第3話【問題用務員と開戦】
「時間だ。とっとと来い」
黒髪ドレッドヘアの従者、イツァルに先導された問題児は石造りの薄暗い廊下を歩かされる。
真冬でも灼熱の国として知られるアーリフ連合国内に於いて、この場はやけに涼しい。おそらく地下通路か何かだからだろう。ひんやりとした温度を伝えてくる石造りの壁は、等間隔に並べられた松明の明かりを鈍く反射している。
カツン、コツンと人数分の足音だけが寂しく廊下に反響していた。イツァルとの会話はおろか、普段から仲のいい問題児同士での会話や軽口の応酬すらない。それだけ問題児も緊張しているという訳である。
やがてイツァルの案内で、ユフィーリアたち問題児が案内された先は魔法陣が描かれた敷布が床に設置された小部屋だった。薄暗い小部屋の四隅には松明が掲げられており、布全体に描かれた歪な形の魔法陣がやけに生々しい赤色をしている。それを見たユフィーリアは眉根を寄せた。
「これ、まさか血文字じゃねえだろうな」
「貴様のところの副学院長とやらが、何やら魔法染塗料で描いていたが?」
それが何か、と言わんばかりの態度でイツァルは言った。
そういえば、魔法染塗料も血のような赤さをしていた。魔銃の使用に際して相手が確実に『戦闘不能である』と示す為にも赤色の塗料を採用したのだろう。全身が真っ赤に染まった人間など狙うに値しない。
ユフィーリアが視線だけでエドワードを見やる。嗅覚の鋭い彼はイツァルが嘘を言っていないことを示すように頷いていた。カーシムの子飼いだからご主人様の名誉を守る為に嘘でも吐くかと思いきや、そんなことはなかったらしい。
緊張した面持ちで問題児の5人か身を寄せ合って魔法陣に乗ると、
「うぎゃあ!?」
「わぎゃあ!!」
「わあ!!」
「きゃッ♪」
「まぶしい」
突如として足元の魔法陣が、強烈な薄紅色の光を放ち始めた。
あまりの眩しさに思わず目を瞑ってしまうと、途端に視界が切り替わる。
それまで石造りの狭苦しい小部屋に押し込められていたが、急に目の前が開けて明るい青空と背の高い障害物が配置された場所に放り込まれた。頭上から降り注ぐ熱気が肌を焼き、茹るような暑さに顔を顰める。今は冬に差し掛かろうという頃合いのはずだが、砂漠に取り囲まれたアーリフ連合国に寒さなど存在しない。
ようやく視界が燦々と降り注ぐ陽光の眩さに慣れたところで、ユフィーリアは改めて周囲を見渡す。
「こりゃあ、凄えな」
「そうだねぇ」
エドワードも隣で同意を示してくる。
こちらを睥睨する観客席は階段状に連なり、開戦の時を今か今かと待ち構えている。大人から子供まで幅広い年代の観客が座席を埋め尽くしており、無数の視線に晒されて居心地が悪い。決戦の地となるこの場をぐるりと取り囲むようにして配された座席は、満員御礼の状況である。
決戦の地となる会場は、剥き出しの土の地面の上に直接、鋼鉄製の箱が障害物のように置かれていた。貿易の際に大量の荷物を詰め込む為の箱だろうが、今や障害物として等間隔に置かれている。鋼鉄製の箱の間を縫うようにして、通路が迷路の如く伸びていた。
手で庇を作り、ユフィーリアは決戦の会場を観察する。障害物が多いのは魅力的だが、逆に相手の反撃の機会も潰していかなければならない。
「真ん中の辺りが広いな」
「あの辺りが防衛線なのだろう」
同じく戦場を観察するショウが、簡潔な口調で言う。
等間隔に障害物である鋼鉄製の箱が配置され、迷路の如く道が縦横無尽に伸びている。そのうちの真ん中だけが障害物の排除された、開かれた空間となっていた。
おそらく、あの真ん中の開けた土地が互いの防衛線なのだろう。防衛系魔銃を装備した人物を先に送り込み、敵の猛攻撃を防がなければあっという間に自陣から攻め込まれる。あの開けた場所こそ正念場を見せる時だ。
すると、
「ぎゃあ!?」
「来ちまったんですの〜!!」
「やりたくねえのじゃ〜!!」
「キクガ様、何やら嫌がっておられるようですが」
「放置しなさい。どうせそのうち嫌でも直る訳だが」
悲鳴が聞こえると同時に、対極に見覚えのある人影が5人ほど転移魔法で放り込まれてきた。
言わずもがな七魔法王の陣営である。ポンと急に放り込まれたことで受け身が取れず、運動音痴なグローリア、ルージュ、八雲夕凪なんかは土が剥き出しとなった地面にぺちゃりと転んでいた。一方で比較的動ける部類に属するリリアンティアは、真っ白な作業着を身につけて長い金髪をポニーテールに束ねていた。聖女様だがやる気は十分にある様子である。
対戦相手が揃ったところで、紹介の放送が入り込む。
『えー、はい。これよりぃ、カラフル・バレット・スクランブルのエキシビションマッチを開始するッスよぉぉぉぉおおおお!!』
司会も聞き覚えのある声だった。
見れば大盛り上がりな観客席に埋め込まれるようにして、司会席と解説席が設けられていた。司会席には主催者であるカーシムが、そして解説席に座るのは興奮気味なスカイだった。何やら音響用の魔法兵器を手に握りしめ、鼻息荒く行く末を見守っている。
魔銃の開発者だから解説役に抜擢されたのだろう。問題児を相手にすることもないので高みの見物を決めて、あのマッド発明家はご満悦の様子である。あとで的当ての的にでもしてやろうか、とユフィーリアは密かに計画した。
『現在の倍率は七魔法王側の優勢となっております。まだ賭けに参加されていない方はお早めにご参加ください』
『え、七魔法王が勝つって……? あ、そっか問題児はヴァラール魔法学院内での評価ッスもんねハイハイ』
カーシムが賭けの参加を観客たちに呼びかける横で、スカイが意外なものを見るような視線を寄越してくる。
彼は知っているのだ、七魔法王が魔法しか取り柄のない連中だということを。魔法が中心となったこのご時世で全世界に魔法の技術を浸透させた偉大なる魔女・魔法使いの集団ではあるものの、運動についてはからっきしというのはスカイも自覚があるようだった。七魔法王側――特にグローリアとルージュ、八雲夕凪からは非難じみた視線がスカイに送られる。
ユフィーリアはそんな七魔法王たちを眺め、
「リリアは着替えたんだな」
「はい、母様。身共の修道服は汚れたら困りますので!!」
リリアンティアは笑顔で応じる。
永遠聖女と名高い彼女を象徴する純白の修道服はどこかに片付けられ、代わりに真っ白な作業着を身につけている。子供用に合わせられたそれはやや袖の辺りがぶかぶかなのか、頑張って袖を捲っていた。長い金髪も丁髷のように結ばれているので、動きやすさを重視しているのだろう。
次いで、スカイからユフィーリアたち問題児と七魔法王が握る武器の説明がなされた。
『えー、今回の編成はこのようになっております。ドン』
スカイが右手を振ると、賭け試合の会場上空に薄紅色の半透明な板が出現した。そこには人名と、何の魔法兵器を使用するのかの情報が表示されている。
『ユフィーリア・エイクトベル【軽量系魔銃】
エドワード・ヴォルスラム【防衛系魔銃】
ハルア・アナスタシス【連射系魔銃】
アイゼルネ【連射系魔銃】
アズマ・ショウ【狙撃系魔銃】
以上』
『グローリア・イーストエンド【連射系魔銃】
ルージュ・ロックハート【連射系魔銃】
八雲夕凪【防衛系魔銃】
リリアンティア・ブリッツオール【軽量系魔銃】
アズマ・キクガ【狙撃系魔銃】
以上』
なるほど、相手の使用する魔法兵器が分かるのはありがたい話だ。
『ちなみに退場となった場合、武器はその場に置いておくことになるッス。残った仲間で回収して使用するもよし、捨て置くのもよしということになるッスね』
『それはなかなか、戦術の幅も広がりますねぇ』
朗らかに笑うカーシム。明らかにこの状況を楽しんでいた。高みの見物をしていれば、それは楽しいだろう。
「悪いけど、こっちが勝たせてもらうよ。尊厳だってあるし」
「せいぜい足掻くんですの、問題児」
「悪く思わないでほしいのじゃ。儂らとて死活問題なんじゃよ」
「母様。不肖リリア、全力でお相手させていただきます!!」
「覚悟しなさい、問題児諸君」
七魔法王側が魔銃を一斉に構え、問題児もそれに応じるようにして返す。
「けちょんけちょんにされる覚悟は出来てんのかァ、ええ?」
「運動音痴の3人なんてお荷物以外の何でもないんだよぉ」
「地獄を見せてあげるね!!」
「減らず口を叩けないようにしてあげるワ♪」
「普段から我々のお暴力に屈するお雑魚に興味はございませんが」
そして、スカイによる『それでは試合開始ィ!!』という興奮気味な号令が合図となって、賭け試合が開幕された。
《登場人物》
【ユフィーリア】身軽さがあるということで軽量系魔銃を選択。
【エドワード】体力があるので防衛系魔銃を選択。
【ハルア】軽量系魔銃では壊しそうなので連射系魔銃を選択。
【アイゼルネ】出来れば見物が良かったけど、オーソドックスな連射系魔銃を選択。
【ショウ】迷わず狙撃系魔銃を選択。空間把握能力には自信あり。
【グローリア】オーソドックスな連射系魔銃を選択。無難が1番。
【ルージュ】周りにばら撒けるということで連射系魔銃を選択。
【八雲夕凪】一応は神様で力もあるということで防衛系魔銃を選択。
【リリアンティア】身軽で動き回れるので軽量系魔銃を選択。
【キクガ】狙撃系魔銃を選択。射的とか得意だから。