第5話【問題用務員と聖女の奇襲】
ギャリ、ギリ、と金属の擦れる音が鼓膜を震わせる。
「く、ぬおおおあ!!」
「お爺ちゃーん、もう止めなってぇ」
「ほざけェ……!!」
エドワードの構える分厚い鋼鉄製の盾を押し切ろうと、八雲夕凪が歯を食いしばっている。足元の地面には踏み跡が残り、どれほどの力が込められているのか簡単に想像できる。
しかし、エドワードの方が鍛えている影響もあってか、びくともしない。涼しい顔で防衛系魔銃の盾を構えて八雲夕凪の侵攻を阻止している。そろそろ変わりのない八雲夕凪の攻撃に、エドワードはうんざりしている様子である。
エドワードの後ろに隠れるユフィーリアは、軽量系魔銃を手でいじりながら退屈そうに言う。
「そろそろ仕留めるか?」
「まだじゃない?」
「いい加減に鬱陶しいんだよな。いつまでもお前がここで拘束されていると攻め込むにも攻め込めねえ」
「だよねぇ」
エドワードもここで足止めを喰らうのは本意ではないらしい。躍起になって鋼鉄製の盾を押し込んでくる八雲夕凪の扱いに頭を悩ませていた。
こうなったらユフィーリアがエドワードの背中を足場にして跳躍し、八雲夕凪の背後に回って仕留めるべきだろうか。それとも何とか体勢を入れ替えるように仕掛けて、狙撃系魔銃を携えたショウに背後を狙ってもらうか。ここで八雲夕凪ばかりに構っている暇などない。
その時、
「母様!!」
「お」
障害物の影から白いものが飛び出してくる。
動物の尻尾のように跳ねる、束ねられた金髪。新緑色の瞳でエドワードをなおも障害物として使い続けるユフィーリアを見据える。純白の子供用作業着はいまだ赤く汚れておらず、まだこちら側の誰とも会敵していないことを示していた。
手にした軽量系魔銃を携えて機敏に突っ込んでくるのは、永遠聖女と名高い第六席【世界治癒】のリリアンティアである。その名前には少しばかり相応しくなく、獲物を狙う小動物のようなイキイキとした感情があった。
「母様、お覚悟です!!」
軽量系魔銃の引き金を引かれる前に、ユフィーリアはエドワードの腰に括り付けられたベルトから缶の形をした塗料爆弾を手に取る。栓を口に咥えて引き抜くと、リリアンティアの足元めがけて転がした。
リリアンティアは慌てて急停止すると、即座にすぐ近くの障害物の影に身を隠す。直後に塗料爆弾が炸裂し、真っ赤な塗料が大量に撒き散らされた。あのまま素早く障害物の影に隠れていなければ1発で退場になっていたかもしれない。
なかなかいい反射神経をしている。元々の身体能力がそれなりに高かっただけに、機敏に動くことが求められる軽量系魔銃を与えたのは最適解である。
障害物の影から恨みがましそうな視線を寄越してくるリリアンティアは、
「ず、狡いです母様!!」
「狡くねえよ、リリア。勝つ為には何でも使えって言ったろ」
ユフィーリアはリリアンティアの非難も飄々とかわす。
「いきなり爆弾を投げてくるのは狡いです!! エドワード様のものでしょう!!」
「部下のものはアタシのもの、アタシのものはアタシのもの」
「ふにゃーッ!!」
たしたし、と地団駄を踏んで不満を露わにするリリアンティア。
それよりも、こんな場所で悠長な漫才を繰り広げてもいいのだろうか。リリアンティアが現在立っている場所は、問題児側の領域である。
つまり、彼女の背後からとんでもねー奴が迫っているのは明白だった。だって問題児側はまだ誰も撃破されていないから当然である。
――――ドパァン!!
牽制するように、リリアンティアが潜んでいる障害物の壁に真っ赤な塗料が轟音を立てて飛び散る。
認識していない場所からの攻撃に、リリアンティアは新緑色の瞳を見開いて固まっていた。それから彼女は、ゆっくりと視線を背後に向けた。
荷物運搬の為に使われる鉄製の箱という障害物の上に仁王立ちする、メイド服姿の少年。その手に握られているのは狙撃系魔銃である。今しがた発砲したばかりだからか、その銃口からポタポタと真っ赤な塗料が垂れ落ちていた。
女装メイド少年、ショウは朗らかな笑みを見せる。
「こんにちは、リリア先生」
「しょ、ショウ様……その物騒なもので身共を……?」
「いえいえそんな。これはただの合図ですよ」
ショウは「ね?」と首を傾げ、その名を呼ぶ。
「ハルさん」
「あい」
リリアンティアのすぐ近くで、土を踏みしめる音がした。
そちらの方に視線をやれば、足元を真っ赤な塗料で汚したハルアが弾けるような笑顔を見せて立っていた。握りしめた連射系魔銃を真っ直ぐにリリアンティアへ向ける。
今はその考えを持たないとはいえ、元々は七魔法王を殺害する為に生み出された人造人間のハルアである。リリアンティアの身体能力に関する情報は頭の中に叩き込まれているのだろう。七魔法王を殺戮するのに最も有効な手段と言えよう。
しかし、リリアンティアは怯まなかった。果敢にも軽量系魔銃の銃口をハルアに突きつける。
「今回ばかり、身共は敵です。お友達と扱うことはありません」
「奇遇だね、ちゃんリリ先生!! オレもそうだよ!!」
そして互いに睨み合うこと数秒、獣にも似た絶叫を迸らせて銃撃が繰り広げられた。
「ふしゃーッ!!」
「ふにゃーッ!!」
まるで縄張り争いをする野良猫同士の喧嘩だが、内容は極めて物騒である。
連射系魔銃をぶっ放してくるハルアの攻撃を跳躍で回避し、リリアンティアは身軽さを利用して壁を足場代わりに蹴飛ばし、障害物の上に飛び乗る。頭上からハルアを狙って軽量系魔銃の引き金を引くも、雨のように降ってくる真っ赤な塗料をハルアは大きく飛び退って回避した。
そしてリリアンティアの真似をして、障害物の上に飛び乗るハルア。鋼鉄の箱を飛び石の如く跳ね回り、ハルアとリリアンティアの縄張り争いじみた戦いは続いていく。
その姿を眺めていたユフィーリアとエドワードは、
「兎みたいだねぇ。ぷいぷいちゃんみたいによく動くよぉ」
「身体能力が高いから戦い方を教え込んだけど、まあ飛ぶし跳ねるし厄介だぞ。聖女様が飛んだり跳ねたりするとは思わなかったけど、木登りで慣れたみたいだな」
「お前さんのせいかい」
懐かしそうに呟くユフィーリアに、エドワードからのツッコミが入る。全ての元凶はここにある訳である。
「ところで、アイゼはどこ行ったんだ?」
「その辺にいるんじゃないのぉ?」
「随分と見かけねえんだよ。どこをほっつき――」
ふと、ユフィーリアは空に視線を投げかけた。
賭け試合の試合会場上空には、誰が生き残っているかの情報が表示されている。七魔法王側はルージュを仕留めたので、ルージュの名前と顔写真の部分が灰色に変わっていた。脱落を示すのにいい表示方法である。
そして肝心の問題児側だが、何故かアイゼルネの部分が灰色になっていた。つまりいつのまにか仕留められていたようだ。
口元を引き攣らせたユフィーリアは、
「え、だ、誰にやられた……?」
「嘘ぉ」
八雲夕凪の猛攻にも耐えるエドワードもまた、アイゼルネが知らない間に脱落していたことに対して顔を引き攣らせるのだった。
☆
一方その頃、やられた側は試合会場の外側に設けられた個室で試合の様子を観戦していた。
どうやら仕留められたらこの部屋に自動的に送り込まれるようで、現在はアイゼルネとルージュの2人が使用している。2人揃って全身を真っ赤な塗料で染めていた。
試合の様子を冷たい紅茶を舐めながら見守るルージュとアイゼルネの会話は、のほほんとしたものである。
「あら、リリアさんにやられたんですの」
「そうヨ♪ 全く、バンビちゃんみたいにぴょんぴょん跳ね回るのヨ♪」
「この身のこなしでは納得ですの」
「ルージュ先生はショウちゃんにやられたのよネ♪」
「容赦がありませんの。さすが問題児、侮りましたの」
2人がこんな会話を繰り広げていることなど知らず、賭け試合はなおも続いていくのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】今のところ動いていないので油断していると思われがち。
【エドワード】八雲のお爺ちゃんの攻撃をひたすら受け止めるだけの簡単なお仕事。
【ハルア】知り合いだろうと容赦はしないぜ!
【ショウ】学院長はどこに行ったのだろうか。早く仕留めてやりたい。
【八雲夕凪】そろそろ全身が痛い。
【リリアンティア】ユフィーリアに鍛えられてきた聖女様。木登りの影響で跳躍力が鍛えられ、ぴょんぴょんと跳ね回る。教えれば意外とアクロバティックも得意。