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第6話【異世界少年とパンデミック】

 熱を出した次の日である。



「んみゅ……」



 そんな寝起きの声を漏らし、ショウは起床した。


 まだ目覚まし時計が鳴っていない頃である。目覚まし時計よりも早い時間に起きることが出来るとは、朝に弱いショウにとってなかなかの偉業である。

 そもそもの原因は、前日にたっぷりと寝てしまったからだろう。熱を出してしまったことでやることもなくなり、問答無用でベッドに縫い付けられる羽目になったので寝ることしか出来なかったのだ。絶対安静にしていなければならないということは理解できるのだが。


 大きな欠伸をして眠気を振り払ったところで、聞き慣れた目覚まし時計の鐘が寝室全体に鳴り響く。





 ――カチッ、カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!!





 さて、そろそろ起床時刻である。



「おはようございます!!」


「おはよう、ハルさん」


「あ、ショウちゃん起きてる!!」



 天蓋付きベッドのカーテンを勢いよく開き、ハルアが元気よく飛び出してくる。そしてショウが問題なく起きていることに、嬉しそうな表情を見せた。



「お熱はどう!?」


「体感的には問題なさそうだが、体温計がないと正確なところは分からないな」


「体温計どこに片付けちゃったんだろう!?」


硝子ガラス製だから、きっとユフィーリアやアイゼさんが見つからないような場所に保管したのだろう。壊してしまうと大変だから」



 硝子製で中身に色とりどりの魔石が詰め込まれた綺麗な体温計だが、構成している素材が脆いので保管にも気を使うのは当然のことである。見た目からも高価そうな雰囲気が漂っている。

 体調が回復したからと言って、まだ微熱があるかもしれない。まずは体温計で熱を測ってからどうするか考えるしかないだろう。


 そう考えてショウはユフィーリアの起床を待つのだが、



「……起きないな」


「起きないね!!」



 いつまで経っても止まらない、目覚まし時計のカンカンという鐘の音。そろそろうるさくなってきた。


 寝室を見渡すと、未成年組以外のベッドはカーテンが閉ざされたままだ。目覚まし時計は止められる気配がなく、未だにカンカンと音を響かせている。

 もしかして、冬だからお布団が恋しくて仕方がないのだろうか。いいやそんなはずはない。寒さに強く他人を容赦なくベッドから蹴り落としていたはずのエドワードさえお布団と結ばれてしまうのはさすがに考えにくい。


 とりあえず、いつまでも目覚まし時計を鳴らしたままにしておくのはうるさくて仕方がない。ショウは目覚まし時計が置かれているユフィーリアの天蓋付きベッドに近寄る。



「ユフィーリア?」


「…………」


「ユフィーリア、開けるぞ」



 カーテンを開けて、枕元に置かれた目覚まし時計を止めるショウ。


 枕に頭を乗せたまま微動だにしないユフィーリアは、ようやくモソモソと身体を起こした。青い瞳をぼんやりと遠くに投げかけ、それから少しだけボサボサになった銀髪を掻く。

 今日も今日とて旦那様は美しいなとショウはホクホク顔で考えてしまったが、当の本人はどこか様子がおかしい。柳眉は寄せられて眉間に深い皺が刻み込まれ、いつもと比べると顔色もどこか悪い気がする。


 やがて、彼女はゆっくりと桜色の唇を開き、寝起きで掠れた声で呟く。



「頭痛え……」


「ッ!!」



 嫌な予感がした。



「あ、あの、ユフィーリア……」


「ん、ああショウ坊。おはようさん、体調の方は?」


「あの、問題はないのだが、その……」



 ショウが二の句を告げずにいられるのは触れず、ユフィーリアは右手を振って魔法を発動させた。手に握られていたのは、色とりどりの魔石が詰め込まれた硝子製の棒――魔石体温計である。

 硝子部分を口に咥えると、体温を示すように内部の魔石の色が変わっていく。緑、黄色の部分を突破して、橙色に至る直前で魔石の色の変化は止まった。


 その魔石の色を確認して、ユフィーリアは「チッ」と舌打ちを1つ。



「風邪引いたな」


「あ、わ……」



 ショウは絶望するしかなかった。


 風邪を引いて迷惑をかけるだけではなく、あろうことか他人に自分の風邪を移してしまうという大迷惑まで起こしてしまった。これはもう、怒られて嫌われる覚悟もするしかない。

 顔を青褪めさせるショウとは対照的に、ユフィーリアは素早く口元を覆い隠すように鳥の嘴のような形のマスクを装着した。それからいつも着ている真っ黒なワンピース型の寝巻きの上から黒色のカーディガンを羽織ると、ベッドからモソモソと降りてくる。


 彼女が近づいた先は、エドワードのベッドだ。



「エド、生きてるか。ショウ坊が罹ったのって感染型の風邪だったわ」


「何とか生きてるよぉ……」



 エドワードのベッドから弱々しい声が聞こえてくる。


 見れば、ベッドの上では明らかに体調の悪そうなエドワードの姿があった。頭を押さえて「うー」と唸り声を上げている。

 その隣のアイゼルネのベッドからも、何とか起きたらしい南瓜頭のお姉さんがカーテンの隙間から顔を覗かせていた。アイゼルネにもショウの風邪が移ってしまった様子である。



「ハルはどうせ馬鹿だから風邪なんて引かねえだろ」


「失礼ね!!」



 ユフィーリアの辛辣な言葉に、ハルアは憤慨する。確かにユフィーリア、エドワード、アイゼルネの大人組は風邪を引いてしまったが、ハルアだけは無事だ。本人も「風邪なんて引いたことない!!」と豪語していたが、どうやら本当のことのようである。



「あの、ユフィーリア、その」


「ショウ坊、聞きたいことあるんだけど」



 軽く咳き込みながら、ユフィーリアは熱で潤んだ青い瞳を向けてくる。



「最近、風邪引いたとか言ってた奴と話したりしたか?」


「え? えと、あ、確か副学院長が……」



 そういえば、ショウが風邪を引いて寝込む前に副学院長のスカイが風邪を引いていたことを思い出す。あの時は副学院長の元にいる動物型の魔法兵器と遊ぶ予定があったので訪問した際、非常にガラガラと枯れた声で「気をつけて遊ぶんスよ〜」なんて送り出してくれた。

 思い出したが、あの時の副学院長はマスクらしいものを身につけていなかった気がする。だからショウに風邪が移ってしまったのだろう。


 納得したように頷いたユフィーリアは、



「エド、アイゼ。2人とも起きろ。移しにいくぞこの風邪」


「はいよぉ」


「分かったワ♪」



 エドワードとアイゼルネはユフィーリアの命令に応じるようにして起き上がると、風邪を引いたと思わせない俊敏さで寝室を飛び出してしまった。


 呆然と立ち尽くすショウは、ただユフィーリアたち大人組を見送る他はなかった。ただただ風邪を移してしまったことだけが申し訳なく思う。

 こうして感染してしまったとなると、もしかしたらお見舞いに来てくれた父親やリタ、風邪の診察をしてくれたリリアンティアやグローリアにも移っているかもしれない。思った以上に人へ迷惑をかけていて、ショウは目に涙を浮かべてしまう。



「は、ハルさん、俺はみんなにとんだ迷惑を……」


「ショウちゃんが風邪を引いたのは『感染型の風邪』だったからだね!! 仕方ないね!! 罹ってみないと分からないのが感染型の風邪だからね!!」



 ハルアはショウを慰めるように、強く抱きしめてくれる。



「感染型の風邪はね、他人に風邪を移したら治るんだよ!! 大丈夫だよ!!」


「そ、そうなのか。それは、その、大丈夫なのか?」


「まあ広く感染したら風邪っぴきがいっぱいになって大惨事だね!!」


「それ、まずくないか?」



 ショウが罹った風邪は感染力の強いものだったようである。おそらく風邪をもらった原因は副学院長で、他人に風邪を移すことで治るという奇妙な性質を持っているらしい。

 そしてその風邪をユフィーリアたち問題児がもらってしまった。彼女たちはこの風邪の性質をよく理解しているのだろう。自分たちの回復の為に、他人を犠牲にしにいったということか。


 いや、あるいは風邪を広める為だろうか。どちらにせよとんでもねー問題行動である。



「ハルさん、学院中が風邪っぴきだらけになる前にユフィーリアたちを回収しないと!!」


「そうだね!! ガッテンだ!!」



 ハルアもこの状況がまずいと判断したのだろう、ショウと2人で用務員室を飛び出す。


 廊下に駆け込むと、それほど離れていない位置にユフィーリアたち3人の後ろ姿があった。今の時間帯は全校生徒も全教職員も食堂にいるはずなので、彼女たちが向かう先はきっと朝食で賑わう大食堂だろう。早めにベッドへ叩き込まなければ、たくさんの風邪っぴきを増産することになってしまう。

 ところが、ユフィーリアたち3人はショウとハルアの姿を認めるなり、背中を向けて全力ダッシュを決めた。本当に風邪を引いているのかさえ疑わしい速度だった。



「ユフィーリア、風邪を広めるのはいけないことだぞ!?」


「うひゃひゃひゃひゃアタシは風になるんだああああ!!」


「楽しいよお、楽しいよお!!」


「最高の気分だワ♪」


「まさかお熱で幻覚でも見ているのか!? 正気に戻ってくれ!!」



 いつもは頼れる大人3人が奇声を上げながら廊下を爆走するのを、ショウは病み上がりの身体に鞭を打って追いかける。その10秒後、超人的な加速を見せたハルアがまとめて3人を薙ぎ倒し、ベッドに叩き込んだのはもはや言うまでもない。





 感染力の強い風邪は離れていれば問題ないようで、扉越しによるお薬やご飯のやり取りを経て、割とすんなり大人組は復活を果たした。

 パンデミックという史上最悪の問題行動を未然に防げただけでも僥倖である。


 ちなみにお見舞いに来てくれたり診察をしてくれた面々は早い段階から風邪の性質を見極めていたようで、対策をバッチリ取っていたので風邪をもらうことはなかったらしい。早く言ってほしかった。

《登場人物》


【ショウ】実は今までの風邪は副学院長からもらったものだった。最愛の旦那様と先輩に風邪を移してしまったので、泣く泣く看病した。必要なものは購買部に駆け込んだ。

【ハルア】後輩が復活したと思ったら今度は先輩たちが撃沈した。細胞の1個1個に刻まれた再生魔法のおかげで風邪なんて引かないぜ。


【ユフィーリア】冷感体質なので平均体温は低めだが、熱を出せば他人の平熱程度になる。ショウに泣かれるのが嫌なので大人しく寝てた。

【エドワード】風邪が長引きがち。今回は割とすんなり治ってくれてよかった。

【アイゼルネ】熱が見せる幻覚のせいでトランプ撒き散らして未成年組からしこたま怒られた。

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― 新着の感想 ―
やましゅーさん、こんばんは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! ショウ君病み上がりなのに、熱暴走したユフィーリアさんたち大人組に振り回されるとは何ともご愁傷様です(合掌)。本当にパンデ…
未成年共よくやった!パンデミックは洒落にならないからな ショウちゃんが泣くところを見たくないから大人しくしてるって、相変わらず甘々ですわ~(砂糖吐きそう)
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