第9話【問題用務員と魔銃試運転】
訓練場に罵声が飛び交う。
「うおおおおくたばれ筋肉だるまァ!!」
「そっちがくたばれクソ魔女がァ!!」
軽量系魔銃を握りしめ、ユフィーリアは吠える。
両手の2丁拳銃を同時に発砲すれば、ぶぶぶぶぶぶ!! と音を立てて魔法染塗料が放たれる。真っ赤な塗料の雨霰が目の前に突き出された鋼鉄製の分厚い盾にぶち当たり、虚しくも弾かれてしまった。盾の表面には撥水加工でもされているのか、塗料はすぐに落ちてしまう。
その盾の陰に隠れていたエドワードは、銀灰色の瞳に鋭い眼光を宿してユフィーリアを見据える。手には缶の形を模した爆弾が握られていた。
「おらくたばれ!!」
「そんなへっぽこ爆弾で誰が死ぬかってんだそっちがくたばれ!!」
塗料が撒き散らされた床へ転がるようにして爆弾を回避したユフィーリアは、低い姿勢を維持したまま再び軽量系魔銃を発砲。盾を構えるエドワードの側面に回る形で襲いかかる。
しかし、エドワードもユフィーリアと付き合いが長いだけあって、行動をしっかりと読んでいた。すぐさま盾をユフィーリアのいる方角に向けると、飛んできた塗料から身を守る。鋼鉄製の分厚い盾に阻まれた塗料はあっという間に弾かれてしまった。
再び懐から取り出した缶の見た目をした塗料爆弾を、今度はユフィーリアの爪先めがけて転がしてくる。カラカラカラという金属音が耳朶に触れた。ちょうど蹴飛ばせばそのまま爆発してしまう危うい位置に投げ込んでくるとは、卑怯な真似をする。
だが、そんな卑怯な真似などお見通しである。ユフィーリアは大きく飛び退ると、
「自爆しとけ馬鹿がよォ!!」
「うぎゃあ!!」
前に踏み込んできた隙を見計らい、ユフィーリアはエドワードが転がしてきた缶型の塗料爆弾に狙いを定めて軽量系魔銃の引き金を引く。
ぶぶぶぶぶぶぶ!! と小刻みに放たれる塗料の衝撃が、塗料爆弾の起爆装置を刺激した。気づかずに踏み込んできたエドワードの足元で、自分が投げ込んだはずの塗料爆弾による爆発に巻き込まれてしまう。哀れ足元より全身をしとどに赤い塗料に染め上げたエドワードは、その姿をフッと掻き消した。
と思えば、エドワードの姿は『負け組』と看板が建てられた区画に移動していた。そこには全身を真っ赤な塗料に染めた見慣れた顔触れが並んでおり、膝を抱えてエドワードとユフィーリアの激しい喧嘩を観戦していた。
「やっぱユーリが勝つんだね!!」
「ハルさん、俺の勝ちだ。学院に戻ったら黒猫シェイクを奢ってもらうぞ」
「エド、もっとガッツを見せなさいヨ♪」
「さすがユフィーリア君、第七席の称号は伊達ではない訳だが」
ハルア、ショウ、アイゼルネ、キクガから様々な意見が飛んでくる。特に未成年組の2人に関してはユフィーリアとエドワードのどちらが勝つか賭けをしていたようで、賭けに勝ったショウは喜びを露わにし、賭けに負けたハルアは頭を抱えていた。知らないところで何をしていたんだ。
「足元狙って爆弾を転がしてくるとか狡いだろ、お前。いつからそんな小狡いことを思いつくようになったんだよ」
「小狡いことでも考えないと勝てないんだよぉ。結局こっちが負けてんじゃんねぇ」
ユフィーリアもエドワードもまだそんな調子で続いているものの、表情自体に剣呑な雰囲気はない。あくまで互いの戦い方の評価をしていた。何だったら笑顔まで見える始末である。
「思ったんスけど」
開発した訓練用魔法兵器『魔銃』の実験記録を取っていたスカイは、全身を魔法染塗料に濡らした問題児とキクガにタオルを差し出しつつ口を開く。
「ユフィーリアとエドワード君は仲でも悪いんスか? 凄い罵り合ってたんだけど」
「え?」
「そんな訳なくない?」
ユフィーリアはキョトンとした表情を浮かべ、タオルを差し出されたエドワードは不思議そうに首を傾げる。
確かに互いのことを「くたばれ」と罵り合いながら魔銃をぶっ放していると、普段からお互いの関係が最悪ではないかと疑ってしまいたくなるのも分かる。ユフィーリアも自分の発言を思い返せば「酷いことを言っていたな」という自覚は、何となくだが存在した。
いくら付き合いの長い相棒だからと言って、汚い言葉を使っていいとは限らないのだ。相手を傷つけかねない言葉は控えるべきである。それが良好な人間関係を築く大切な行為なのだ。
今までの発言を振り返り、ユフィーリアとエドワードは納得したように頷く。
「確かに嫌な言葉だったな、うん。もう1回やるか?」
「そうだねぇ。今度は『くたばれ』なんてなしにしてねぇ」
顔の塗料のみをとりあえず拭ったエドワードは、鋼鉄製の分厚い盾を手にして立ち上がる。爆弾の残りとユフィーリアが装備した軽量系魔銃の塗料の残量を確認してから、お互いに距離を取った。
向かい合うこと数秒、どちらともなく互いの魔法兵器を構える。ユフィーリアは軽量系魔銃を握りしめ、その2つの銃口をエドワードに向けた。鋼鉄製の盾を装備するエドワードは、その影に隠すようにして塗料爆弾の缶を手に擦る。
そして、戦いの火蓋は切って落とされた。
「冥王の前で土下座しろコラァ!!」
「冥王第一補佐官の前で命乞いでもしてろオラァ!!」
「どっちも変わらねえッスよ馬鹿タレども!!」
ぶつかり合ってすぐに「くたばれ」と何ら変わらない罵倒を叩きつけたユフィーリアとエドワードに、スカイが制裁として2人の頭上から真っ赤な魔法染塗料を降らせる。頭の先から爪先まで一瞬で魔法染塗料に濡れたユフィーリアとエドワードは、塗料に込められた転移魔法によって『負け犬』の区画に送り込まれる。
「語彙力が変わっただけじゃないッスか、学べや猿ども!!」
「何だよ、くたばれって言ってないんだからいいだろ」
「屁理屈を捏ねるな、ショウ君みたいに頭のいいことをすればいいってもんじゃないッスよ!!」
「俺を引き合いに出さないでくださいよ」
常識を叫ぶスカイにユフィーリアが不満げに返す。さらに引き合いに出されたショウからも非難の視線が送られた。
大体、普段は非常識な魔法兵器の実験を繰り返すマッド発明家のスカイが今更真面目を装ったって、問題児が聞きやしないのだ。「こいつ何を言ってんだろう?」で終わりである。
スカイはため息を吐き、
「んもー、ちゃんと仲良くするんスよ」
「仲いいだろうがよ。よく見ろ、肩組んじゃうもんね」
「そうだよぉ。俺ちゃんとユーリは仲良しさんだもんねぇ」
互いに肩を組んで仲の良さを強調していくユフィーリアとエドワード。そのすぐ側でショウが先輩のエドワードに対してちょっぴり嫉妬するような視線を寄越していたが、これはもう全力で視線を逸らすしかなかった。エドワードの友情とショウに対する愛情は別物である。
「いやでも、本当にいい魔法兵器を開発したよ。これならいい訓練にもなるんじゃねえのか?」
「だよねぇ。いい運動にもなるしぃ、塗料だったらお子様も遊べるじゃんねぇ」
「楽しかった!! またやりたい!!」
「人気が出るのも分かるワ♪」
「規則を決めてチーム戦なんてことも出来そうだ」
「それはいい考えな訳だが。スカイハイ・レースにも匹敵する新しい行事も生まれそうな訳だが」
魔銃の性能を手放しで称賛するユフィーリアたち問題児とキクガに、スカイは「そうッスか?」などと照れ臭そうに言う。
実際、魔銃の性能は訓練用魔法兵器と見ればかなりいいものである。魔法軍隊の訓練用に配備されれば間違いなく使われるだろうし、そうでなくても魔法染塗料が弾丸の代わりになるならば人気の高い箒のレース『スカイハイ・レース』にも匹敵する行事が生まれそうだ。規則と利益云々、その他諸々を整えればあっという間に広まるだろう。
この性能は広く伝わるべきだ。それを披露する絶好の場面があるではないか。
そう、ここは魔法兵器展示会の会場。数多くの魔法兵器が展示されている中で、これほど高性能な魔法兵器の存在を知らしめるのに最適な場所である。
「副学院長、これ外で撃ってきていいか?」
「え」
ユフィーリアの提案に、スカイが固まる。
「そうだよぉ。こんな面白い魔法兵器、見るだけじゃなくて体験してもらわないとぉ」
「楽しいもんね!!」
「たまには汚れるのもいいわネ♪」
「副学院長の素晴らしい魔法兵器、観覧客の皆さんにも知ってもらいましょう」
「これほど素晴らしい発明品、体験せずに帰るとはもったいない訳だが」
「ちょちょちょ、ちょっとぉ!?」
ユフィーリアが提案した内容に乗り気な問題児と冥王第一補佐官を、スカイは慌てて止めに入る。
「もしかしなくても、それ絶対にボクのせいになるって!?」
「よーしお前ら行くぞ!!」
「止めてぇ!?!!」
スカイの懸命な制止を振り切り、問題児筆頭による号令のもと、魔銃などというこの上なく面白い玩具を手にした悪タレどもが魔法兵器展示会の会場に解き放たれてしまった。
数秒後、魔法兵器展示会の会場が真っ赤な魔法染塗料に汚れ、観覧客が幾重にも悲鳴を轟かせる地獄絵図が描かれることになるのは、当然の帰結とも言えた。問題児に魔銃なんて魔法兵器を渡す副学院長が愚かなのである。
《登場人物》
【ユフィーリア】エドワードは別に嫌いではない。大事な問題児の仲間だし、付き合いの長い相棒なので扱いも雑さがある。
【エドワード】ユフィーリアは別に嫌いではないし仲が悪い訳でもない。付き合いの長さゆえに暴言を吐くだけ。
【ハルア】早々にエドワードの爆弾を足元に喰らって転移した。
【アイゼルネ】ハルアと同じ死因。爆弾を使われるのはずるい。
【ショウ】エドワードの爆弾は回避できたが、ユフィーリアが操る2丁拳銃のあれは回避できなかった。
【キクガ】魔銃の操作に慣れず、モタモタしていたらユフィーリアに撃たれた。
【スカイ】どさくさに紛れて魔銃の実験記録を取っている最中。問題児はどんな魔法兵器でも使いこなしてくれるので実験台としてはかなり優秀。