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第5話【問題用務員とお見舞い】

 そんな訳で、熱による幻覚症状に見舞われたショウは、実の父親の手によってベッドに強制送還された。



「うきゅー……」



 熱が上がってしまったのか、顔を赤く染めてお目目をぐるぐると回した状態でベッドに放り込まれるショウ。魔石体温計で確認すると、平熱付近にまで鎮静していた熱が再び上昇の気配を見せていた。

 ただの風邪薬だったとはいえ、ごく稀に起きてしまう幻覚症状によって暴走していたのだ。本来であれば絶対安静にしていなければならないのに、奇声を上げながら空を飛んでいれば熱もぶり返すというものである。


 その側に控えるキクガは、寝息を立てるショウの顔をじっと見下ろしていた。



「問題なさそうな訳だが」


「今日と明日は絶対安静にさせますんで、大丈夫っすよ」



 ショウが大人しくなった頃合いを見計らい、新しい氷嚢や寝巻きなどをテキパキと用意しながらユフィーリアは言う。



「随分と手慣れている訳だが、看病は経験が?」


「まあ、エドとアイゼはよく風邪を引いたんで」



 軽い調子で笑い飛ばすユフィーリア。


 エドワードは子供の頃から一緒にいるので、幼い頃はよく熱を出したりしたものである。思えば昔は家事が壊滅的で魔法の加減も出来ず、幼いエドワードには苦労をかけた記憶しかない。看病の知識を身につけたのもその頃からだ。

 そしてアイゼルネは今までの不健康で劣悪な環境が祟ったのか、健康な生活を取り戻した途端に体調を崩し始めるという大変なことが起きた。加えて風邪では片付けられないような重篤な病気も抱えており、治癒魔法を併用してつきっきりの看病を余儀なくされたほどである。今ではすっかり健康を取り戻してくれてよかった。


 キクガは朗らかに笑いながら「なるほど」と頷き、



「ところで風邪薬は誰が調合を? ぜひとも『お礼』がしたい訳だが」


「ああ風邪薬はグローリアが」



 調合者の名前を出したところで、ユフィーリアはキクガへ視線をやる。



「親父さん、まさかグローリアに報復しようだなんて思ってないっすよね。幻覚症状は本当にごく稀にあることなんで、今回は運が悪かっただけっすよ」


「てっきり私はいつもの報復として悪い薬でも混ぜ込んだかと思った訳だが、ユフィーリア君が言うのであれば仕方がない。普通にお礼を言うようにする訳だが」



 普段通りの調子でそう返すキクガに、ユフィーリアは密かに戦慄した。


 もしこれでショウに服用させた風邪薬の中に悪い薬品の成分が混入していたとすれば、キクガから『お礼参り』が送られることだろう。拳か鈍器か、最悪の場合は生きたまま冥府に直葬ということになりそうである。

 今回の幻覚症状は、本当に運が悪かったとしか言いようのない出来事である。エドワードがショウと同い年ぐらいの際、風邪薬を調合して飲ませたら同じような幻覚症状に見舞われたので、気絶させてベッドに叩き込んだことがある。もしこれで悪い薬品などが使われていたら、鳥になる幻覚を見るなんて範疇には収まらない。


 すると、



「ユーリ♪ リタちゃんがお見舞いに来たわヨ♪」


「こんにちは、ユフィーリアさん。ショウさんの体調はいかがですか?」



 アイゼルネに案内され、ショウとハルアの友人である赤髪おさげの女子生徒――リタ・アロットが居住区画に顔を覗かせた。その手には購買部の紙袋が抱えられている。どうやらお見舞いに来てくれた様子である。



「おうリタ嬢、心配かけさせちゃって悪いな。ショウ坊は今、熱の幻覚症状が落ち着いて寝てるところだ」


「ああ、幻覚症状。私も記憶があるので何とも言えませんね……」


「リタ嬢も経験者か?」


「母が言うには、どうやら犬になりきっていたようなんです。四つん這いになって『わんわん』と叫びながら外に出て行こうとして……うう、今思えば恥ずかしいです……」



 どうやらリタも熱による幻覚症状に見舞われた経験があるようだった。鳥ではなく犬になりきっていたとは、魔法動物を愛する彼女らしい幻覚症状と言えよう。

 そのことを思い出し、リタは顔を赤く染めて顔を手で覆い隠していた。不幸な出来事に見舞われた経験者が身近にいると、ショウも安心できるだろう。安心できるかどうか不明だが。


 これ以上、この話題はリタが憤死すると見込んで、ユフィーリアは別の話題を切り出す。



「そういや、購買部に行ってきたのか?」


「あ、はい。授業の休憩時間を見計らってお見舞いの品をと思いまして」



 リタは購買部の紙袋をガサガサと漁り、



「『雪待ち桃』を買ったんです。よければ食べてください」


「うわリタ嬢、これ学生の身で買うのはなかなか痛い出費なんじゃねえのか?」



 リタが取り出したものは、雪のように真っ白な桃の果実である。『雪待ち桃』と呼ばれ、寒い時期に出回り始める果物だ。

 栽培方法が特殊で、この桃は雪の中で成長する。冷やされれば冷やされるほど甘く熟されていくのだ。栽培方法が特殊な為、お値段もなかなか高めに設定されており、両親からの仕送りなどで生活を余儀なくされる学生の身分からすれば痛い出費であろう。


 リタは「心配には及びません」とちょっと自慢げに胸を張り、



「と言うのも、購買部で安売りされていたんです。店長さんに聞いたら『保健医の先生がたくさん持ってきてくれた』とのことで」


「リリアが育てたのか、これ」



 野菜などを育てるのが得意と聞いていたが、最近では果樹園の方にも力を入れているようである。ニコニコの笑顔で雪待ち桃の世話を焼く小さな聖女様の姿が目に浮かぶ。ついでに市場価値を崩壊させるほどに大量の雪待ち桃を作る光景も。

 彼女の場合、難しい野菜や果物ほど燃えてしまうらしい。高級品に分類される野菜や果物を栽培しては周囲に無料で配り歩くぐらいである。市場に流れ出るようなものではなくて本当によかった。


 ユフィーリアは「それなら」と頷き、



「どのぐらい買った?」


「いっぱいです」


「うわ本当にいっぱい買ってる!!」


「1個50ルイゼだったもので」


「現在の市場価格ってご存知? 雪待ち桃1個で600ルイゼぐらいだぞ?」



 それも、その値段は最低価格である。もう少し高くなると、1000ルイゼはくだらない。


 リタはそんな雪待ち桃が1個50ルイゼという破格のお値段で売られていた為か、何と10個も購入していた。紙袋の中で緩衝材代わりの布に包まれた真っ白な桃がゴロゴロと転がる。

 1個をすり潰してゼリーに加工したところで、ショウ1人では消費しきれないほど生産されることだろう。これは他の甘味にも使用させてもらう他はなさそうだ。



「半分はゼリーに加工して、もう半分はピーチパイでも焼くか……」


「ユフィーリアさんのピーチパイ!!」


「リタ嬢、もしかしてそれが目当てだったりしたか?」


「いいえそんなことはじゅるり!!」


「そんなことありそうだなぁ」



 どうやら10個も大量購入したのは、お値段が安かったからという理由だけではなさそうである。お見舞いという意味も込められているだろうが、数の多さは『問題児筆頭お手製のスイーツにありつけるのではないか』という欲望が見え隠れしていた。

 やれやれと肩を竦めたユフィーリアは、まずはゼリーを作るべく居住区画の台所に向かう。その後ろで「楽しみですねぇ、ショウさん」なんて嬉しそうに話しかけるリタの姿が確認できた。



 ☆



「リタ君かね、わざわざショウのお見舞いに来てくれてありがとう」


「あ、ショウさんのお父様。ご無沙汰しております」



 ユフィーリアを見送り、寝室にはリタとキクガの2人となってしまった。肝心のショウは未だ熱にうなされており起きる気配がないので、自然と2人で会話を交わすことになってしまう。



「学業の方は順調かね?」


「う、苦手な科目もありますが……まあ……」


「私が教えることが出来ればいい訳だが、あいにくと魔法の知識はからっきしなものでね。困った時はユフィーリア君を頼りなさいとしか言えない訳だが」


「それはもちろん、ユフィーリアさんは教え方も上手でとても分かりやすいんです。私もつい頼りにしちゃってます」



 友人の父親ということもあってか、キクガとの会話に応じるリタの様子は少しばかり緊張気味である。

 まあ、緊張するのも無理はないだろう。キクガは立派な大人であり、冥王第一補佐官という立場にもいる。こればかりは仕方がない。


 そこに「んん……」という声が聞こえてきた。どうやらベッドに放り込まれたショウが目を覚ましたようである。



「あれ……鳥さんの夢を見ていたのだが……」


「ショウ、起きたかね?」


「体調はいかがですか?」


「父さん、リタさん……?」



 顔を覗き込んできたキクガとリタの2人に、ショウは熱に浮かされた赤い瞳を瞬かせる。今までやらかした幻覚症状のことについては何も覚えていないらしい。



「お見舞いの品として桃を持ってきたんです。今、ユフィーリアさんにゼリーを作ってもらっています」


「わあ、ゼリー……」



 リタの言葉に、ショウの表情も綻ぶ。そして小声で「ありがとうございます、リタさん」としっかりリタにもお礼を述べた。


 さて、これであとはゼリーの完成を待ってさえいれば平和に終わる。

 平和に終わるのだが、波乱の中で生きる問題児がそう簡単に平和を得られる訳がなかった。



「ユフィーリア、君って魔女は!!」


「その件に関してはすまん!!!!」



 寝室の扉越しに怒鳴り込んできた学院長と、ユフィーリアの謝罪の言葉が聞こえてくる。

 学院長が怒鳴り込んできた理由は、幻覚症状に見舞われたショウが校舎の壁を吹き飛ばしたからだろう。それを問題児の仕業だと勘違いし、こうして乗り込んできたのだ。


 ぎゃーぎゃーと喧しくなる居住区画の様子に、ショウは首を傾げる。



「何で学院長、あんな怒っているんだ……?」


「あはは……」


「ショウ、君は何も知らない。いいかね?」


「?」



 苦笑いを浮かべるリタと何も知らないことを強制してくる父に、ショウはますます疑問を深めるだけだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】このあと持ってきてもらったお見舞いの品でゼリーとピーチパイを焼く。パイはちゃんとショウが元気になったら食べられるように保管。

【ショウ】このあと桃のゼリーを食べてご満悦。幻覚症状に関しては覚えていない。


【アイゼルネ】過去にショースターになる幻覚を見て、熱にうなされながらも口から吐瀉物ならぬ口からトランプを吐き散らかして大惨事を引き起こした。当時は車椅子だった為、車椅子で爆走しながらの出来事だった。

【キクガ】熱を出したら寝込んでいるかと思いきや、高熱ハイになって動き回るので病院に叩き込まれて拘束されるまでがセット。

【リタ】過去に幻覚症状で犬になりきった恥ずかしい思い出がある。

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― 新着の感想 ―
ゼリー・・・パイ・・・ゴクリ( ̄¬ ̄) キョロキョロ。よし誰もいないな。こっそりいただきまー(ここからこの男を見たものは誰もいないのであった)
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