第5話【異世界少年と捜査】
そんな訳で、捜査開始である。
「ふーむ……」
客室に放置された死体を前に、ショウは両腕を組んで首を傾げる。
だらんともたげた頭と襟元だけベッタリと付着した鮮血、全身を投げ出したような格好で極めつけには凶器となる血糊がついたままのナイフと他殺であると理解できる要素が勢揃いだ。これで他の死因が考えられるのならば随分と手が込んでいる。
まずは死因となっただろう首を調べるべきだ。あのポンコツ迷探偵も言っていたが、彼が死んだ原因は首を刺されたことによる他殺が最有力候補と言ってもいい。証拠もこんなに揃っているし、そう考えるのが最適解だ。
だと言うのに、頭の奥底ではその答えが否定される。「安直な推理は身を滅ぼす」と誰かが囁いているようだ。
「まだ何かあったりとか……」
「ショウちゃん、何か見つかった!?」
「わひゃあ!!」
背後から投げかけられた大きな声に、ショウは思わず飛び上がってしまう。極度の集中状態だったから、彼の存在に今まで気づかなかったのだ。
「ハルさん……」
「お手伝いに来たよ!!」
見方によっては狂気的とも受け取れる笑顔を浮かべた先輩、ハルアが食堂車からお手伝いに来てくれた。これ以上ないほど素晴らしい助手を獲得した。
「食堂車の様子はどうだ?」
「あの迷探偵さん、ユーリたちに吊し上げられて言葉でボコボコにされてるよ!!」
「うわあ……」
「これが本当のサンドバッグだね!!」
「その人、このあと身投げでもしないといいが……」
想像して、ショウは苦笑する。
特に身内を大事にするユフィーリアからの非難は止まないだろう。ショウが「推理対決をするんだ、どちらの推理が正しいか判断してほしい」と言われたからまだシェイブは生かされているが、推理対決が終われば命がなくなるかもしれない。
いいや、もっと酷い結末が待ち受けている可能性もある。何故ならユフィーリアはこの世から存在そのものを抹消させる魔眼『絶死の魔眼』があるのだ。最悪の場合、知らず知らずのうちに存在がなかったことにされかねない。
ハルアは「でもおかしいよね!!」と言うと、
「ここだけじゃないんだよね!!」
「血の臭いか?」
「うん、ショウちゃんよく分かってるね!!」
「これだけ濃ければさすがに気づくなぁ」
ショウもハルアと同じように空気の匂いを嗅ぐ。
空気の中に混ざり込む鉄錆の臭いは、明らかに1人分と換算できないぐらいに色濃いものだ。大きく深呼吸をすれば噎せ返るどころか、血の臭いで酔ってしまいそうになるぐらいである。
まともな出血が確認できるのは、壁にもたれかかって死んでいる男からである。スーツや仕立てのよさそうなシャツに染み込んだ赤黒い液体が、どこからの出血があったのか如実に示している。
しかし、ここ以外に死体は見られない。怪しいには怪しいのだが、頭から疑ってかかるとキリがない。
「とりあえず、まずは死体を調べてみようと思うんだ。ハルさん、手伝ってくれるか?」
「どうすればいい!?」
「死体を寝かせようか。このままではまともな捜査が出来ないし、現場の保存は魔法でどうにか出来るだろう」
「あいあい!!」
元気よく返事をしたハルアは、何の躊躇いもなく素手でだらんと投げ出された状態の死体の両足を引っ掴む。
「よいっしょーッ!!」
まるでお野菜でも引っこ抜くような勢いで、ハルアは男性の死体を引っ張った。
壁にもたれかかっていた男性の死体は、凄まじい勢いで床の上に引き摺られる。幸いなことに、男性の身体から両足は千切り取られることはなかった。ただ後頭部が個室内の床に叩きつけられて痛々しい音を奏でたので、死体の損壊には注意したいところである。
ハルアは一仕事終えたと言わんばかりに額の汗を拭っていた。さすが暴走機関車野郎と普段から言われているだけある。死体を損壊させたらまずいので、ちょっと今後は力仕事もご遠慮願いたくなる。
ショウはとても、とても申し訳なさそうな表情を浮かべて、
「ハルさん、すまないが助手をクビにしてもいいか?」
「何ですとーッ!?」
「死んだ人でもお荷物みたいに扱っちゃダメなんだ。丁寧にしないと」
「もう死んでるからいいのでは!?」
「よくないなぁ。死体を大事に出来ないんだったらエドさんに抱っこされててもらうぞ」
「止めて!! オレの身体が真っ二つに割れちゃう!!」
どうやら証拠となる死体を損壊させたなど知られれば、確実に先輩による折檻が待ち受けているとなると怖くて仕方がないのだろう。ハルアはガタガタと全身を震わせながら「丁寧に扱いまする、クビだけはご勘弁を!!」と懇願してきたので、仕方なしに助手のクビは取り止めることにした。
さて、問題の死体である。
体勢が変わり、仰向けに転がされたことで隠されていた部分も明らかになった。主に首の部分である。壁にもたれかかっていた時は頭が俯いていたので死因の決め手となった傷口が確認できなかったのだが、今は首周りを中心に露わとなっていた。
「ないな」
「ないね!!」
死体を見下ろし、ショウとハルアは口を揃えて言う。
何とこの死体、喉に傷がなかったのだ。凶器のナイフが転がっているものだからてっきり喉を切られたことによる死傷かと考えたものだが、予想は大外れである。
よく見ると、シャツに赤黒い液体は染み込んでいるものの、襟首付近は真っ白なままだ。液体が染み込んでいるのは胸元付近全体である。まるで大量の血を吐いたかのようであった。
ショウとハルアは互いの顔を見合わせると、
「血を吐いて死んだということは、この人は毒殺が正しいのだろうか。凶器はそこに落ちているのに?」
「殺人事件を偽装しようとしたのかもしれないね!!」
ハルアは「よくあることだよ!!」と言い、
「特に新興宗教が研究してる呪術関連の魔法とかは、生贄を使うからね!!」
「確か最近、そんな話をどこかで見聞きしたような……」
ショウは「うーん」と首を捻る。
最近ではショウも、ハルアと一緒に魔法の勉強を頑張っているのだ。属性魔法や転移魔法に転送魔法、空間構築魔法、呪術、死者蘇生魔法などあらゆるものを興味が湧いたものから片っ端に知識を詰め込んでいる訳である。
馴染み深いと感じたものが呪術だ。これは元の世界でも見られた手法が多く、ユフィーリアもショウが興味のありそうな参考文献をいくつか取り寄せてくれたりした。中には学院長が最近発表したばかりの論文もあり、ちょっと興味が湧いて本人のところに突撃をかましたぐらいである。
その中にハルアが言うような呪術の手法をまとめた論文もあったはずなのだが、多すぎてどれがどれだか覚えていない。詰め込みすぎたのだ。
「お荷物も探ってみるか」
「そうだね!! もう死んでるし!!」
ショウとハルアは、客室の上部に設けられた棚に手を伸ばす。あまり大きな荷物は貨物車に預けなければならないのだが、手荷物程度であれば客室に持ち込むことが出来るのだ。
この被害者の男性も例外ではなく、革製の旅行鞄が1つだけ棚の上にポツンと取り残されていた。手に持ってみるとずっしりと重たく、腰が悪い人が持てばぎっくり腰にでもなりそうなほどだ。
ハルアと2人で苦労して旅行鞄を棚から下ろすと、金具を外して蓋を開けた。
「瓶がいっぱいだ」
「何だろうね、これ!!」
手のひらに収まる程度の小瓶が、旅行鞄から大量に出てきたのだ。しかも瓶の中身は全部、赤黒い液体によって満たされている。瓶の蓋として嵌め込まれていたコルク栓には細かな穴が無数に開けられており、このまま瓶をひっくり返せば中身がシャワーの如くぶち撒けられることだろう。
ただ、その赤黒い中身も不思議なことに、瓶をひっくり返してもこぼれ落ちてくることはなかった。どうやら液状生物みたいにぶよぶよしているみたいで、瓶を乱暴に振ってみてもたぷたぷと揺れるだけだ。
試しにコルク栓へ鼻を寄せて匂いを嗅いだショウだが、
「ぶにゃッ」
「どうしたのショウちゃん!!」
「血の臭いだ……おええ……」
あまりにも濃すぎる鮮血の臭いに、ショウは思わず咳き込んでしまった。どうやら血を何かに加工しているようである。
そして同時に、1人分にしては多すぎる血の臭いの心当たりに気づいた。おそらくこの大量の瓶が原因だろう。こんな悪趣味なものを持ち歩くなど正気の沙汰ではない。
ハルアはショウの背中をさすり、
「大丈夫?」
「は、鼻がおかしくなる……」
ショウは赤黒い液体が詰め込まれた瓶を旅行鞄にしまうと、
「ん?」
「何か見つけた!?」
「これ」
旅行鞄の側面には、羊皮紙が挟まっていた。本来は書類など薄いものを収納する部分だろう。そこには無造作に折り畳まれた羊皮紙が何枚か確認できた。
試しに引っ張り出すと、それは手紙のようである。複数人とやり取りしていたのか、宛先の名前はバラバラだ。人名だけで手紙上で確認できたものは20人にも及ぶ。
その手紙の文章をしっかり読み込んで、ショウは「なるほど」と頷いた。
「ハルさん、俺はとんでもないことに気づいちゃったかもしれないぞ」
「気づいちゃった!?」
「気づいちゃった」
そしてショウとハルアは手紙と赤黒い液体の入った瓶を握りしめ、食堂車に駆け込むのだった。
《登場人物》
【ショウ】気分はいつも読んでいた推理小説の名探偵。捜査の時はばっちぃからちゃんと手袋してるよ!
【ハルア】ショウちゃんの助手だよ! クビになりかけたけどね!