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第2話【問題用務員と作戦】

 賭け試合前に作戦会議である。



「まさか親父さんが敵に回るとはな……」



 ユフィーリアは厳しそうな表情で言う。


 他の七魔法王は正直に言って敵と認定は出来ないものだが、問題はキクガである。頭脳明晰、運動神経抜群、武芸も達者な完璧超人が敵になった訳だ。

 今まではどんな時でも味方でいてくれた心強いお人だが、敵に回ると厄介極まりない。実力も未知数なのでどうやって戦ってくるのか不明だ。実質、キクガの独壇場になるかもしれない。


 腕組みをして頭を悩ませるユフィーリアは、



「怖いなぁ。親父さんを怒らせた時でさえ肝が縮み上がるってのに、敵になったらあの冷ややかな視線を一身に浴びなきゃいけねえのか……」


「ユーリ!! 悩んでいても仕方ないでしょ!!」


「ハル、お前は能天気だな。今だけはお前のその性格が羨ましい」


「ありがと!!」


「褒めてねえんだよ」



 ぶっ壊れたような笑みを見せるハルアに、ユフィーリアは深々とため息を吐いた。キクガが敵に回るという恐怖心は、この人造人間である彼には存在しない感情のようだ。

 そもそもハルアは、七魔法王を殺害する為に生み出された人造人間である。身体能力は折り紙付き、叩き込まれた戦闘経験も並外れたものだが、撃破を想定されていた第四席【世界抑止セカイヨクシ】はキクガの前の人物が該当しているのでその強さは通用しないかもしれない。あらゆる意味で常識を超えてくるのだ、あの人は。


 ユフィーリアは連射系魔銃バレッターを手にしたハルアを見やり、



「ハル、お前は親父さんを仕留めることが出来んのか?」


「分かんない!!」



 清々しいほどの笑顔でハルアは答える。



「ショウちゃんパパと戦ったことねえもん!!」


「そりゃ誰だってそうだろうよ」


「でもめっちゃ強かったのは記憶にあるね!! あの時は冥府の底から鬼がやってきたのかと思ったよ!!」


「想像したくねえ」



 ユフィーリアは絶望した。どうして今になってそんな恐ろしい話を聞かなければならないのか。



「ユーリぃ、キクガさんが敵に回ったのは確かに怖いけどさぁ」


「何だよ」


「賭け試合に出なきゃさぁ、今度はアーリフ連合国の最高責任者による借金地獄が待ってるよぉ」


「そうだったあ」



 エドワードに事実を指摘され、ユフィーリアは天井を振り仰ぐしかなかった。


 この賭け試合は回避できないものである。魔法兵器展示会の会場を魔法染塗料で汚してしまったので、その弁済目的で賭け試合に参戦するのだ。回避すれば微笑みの爆弾と化したアーリフ連合国最高責任者のカーシム・ベレタ・シツァムから目玉が飛び出るような金額の請求書が提示されることになる。

 神々の如く崇拝されている七魔法王セブンズ・マギアスの1人、第七席【世界終焉セカイシュウエン】であるユフィーリアでも回避できない事情だ。魔眼の能力で罪そのものを消し飛ばしてもいいが、中途半端な終焉は上手く作用しない可能性が考えられる。どこかで綻びが生じて罪が明るみに出た時が怖すぎる。


 ガックリと項垂れるユフィーリアに、エドワードが「それにぃ」と言葉を続けた。



「うちにはダークホースがいるじゃんねぇ」


「そうだショウ坊がいた!!」



 ユフィーリアはハッと顔を跳ね上げる。


 完璧超人のキクガは敵に回ったが、その息子で同じく頭脳明晰の上に運動神経も抜群に優れた未来の完璧超人がいた。最愛の嫁であるショウが味方にいるのは心強い。

 何せ父親同様に身体能力が優れており、冷静沈着で容赦のない判断を下すことが出来るのだ。貴重な人材である。あるいは完璧超人であるキクガを打ち倒すことが出来る唯一の切り札だ。


 ユフィーリアからの期待を受けた為か、狙撃系魔銃を胸に抱くショウは「任せてくれ」と頼もしいことを言ってくれる。



「父さんの相手は俺が引き受けよう。ユフィーリアは他の人に集中してくれ」


「嫁がこんなにも逞しく成長して嬉しい……!!」



 ショウという頼もしい味方が出来たので怖いものはない。あとは雑魚どもを蹴散らすのみである。



「よし、これで綺麗に勝ってカーシムの借金を帳消しにしよう!!」


「おー」


「おー!!」


「おー♪」


「お、おー」



 拳を振り上げ、問題児は賭け試合勝利の為に作戦を練り始めた。



 ☆



 一方その頃、七魔法王セブンズ・マギアス側である。



「無理だよ」


「無理ですの」


「無理なのじゃ」



 グローリア、ルージュ、八雲夕凪は絨毯の敷かれた床に突っ伏して泣き言を吐く。


 その情けない姿を静かに見下ろすキクガは狙撃系魔銃の動作確認をしており、リリアンティアが彼らのすぐ側をオロオロと狼狽えた様子で右往左往している。ただただ純粋な泣き言を七魔法王である彼らが吐くのは意外だった。

 それまでは威勢よく「問題児を倒す」と息巻いていたはずだが、数分が経過した時にはご覧の有様である。問題児を相手にするというだけで七魔法王には荷が重いらしい。



「先程までの威勢はどこに行ったのかね」


「旅に出たよ」


「自分探しの旅ですの」


「そして二度と戻って来んのじゃ」


「ボケ倒すほどに嫌なのかね」



 キクガは動作確認をしていた狙撃系魔銃から視線を外し、



「何がそんなに嫌なのかね」


「ユフィーリアを相手にすることだよ」



 グローリアはうつ伏せの状態から顔だけを上げると、



「君はまだ若いから知らないだろうけど、ユフィーリアの実家は魔法使い一族の中でも特に戦闘に特化していたんだよ。まだ家があった頃は『誰も勝てない』と言われていたぐらいなんだから」


「しかし、今は時代が変わっている訳だが」


「時代が変わっていたとしてもユフィーリアの強さは変わらないんだよ。見てるでしょ、普段から。身体能力増強魔法を使わないでもぴょんぴょん飛んで跳ねて駆け回ってるんだよ、あの問題児」



 キクガは「なるほど」と頷く。


 問題児の中で特に脅威とキクガが定めていたのが、七魔法王を殺害する為に生み出された人造人間のハルアだ。彼の身体能力は問題児の中でも突出しているので、素早く動かれる前に仕留めるべきだとキクガは自分の中で作戦を練っていたのだが、どうやら脅威は他にもいるらしい。

 改めて問題児筆頭と呼ばれるユフィーリアと敵対したことがないので、彼女が強いという印象は薄い。確かに身体能力は普通の魔女と比べると高い方だが、主に氷の魔法を使用している場面しか見てこなかった。第七席【世界終焉セカイシュウエン】の際も魔眼の能力が前提となっているので、まともに戦っているという印象がない。


 順番を変更すべきだろうか、と考えたところで、キクガの足元から「あの」と声がかけられる。



「キクガ様、身共も参加すべきですか?」


「今回、ユフィーリア君は問題児側についてしまったし、スカイ君は魔銃の性能を熟知しているということで解説役に抜擢されてしまった訳だが。人数を揃える為にも、リリアンティア君にも協力してもらわなければならない」


「しょ、承知しました。慣れませんが頑張ります」



 リリアンティアは小さな拳をグッと握って、気合い十分であることを示してくる。そういえば、彼女はユフィーリアから戦いの手解きを受けていなかったか。



「リリアンティア君は確か、ユフィーリア君から戦う術を学んでいたと思う訳だが」


「はい、母様からいくらかお稽古をつけてもらっています」



 頷くリリアンティアに、さらにキクガは質問を重ねる。



「その際、ユフィーリア君はどのように動いているかね?」


「え? いえ、それほど動いていませんし、身共が打ち込んでくるのを受け止めてくれるだけです。たまに身共が勝ちます」


「勝ってしまうのかね」


「おそらく母様はわざと身共に負けてくださるのですが、機敏に動く印象はありません」



 そうなると、作戦を立てるのが非常に難しくなってくる。ハルアは脅威として認定してもいいだろうが、戦力的にも未知数なユフィーリアはどこで始末するべきか。

 いいや、そもそも1人で始末すべきではない相手だ。せっかくこの場にはキクガの他にもあと4人ほど人手がいるのだから、決して単独で挑まなければならないという規則はどこにもない。


 ならば、差し当たってやることは1つだけだ。



「グローリア君、夕凪翁、あとそれから真っ赤なアバズレ」


「何?」


「何じゃい」


「わたくしだけ扱いがおかしいんですの!!」



 顔を跳ね上げた3人の前に、キクガは狙撃系魔銃の銃口を突きつける。

 明らかに3人の表情が引き攣った。身長も相まって、今のキクガは悪鬼か何かに見えることだろう。自分の見た目など些事である。


 固まるグローリア、八雲夕凪、ルージュを冷酷な瞳で見下ろして、キクガは言う。



「立ちなさい」


「え、と。何をするつもり……?」


「賭け試合が始まるまでおよそ15分。それまでに、ユフィーリア君たちに通用する程度の動きは叩き込む訳だが」



 狙撃系魔銃の引き金に指をかけ、キクガはなおも「立ちなさい」と命ずる。



「いつまで寝転がっているつもりかね」


「すいません!!」


「すまぬのじゃぁ!!」


「何故にわたくしまで!!」


「文句を言うなら足を断ち切る訳だが。命が惜しければキリキリ動きなさい」



 鬼教官よろしく七魔法王で最も若輩のキクガに命じられて、グローリア、八雲夕凪、ルージュは渋々と使いやすい魔銃を選んでいく。さすがにあの眼光で命の危機を覚えたようである。



「あのぅ、キクガ様。身共はどうすれば……」


「その礼装が汚れるのはいただけない訳だが。子供用の作業着が展示会場にあったのでそれを借りなさい」


「承知しました。借りてきます」



 パタパタと汚れてもいい衣類を借りに行ったリリアンティアの背中を見送り、キクガは作戦遂行に支障が出ない程度の動きを運動不足3名に叩き込む為の訓練を頭の中で描くのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】キクガを警戒する魔女。戦ったこともないし、見たこともない。

【エドワード】キクガの戦いぶりはショウ(に扮したユフィーリア)が連れ攫われた時に確認済み。

【ハルア】キクガが戦っているのは怖いなぁと思った。悪鬼かと思った。

【アイゼルネ】キクガとは出来れば戦いたくないので逃げる。

【ショウ】今回のダークホース。負けないぞ〜。


【キクガ】ユフィーリアを警戒する冥王第一補佐官。身体能力の高さは知っているので警戒するに越したことはない。冥府では『鬼教官』とか陰で言われている。

【グローリア】キクガが味方で後悔している。押し付けられないじゃないか。

【ルージュ】知らんうちに賭け試合に巻き込まれた。

【八雲夕凪】賭け試合に巻き込まれたので人の姿から戻れない。

【リリアンティア】ユフィーリアから稽古をつけてもらっている聖女様。聖女だけど身体能力抜群、木登りが得意な田舎娘。

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やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >グローリア、ルージュ、八雲夕凪は絨毯の敷かれた床に突っ伏して泣き言を吐く。 何もやっていないのに罰ゲームを言い渡され…
父と息子の狙撃勝負・・・!?これは悩ましい。 普通に考えれば実力も経験もあるキクガさんだが、今のショウちゃんをキクガさんは知らない。 そこに問題児のカバーがあれば行方は分からない。 あ、スカイ逃げら…
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