第4話【異世界少年と審判員】
推理対決に必要な第三者を呼ばなければならないのだが、これには適任者に心当たりがある。
「そんな訳で、お呼びたてしますのでしばしお待ちを」
「君の息がかかっているのでは?」
「問題ありません。この世で誰よりも公平に裁可を下してくれる人たちですから」
そんなショウが自信と共に通信魔法専用端末『魔フォーン』を取り出し、どこかに通信魔法を飛ばす。しかも複数人に呼び声をかけているのか、その通信魔法の回数はやたら多かった。
通信魔法を終えて5分ほど経過した頃、食堂車の扉が反対側からガラリと開かれた。ポンコツ迷探偵のシェイブ・ホイットナーだけではなく、同じ魔法列車に乗り合わせたことで食堂車に集められる羽目となった乗客や従業員たちが驚きを露わにした。
食堂車の扉を開いてゾロゾロと足を踏み込んできた人物たちが、揃いも揃って美男美女だったからという理由ではない。推理対決など下らないことに首を突っ込んでくるような人物ではなかったからだ。
その人物たちは何てことはない調子でヘラヘラと笑いながら、
「来たよ」
「来たッスよ」
「来ましたの」
「来た訳だが」
「来たのじゃ〜」
「来ました!!」
「おう、来たぞショウ坊」
「来たわヨ♪」
この場に集合したのは、世界的にも神々と同等以上に崇められる偉大な魔法使い・魔女集団『七魔法王』である。しかも第一席から第七席までずらりと勢揃いだ。おまけとしてついてきた南瓜頭の美魔女もいる。
「ご足労おかけしました。学院長もまさか二つ返事で許してくれるとは思わなかったです」
「暇だったんだよね。執筆依頼もないし、授業もちょうど使いたかった教材が悪天候の影響で発送に時間がかかるって言うから自習にしたところだったし」
名門ヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドはやれやれと肩を竦めた。どうやら使う教材は転送魔法を使用してしまうと精度が落ちるものらしく、馬車による陸路で到着を待つしかないらしいのだ。
「ボクも本当は授業だったんスけど、同じ理由で教材が届かなくて。生徒には自習を言い渡しちゃったから暇だったんスよ」
「あら、学院長さんと副学院長さんもそうですの? わたくしも魔導書図書館の新書の到着に遅延が発生しておりますの、しばらくは蔵書点検などの通常業務しかなくて暇があったんですの」
そして同じ理由から副学院長のスカイ・エルクラシスと魔導書図書館のルージュ・ロックハートも暇を持て余していた様子である。
この3人は七魔法王の中でも比較的忙しく、たとえこんな下らない理由に引っ張り込もうとしても苦労する魔法使いと魔女なのだ。快く引き受けてくれた理由としては時間的余裕があったから、という至極当然な理由で助かった。
ショウは次いでおそらく学院長に次ぐ多忙さを誇る父のキクガに視線をやり、
「父さんもごめんなさい。忙しいのにわざわざこんな下らないことに呼んでしまって」
「気にすることはない、ショウ。ちょうど私も時間が空いていた訳だが」
キクガは朗らかに微笑み、
「まあ現在、冥王様が署名しなければならない書類が山ほど溜まっていて署名させなければならないし、裁判記録のまとめもしなければならないし、呵責を開発する獄卒がまた好き勝手なことをやらかして刑場を爆発させてその修繕に奔走していたりしていた訳だが、何も気にすることはないとも」
「それは気にしなければならないのでは? 父さん、実は物凄く忙しいのでは!?」
「気にすることはない」
父の頑なな姿勢に、ショウは「あ、これはもう触れちゃならないことだ」と直感した。おそらく現実逃避をする為に仕事を投げ出してきたのだろう。
「えと、リリア先生もすみません。お忙しいのに……」
「お気になさらず!!」
保健医、世界最大派閥の宗教を束ねる教祖、七魔法王の第六席【世界治癒】と数々の顔を持って多忙を極める聖女様、リリアンティア・ブリッツオールは疲れなど感じさせない清々しい笑顔で言う。
「畑で採れたお野菜と果物を届けに母様のところへ行ったら、母様がおやつを作ってくれたのです!! それを食べていたところでしたので忙しくはなかったです!!」
「ユフィーリア、聞いていないぞ!?」
「言ってねえもん」
最愛の旦那様にして世界で誰より問題児な銀髪碧眼の美しき魔女、ユフィーリア・エイクトベルは「お前らはいつも食ってんだろ」なんてちょっぴり薄情なことを笑いながら宣う。いつも旦那様お手製のおやつに舌鼓を打っていても、他人が食べていると知ると羨ましくなってしまうのは当然の帰結である。
ショウだけではなく、エドワードとハルアも声を揃えて「狡い」と主張した。やはりおやつに関して言えばユフィーリアの腕前に信頼を置いているようである。こだわりにこだわるから他人もその美味しさが分かるのだ。
ユフィーリアはケラケラと笑い飛ばし、
「安心しろよ、残してあるから」
「むう、帰ったら食べるから手をつけないでいてくれ」
「はいはい」
肩を竦めるユフィーリアだが、彼女はどこか楽しそうな声音で「それで」と続けてくる。
「ついにエドが殺人事件の犯人にご指名されたって? いやァ、アタシはいつかやるって思ってたんだよな。ほら見た目があれだろ。濡れ衣を着せられるのはもう見えてイダダダダダダダダダ冗談冗談冗談だって本当にそう思ってんならとっとと警察組織に突き出してるっての!?」
「冗談にしてはタチが悪いンだよ」
「アーダダダダダダダダダさらに力を込めるなお前ェ!! 顔面が陥没したらどう責任取ってくれんだこの野郎!?」
今の状況では空気の読めない冗談を口にしたことで、ユフィーリアはエドワードに顔面を鷲掴みにされていた。5本の指に力が込められているようで、彼女の美しい相貌が歪むのも時間の問題である。
ヴァラール魔法学院内では日常的に執り行われるやり取りだが、魔法列車に乗り合わせたポンコツ迷探偵とその他の乗客たちは未だに慣れない状況の様子であった。比較的、物珍しさから魔法列車を利用する七魔法王は従業員も見慣れているようだが、全員集合はさすがに緊張した様子が表情にまで表れている。
七魔法王という存在に慣れていなければ緊張するのも理解できる。彼らはこんな人間味あふれる性格でありながら、世界の魔法文明を発展させた偉大な功績を持つ魔女と魔法使いたちだ。もはやポンコツ迷探偵の探偵生命は閉ざされたものである。
シェイブは上擦った声で、
「な、何故、七魔法王が……?」
「おや、ポンコツ推理をやらかす迷惑すぎる探偵略して迷探偵でも、さすがに七魔法王の存在は知っていましたか」
ショウはいつもの毒舌をシェイブに容赦なく突き刺し、
「公平に判断してもらう為にご足労いただきました。七魔法王の中には法律の象徴である第三席【世界法律】がいますからね。それと答え合わせ要員として時空操作の魔法が得意な第一席【世界創生】にも来ていただきました。これでどちらの推理が正しいか、忖度なしで判断してもらえますよね?」
下手な第三者が推理の良し悪しを決めるより、司法の象徴と呼ばれる【世界法律】や時間と空間を操る魔法が得意と有名な【世界創生】に判断してもらった方が確実である。彼ら以上の腕前を持つ魔法使いや魔女など存在しない、誤魔化しは通用しないのだ。
ついでに父である第四席【世界抑止】は全人類の行動記録を記した冥府の台帳を参照することが出来る。魔法の技術で卓抜した技術を持つ七魔法王の判決にご不満を感じる人の為、魔法の技術が関与されない冥府からわざわざお越しいただいたのだ。完璧すぎる布陣である。
ショウはにこやかに「さあ」と促し、
「まずは七魔法王にご自分の推理をお聞かせしたらいかがでしょうか? 俺はまだ残念ですけど、準備が整ってませんので順番はお先にお譲りしますね」
「えぁ、あのッ、ちょ」
「それではごゆっくり」
朗らかな笑みを見せたまま、ショウは食堂車をあとにする。閉ざされた扉越しにポツポツと聞こえてきたのは、シェイブの拙さを極めた推理である。名探偵の推理を期待した七魔法王の圧力に屈したのだろう。
内容は、第1発見者である女性とエドワードが不倫関係にあり、エドワードが女性を完全に自分のものとする為に彼女の恋人を殺害したという夢物語である。どこの世界線の情報を受信すればそうなるのか。
シェイブが弱々しい声で「いかがでしょうか……」と七魔法王に評価を聞くと、案の定、厳しいものが待っていた。
「100点満点中、2点。推理の体裁を整えているところだけは評価してあげるけど、中身が荒唐無稽すぎるよ。あり得ないね」
「漫談にしても、もう少し面白い話を聞かせてくれるッスよ。ヤマなしオチなし意味もなしなトリプル駄作コンボは聞くだけ無駄ッスね」
「動機がまずあり得ませんの。普段から学院内を出ないで生活が完結するというのに、一体どうやって不倫をなさっていましたの? 特にエドワードさんは未成年組にまとわり付かれているというのに?」
「そもそも、彼の人となりを知っていればそのようなことをするはずがないってことは理解している訳だが。行動記録を参照するかね?」
「お主、夢でも見ておったんじゃないかえ? それか狐にでも化かされたんじゃろう。可哀想にのぅ、特に頭の方が」
「あの、身共はさすがに治癒魔法や回復魔法では妄想癖の治療は出来ません。よろしければ専門のお医者様をご紹介しましょうか? 精神科医と仰るんですけども」
「うちの忠犬を犯人に仕立て上げるなら、もうちったァましな作り話を聞かせろよ。ドタマぶち抜かれてえのか」
「まさか自分の罪をエドに押し付けようとしているんじゃないわよネ♪」
なかなかに辛辣な意見がシェイブを集中砲火するのを背後で聞き、ショウは声を押し殺して笑う。これはもう、七魔法王も同意見であると見た。
もはや勝敗はついたものと確信するが、やはりここはけちょんけちょんにしてやる為に正しい推理をする必要があるだろう。それには情報がいる。
ショウは「さて」と気分を取り直し、
「俺は俺で、捜査をしなくては」
先輩の潔白を証明するべく、ショウはまず事件現場の捜査に向かうのだった。
《登場人物》
【ショウ】世界最高峰の魔法使い・魔女がずっとそばにいるので、普通に息を吸うように呼び出すし顎でこき使うしおねだりもする。本来そんなことが出来る人間なんていねえことを平気でやってのける。
【エドワード】世界最高峰の魔法使い・魔女の集団を相手に軽口を叩けるし、何だったら上司の第七席【世界終焉】とは酒の肴で食った食われたの喧嘩をやらかす。本来そんなことをやれば世界中から袋叩きにされることを平気でやる。
【ハルア】世界最高峰の魔法使い・魔女の集団を殺害する為に生まれた人造人間。だが彼らの本性が実は悪い人ではないことを理解すると悪戯もするしお友達にもなっちゃった。
【七魔法王の面々】ショウが面白いことをやるって言うから見学に来た。推理対決とか楽しみ〜と楽観視。
【アイゼルネ】ユフィーリアについてきた。もちろん、面白そうだから。