第3話【異世界少年とポンコツ探偵】
問題児男子3人組が仲良く注文した食事を堪能している最中のことだ。
「ふむ、分かったぞ!!」
乗客の話を一通り聞き終えたらしいシェイブが、清々しい表情で食堂車に集められた乗客たちを見回した。
不安げな表情を見せる乗客たちとは相対して、問題児男子3人組は呑気なものである。エドワードはすでに大盛りのナポリタンを食べ終えて口の中に残った濃いめの味をお冷で喉奥に流し込み、ハルアは幸せの顔でオムライスの黄色い山を口に運んでいる。一方でチョコレートパフェを注文したショウは生クリームの上にかかっていたものが何と苦味のあるコーヒーソースだったこともあり、苦手なコーヒーの味でしょんぼりと肩を落としながらパフェを消費していた。
シェイブはもはや問題児の自由奔放さなど無視して、不安げな眼差しを向けてくる乗客たちに笑みを見せた。
「ご安心ください。この名探偵、シェイブ・ホイットナーは犯人が――そしてその動機さえも分かりました!!」
乗客たちの期待に応えるように、シェイブは人差し指を真っ直ぐにある方向へ突き刺した。
「犯人はお前だ!!」
如何にも自信ありと言いたげな雰囲気の、堂々とした態度で指先を向けた先には、
「…………は?」
大盛りのナポリタンを平らげたばかりのエドワードがいた。
「動機は単純だ。痴情のもつれ――そこの男と第1発見者たる彼女は不倫の仲だったのだ」
シェイブは滔々と語るものの、まるで身に覚えのない空想の物語が彼の口から紡がれる始末である。しかもそれが『推理』と銘打たれているものだから呆れたものだ。
ショウもハルアも、そして犯人と指定されたエドワードでさえも話が読めずに呆然とする他はなかった。先程まで熱心に他の乗客から経緯の説明を受けていたと言うのに、彼の頭の中には何も残らなかった様子である。乗客の誰がエドワードの姿を見かけたと言うのだろう。
先輩の名誉に誓って言うが、ショウはエドワードと片時も離れていない。そもそも乗車してから3人で行動していたので、1人になる時間など皆無である。これは自慢ではないが、未成年組だけでは阿呆なことをやらかすので、お目付役のエドワードがいなければ魔法列車ごと吹き飛ぶはずだ。
ポカンとする問題児を置いてけぼりにし、シェイブの馬鹿な推理はさらに続いていく。
「彼と第1発見者たる女性、ミシェーラは恋仲であった。しかしミシェーラには恋人であり今回の殺人事件の被害者であるテオの存在があった。決して結ばれない恋だからこそ彼は、ミシェーラを自分のものにする為――」
シェイブはそこで一呼吸置いて、何かを突き刺すような仕草をした。
つまり、彼の中では第1発見者である女性とエドワードが不倫関係にあり、恋人の存在に嫉妬したエドワードが何を血迷ったのか彼女の恋人を刺したという訳らしい。故に痴情のもつれによる犯行となってしまった。
第1発見者らしい女性は、困惑気味にシェイブの話を聞くばかりである。当の本人もシェイブの推理は間違っていると理解しているのだが、やたら自信満々に明かしていくものだから訂正が出来ずにいるようである。オロオロと視線を彷徨わせて実に可哀想だ。
その後も何かベラベラと語っていたが、大半が頭の中に内容が入ってこなかったので割愛する。どうせ碌でもない推理である、頭に入れるのさえ無駄だ。
「ええとぉ」
犯人に仕立て上げられてしまったエドワードは大人だった。ショウかハルアが犯人に指名されたら拳が飛び出していたかもしれないが、エドワードは無闇に殴り掛からなかった。
「何で俺ちゃんが犯人なのぉ?」
「ふッ、決まっているさ――」
シェイブは口の端を持ち上げて気障に笑うと、自分のこめかみを人差し指でトントンと叩いた。
「私の探偵としての勘が、そう告げているのさ!!」
――――――――ぷち、という音が頭の奥深くで聞こえた。
「さあ、神妙にお縄につくがいい。罪を牢獄の中で悔い改めれば君にも救いの手は」
「何様のつもりだ貴様ああああああ!!!!」
食堂車全体にショウの大音声が轟いた。
「さっきから黙って貴方の荒唐無稽な推理を片手間にパフェを食べていたら何ですか、その冤罪もいいところのお馬鹿な推理は? それでよく名探偵を名乗れましたね。あ、ごめんなさい自称でしたね。他人から誰にも名探偵って呼ばれないから自分から名探偵って呼称しているイッターイ感じの方ですかね。ご安心くださいすでに呼ばれていますよ、迷惑極まる探偵略して迷探偵様!!」
「あだッ、あだッ、あだあッ!?」
食堂車の丸椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がったショウは、呼吸すらもつかない怒涛の勢いでシェイブを詰る、詰る、詰る。さらに身体がくっつかんばかりに距離を詰め、迷探偵の眉間を人差し指でどすどすと突きまくる。
その指先の勢いがやたら強いのか、シェイブの眉間は赤くなってしまっていた。これで拳を顔面に叩き込まれないだけマシである。暴力らしい暴力ではないので正当防衛に訴えることすら出来ない。
乗客が怯えた視線を向ける中、ショウの舌鋒はさらに鋭さを増していく。
「大体ですね、探偵というのは勘で推理するものじゃないんですよ。お分かりですか? 分からないですか? 分かりませんかぁ、だってこんなに頭からいい音が聞こえてきますもんね。コツコツって明らかに頭の中身が詰まってなさそうな音がしますもんねぇ、一体この中には脳味噌ではなく何を詰め込んでいるんですか? お花畑ですか? リスでも飼ってるんですかこの中に?」
「あだッ、あだッ」
眉間を突いていた行為から、今度はシェイブの頭をコツコツと叩き始めるショウ。殴りかかるほどの強さではないのでやはり暴力には該当しない。まるで頭の硬さをノックで確かめるような叩き方である。
「あと痴情のもつれとか言う阿呆な推理の根拠は何ですか? この頭では出せませんか? エドさんにも女性にも失礼だとは思いませんか。それとも迷惑探偵様には他人の迷惑がお分かりになられないんですね。随分とまあいいお育ちですね、ご両親のお顔の皮は【世界防衛】が作り出す強固な結界よりも分厚いんでしょうか。貴方の面の皮も分厚いみたいですねぇ」
「いひゃひゃひゃひゃ」
そしてさらに、ショウはシェイブの頬を引っ張る。頬を引っ張られた痛みをシェイブが舌足らずな口調で訴えてくるも、怒り狂ったショウの耳に彼の言葉は届かない。
「根拠もない、証拠もない、ついでに言えば現実味がない。推理じゃなくて三文小説以下の駄文も駄文、駄作も駄作の頭コンコンチキな物語をよくもまあいけしゃあしゃあと語ってくれますね。どこの世界線を覗いてきたらあんな創作を語れるんでしょう。それとも異世界の知識をインストールしました? 夢見る乙女だってもう少しマシな文章を考えますよ?」
「な、ならば逆に問おう!!」
心が折れるほどの罵倒を受けても、シェイブはまだ強かった。その瞳に涙を浮かべながらショウを睨みつける。
「君にはこの謎が解けるとでも? そこまで言うのだったら君の推理とやらを見せてほしいものだがね。この名探偵の凌ぐ推理をしてみるがいい、今に私が正しいと分かるさ」
「よろしい、そこまで言うなら推理戦争のお時間です」
ショウは逆にビシッとシェイブを指差し、
「俺は先輩の身の潔白を証明する為、貴方の根拠の欠片もない荒唐無稽なゴミ推理に正々堂々挑みます。どちらが正しいか、第三者に判断していただきましょう」
「ふん、ただのお子様に名探偵の推理が負けるはずがない」
「その自信も今に崩れ去るのがオチですよ。アイタタタな人は負けた時の言い訳もお考えくださいね。それとも土下座で涙を流しながら『ごめんなさい、許してください、僕がおバカちゃんでした』なんて言ってもらってもいいんですよ。無様に足元へ這いつくばって許しを乞うなら俺も対応を考えましょう」
バチバチとショウとシェイブの間で火花が散る。この魔法列車を舞台にした殺人事件が、迷探偵と問題児による推理対決の題材に使われることになってしまい、巻き込まれた乗客や従業員はただただ困り果てるしかなかった。
一方、傍迷惑な探偵略し迷探偵に犯人と指定されてしまったエドワードと、そんな迷探偵をボロクソに言い負かす後輩を黙って眺めるハルアは、互いの顔を見合わせていた。
「どっちが勝つと思う?」
「ショウちゃんに決まってるでしょ、常識的に考えて!!」
「だよねぇ」
あの問題児の中でも極めて聡明な頭脳を持つ後輩が、真っ向から喧嘩を売って負けた試しがない。先輩たち2名はそんな勇敢な後輩の背中をしみじみと眺め、
「とりあえずスナック菓子がほしいねぇ」
「お姉さん、しょっぱいお菓子ある!?」
「まだ食うんですか!?」
推理対決の観戦を決め込む為、塩気のあるお菓子を求めたのだった。給仕のお姉さんからは目を剥いて驚かれていた。
《登場人物》
【ショウ】問題児随一の毒舌家。本気を出すと1の悪口に対して100も1000も罵倒を返してくるほど豊富な語彙力を有する。
【エドワード】後輩の怒涛の勢いで言い返す姿を楽しく観察。
【ハルア】あんなに凄い言い返しているのに、拳で殴ることはしないんだなぁと感心。
【シェイブ】ポンコツ探偵。問題児に喧嘩を売ったがばっかりにこんな目に。