第2話【異世界少年と事件現場】
先輩にドーナツを買ってもらって、未成年組はご満悦である。
「もちもち」
「もちィ!!」
「本当に呑気だねぇ」
そんなことを呆れた口調で言うエドワードもまた、給仕のお姉さんからコーヒーのカップを受け取っていた。ちゃっかり自分も注文済みであった。
「よくもまあ、凶悪な殺人事件が発生したと言うのにドーナツなんか食べていられるな……」
「腹が減っては推理も出来ませんよ」
お砂糖がたっぷりかかったドーナツを頬張りながら、ショウは若干引き気味な視線を寄越してくる金髪七三分け男に言う。
金髪七三分け男の話を聞く限り、どうやら魔法列車内にて殺人事件が発生した模様である。犯人は乗客に紛れ込んでおり、次の犠牲者が出る前に犯人確保が必要であることが金髪七三分け男の口から熱く語られた。正直な話、魔法の世界に触れていれば危険と隣り合わせでもあるので、殺人事件が起きようが心など揺らがない。
さらに、金髪七三分け男が言うには「乗客を集めたのは捜査に協力してもらう為」らしい。金髪七三分け男が主導して今回の殺人事件の解明をするようである。本当に出来るのかと疑いの眼差しを向けたくなる。
金髪七三分け男は胸を張り、高らかに声を張り上げる。
「しかし問題はない。この名探偵、シェイブ・ホイットナーがいる限りは犯人に好き勝手なことなどさせないと誓う!!」
まるで正義の味方かのような宣言をする自称名探偵、シェイブ・ホイットナーに乗客からの冷ややかな視線が送られたのは言うまでもない。歓迎されていないのは火を見るより明らかだ。
「ショウちゃん、殺人事件の現場を見てみようよ!! どうやって殺されたのか興味あるよ!!」
「ああ。何か分かるかもしれないからな」
「コラ、お子様たちィ!?」
シェイブの悲鳴を置き去りにして、未成年組は食べかけのドーナツを片手に食堂車から飛び出す。
最初に感じ取ったものが、鉄錆の臭いである。空気に混ざるそれは、生物の身体を流れる血潮の臭いと同じだ。殺人事件が発生しているのだから血の臭いを嗅ぎ取るのは当たり前なのだが、食堂車付近まで漂ってくるほど出血が酷かったのだろうか。
事件現場は、ずらりと並んだ客室の1つだった。現場保存を目的として扉は開け放たれたままになっており、簡単に個室内を覗き込むことが出来るようになっている。事件現場へ近づくに連れて鉄錆の臭いも濃度を増した。
そして現場の目の前にやってきた未成年組が目の当たりにしたものは、確かに凄惨な殺人事件の光景だった。
「わあ」
「わあ!!」
2人揃って平坦な声を上げる。
狭い個室内には向かい合わせで置かれたソファ席と、窓枠の下に取り付けられた申し訳程度の広さしかないテーブルしか存在しない。問題の被害者は個室の壁に寄りかかるようにして座り込み、投げ出された手には血塗れのナイフが握られていた。
個室内を覗き込んだ途端に衣服が血に染まった男の死体とご対面を果たしたのだ。さすがの問題児でも声を上げたくもなる。ただ、2人は「わあ」以上の感想を抱くことはなく、黙って男の死体を見下ろしていた。
そして、
「もち」
「もちィ!!」
あろうことか、凄惨な事件現場を見ながら甘いドーナツを頬張り始めた。
「コラコラコラァ!? 現場を見ながらドーナツを食べるとか、君たちの情操教育はどうなっている!?」
「もちもちふぁん」
「もちィ!!」
「食べながら喋るんじゃない!?」
凶悪な殺人事件の現場を眺めながらドーナツを食うという異常性を見せつける未成年組に、シェイブのもっともすぎる主張が叩きつけられる。だが、常識など未成年組に通用するはずもなく、両手で大きなお砂糖がけのドーナツを抱えるショウとハルアはもちもちとドーナツ生地に齧り付くばかりだ。
食堂車から様子を伺っていた他の乗客も、まさか死体を眺めながらドーナツを貪るというとんでもねー行動をとり始めた未成年組にドン引きの視線を送っていた。一方で先輩のエドワードや魔法列車の従業員などは未成年組の自由奔放さに慣れているので、2人が何しようと特に思うことはないらしい。
シェイブは「ほらほら」と未成年組を食堂車方面に押し出しながら、
「ドーナツが食べたければ食堂車で食べればいいだろうに。死体を見ながらの食事なんて、ご両親に知られたら精神病院に連れ込まれるだろうよ」
「むしろ真似し始めると思うよ!!」
「死者蘇生魔法の準備をしながら紅茶でも飲むんじゃないですかね」
「ご両親、ちょっとお話があるぞぉ!?」
未成年組の保護者に間違われたエドワードは、シェイブに怒鳴りつけられるも「ははッ」と軽い調子で笑い飛ばすだけだった。
☆
気を取り直して捜査開始である。
「事件の発生時刻は午後2時から2時30分の間だ。乗客全員、その間に何をしていたのか詳細に教えてほしい」
捜査を取り仕切る役目を自分で背負ったシェイブは、真剣な眼差しを乗客全員に巡らせる。彼の視線を受けた乗客たちは、緊張気味な面持ちで互いの顔を見合わせていた。まるで犯人を探しているかのようである。
乗客の輪から外れてコーヒーや紅茶の飲み物を堪能するショウ、ハルア、エドワードの問題児男子3人組はのほほんとしていた。もはや殺人事件など頭の片隅にも留められていない。4人がけのテーブル席を占領し、給仕のお姉さんが持ってきてくれたお品書きを広げている。
もはや態度は「俺たちには何の関係もございません」とばかりの自由さである。これでは逆に犯人と疑われてしまう訳だが、そんな未来など想定していない。
「あの、だな」
シェイブは自由に振る舞いまくる問題児男子3人組に、困惑したように話しかけた。
「そこまで自由に振る舞えとは言っていないが?」
「あ、事情聴取ですか?」
お品書きから視線を外し、ショウはシェイブに応じる。
「事情もクソもないけどねぇ。俺ちゃんたちはレティシア王国にある移動遊園地に行く予定なんだよぉ」
「そんで、夜景を見てご飯を食べて帰る予定なんだよ!!」
「ヴァラール魔法学院前の駅から乗ってきて、今まで片時も離れたことはないですが。切符も見ます?」
シェイブが何かを言うより先に、ショウたち問題児は先手を打つかの如く予定の詳細説明と証拠となる切符を提示した。3人が見せた切符には確かに『ヴァラール魔法学院前』の駅名が表示されており、駅員によって穴も開けられていた。
言葉を詰まらせたシェイブは、すごすごと大人しく引き下がる。ショウたち3人には当然ながら疑われる余地などないほど何もしていないので、犯人候補から外れることだろう。やったことと言えば死体の前でドーナツを食ったことぐらいだ。
他の乗客に事情を聞いて回るシェイブの背中を一瞥し、エドワードが声を潜めてショウとハルアに話しかける。
「あの人どう思う?」
「胡散臭い!!」
「あと馬鹿の匂いがしますね」
ショウとハルアは似たような意見を口にした。
あのシェイブとやら、非常に胡散臭いのだ。何と言うか名探偵を気取るお笑い芸人みたいである。たった1つの真実を見つけ出さなければならないのに、2つも3つも真実が見つかってしまうような馬鹿っぽさも感じ取った。
おそらくこの推理、綺麗に終わるはずがない。シェイブが適当な推理をして適当な犯人を見つけ、そして冤罪をかけられた犯人が警察組織に突き出されて終わるという可哀想な結末を迎えそうであった。
とはいえ、犯人候補から外れたと言っても過言ではない清廉潔白な問題児は、普通に食堂車でご飯の注文もしてしまう。
「すいませーん、ナポリタンの大盛りお願いしまぁす」
「オレ、オムライスがいい!!」
「チョコレートパフェをお願いします」
「君たちィ!? 普通にご飯を食べてるんじゃないよ!?」
「うるさいですよ、髭。我々の食欲を抑えたければとっとと犯人探しでも何でもしてくださいこっちは何もしていないんですよむしろお腹が減ってるんですよ乗客を巻き込んでおきながら偉そうにしないでくださいよ迷惑探偵略して迷探偵」
「そこのお子様は本当に口が悪いな!?」
「語彙力53万もありますので」
涙目で訴えてくるシェイブに言葉のナイフを丁寧に突き刺していくショウは、給仕のお姉さんが作ってくれるチョコレートパフェをお行儀よく待つのだった。
《登場人物》
【ショウ】魔法学院生活、そして問題児生活のおかげで死体如きでガタガタ言わないのである。魔法に失敗するとミンチになる世界を見てくれば慣れるもの。
【ハルア】過去には自分の弟を含めて大量殺戮をしてきたので、今更死体如きでガタガタ言わないのである。
【エドワード】過去に自由奔放な上司に付き合って戦場を渡り歩いたりしたので、今更死体如きでガタガタ言わないのである。
【シェイブ】早くも未成年組からポンコツと見抜かれている迷探偵。