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第10話【問題用務員と襲撃】

 問題児が裏手の訓練場を飛び出してから、展示会場は地獄と化した。



「ふはーはははははははははははは!! そーら逃げろ逃げろぶわははははははははははは!!」



 ユフィーリアの魔王の如き高らかな笑い声が、幾重にもなって響く悲鳴の大合唱を掻き消す。


 連続する発砲音が会場内に響き、射出される赤い魔法染塗料マギアペンキが容赦なく絨毯や天井、壁などを汚していく。この魔法染塗料の素晴らしいところはどれほど物品に塗料がかけられても魔法が発動されず、人物にぶち撒けられると転移魔法が発動するという『区別』がついてくれるところだ。

 おかげでユフィーリアがぶっ放す軽量系魔銃スプリンターに充填されていた魔法染塗料を浴び、うるせえ観覧客が次々と会場外に放り出される。逃げ惑う人々は最恐の怪獣にでも遭遇したかのような甲高い悲鳴を口から迸らせながら、ただひたすらに逃げる他はなかった。


 もちろん、当然ながらユフィーリアだけがこの凶悪な事件を繰り広げている訳ではない。あちこちから魔銃バレットの発射音が聞こえるし、爆発音も轟いていた。



「ほーらお外に飛んでいけぇ!!」


「ひゃっふー!!」


「おほほほほほほほホ♪」


「射程が広いからどこまでも飛んでいくなぁ。天井の照明器具もご覧の通り」


「スカイ君は実にいい発明をした訳だが。ぜひともこれは冥府の刑場に導入したい」



 問題児も各々歓声を上げながら、どばどばと魔法染塗料マギアペンキをぶち撒けていた。ユフィーリアが汚した絨毯がさらに汚れていく。

 エドワードが投げた塗料爆弾が観覧客をまとめて3人ほど会場外送りにし、ハルアは類稀な運動神経を思う存分に活用して逃げる観覧客の背中に接近して仕留めていた。アイゼルネは何故か男性の観覧客ばかりを狙っているし、アズマ親子の2人は天井から吊り下がる照明器具を狙って塗料を発射して楽しんでいた。的当てか何かだと思っているのだろうか。


 進んで地獄を作り上げていく問題児と、常識をどこかに捨て去ってしまった冥王第一補佐官に、開発者である副学院長のスカイが縋り付く。



「ちょっと止めてぇ!! こんなことしたらボクがグローリアに怒られるんスよぉ!?」


「いつものことじゃねえか」



 あらかた会場内を蹂躙したところで、ユフィーリアは魔銃バレットの掃射を中断する。それから不思議そうに首を傾げ、



「副学院長も問題児なら怒られ慣れてるだろ」


「ボクは問題児じゃないッスよ!?」


「いいえ、副学院長は立派な問題児ですよ」



 叫ぶスカイを真っ向から否定してきたショウは、狙撃系魔銃をそっと下ろしながら理由を口にした。



「だってまともな感性を有していれば巨大な人型魔法兵器で学院長室を吹き飛ばしたりしないし、ヘドロみたいな料理しか生み出さない自動調理器具とか自動お掃除機と銘打った変なものに改造したりしないじゃないですか」


「」


「呼吸できずに崩れ落ちた」



 ショウの今日も冴え渡る舌剣が、副学院長を問答無用で切り捨てた。


 膝から崩れ落ちたスカイは、泡を吹いてビクビクと全身を痙攣させる。それほどまでにショウの言葉の威力は高かった。可哀想に、致命傷である。

 そもそも、副学院長がこんな面白い魔法兵器エクスマキナを開発したのが元凶である。いや、開発したのはいいが、実験記録を取るのに問題児を選出してしまったのが間違いなのだ。身体能力が高い代わりに理性の枷がユルユルなので、自由奔放に動き回ってしまうのはもはや読めていたことである。



「あの全自動掃除機に改造された人形なんて、見た目が恐ろしすぎて子供が泣き喚いてたぞ。あれをよく展示会に通したよな」


「副学院長が開発した耳掃除機も展示されていたねぇ。『シャッチョサーン』とか大絶叫を上げるものだから鼓膜が破れそうな人が続出してたしぃ」


「自動調理の魔法兵器も置いてあったね!! あれ本気で不味い料理しか生み出さないから出展なんて気が狂ったんじゃないかと思ったよ!!」


「まともな魔法兵器エクスマキナの開発って、魔銃バレットぐらいじゃないのかしラ♪」


「ここ最近、副学院長の頭の振り切れ具合が凄まじいですよ」


「ぜひとも冥府総督府に転職を考えないかね? 呵責開発課であれば年中人手が足りていないから大歓迎な訳だが」


「どさくさに紛れて副学院長を死後の世界に引き摺り込もうとしねえでくれ、親父さん。やることが死神みたいなんだよ」



 副学院長へ次々と突き刺さる問題児の忌憚のない意見に、スカイは「かはッ」と吐血した。キクガの勧誘通り、冥府の法廷に立ったのちに永久就職という事態になりかねなかった。

 とはいえ、事実である。何から何まで事実である。たまに開発される頭の振り切れた魔法兵器が展示会に出品されていたし、観覧客が数名ほど犠牲になっていたので副学院長の開発する魔法兵器は振り幅が半端ではないのだ。ゴミか神かである。


 ひゅーひゅーと瀕死の呼気を漏らすスカイは、何とかよろよろと身体を起こす。



「や、やってくれるッスね。天才発明家をここまでコケにするのは問題児だけッスよ」


「事実を指摘しただけで『コケにした』っていう言葉が出てくるのは素晴らしい根性ですね。やっぱり怒られるべきでは?」


「問題児と違ってボクが怒られると魔法工学の予算が削られるんスよぉ!!」


「それは副学院長がいらん魔法兵器エクスマキナを開発するからでしょう。ちゃんと収支簿を作って部品などの費用を管理してください。それが出来ていないからお金もかかりまくるんですよ」


「」


「また倒れた」



 再び真っ赤な塗料に染め上げられた絨毯に倒れ伏したスカイは、ショウの言葉のナイフに傷つけられてビクビクと痙攣する。正論に対する拒絶反応が出ている様子だった。魔族は正論を言われるとこのように痙攣する症状に見舞われることが多いのか。



「ユフィーリア、君って魔女は!!!!」



 その時、展示会場内に聞き覚えのある怒号が響き渡る。


 弾かれたように振り返ると、全身で怒りを露わにしたグローリアが大股でこちらに歩み寄ってきていた。その後ろではアーリフ連合国の最高責任者であるカーシムが展示会場の惨状に目を丸くしており、側に控えていた奴隷上がりの従者であるイツァルは鋭い視線を寄越してきた。グローリアと同じぐらいに怒っているようである。

 何ということだろう、もう見つかってしまった。魔銃の開発者であるスカイはなおもビクビクと魔法染塗料に汚れた絨毯の上でのたうち回っているし、ここは彼に全てを押し付けて逃げてしまった方がいいかもしれない。


 くるりと身を翻したユフィーリアたち問題児だったが、



「逃がすかァ!! 引っ付け、紫水晶アメシスト!!」


「ぎゃああああ宝石がたくさん取れるからって宝石魔法で仕留めてくるのは狡いだろ!?」



 グローリアが全力で投球してきた紫水晶による宝石魔法が炸裂し、ねばねばした粘性の強い液体に絡め取られた問題児と冥王第一補佐官は強制的に説教を受けさせられる羽目になるのだった。



 ☆



 そんな訳で、お説教である。



「何、この魔法兵器エクスマキナ



 グローリアはジト目で汚れた絨毯に並べられた魔銃バレットを見やる。


 それらが並べられた前で正座をさせられている問題児と冥王第一補佐官は、無言で視線だけを副学院長のスカイに向けた。今もなおスカイはビクビクと小刻みに震えながら床をのたうち回っているだけで、傍目から見れば問題児が何かをやらかしたようにも思えるだろうが、ただ正論にやられただけである。

 グローリアも、問題児と冥王第一補佐官による態度で色々と察したようである。大股でスカイに歩み寄るなり、彼の鳩尾めがけて思い切り足を振り下ろしていた。苦しそうな呻き声が副学院長の口から漏れる。



「あ、グローリア……」


「やあ、スカイ。君はまたとんでもないものを開発してくれたね」



 グローリアはにこりと微笑むと、床に並べられた魔銃たちを指差す。



「あんなものを開発したら、問題児が面白がっちゃうでしょ!? キクガ君も馬鹿になっちゃうし!!」


「父さんを馬鹿なんて言わないでください。馬鹿じゃないです」


「うるさいよ!! 君たちと一緒にはしゃぐぐらいなら馬鹿と呼んでも差し支えないよ!!」



 ショウの苦言に対しても金切り声で応じるグローリア。揚げ足取りにも真面目である。



「グローリア君、心外な訳だが。私は常に、童心を忘れないだけな訳だが」


「そんなものは忘れて大人になってよ!! 君、一応は父親なんでしょ!? 息子さんが君の背中を見て育っちゃってるんだよ!!」


「よいことだ」


「よくない!!」



 感慨深げに頷くキクガに、グローリアは早くも頭を抱えた。ショウの言葉のナイフにはいくらか耐性もついたらしいが、キクガの天然お父様節にはまだ耐性がついていないご様子である。対応に苦労しているのが嫌でも分かった。



「学院長様、そこまで怒られますと疲れてしまいますよ。深呼吸してはいかがです?」


「すみません代表様、こればかりは無理です」



 深呼吸を促してくるカーシムに、グローリアは申し訳なさそうな表情で最高責任者たる青年に振り返る。



「この馬鹿タレどもにまずは謝罪をさせないと」


「謝罪をさせればいいのですか?」


「え?」



 グローリアが紫色の瞳を瞬かせる間に、カーシムはユフィーリアたちに笑顔を向けた。



「こちらの会場の清掃代、貴方がた7人にご負担していただきましょう。代金は均等に請求させていただきますね」


「すみませんでした」


「勘弁してください」


「ごめんなさい!!」


「許してくださイ♪」


「もう少し良心的なお値段でお願いします」


「申し訳ない」


「すんません、今月お財布本気で厳しいッス」



 一瞬だった。一瞬で、問題児と冥王第一補佐官と副学院長はカーシムに土下座で謝罪をしていた。

 法外な値段を請求されるのは嫌でも分かっていた。ここは商人たちが集まった国、アーリフ連合国である。国の中にある商品はどれもこれも高級品ばかりで、そんなものを汚せば目玉が飛び出るほどの値段を請求されるのは間違いなかった。


 カーシムは困ったように眉を下げ、



「困りましたね。時間を戻す魔法を使ったとしても手間はありますし、やはり目に見えた誠意の形は大切だと思いますが?」


「ひぃ」


「ふぇあ」


「ぽう!!」


「♪」


「冥府に落としてやりましょうか」


「財は冥府まで持ち込めない訳だが」


「この親子、自分たちが悪いはずなのに開き直って冥府送りにしようと企んでるッス」



 目に見える形での誠意、という恐ろしい言葉で脅されるユフィーリアたち問題児は、あまりの恐怖に土下座しながらガタガタと震えた。異世界出身であるアズマ親子だけは金持ちの脅しなどには屈せず、もはや開き直ってカーシムの冥府送りを企む始末である。


 カーシムは、床に並べられた連射系魔銃を手に取った。

 副学院長が訓練用魔法兵器と銘打って開発してそれを、矯めつ眇めつ観察する。その瞳の鋭さは、さすが商人の街を取り仕切る最高責任者である。先程までの朗らかさは形を潜め、商品を見定める商人の顔つきになっていた。


 それから、カーシムは連射系魔銃バレッターを手にしてにっこりと笑う。



「とてもいいお話があります。もし頷いていただけるのでしたら、今回の会場を汚した分の代金は帳消しといたしましょう。いかがです?」



 そう言われて頷かない問題児はいなかった。

《登場人物》


【ユフィーリア】今思えば「やっちまった」と頭を抱えることをしでかした馬鹿野郎。普通に金持ちの前では屈するし土下座もする。

【エドワード】魔銃ではしゃぎすぎて反省。

【ハルア】これ以上、借金が増えたら溜まったものじゃない。

【アイゼルネ】せめて命だけは助かりたい。

【ショウ】金持ちだろうが何だろうが関係ない。旦那様を怯えさせるのであれば冥府に突き落とす。


【キクガ】息子たちと一緒にはしゃいだ冥王第一補佐官。自称「少年の心を忘れない大人」らしい。必要であれば最高責任者だろうが冥府に引っ張っていく。

【スカイ】魔銃の開発者。馬鹿と天才は紙一重を体現した人物。

【グローリア】騒ぎを聞きつけてやってきたら会場が真っ赤な塗料だらけになっていた。頭を抱えるしかない。このあと塗料は魔法で時間を戻して掃除した。

【カーシム】アーリフ連合国の最高責任者。世界で最もお金持ち。

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― 新着の感想 ―
インガオーホーなのだ。ナム~。 とても良い話があるって・・・いやだー!地下送りにされるのはいやだぁぁ!
やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「だってまともな感性を有していれば巨大な人型魔法兵器で学院長室を吹き飛ばしたりしないし、ヘドロみたいな料理しか…
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