第7話【問題用務員と連続撃破】
残すところはキクガただ1人である。
「親父さん、どこ行ったんだろうな」
「これだけ騒いでも出てこないのは凄いねぇ」
「走り回ったけど見かけないよ!!」
「逆に怖いなぁ」
ユフィーリアたち問題児は、現在生き残っている4人で集まって作戦会議を執り行う。
七魔法王側で最後に残ったキクガは、未だに姿を見かけない。そもそも賭け試合が始まってから彼の姿を一度たりとも見たことがないのだ。試合会場を駆け回っていたハルアも首を横に振って、キクガとの会敵を否定してくる。
広くはあるものの、それほど広大ではない賭け試合の会場である。走り回っていればどこかしらで誰かと会敵しそうなものだが、今の今まで姿を見せていないのが怖すぎる。どこで遭遇するのか分かったものではない。
キクガがどれほどの戦力を持っているか予想できない以上、下手に動くのは控えた方がいい。あっという間に撃破されかねない。
「オレ、ちょっと見てくるね!!」
「おい気をつけろよ。親父さんがどこから狙ってるか分からねえぞ」
「分かってるよ!!」
連射系魔銃を装備したハルアはどこか余裕のある笑顔でユフィーリアに振り返り、
「オレ、こう見えても勘だけは」
言葉は途中で消えた。
ドパァン!! という轟音が耳を劈く。
真っ赤な塗料がハルアの背中から全身をぶっ叩くと同時に、彼の姿が消失する。致死量と設定された魔法染塗料で全身を染め上げられたことで強制退場となったのだ。そんな芸当が出来る魔銃は防衛系魔銃か狙撃系魔銃のどちらかである。
視線を上げた先に、装飾のない神父服を身につけた長身痩躯の男の姿を認めて、ユフィーリアの身体から血の気が引いた。
「嘘だろ、いつのまに……!?」
声が知れず漏れていた。
七魔法王側の陣地に置かれた障害物の上に仁王立ちをし、狙撃系魔銃を構えるキクガは今までの存在感が嘘のようである。それまで一切の気配すら感じることはなかったのに、今やまるで魔王の如き威圧感がある。銃口を向けられた時のヒヤリとした感覚は、心臓を鷲掴みにされたようだ。
ギシリと固まるユフィーリアを一瞥し、キクガは障害物である鉄製の箱から飛び降りて姿を消す。姿を消したことで一気に彼の存在感が現実味を帯びた。
「父さん、よくもハルさんを!!」
「待て、ショウ坊!!」
父と同じ形の狙撃系魔銃を担いだショウは、並べられた鋼鉄製の箱に向かって跳躍する。鉄の壁を足場にして何度か跳躍を繰り返し、軽やかに障害物の上に着地を果たした。
実父の姿を認識した今のショウは、ある種の使命感に駆られているようだった。頼れる先輩であり自身にとっては『相棒』とも呼べるハルアを仕留められた上、賭け試合が始まる前に問題児側の稀代の戦力ということを気負っているのだろう。ユフィーリアは自分の発言を今更ながら後悔する。
障害物の上で仁王立ちをするショウは狙撃系魔銃を構えて周囲に視線を巡らせるが、
――タン、タンッ。
何かを軽く踏みつけるような、そんな足音。
気づけば、キクガの姿が障害物の上にいた。ショウから距離はあるとはいえ、互いが得物とする狙撃系魔銃の間合いである。
すぐさま父親の姿を見つけたショウが狙撃系魔銃を向けるのだが、
「ショウ、君はまだ若い訳だが」
キクガはこちらに一瞥もくれることなく、銀色の何かをユフィーリアとエドワードめがけて投げつける。
陽光を反射して鈍く煌めくそれを認めると、ユフィーリアは顔を青褪めさせた。防衛系魔銃に付随する塗料爆弾である。まさか先にこちらを仕留めようと隠し持っていたのか。
撃ち落とすべく軽量系魔銃を構えるユフィーリアだが、放物線を描く銀筒めがけて真っ赤な塗料が叩きつけられる。押し出された塗料はユフィーリアの目の前を通り過ぎ、遠くで炸裂して大量の塗料を撒き散らした。
「ユフィーリア……!!」
安堵するショウのすぐ背後で景色が動く。
障害物の上に立っていたキクガが、大きく跳躍した。高々と宙を舞う彼は、足場のない空中にいながらも狙撃系魔銃の照準を実の息子に向けた。
ショウは顔を引き攣らせた。狙撃手としてあり得ない行動である。空中でまさか狙撃を成功させるつもりか。
「父さ」
ショウの言葉は銃声に掻き消える。
彼の全身を叩いた真っ赤な塗料が、設定された致死量に到達して強制的に退場させた。姿が消失するメイド服姿の少年。どこか遠くに歓声を聞く。
軽量系魔銃を握りしめたまま呆然と立ち尽くすユフィーリアは、震えた唇から「嘘だろ」と言葉を紡ぐので精一杯だった。
「こんなにあっさり、2人も……」
ハルアとショウの未成年組がほんの僅かな瞬間に仕留められてしまった。彼らは問題児の中でも機動力が高く攻撃力マシマシな、他の誰も太刀打ちできないような連中である。身体能力の高さは折り紙付きだ。
そんな2人があっさりとやられてしまうとは、何という強さだろうか。こんなの反則級ではないか。一体誰が勝てるというのだろう。
後退りするユフィーリアの足が、ガコンと何かを踏みつける。いつのまに足元に転がされていたのだろうか。塗料爆弾を思い切り踏みつけていた。
「あ」
まずい、と思った矢先のことだ。
身体全体に衝撃が走る。何か大きなものに突き飛ばされるような、そんな感覚だ。
背中の方向に大きくぶっ飛ばされたユフィーリアは、かろうじて空中で体勢を立て直して何とか着地を果たす。一体何が自分を突き飛ばしてきたのか、と相手を見据えてから、思わず瞳を見開いてしまった。
ユフィーリアが踏みつけた塗料爆弾の上に、エドワードが覆い被さる。彼の銀灰色の双眸は、真っ直ぐにユフィーリアへ向けられていた。
「ユーリ、絶対」
爆発する。
ほんの寸毫の差だった。エドワードが身を挺してユフィーリアを突き飛ばさなければ、2人仲良くお陀仏となっていた。あと数瞬だけ間に合わなくても成立しなかった命だ。
彼の言葉は途中の爆発で掻き消えてしまったが、何を言いたかったのか、長いこと付き合いのあるユフィーリアならば分かってしまう。「絶対に勝ってよぉ」だろうか。
「ほう、身を挺して主人を救うとはさすが魔女の忠犬と呼ばれるだけの実力はある訳だが」
障害物から飛び降りたキクガが、難なく着地をする。
呆然と立ち尽くすユフィーリアは、ゆるゆると顔を上げただけだ。視界の先で認識するキクガは、最愛の嫁と同じ美貌に涼しげな表情を浮かべている。態度にも余裕が表れていた。
彼が仲間たちを葬った。残りはユフィーリアただ1人である。キクガの聡明さ、そして姑息で勝つ為に仕組まれた作戦は舌を巻くほどだ。さすが異世界出身者である、侮れない強さだ。
キクガは狙撃系魔銃を構え、銃口をユフィーリアに突きつける。
「来なさい、ユフィーリア君。君とは一度、本気で戦ってみたかった」
「…………」
耳の奥で「いいの?」と声がした。
同意を求める声。
許可を求める声。
漣の如く押し寄せてくる声たちを受け、ユフィーリアは足の裏から身体全体を包み込むように湧き上がってくる衝動を感じていた。
(――いいのか)
ああ、と納得する。
これほど強ければ致し方ない。相手が弱いと勝とうとも思わない。適当に捌いていれば勝手に自滅してくれるはずだから。
でもキクガの実力は『弱い』と見下すに値しない。紛れもなく本当に強いのだ。ユフィーリアの期待通りに――期待以上に。
「あは」
自然と唇が吊り上がる。
笑い声が漏れる。
ユフィーリアは軽量系魔銃を握りしめ、ただただ笑う。
「あはははは」
果たして、キクガの眼前にユフィーリアの表情はどのように映っていたのだろう。
それは、蕩けるような笑みでもなければ、仲のいい友人に向ける快活な笑みでもない。もっと邪悪で、耳元まで引き裂けるような唇が背筋を粟立たせる。
およそ浮世離れした美貌を持つ人間が浮かべるようなものではない、まるで悪魔のような笑顔だった。
「あははははは」
胸を満たす感情に酷薄な笑みを載せるユフィーリアは、平坦な笑い声を口から漏らすのだった。
☆
一方その頃、脱落組。
「いやぁ、負けた負けたぁ」
全身に浴びた真っ赤な塗料を洗い落としたエドワードは、濡れた灰色の髪をタオルで拭きながら案内された部屋に足を踏み入れる。
そこは先に脱落を果たした連中が待機していた。どうやら現在の試合風景まで見ることが出来るようで、見覚えのある風景が薄い板状の何かに映し出されていた。真っ赤に汚れたそこは、賭け試合が開催されている真っ只中の試合会場である。
清々しい表情のエドワードは「試合はどんな感じぃ?」と問いかけると、
「エド!!」
「おぎゃッ」
全身のバネを使ってすっ飛んできたハルアが、エドワードの鳩尾に頭突きを喰らわせてくる。思わず口から呻き声が飛び出てしまった。
「ちょっとぉ、ハルちゃん。何よぉ?」
「まずいよまずいよまずいよ!!」
エドワードは「まずい」と連呼して異常を伝えてくる後輩に首を傾げる。
そういえば、部屋に足を踏み入れてから様子がおかしいのだ。空気が凍りついているというか、まるで「見てはいけない何かを目撃しました」と言わんばかりの雰囲気なのである。
先に脱落した七魔法王の面々は薄い板状のそれらに映し出される試合風景に視線が釘付けとなっており、アイゼルネもまた八雲夕凪に鍼治療を施しながらその手を止めている。膝を抱えるショウはエドワードに振り返るなり、薄い板状の何かを指差して言う。
「ユフィーリアが見たことない笑顔を見せているんだ」
「ええ?」
見たことのない笑顔、ということはそれでショウは嫉妬でもしているのだろうか。
いや、そうだったら部屋の空気はここまで悪くならない。誰も彼もの表情は引き攣っていたし、ハルアは未だに怖がってエドワードの背中から離れない。残っているのは上司と、後輩の実父だけなので変なところは何もないはずだが。
エドワードは試しに試合会場の風景を覗き込むと、
「げ」
そこに映し出されたのは、向かい合う上司と後輩の親族の様子である。何かを会話し、後輩の親族の方が狙撃系魔銃を構える。
対する銀髪碧眼の上司は直立不動のままだ。軽量系魔銃を握りしめているものの銃撃の体勢を取ることなく、ただ相手と向き合っているのみである。
そして彼女の顔が映し出されると同時に、エドワードの口から引き攣った声が漏れた。
「ユーリぃ、本気になっちゃったよぉ……」
その薄い板に表示された上司は、笑っていた。
ただの綺麗な笑顔ではない。さながら悪魔のような、口が耳元まで裂けるのではないかとばかりの凶悪極まる笑顔である。悪夢に出てくるような笑顔とはああいうものを示すのだろう。
かつて一度だけ上司のあの表情を見たことのあるエドワードは、
「キクガさん、ご愁傷様ぁ……」
そっと合掌するのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】本気出してもいいのォ?
【エドワード】かつてユフィーリアとの手合わせで「本気でお願い」と頼んだら痛い目を見た。死ぬ思いしかしてない。
【ハルア】かつてユフィーリアとの手合わせで「本気でお願いします!!」と頼んだら、次の瞬間に地面に埋まってた。勝てないなって思った。
【ショウ】父さん、狙撃銃は空中で飛びながら撃つものじゃないぞ?
【キクガ】問題児を瞬殺せしめた腕前を持つ。七魔法王ではユフィーリアに次ぐ身体能力の持ち主。