第4話【問題用務員と突撃】
先手を仕掛けてきたのは七魔法王側である。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!」
雄叫びを上げながら突撃してきたのは白髪に赤い瞳の男――八雲夕凪である。防衛系魔銃である分厚い盾を振り上げ、賭け試合の会場を真っ直ぐに突き進んできた。
絶対に勝てないと見込んで自暴自棄の突撃かと思いきや、その表情には覚悟がある。おそらく何かしらの勝算を見込んで突撃を仕掛けてきたのだ。全くもって笑えるものである。
ユフィーリアはエドワードを小突き、
「エド、行ってこい。あの爺さんに目にものを見せてやれ」
「はいよぉ」
分厚い鋼鉄製の盾を構え、エドワードも八雲夕凪めがけて走り出す。
2人がちょうど衝突したのは、賭け試合の会場の中心だった。開けた中心地で互いの盾がぶつかり合い、ガインッ!! という耳障りな音を立てる。
そのまま盾を押し付けて力比べにもつれ込むと思いきや、八雲夕凪の方が盾を振り払う。金属同士が擦れるような音が歓声の投げかけられる試合会場に混ざり込む。何をするかと思えば、振り払った盾を再度、エドワードの盾に叩きつけた。
「お爺ちゃん、腰をやるよぉ」
「阿呆吐かせッ!! こっちは真剣なんじゃい!!」
持ち前の怪力があるので、多少殴られたところでエドワードは揺るがない。ガンガンと盾をぶつけてくる八雲夕凪の攻撃をいなしながらも余裕綽々の態度を貫く。八雲夕凪からすれば巨岩をぶん殴っているようなものだ。
しかし、八雲夕凪は引かない。まるで「それしか出来ない」と言わんばかりの猪突猛進な戦いっぷりだった。
エドワードはなおも八雲夕凪の猛攻を軽く捌きながら、
「お爺ちゃん、観念しなよぉ。何度殴ってもお爺ちゃんの盾がぶち破られるだけだよぉ」
「喧しいわッ!!」
八雲夕凪は普段の温厚な態度から察することが出来ないほど、鋭い声を上げる。
「お主は分からんじゃろ、きくが殿のあの指導を!!」
「ええ?」
エドワードが疑問に満ちた声を上げると共に、助けを求めるような視線を背後に控えるユフィーリアに寄越してきた。
どうやら、その品の良さそうな見た目とは対照的な荒々しい戦いっぷりはキクガの始動がいくらか入っている様子だった。運動神経が地の底を這いずっている七魔法王の狡猾エロ狐を、よくもまあここまで動けるぐらいに指導したものだ。キクガの手腕に舌を巻く。
いや、どうだろうか。鬼気迫る表情の下に隠された怯えとか恐怖とかの感情は、並大抵の指導ではなかったことを物語っている。相当絞られたと推測できる。普段から運動をしないからしごかれる羽目になるのだ。
ユフィーリアはやれやれと肩を竦め、周辺を警戒していたハルアを指先だけで呼び寄せる。
「アタシの代わりにここで待機。頭上を飛び越えてくるような馬鹿タレが出てきたら遠慮なく撃て」
「あい」
入れ替わるようにしてハルアがエドワードの背中で待機し、ユフィーリアは軽量系魔銃を両手に装備して近くの障害物の影に飛び込む。
エドワードの逞しい背中に隠れるようにして、ハルアが連射系魔銃を構える姿が確認できた。いつも浮かべた狂気的な笑顔は消え去り、爛々と輝く琥珀色の双眸はエドワードの頭上にのみ注がれる。
賭け試合開始の30分で指導を済ませたということは、最低限の作戦しか練ることは出来ていないはずだ。これだけ目立つような行動をしているのだから、そのぐらい考える戦場知らずの連中ぐらいは出てくる。というか、予想できているのは1人だけだ。
そして、その時は訪れる。
「八雲のお爺様は囮ですの!!」
分厚い鋼鉄製の盾を振り回していた八雲夕凪の背中に飛び乗り、真っ赤なドレスを翻して跳躍する読み通りの馬鹿タレが1人。八雲夕凪がエドワードを抑え込んでいる隙に、と見事に勘違いしてくれていた。「どうして読み通りに来ちゃうかなァ」と半ば呆れ果てた様子で眺めていた。
連射系魔銃を空中で器用に構えたのは、第三席【世界法律】のルージュである。まあ、名門魔女一族の出身である彼女は戦場を知らないで当然だろう。
案の定と言うべきか、エドワードの背後で隠れていたハルアの存在に気づいた彼女は「あ゛」と間抜けな声を上げていた。すでに狙いを定め終わっている暴走機関車野郎の方は、空中で体勢を変えることすら出来ないルージュを真っ直ぐに見据えている。
あとは彼が連射系魔銃の引き金を引けば、あの真っ赤な馬鹿タレは仕留められるのだが。
「ぴゃあ」
ハルアは甲高い悲鳴を上げると、地面を転がるようにしてその場から逃げ出した。ハルアがいなくなったエドワードの背後に、ルージュが体勢を崩しながらも何とか着地を果たす。
ルージュから逃げ出したハルアの頬は真っ赤に染まっていた。両手で顔を覆い隠すなり「見てないもん!! 見てないもん!!」と言い訳じみた言葉を叫んでいる。
ユフィーリアは物陰から顔だけを出し、
「馬鹿野郎、ハルお前何してんだ!!」
「だってすけすけだったんだもん!!」
ハルアが涙ながらに訴えてくる。
その言葉を聞いて、ユフィーリアの聡明な思考回路は嫌でも回答を弾き出してしまった。空中を飛んでくるのがルージュだと予想できていた時点でハルアをエドワードの背中に張り付かせるのが間違いだったのだ。
翻るドレスのスカートから夢の世界が見えてしまったのだ。七魔法王を殺害する為だけに生み出された人造人間のハルアでも、エロ方面だけには耐性がない。女性の下着単体のみならまだしも、それを着用した瞬間に立ち会えたことなどないのだ。水着のグラビアでさえエロ本扱いする彼の純情さを見誤っていた。
というか『すけすけ』なものを常用しているルージュの感性を疑うべきなのだろうか。もう訳が分からなくなって頭を抱えたくなる。
「ふふ、ふふふ!!」
ルージュは不適な笑みを見せてよろよろと立ち上がり、
「壁役がいなくなればこちらのものですの、観念なさいですの!!」
ルージュが向けたのは、エドワードの無防備な背中である。かすかに涎が垂れているのをユフィーリアは見逃していない。
このままルージュが連射系魔銃の引き金を引けば、エドワードは即座にご退場だ。2人の敵に挟まれることになり、エドワードが窮地に陥る。
だが、ユフィーリアは助けに入らない。すでに手は打ってある。
「お覚悟ですのエド」
彼女の言葉は、ドパァン!! という轟音と共に掻き消えた。遥か彼方より飛来した真っ赤な魔法染塗料の塊が、ルージュを1発退場に導いたのだ。
ツイ、とユフィーリアは自陣方面の障害物を見やる。
障害物そのものは鋼鉄製の箱の見た目をしているので、つまり上に乗ることが出来るのだ。身軽さと身体能力の高ささえあれば飛び乗ることも可能である。
そして現在、その障害物の上には狙撃系魔銃を手にしたメイドさんが仁王立ちしていた。
「さーちあんどでーす、さーちあんどでーす」
物騒なことを言いながら、ショウが狙撃系魔銃を抱えて試合会場を見下ろしている。『見敵必殺』とはよく言ったものだ。
さながら固定砲台の如く障害物の上で仁王立ちするショウは、正確無比な狙撃能力でルージュを葬った。迷いのない判断力に天晴れである。さすが嫁だと拍手を送りたい。
ユフィーリアは「よかったぁ」と呟き、
「ショウ坊も敵に回ったらどうなってただろ」
「そうだね。怖いね」
「な」
「うん」
何気なく応じてしまったが、隣で聞き覚えのある声がした。
視線を隣に滑らせると、グローリアが控えていた。どこからやってきたのかこいつ。
彼は朗らかな笑みを見せると、背中に隠し持っていた連射系魔銃をユフィーリアに突きつけてくる。ほぼゼロ距離からの射撃はさすがのユフィーリアでも回避不能だ。
「ゔおああ!?」
「ひでぶッ!?」
そんな訳で、ほぼ反射的に拳を振り抜いていた。
ユフィーリアの左拳が、グローリアの横っ面を捉える。ぶん殴られた衝撃で吹き飛び、連射系魔銃を手から滑り落とした学院長様は女の子座りで殴られた頬を押さえていた。まるでこちらが悪いような素振りである。
グローリアはユフィーリアを睨みつけると、
「せめて魔銃を使ってよ!!」
「いや悪い悪い」
適当に謝ったユフィーリアは、
「でもあそこで洞窟みたいな目をしたショウ坊に退場させられるよりマシだろ?」
「ぎゃあ死ぬ!!」
グローリアは慌ててその場から逃げ出す。遠くから正確無比な射撃で屠ってくるショウに狙われたくないのだろう。
見れば狙撃系魔銃の銃口を逃げるグローリアの背中に向けたまま、ショウは静かに狙撃するべく狙っていた。ただ急いでユフィーリアから離れたことでお咎めなしとなったのか、それともグローリアを追いかけるべく場所を変える魂胆でもあるのか、障害物を飛び降りて影に消えていく。
ユフィーリアはそんな若き狙撃手を見送り、
「いや本当、味方でよかったなぁ」
しみじみと呟き、自分自身もまた賭け試合に戻っていくのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】エドワードの背中に隠れて後方から攻め込む奴がいないか見張り。
【エドワード】八雲のお爺ちゃんが何か知らないけど殴りかかってきたから盾で受け止めてる。疲れないのかな?
【ハルア】自由に動き回る暴走機関車野郎。エロには耐性がない。
【ショウ】固定砲台。
【八雲夕凪】初っ端から突撃を仕掛けてきた。キクガより賜った作戦を忠実に再現しているだけである。
【ルージュ】早速退場☆
【グローリア】影から近づいてユフィーリアを仕留めようとしたら拳で殴られた。痛い。