第6話【問題用務員と反撃】
「逃がしました!!」
「だからって八雲の爺さんを通り魔していくのは違うだろ」
リリアンティアとの銃撃戦を終えたハルアは、不貞腐れた表情で戻ってきた。「知らないもん」と膨れっ面で言うが、彼がユフィーリアとエドワードの目の前で行った凶行は見逃せない。
どうやら子鹿のように飛び跳ねるリリアンティアを取り逃がしたようで、ハルアは不完全燃焼の状態で戻ってきたのだ。その際にエドワードと未だ拮抗状態にある八雲夕凪の無防備な背中を発見したので、腹いせとしてその背中に連射系魔銃をぶっ放して退場させた訳である。
やることが完全に八つ当たりであった。撃たれた八雲夕凪は役目を終えたと言わんばかりに清々しい表情をしていたが、本人は目的の半ばで強制退場という憂き目をどう考えているのか。
ぶすっと頬を膨らませるハルアの鼻先を指先で弾いたユフィーリアは、
「リリアとの喧嘩はまたやればいいだろ。感情で爺さんを巻き込むな、お前」
「ぶー」
「不満げな表情してもダメだ。あとでちゃんと謝れよ」
「あい」
不承不承といった風に頷くハルアに、ユフィーリアは肩を竦める。狙撃系魔銃を手にして申し訳なさそうに控えるショウに「あとでちゃんとハルを八雲の爺さんの前に突き出してくれ」と頼んでおいた。
さて、人数差はこちらが優勢とはいえ、未だに予断は許さない状況である。
何せどこに潜んでいるのか分からないが、キクガと対面を果たしていないのだ。雑魚だ何だとタカを括っていたグローリアも未だに生き残っているし、七魔法王側のバンビちゃんであるリリアンティアがどこから飛び出してくるか分からない。厄介な連中が残ってしまった。
軽量系魔銃の引き金部分に指を引っ掛け、魔銃をくるくると回して弄ぶユフィーリアは「どうする」と問いかける。
「散開して敵を探すか?」
「それもいいけどぉ、リリアちゃん先生やキクガさんに出会ったらやだねぇ」
「ちゃんリリ先生を探す!!」
「ハルさんがいつになくやる気だ」
4人とも考えは違うが、特にハルアはリリアンティアを取り逃がしたことが精神的に大きく引き摺っている様子である。すでに他の戦力には目もくれず、リリアンティア撃破を掲げていた。
そんな彼の横で、ショウは「俺は他に従おう」と言ってくれた。狙撃系魔銃は広範囲に及ぶ攻撃範囲と1発で相手を退場させることが出来る威力を持つが、間合に入られると弱い。積極的な撃破を狙うより、後方支援を担当した方が有力である。
ユフィーリアはエドワードの脇腹を肘で小突き、
「エド、ショウ坊の護衛に回れ。うちの特級戦力だ、絶対に脱落させんじゃねえぞ」
「はいよぉ」
防衛系魔銃を装備するエドワードに後方支援担当のショウを守らせれば、当面の試合運びは問題ないだろう。後ろに引っ込んでいれば簡単にやられることもなくなる上、強力な支援が受けられるのは強みになる。
あとは残った3人を上手く誘導し、ショウが1発で退場させてくれれば賭け試合はユフィーリアたち問題児側の勝利である。まだこの時まで問題児側の欠損は1人だけでよかったのかもしれない。世の中には適材適所があるのだから。
その時、
「油断しないことだね、ユフィーリア!!」
「あ?」
ばら、と細かな影が視界に入り込む。
それらは例えるなら、何か大量の細かいものを空高くから投げ込まれたかのようだ。ふと視線を持ち上げると、大量の缶が澄み渡った青空から落ちてくる。降り注ぐ陽光を反射するそれらは、防衛系魔銃の要である塗料爆弾だ。おそらく八雲夕凪の残した武器を回収したのだろう。
そしてそれを投げ込んだのは、障害物として置かれた鋼鉄製の箱の上で仁王立ちをする学院長のグローリアだ。何やら自信満々の表情である。
「おおう」
空を舞う大量の塗料爆弾に、ユフィーリアは苦笑いを浮かべた。
投げ込まれた塗料爆弾の数は、両手の指では数え切れないほどある。八雲夕凪はどこにそんな大量の爆弾を仕込んでいたのかと思うぐらい、雨霰の量が地上めがけて降り注ごうとしていた。
あれらの数がまとめて爆発すれば、さすがにユフィーリアも無事では済まない。全身を真っ赤な塗料に染めて退場である。
「ハルちゃんショウちゃん下がってぇ!!」
グン、とユフィーリアは首根っこを掴まれる。何が起きたのかと認識するより先に、身体が宙を舞っていた。
視界が反転して、晴れ渡った青い空と脱落者が表示された薄い板のようなものが見える。次の瞬間には受け身すら取れず背中から地面に叩きつけられていた。両隣にハルアとショウが身を伏せて寄り添い、転がる3人にエドワードの持っていた鋼鉄製の盾が覆い被せられる。
重たい盾に押し潰されたのも束の間、すぐ近くで爆発音が連続した。
「エド!?」
「平気だよぉ」
盾を跳ね除けて起き上がると、すぐ近くの障害物にエドワードがその巨体をピタリと張り付かせていた。逃げ込む際に多少の塗料は浴びたようで、半身に赤い塗料が飛び散っている。
状況を確認すると、投げ込まれた塗料爆弾は余すところなく爆発したようだ。盾で覆われていた場所以外は見事に真っ赤に染まっている。障害物である鋼鉄製の箱にべったりと付着した真っ赤な塗料がポタポタと垂れていた。
弾かれたように障害物の上を見やれば、グローリアが第2便を投げ込もうとしていた。側に引き寄せたのは、一抱えほどもある紙箱である。それらを腕で抱えてから中身を漁ると、缶の形をした塗料爆弾が手に握られていた。八雲夕凪が使うべき爆弾が何故かグローリアの手の中にある。
すかさず応戦しようとユフィーリアも軽量系魔銃を構えるが、
「母様、お覚悟!!」
「リリア!?」
いつのまに潜んでいたのか、鋼鉄製の箱の上からリリアンティアが顔を覗かせる。構えた軽量系魔銃の銃口がこちらに向けられていた。
塗料爆弾は囮で、本命はリリアンティアによる奇襲か。全く、この作戦を考えた相手の顔が見てみたいものである。
苦々しげに舌打ちをするユフィーリアだったが、視界の隅で黒い影が動いたことで意識がそちらに向けられる。
「くたばれ、学院長!!」
塗料爆弾を構えるグローリアに狙撃系魔銃を突きつけ、ショウが物騒な言葉を吠える。その真っ赤な瞳は敵意に染まっていた。
狙撃系魔銃を突きつけられていることに気づいたグローリアは一瞬だけ固まるものの、その瞬間こそが命取りである。寸毫の隙さえ見逃さなかったショウは狙撃系魔銃の引き金を引いていた。
真っ赤な塗料が射出されると、凄まじい轟音を立ててグローリアの全身を包み込む。運動音痴の学院長が目にも止まらぬ速さでぶっ飛んでくる塗料を回避できるはずもなく、あっさりとグローリアは退場していった。
「待ってたよ、ちゃんリリ先生!!」
学院長が先に仕留められたことでリリアンティアも怯んだのだろう。その隙を突かれて、彼女はハルアに背後を取られていた。
弾かれたように振り返るも、時すでに遅し。連射系魔銃から射出された真っ赤な塗料が全身を叩き、甲高い悲鳴と共に彼女は姿を消した。魔法染塗料を浴びたことで発動された転移魔法によって、賭け試合の会場から退場させられたのだ。
七魔法王側の面々を2人も仕留めた未成年組は、揃ってフンと鼻を鳴らす。
「愚かな学院長め、誰を狙ったか後悔させてやる」
「リベンジ成功!!」
いえーい、と未成年組は歓声を上げる。
特に申し合わせた訳ではないのに、仕留める相手はそれぞれ違っていた。しかも行動するまでが早い。きっとお互いが狙う敵を理解していたからの行動だろう。
ショウが異世界からやってきてそんなに時間は経過していないが、もうある程度は互いのことを理解できるほど仲良くなったのだ。これは喜ばしい出来事だ。キクガが知れば涙ぐむかもしれない。
「……未成年組が敵じゃなくてよかったよな、本当」
「そうだねぇ。敵に回したら1番厄介だと思うよぉ」
すっかり敵意を萎ませられたユフィーリアは、鋼鉄製の盾を拾うエドワードと一緒に未成年組が味方でいてくれていることに安堵するのだった。
☆
一方その頃、脱落組である。
「口の中に塗料が、ぺっぺっ」
「腰……腰がぁ……あと腕も足も痛えのじゃぁ……!!」
「ぐや゛じい゛でずぅ〜〜〜〜!!」
新たに追加されたグローリアは口の中に入り込んだ塗料を吐き出しながら水でうがいをし、八雲夕凪は今まで酷使した身体をガクガクと震わせて痛みを訴える。さすがに見ていられなくなったアイゼルネが八雲夕凪に鍼治療を施し、症状の軽減させてあげていた。
そして特に何の被害も出ていないらしいリリアンティアは、悔しそうに蹲って地面をダンダンと叩いている。その丸められた背中を、ルージュが「いっぱいお泣きになるんですの」と慰めていた。
一気に賑やかさを増した個室に、アイゼルネとルージュは揃って苦笑いを浮かべる。
「あとはキクガさんだけネ♪」
「あの朴念仁、何か策があると言っていましたの。何をするつもりなんだか」
問題児だけしか見えない賭け試合の会場を眺め、脱落組となってしまった面々はその行く末を見守るのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】実はまだまともに戦っていない。
【エドワード】お爺ちゃんが急に通り魔されてびっくり。
【ハルア】リリアンティア先生を仕留められなかったので、腹いせに八雲夕凪を仕留めた。
【ショウ】学院長がユフィーリアに迫った(不可抗力)のおかげで真っ先に学院長を狙った。
【グローリア】爆弾という広範囲に及ぶ兵器を持っているなら使うべきだよね!
【リリアンティア】勝てると思ったら袋小路に追い詰められて強制退場。