第2話【問題用務員と雪かき】
問題児は元気に購買部前の雪かき真っ最中であった。
「雪だーッ!!」
「わーッ!!」
銀髪碧眼の魔女、ユフィーリア・エイクトベルは目の前に山の如く積まれた雪の塊に歓声を上げながら飛び込んだ。全身が雪まみれになることも厭わず、ゴロゴロジタバタと雪を全身で堪能する。
その隣に同じく飛び込んできたガタイのいい大柄な男は、ユフィーリアと長い付き合いのあるエドワード・ヴォルスラムであった。顔や髪の毛に雪が塊で付着しようとも、全身が濡れようとも、こんもりと盛られた雪の山を堪能することを止めない。
ゴロゴロジタバタと雪に塗れて遊ぶ問題児の馬鹿ツートップを、まさにヴァラール魔法学院の敷地上空を覆う分厚い灰色の雲から降り注ぐ雪よりも冷たい視線で見つめる常識人が2人ほどいた。
「…………何してるの、これ」
「ちゃんと雪かきをしていたはずなのヨ♪」
ゴロゴロと雪の上を転がるユフィーリアとエドワードの同僚である南瓜頭の美女、アイゼルネは呆れた口調で言う。その隣にはヴァラール魔法学院の学院長であるグローリア・イーストエンドも控えていた。
2人の格好は、極寒の中で行動するに値する厚手のコートとマフラーと手袋で完全防寒の状態にあった。決してこの格好をしているからと言って積もった雪に飛び込んでゴロゴロし始めるような愚行はしない。ただただ静かに冷めた目を馬鹿野郎どもに向けるだけである。
グローリアは深々とため息を吐き、
「珍しく仕事をしていると思ったら、子供みたいなことを……」
「それー」
「ぶへあッ」
ため息を吐いたグローリアの顔面に、ユフィーリアが雪玉をぶつけてきた。ただ投げただけではあらぬ方向に飛んでいくので、しっかりと自動追尾魔法をかけるのも忘れない。
その魔法の恩恵も得て、雪玉はグローリアの顔面に叩きつけられたことで粉々に割れた。顔に雪玉の破片が付着し、不機嫌そうな顔を白い煙が撫でていく。
地面に積もった雪で順調に雪玉を作っていくユフィーリアとエドワードは、28歳と31歳という年齢に相応しくないはしゃぎっぷりを見せる。
「おいもっと雪玉作れ作れ。握力の限り固めてやれ」
「石でも詰めちゃう?」
「お前、それは邪道だろ〜」
「でも楽しそうな笑顔じゃんねぇ」
下衆な笑顔を見せながらせっせと雪玉を作る問題児の馬鹿ツートップに、グローリアはますます深いため息を吐くだけだ。
「雪かきを頼んだのが馬鹿みたいだな……」
「あの2人が迷わず『うん、いいよ!!』と素直に受け入れた時点で察しなさいヨ♪」
「うん……普段から仕事をしてくれないから素直に受け入れてくれただけでもありがたいって思っちゃって……」
あまりにも普段から働かなさすぎて、雪かきという重労働を素直に受け入れた時は感動を覚えた学院長も今や後悔しているぐらいである。
そもそも、問題児が雪かきという重労働を素直に受け入れた時点で怪しむべきだったのだ。雪が降る地域に住むなら分かるだろうが、誰もが嫌がる重労働を進んで引き受ける時点で何かがあると想定すれば、まだ傷も浅く済んだ。
とはいえ、ちゃんと仕事をしているのは事実である。校舎から購買部までの短い道は雪が退かされているし、購買部の屋根に積もっていた雪も地面に下ろされている。雪玉を作ってはしゃいでいるが、ちゃんと仕事をしたという事実に変わりはない。
「僕は寒いから戻るよ。雪かきが終われば自由にしていいけど、生徒を巻き込まないようにね」
「滑るんじゃねえぞ」
「足元をちゃんとよく見るんだよぉ」
「僕のことを何歳だと思」
ユフィーリアとエドワードが雪玉を量産しつつグローリアに注意を呼びかけた直後、雪に足を取られて見事にすっ転んだ学院長がそこにいた。仰向けで雪が退かされた硬い地面に転がり、死んだ虫のように手足を縮こまらせている。
注意を促した途端にこれである。精神年齢はもはや子供と呼んでも差し支えないユフィーリアとエドワードとは真逆に、グローリアは今まで生きてきた分だけ年齢を重ねたお爺ちゃんのようであった。
さすがに道端でひっくり返ったまま動こうとしないグローリアを心配し、ユフィーリアとエドワードが救助に向かう。
「おい大丈夫か。傷は浅いぞ」
「背負っていくぅ?」
「誰か殺せ……」
問題児の目の前で無様な姿を見せたことでグローリアは静かに涙を落とし、仕方がないので校舎内まで安全に問題児が連れていくことになった。半泣きでユフィーリアに手を引かれながら校舎内に戻っていく学院長の姿は、目撃者である生徒たちからちょっとした話題になった。
☆
さて、適当に雪玉を作り終えたところでまた雪かきである。
「それにしても、今年もよく積もるよな」
「だねぇ」
巨大なスコップを片手に校舎から購買部まで繋がる通路の確保に勤しむユフィーリアとエドワードは、空からはらはらと降り注ぐ綿雪に注目する。
音もなく静かに地面へ降る雪は、なおも静かに積もっていくばかりである。これらが積もり積もって一面を銀世界に変えていくのだ。
この調子では雪かきをしても、再び積もって同じ作業を繰り返す羽目になってしまう。雪が止むまで、あるいは雪の勢いが止まるまでは大人しく校舎内で待機しているのが吉かもしれない。
スコップを担いだまま、ユフィーリアとエドワードは互いに顔を見合わせる。
「ちょっと校舎内で待機しておくか」
「雪が弱まったら再開ってことでぇ」
そう結論をつけて、ユフィーリアとエドワードは校舎内に戻る。
ヒヤリとした空気を身体全体が包んでいたが、校舎内に戻ると途端に暖かさがやってくる。ヴァラール魔法学院の校舎に仕込んである環境維持魔法陣が正常に稼働しているからだろう。あとで校舎の屋根の雪かきもやる羽目になるだろうが、そこはそれ、雪の勢いが落ち着いてからでも遅くはないだろう。
校舎内に戻って、ユフィーリアは着ていた黒色のコートの雪をパタパタと落とす。高性能な礼装なので暑さや寒さ対策も施されているが、それでも肌が見える顔などの部分は寒いには寒い。
「あら、もういいのかしラ♪」
「んにゃ、雪が弱まってから作業を再開する。どうせ午後には雪妖精も大人しくなるって言ってたし」
「この時期は活発になるよねぇ」
ちょうど温かい紅茶の準備をしていたアイゼルネに出迎えられ、ユフィーリアとエドワードは身体に付着した雪を落としながら応じる。
雪かきは別段、ユフィーリアとエドワードにとっては苦でも何でもない作業だ。むしろ雪の日にしか出来ない特別感があるし、こんもりと山のように積もった雪に全身を埋め込むのが好きなので率先して雪かきの作業は引き受けている。何ならむしろ雪が降ったらスコップ片手に学院長へ「雪かきやっていいか!?」と売り込むぐらいだ。
アイゼルネから温かい紅茶を受け取ったユフィーリアは、
「そういや、ショウ坊とハルは中庭を担当してるんだっけ?」
「まあ、あの2人が雪かきをやってるとは思えないけどねぇ」
エドワードはアイゼルネから受け取った紅茶を啜り、小声で「あち」と呻いた。熱かった模様である。
正直な話、未成年組のショウとハルアが真面目に雪かきをしているとは思えない。言われれば真面目に仕事をこなすショウも、最近では問題児の空気に飲まれて逞しく成長しているのだ。今頃、雪かきの作業に飽きて雪だるまでも作っているかもしれない。
お子様の未成年組に、雪かきの労働の楽しさが伝わるのはまだまだ先の話だろう。雪かきではしゃぐ大人よりも、雪だるまを作って楽しそうに遊ぶ未成年組の方が雪の楽しさを知っていそうだ。
何だか楽しそうなのであとで様子を見に行こうかと思っていた矢先、
「ユーリユーリユーリ!!」
「ユフィーリアユフィーリアユフィーリア!!」
廊下の奥からドタバタとした足音と、ユフィーリアの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
振り返ると、鼻の先を赤くしたショウとハルアが何やらいい笑顔で駆け寄ってきた。今まで寒い中で何かしらの作業をしていたようで、彼らの身体は酷く冷たい。
しかし身体は冷たくても興奮状態にある様子で、瞳をキラッキラと輝かせてユフィーリアを見つめていた。何を期待しているのか不明だが、雪像でも作ってほしいとねだられるのだろうか。
そんなことを予想していると、
「お城作って!!」
「お城を作ってほしいんだ!!」
予想以上に難易度の高い雪像を求められ、ユフィーリアは困惑するのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】雪かき大好き。冷気が身体に溜まる特殊体質はあれど、寒さには一応強い。雪に飛び込んでジタバタする姿が冬になると目撃される。
【エドワード】雪かき大好き。雪の降る地域を移動していた狩猟民族だったので雪には親しみがある。
【アイゼルネ】寒いし雪かきなんて力仕事は御免被りたい。
【グローリア】問題児に雪かきをお願いしたら「うん、いいよ!!」なんて答えが返ってきたから、ちゃんと仕事をするかと思って見張りにきた。ちゃんと仕事をしているようで安心。
【ハルア】何か企んでいる様子。
【ショウ】何か企んでいる様子。