうやら当たりのようである。
女性は「やはり見つけるか」などと言い、
「それは爆弾だ。爆薬や爆破の魔法では感知されてしまうが、我々は呪術を改良することで爆弾とした。我々『薔薇の鮮血令嬢』はその爆薬を持って、大国に宣戦布告をする」
そこまで言って、女性の笑みが顔から消えた。木の杖を握る手の力が強くなるのを視界の端で捉える。
「この場に七魔法王などという最上級の贄を用意してくれるとはな。褒美として死したあとは墓前に薔薇の花でも添えてやろう。さあ、このままレティシア王国に」
「果たしてそう上手くいくでしょうか」
「……何だと?」
真剣な眼差しを宿す女性の双眸に射抜かれてもなお、ショウは怯むことはなかった。手にした赤黒い液体で満たされている新興宗教お手製の爆弾を、ポイとゴミでも捨てるように床へ放る。
「おかしいとは思いませんか。たかが推理対決にどうして七魔法王を全員呼ぶ必要があったんでしょうか? 物事の良し悪しを決めるのであれば司法の最高点である【世界法律】だけでいいですし、証拠を示すのであれば時間と空間を操作する術に長ける【世界創生】だけでいいです。さらに証拠がほしいなら魔法の及ばない冥府の代表【世界抑止】もいればいいですね。本来であれば、推理対決の審査で必要なのはこの3人です」
ところが、この場にいるのは7人全員である。しかもしっかりとショウが呼び出したのだ。
推理対決の判断に於いて必要なのはグローリア、ルージュ、キクガの3人がいれば事足りる。正直に言えばその他は必要ない。ただ「暇だったから」という理由でついてきた、と言えば納得できる。
ショウはキョトリと首を傾げ、
「ああ、ところでお話は変わるんですけれども。被害者の方、どこかで見覚えがあるなって思ったら指名手配されてましたよね。確か連続殺人でしたっけ。ヴァラール魔法学院にも手配書が回ってきていたんですよ」
ショウはあの被害者に見覚えがあった。
つい先日、ユフィーリアの机の上に投げ出されたままにされていた指名手配書を発見したのだ。罪状を確認すると連続殺人とあり、ならば第七席【世界終焉】の仕事が回ってくるはずだと記憶に留めておくことだけにしておいたのだ。何も言われなければそれまでなので、ショウは何も言わずにいた訳である。
女性は憤怒の表情を見せ、
「何が言いたい!!」
「結論から言いましょう、貴方がたの目論見はここまでです」
ショウは「推理対決と言いましたよね」と笑い、
「俺は名探偵なので、ちゃんとここまで推理しました。推理した上で対策を取らせていただきました」
「何だと!?」
女性を含めて乗客全員がざわめく中、ショウは丁寧に対策を説明する。
「まずは現在を見通す魔眼をお持ちの第二席【世界監視】として、副学院長には爆弾の場所の特定。これは『1人分の血の量の臭いじゃないんですよ、怪しくないですか?』の一言でお分かりいただけました」
ショウから指名を受け、スカイは「ぶいー」なんてピースサインをしている。ああやってふざけている今も、呪術を介して作られた爆弾を見逃していないはずだ。
「それが危険物だったら大変なので、防御に特化した【世界防衛】として八雲のお爺ちゃんには魔法列車全域に結界を張ってもらっています。これは『犯人を逃したら嫌なので結界で逃げ道を塞いでおいてください』のお願いでご理解いただけました」
八雲夕凪はふさふさの尻尾を揺らして笑うのみである。結界は魔法列車の全体を覆う形で現在も展開中であり、仮に爆弾が爆発しても被害は最小限に止めることが出来る。
「第六席【世界治癒】として、リリア先生にはもしも怪我人が出てしまった場合の治療隊員です。これは『推理対決で暴動が起きた時の為にお願いします』ということでおいでいただきました」
「はい、来ました!!」
ハキハキと答えるリリアンティア。爆弾によって大怪我を負ったとしても、彼女であれば治すことなど簡単だ。
乗客たちの表情が憎悪に染まっていくが、ここに来てようやく異変に気づいたようである。
杖を握りしめる彼らの指先に、徐々に霜が下りているのだ。ゆっくりと指先から凍りついていき、気がつけば身体が動かせなくなる領域にまで到達している。それは魔法の行使で必要な魔力回路に侵入して、やがて全身を凍り付かせる遅効性の氷魔法である。
ショウは「お気づきですか?」と笑顔を見せ、
「第七席【世界終焉】として、ユフィーリアには新興宗教の人たちの足止めをお願いしました。『怖い人たちに囲まれているんだ、助けてくれ』で来てくれました。旦那様を顎で使うのは気が引けましたけど、それでも来てくれるなんて優しい旦那様ですよね」
ここまでやって、ショウの推理は完成する。
殺人事件に見立てた新興宗教団体『薔薇の鮮血令嬢』による爆破テロ――それを未然に防ぐ為に七魔法王をわざわざ呼び立てた訳である。正直な話、新興宗教団体なんて関係なくて何だかもっと大きな事件に発展しそうだから先手を打っただけに過ぎない。
結果的に黒幕である新興宗教団体はショウの策略に嵌り、見事に罰せられた訳だ。偶然だったとはいえ、こんな団体が隠れていたとはショウも少し驚いたものだが、多くの人が傷つくことは回避できた。
「証明終了です。何かご質問があれば受け付けますが――」
そう言って、ショウは真犯人たちに視線をやった。
ユフィーリアが編み出した遅効性の氷魔法を喰らった影響で、彼女たちは物言わぬ氷像と成り果てた。食堂に20体の、杖を構えた氷像がずらりと集合するのは何とも異様な光景である。
彼らは指先どころか、口さえ動かすことが出来なくなっていた。口が動かねば声も発することなど不可能である。その強力な氷の檻からは、並大抵の魔法使いでも抜け出せない。
「質問をする前に凍っちゃいましたね。残念」
氷像となった真犯人たちを眺め、ショウはペロリと舌を出して笑った。
《登場人物》
【ショウ】血の臭いが濃厚だったこと、死んだ被害者の顔に見覚えがあったことで先手を打ち、七魔法王を呼んで密かに対策済み。先の手数までお見通しだぜ。
【ハルア】道楽で呼んだんだろうなと思ったらまさかの展開で驚くあまり、なーんも言えなくなっちゃった先輩。後輩凄え。
【エドワード】まさか犯人に選ばれただけではなく、後輩の成長を目の当たりに出来るとは感動。それはそれとして上司は締めようかな。
【グローリア】ショウから推理対決の審査員として呼ばれた。時間と空間を操る魔法が得意なので死体があったらまず時間を戻せば犯人を特定できる。
【スカイ】推理対決の審査員として呼ばれた傍ら、ショウの「血の臭いが1人分じゃない」という証言の元、色々探してみたら呪術謹製の爆弾を発見した。魔眼があればその場から動かなくても物を探せるので便利。
【ルージュ】推理対決の審査員として呼ばれた。司法の最高峰、最終的な裁判の判決を言い渡す役目を負っているので推理対決の勝敗を判断するのに妥当。
【キクガ】推理対決の審査員として呼ばれた。魔法の及ばない世界『冥府』に勤務しているので、生きている人間の過去を記録する冥府の台帳を参照して裁判の判決を裏付ける。
【八雲夕凪】推理対決の審査員として呼ばれた傍ら、ショウから「犯人が逃げたら嫌だから」という理由で結界を魔法列車全体に張っておいた。この程度の広さなら朝飯前だし、結界の維持もお手のもの。
【リリアンティア】推理対決の審査員として呼ばれた傍ら、ショウから「暴動が起きた時のために」と治療要員としてやってきた。実際には犯人が暴れる前に止められたのでよかった。
【ユフィーリア】推理対決の審査員として呼ばれた傍ら、ショウが「助けてくれ」と言ってきたので相手が気づく前に魔力回路からじわじわと凍らせていく氷の魔法で乗客全員を屠っておいた。
【アイゼルネ】ユフィーリアについてきた。