第4話【問題用務員とアホ雪像】
「ユフィーリア、君って魔女は!!」
毎度お馴染みの絶叫から、雪の中での説教大会が始まった。
「本当にもう、校庭に何てものを建ててるのさ!! 授業が出来なくなるでしょ!?」
「ちべたい」
「雪だーッ!!」
「スン」
「ショウ君は炎腕でズルしない!!」
雪の上で素直に正座をしているのはユフィーリアぐらいのもので、ハルアは土下座の要領で顔面から雪の中に飛び込み、ショウは地面から大量に生やした炎腕に身体を支えてもらっているので雪が積もる大地に直で正座をしていない。未成年組はまともに説教を受けるつもりはないようだ。
ちなみに今回、エドワードとアイゼルネは説教の対象外ということで温かい校舎内で待機している。グローリア曰く「何もしなければ僕だって説教はしない」らしい。発案者と実行者のみが怒られる羽目になっていた。
グローリアは「全くもう!!」と憤り、
「真面目に雪かきをしていると思ったら、何でまたすぐに問題行動を起こすのかなぁ!?」
「氷のお城って聞いたから作ってみたくなってぇ……」
「君は大人なんだから未成年組のあんぽんたんな提案を断るところから始めてよね!?」
あんぽんたんな提案、というグローリアからの散々な評価を受けた今回の騒動に、ショウがムッと眉根を寄せる。彼は未だに炎腕が抱きかかえているので雪の上に正座をしていない。やっぱり狡い。
「あんぽんたんとは何ですか。好奇心旺盛と言ってください」
「あんぽんたんじゃないか!! 校庭にあんな大きな氷像を作ってどうするの? 春になったら溶け出すところまで楽しむつもり!?」
「諸行無常ですね」
「うるさいよ!!」
グローリアから金切り声で怒鳴られても、ショウはどこ吹く風で受け流す。学院長からの説教は、異世界出身の少年にあまり響いていない様子である。
ここで「親御さんを呼ぶよ」と脅すことが出来ないのは、彼の親も根っからの問題児気質だからだ。きっと氷像を校庭に打ち立てたことを笑いながら許容するだろう。それもそれでどうかと思う。
今回の説教に関して納得していないらしいショウは、
「じゃあ何ですか、氷像じゃなくて雪像だったらよかったんですか? いいでしょう、作ってあげますよ。ネオ【自主規制】を」
「ね、え? 何?」
聞き慣れない単語が飛び出てきて、グローリアは困惑する。ユフィーリアも冷たい雪の地面に正座をした状態で「え?」と聞き返していた。
何かやたら長い名称だったような気がする。異世界の言葉だろうかと考えたが、どう聞いてもユフィーリアにも認識できる単語を組み合わせて混沌と化したような名前だった。1つ1つは理解できるのに合体するとよく分からなくなるとは、言葉の神秘である。
炎腕に地面へ下ろしてもらったショウは、顔面で雪の冷たさを堪能中な先輩を叩き起こした。
「ハルさん、雪像を作ろう。ネオ【自主規制】を作って学院長の鼻を明かしてやるんだ」
「こんこッ!?」
「そんな『何それ』みたいに言わないでくれ、ハルさん。作り方を教えてあげるから」
顔中に雪を張り付かせたハルアは、ショウに促されるまま起き上がる。そしてネオ何とかという雪像作りに着手し始めた。
ショウが始めたのは雪玉作りのようである。手袋で覆われた両手でぎゅぎゅっと雪を固めて小さな球体を作り出すと、それをコロコロと転がしてさらに雪で覆っていく。一抱えほどもある雪玉を2個ほど作り、彼はその雪玉を少し離した状態で並べて置いた。
一方でハルアの方は、何やら変な形の雪像を作っていた。見た目はまるで家屋に聳え立つ煙突のようである。煙突とは言っても先端部分に返しがついた独特な形となっており、ペタペタと雪を固めて形作っていく。
そしてハルアの作業が終了したのか、問題児の暴走機関車野郎は雪で作られた煙突を担ぐとショウが並べた2個の雪玉に挟むようにして設置した。
「こちらが異世界で有名なネオ【自主規制】です。俺も元の世界のクラスメイトである女子から教えてもらった知識しかありませんが、どうにもこれだけで1つの国を滅ぼす威力を持っているようですよ」
「いやこんなものある訳ないでしょーがァァァァァ!!!!」
雪像の前で地面を蹴飛ばし、グローリアは高く空を飛ぶ。重力を感じさせない跳躍を披露した学院長は、そのまま見事なドロップキックを未成年組が作り上げた阿呆な見た目の雪像めがけて叩き込んでいた。
一体何が起きたと言うのだろうか。運動音痴で自他共に認める学院長が、まさかのツッコミとして声を張り上げながら雪像にドロップキックを叩き込んだのだ。ドロップキックが叩き込めるほど身体能力を飛躍させる効果が、あの雪像にあったと言うのか。
せっかく作ったばかりの雪像をぶち壊されたことで、未成年組は悲鳴を上げる。
「あーッ!?」
「何するんですか、学院長!!」
「あんな卑猥なものを作り出すんじゃないよ!? 氷のお城よりもタチが悪いよ!!」
怒髪天を衝く勢いで声を荒げるグローリアは、
「大体、あんなのふざけて作るのはお子様ぐらいだよ!! いやお子様も作らないよあんな卑猥物!!」
「何言ってるんですか、俺たちはお子様ですよ!!」
「オレたち未成年組だもん!! まだ大人じゃないもん!!」
「うるさいよ!! 屁理屈を捏ねるんじゃないよ!!」
15歳と18歳はまだ子供だと主張する未成年組に、グローリアが一喝する。今回ばかりは豊富な語彙力を有するショウに対して、グローリアも負けじと言い返していた。普段はぐうの音が出ないほど言い負かされるか、あるいは屁理屈を強制終了させて処罰を言い渡すかのどちらかだが、今日は頑張って舌戦を繰り広げていた。
まあ、怒り狂う気持ちも分かる。
未成年組が作り出した阿呆丸出しの雪像は、どこからどう見たって【自主規制】の形にしか見えなかった。今やグローリアの見事すぎるドロップキックを受けて無惨にも爆散したが、思い出しただけで笑いを誘う。あんな雪像をよくも真面目に作り出そうとしたものである。
「雪像を作るなら可愛い雪だるまとかにしなよ!! あんな学校の品位を下げるようなものを作るんじゃありません!!」
「じゃあ雪だるまを作りますけど、校庭を埋め尽くす勢いで作ってもいいんですね? 炎腕の力も借りれば余裕ですよこっちは?」
「何でそんな屁理屈を捏ねるかなぁ!! どうしてそんな振り切った考えしか出来ないの君は!?」
「せっかくの異世界文化の象徴たる雪像を壊されたからですけど?」
「雪像を壊したことは謝るけど、あの雪像は二度と作らないで!!」
叫び疲れたらしいグローリアは、雪が積もる校庭の上にヘナヘナと座り込む。ぜえはあと肩で息もしていた。今回は頑張って舌戦を制した学院長に拍手を送りたいぐらいである。
もはや説教をする空気でもなくなったようで、ショウとハルアは雪だるま製作に取りかかっていた。グローリアに壊されたネオ何たらとか言う阿呆丸出しの雪像で残された雪玉を重ね合わせ、大きめの雪だるまを作っていく。
深いため息を吐いたグローリアは、
「何であんな未成年組は……本当にもう……」
「お疲れ」
「誰のせいだと思ってるんだ、ユフィーリア。あとちょっと笑ってるじゃないか」
グローリアの肩を叩いて労うユフィーリアだが、その表情は堪え切れない笑いが滲み出ていた。なけなしの理性をかき集めて雪原の上を笑い転げるという無様な姿だけは見せないようにしていた。
ちなみに安全地帯で行末を見守っていたエドワードとアイゼルネは、ショウとハルアが製作し、グローリアがドロップキックを食らわせて破壊した雪像を見て撃沈していた。今もなお廊下の上では崩れ落ちた犠牲者2名が確認できる。
ユフィーリアは「まあまあ」と宥め、
「面白かったからアタシとしては大満足だぜ」
「君を楽しませる為に未成年組の屁理屈に付き合っていた訳じゃないんだよ」
グローリアはツイと視線を持ち上げ、校庭に鎮座する氷のお城を見やった。そして何を思ったのか、ふと口を開く。
「ユフィーリア」
「何だよ。説教か? 雪の上で正座は勘弁してくれ、そろそろ洋袴が濡れて気持ち悪くなってきた」
「それは君の問題行動のせいでしょ。そうじゃなくて」
氷のお城を指差したグローリアは、
「あれ、氷の塊をお城の形に削り出しただけ?」
「まあそうだな。氷像って言えば中身はねえよ」
「そっか、じゃあいいか」
「あん?」
首を傾げるユフィーリアに、グローリアは言う。
「あのお城、ちょうだい。そうしたら今回の件は不問にするよ」
《登場人物》
【ユフィーリア】雪像作りでエリオット教の主神を作ったら教祖のリリアンティアが大はしゃぎをし、挙げ句の果てに「永久保存したいです」と申し出された時は困った。これ解けたら泣きそうだなぁ。
【ハルア】雪像作りでは大体ムキムキマッチョマンを生み出す。手先が器用なので上手。「願望が入ってるんじゃねえのか」とは上司談。
【ショウ】あの雪像に関してはクラスメイトの女子生徒が力説してくれた時に吸収してしまったいらん知識。形状が何かに似てるって? 何だろうか?(割と本気で)
【グローリア】雪像作りは雪だるまがせいぜい。
【エドワード】今回は何もしていないので説教から除外。雪像作りはヤッケル(銀狼族の雪遊びで代表的なもの、ショウから言わせるとかまくら作り)作りが得意。
【アイゼルネ】今回は何もしていないので説教から除外。雪像作りは雪うさぎを何匹も量産する。