第9話【問題用務員と凱旋】
そんな訳で凱旋である。
「勝利☆」
「わあ」
「わあ!!」
「わア♪」
「わー」
「お前ら反応が薄すぎねえか?」
ニコニコ笑顔で凱旋を果たしたユフィーリアに、出迎えてくれた問題児の仲間たちは随分と薄い反応だった。それがちょっと不満で、ユフィーリアは眉根を寄せる。
実力が未知数のキクガを制して凱旋したのに、何だかふわふわした感じで出迎えられて納得がいかない。もう少し英雄みたいに取り扱ってほしかった。
エドワードが「いやだってさぁ」と口を開き、
「ユーリぃ、本気出したら怖いんだもんねぇ。そりゃキクガさんだって負けるよぉ」
「怖くないだろ。楽しくて笑っちゃったっけど」
「あの振り切れた笑顔が『楽しくて笑っちゃった』って表現するのがおかしいんだよぉ」
その光景を思い出したようでエドワードが身震いするも、ユフィーリアは自分の顔を鏡で見たことがないのでよく理解できない。笑っていた記憶はあるが、そんなに怖いものだっただろうか。
ハルアもアイゼルネも、ユフィーリアが本気で戦っているところが怖くて仕方がないようで「怖かった!!」「あんな顔はしないでちょうだイ♪」なんて言ってくる。あんまりな反応であった。唯一、ショウだけは熱視線を寄越してきたが、碌なことにならなそうなので触れないでおく。
すると、
「ユフィーリア君」
「親父さんすみませんでした手加減できませんでした許してください」
「な、何故土下座を……?」
魔法染塗料で汚れた全身を洗い流して綺麗さっぱりな状態となり登場を果たしたキクガに、ユフィーリアは即座に土下座を敢行した。
相手には「本気で来てほしい」と言うから、ちょっとだけ本気を出して戦っただけにすぎないのだ。その『ちょっと』を加減を間違えてしまった訳である。ちょっと小突く程度の実力に留めようと思ったが、楽しくなっちゃって理性が保てなかった。
困惑するキクガは、
「顔を上げてくれないかね、ユフィーリア君。私が『本気で来なさい』と君を煽ったことが原因な訳だが」
「うう……次の機会にはちゃんと加減はしますぅ……」
「接待試合は止めてほしい訳だが。本気で怒ってもいいのかね?」
「ひぃッ、親父さんまさか戦闘ジャンキーとかそんなんじゃないですよねぇ!?」
急に頭上から降ってきた冷たい氷の如き威圧感に、ユフィーリアは甲高い悲鳴を漏らす。手加減をしたら本気で怒られるだなんて、想像したくない現実だ。
「ユフィーリア君」
「は、はい、何でしょ……」
「君は、お父上に似ていると言われたことはないかね?」
「は?」
唐突な話題に、ユフィーリアは首を傾げる。
父親――父親?
ユフィーリアとて誰かの股から生まれてきた赤ん坊だった時代もあるだろうが、その記憶は遠い遥か彼方のことである。親の顔も声も仕草も名前すらも覚えていなかった。だから「父親に似ていると言われたことは?」と問われたところで、父親そのものに記憶がないから似ている似ていない以前の問題である。
「いやぁ、知らないっすね。記憶にございません」
「ユーリの赤ちゃんの頃ってあるのぉ?」
「ユーリって生まれた時からユーリとして完成されてたんでしょ!!」
「可愛い子供時代が想像できないワ♪」
「きっと可愛いお子さんだったんだろうなぁ」
「ショウ坊以外、用務員室に帰ったら拳でお話しような。アタシにだって子供時代はあるんだよ、覚えてねえけど」
ボロクソに言ってくる薄情な連中に拳を掲げて威嚇をするユフィーリア。誰だって子供時代があるのだ。もちろんユフィーリアだって、昔から問題児みたいに愉快な性格をしたクソガキではなかった――はずである。記憶がないので自信がない。
時間が経過すると記憶も風化されてしまうとは難儀なものだ。親の顔はおろか、自分の子供時代も思い出せないとは情けない限りである。とはいえ子供時代に何があると言えば純粋無垢で悪いことを知らなさそうな子供だっただろうということまでしか想像できないので、もう何とも言えなくなってしまう。
そんな光景を、キクガは何故か微笑ましそうに眺めるだけだった。自分の息子に関わる人間を家族と認定する弩級の天然お父様である、他家のお子様も我が子判定でもしたか。
「いやあ、お疲れ様でした。大変貴重な時間を過ごすことが出来ました」
「あ」
その時、脱落者組に当てがわれていた部屋にカーシムがニコニコの笑顔で入室してきた。背後には従者のイツァルが涼しげな表情で控えている。
賭け試合に出場することで、魔法兵器展示会の為に用意された会場を汚したことはこれで許されたはずだ。そうだと信じたい。まだ何か要求されるのだとすれば、その時はもう地の果てまで追いかけられてもいいから逃亡する他はない。
苦い顔を見せるユフィーリアに、カーシムは「ご安心ください」と言う。
「賭け試合で想像以上に素晴らしいものを見せてくれた対価です。魔法兵器展示会の会場を汚した件に関しては水に流しましょう。修繕もこちらで対応させていただきます」
「よかったああああ〜〜!!」
カーシムの言葉に、ユフィーリアはその場で脱力したように膝をつく。あれで弁償を言い渡されていたら頭を抱えるところだった。そんなことはしないだろうが。
「あ、最高責任者さんよ。副学院長ってどこにいる?」
「賭け試合の会場を片付けている頃合いですけれど」
「分かった、ありがとう」
膝をついた状態から素早く立ち上がったユフィーリアは、カーシムに聞いた情報を頭の中で反芻させながら目的地に向かう。
やることは決まっていた。
特に理由はないし、この問題行動に及ぶことも謎である。多分、意味などないが身体の奥底から湧き上がってくる衝動が「やれ」とユフィーリアに囁いていたのだ。
「待ってろ副学院長♪♪♪♪」
あまりにも楽しみすぎて思わずスキップをするユフィーリアは、賭け試合の会場が片付けられる前に副学院長に会うべく先を急ぐのだった。
☆
脱落者組が集まる部屋を辞し、カーシムは従者のイツァルを連れて魔法兵器展示会の会場に戻る。
問題児が汚した会場は、すでに掃除が始まっていた。魔法染塗料が染み込んだ絨毯は引き剥がされて新しいものと交換され、壁に付着した真っ赤な塗料は丁寧に拭われている。数十分もすれば元通りの会場になりそうだ。
カーシムが姿を見せると、清掃業者は誰もが首を垂れる。下手をすれば跪く人物も見受けられた。カーシムがアーリフ連合国の最高責任者であると理解しているのだ。
そんな彼らを眺めて、カーシムは朗らかな笑顔を保ったまま付き従ってくる従者に視線をやることなく言う。
「イツァル」
「はい」
「ぼくはちゃんと振る舞えていたか?」
「はい、問題なく」
イツァルに肯定され、カーシムはようやく安堵の息を吐き出した。
何せ相手は普通の商人ではない。世界中で神々よりも崇められている偉大な魔女・魔法使いたち――七魔法王だ。その魔法の才能は、ただ魔法を学んだだけでは追いつけないほど卓越していると聞く。
カーシムは彼らを恐れていた。世界でも有数の金持ちで商売人であるカーシムだが、七魔法王はカーシムの持つ全ての財産を一瞬にして意味のないものに変えることが出来る。金を紙屑に変えることだって容易いのだ。
特にあの、第七席【世界終焉】には簡単である。
「カーシム様」
「分かっている、分かっているさ。彼らはそんなことをしない。七魔法王は人格者だ、自分の匙加減で世界を生かすも殺すも自由自在だとしても世界を簡単に滅ぼすようなことはしない」
それでも、頭の片隅ではどこかで考えてしまう。
もし自分の行動が何かの引き金を引いてしまったのだとしたら。
もし自分の言葉が世界の終わりを導いてしまったのだとしたら。
彼らは簡単に世界を滅ぼさない――そういう保証は、果たしてどこにもないのだ。
「イツァル、くれぐれも七魔法王の前では言動に気をつけろ」
「はい」
恭しく頭を下げるイツァルに、カーシムはいつになく弱気な言葉で呟いた。
「金しか持っていないぼくでは、世界の終わりまでお前を守ってやることすら出来ないのだから」
《登場人物》
【ユフィーリア】戦闘後のハイテンションになりつつある。脳みそぶっ壊れ。
【エドワード】ユフィーリアが戦闘後のハイテンションになっていることに気づいて距離を取る。
【ハルア】怖いのであの顔は見たくない。
【アイゼルネ】美人と有名な上司があんな顔で笑うだなんて思いたくない。
【ショウ】どんなユフィーリアでも格好いいなぁ。
【カーシム】実は七魔法王が怖い。君が七魔法王を怖がっている時、七魔法王もまた君を怖がっているのだ。
【イツァル】主人がそんなに怖がる七魔法王がそんなに恐ろしいものかと思ったが、ユフィーリアが本気になったら数秒でぶちのめされる自信があるので何も言わない。