第8話【問題用務員と魔銃】
副学院長に促されるまま踏み込んだ裏手は、遠くの方に複数の的が設置された訓練場みたいになっていた。
「おお、本格的」
「凄いねぇ」
「あれ壊せばいいの!?」
「何だか入学試験で見たような光景ネ♪」
「わくわく」
「ふむ、確かにこれは本格的な訳だが」
訓練場の光景を目の当たりにし、問題児5名とキクガがそれぞれ感心したように言う。
射撃位置から距離を空けて設置された的は人の形をしており、べっとりと塗料が付着していた。撥水性のある布でも敷いているのか、つるりとした材質の敷物の上にも点々と塗料が落ちている。射撃位置から魔銃をぶっ放したことで、いくらか塗料が散ったのだろう。
訓練場を行き来しているのは魔法兵器展示会の関係者などではなく、ヴァラール魔法学院の制服や指定の作業着を身につけた生徒であった。よく見ればスカイの授業を選択している生徒たちである。大小様々な箱を移動させたり、飛び散った塗料を魔法で掃除したりと忙しなく働いていた。
スカイは通りかかった生徒を呼び止めると、
「あれ持ってきて」
「はい、分かりました」
呼び止められた生徒はしっかりと頷き、足早にどこかへ向かう。副学院長の「あれ持ってきて」という言葉で何を持ってくるのか理解している辺り、もう慣れているのだろうか。
「いやァ、最高責任者のカーシム君が何人か係員をつけるって言ってくれたんスけどね。ボクが扱っているのって実戦でも使えるように想定して設計されているから余計な人員はつけたくないんスよ。世界で1番信用できないじゃないッスか」
「副学院長が作る馬鹿みてえな魔法兵器も信用できねえけどな」
「信用してよ、そこは。大丈夫ッスよ、真面目な時と不真面目な時の落差が激しいだけでどの作品もちゃんと安全面だけは保証されてるから」
そんなことを言うが、過去に馬鹿な魔法兵器の実験に巻き込まれて痛い目を見ているので、信用度はあまり高くはない。ユフィーリアはジト目で副学院長を見据えるが、彼は視線を明後日の方角に逸らすだけだ。
確かに真面目な時と不真面目な時の落差が激しいだけで、真面目な時は本当に使える魔法兵器を開発してくれるのだ。魔法列車然り、通信魔法専用端末『魔フォーン』然り、便利な魔法兵器も数多く手掛けている。馬鹿と天才は紙一重とはまさにスカイのような人物を示すのだろう。
スカイはわざとらしく咳払いをしてから、
「さて、と。まずは魔銃に関してご説明をしようッスかね。用意できるまでもうちょっと時間がかかりそうだし」
そう言って、スカイが取り出したものは先程見せてくれた魔銃である。見た目はブーメランのような形をしているものの、小型化に成功した魔導砲だと知れば見方も変わってくる。
「ご覧の通り魔銃は、連射性能を取り付けた小型の魔導砲ッス。魔導砲は基本的に大量の魔力を閃光として放出することで爆発的な攻撃力を誇るッスけど、この魔銃は別途開発中の弾丸を連続で射出する性能を取り付けて攻撃を継続させるようにしてるッスよ」
「その弾丸は現在、開発中なんですよね。代わりに塗料を詰めているとか」
「なかなかいい素材がないんスよね。発射する時に抵抗で弾頭が潰れちゃうんスよ」
ショウの言葉に、スカイがやれやれと肩を竦める。弾丸の開発にはさすがの天才発明家でも難航させられているようである。
「まあ、そんな訳で。現状は兵器運用は出来ないんで、魔法を込められる塗料『魔法染塗料』を使ってるッスよ」
「何ですかそれ、魔法絵画の塗料と何が違うんですか?」
「魔法絵画の塗料は動いたり色を変えたりなどの魔法に限定されるけれど、魔法染塗料は割と何でも魔法を込められるんスよ。今回の塗料には一定量を浴びると転移魔法が発動して、決められた領域から放り出されるようにしてるッス」
魔法絵画用の塗料は、あらかじめ動いたり色が変わったりする魔法がかけられた塗料を使用しているので、どうしても動きに制限がある。絵画用として販売される塗料だから危険な要素を取り除いておく為だ。
魔法染塗料は、その魔法絵画用に使われる前段階の塗料になる。動いたり色が変わったりする魔法が込められる前の塗料に他の魔法を込めることで、攻撃転用できるのだ。これにより戦争や犯罪などにも使われることが多くあるので、取り扱いで議論が何度も交わされてきたことがある。
スカイは「まあねぇ」と言い、
「魔法染塗料って使用方法を申請しなきゃいけないんで手に入るのはものすごーく大変なんスけどね。今回は転移魔法で申請をしたから案外お手軽に申請が――とと、来た来た」
スカイの言葉が中断される。見ればスカイに何かを持ってくるように依頼された生徒が、ゴロゴロと台車を転がして一抱えほどもある箱をいくつか積んで運んできた。
箱の表面は鋼鉄製で簡単に開かない仕様となっており、また内側で暴発が起きても外側に影響がないような頑丈な作りをしていた。訓練用魔法兵器とは謳われているものの、いずれは実戦配備される予定の魔法兵器である。このように頑丈な箱で用意するのも仕方がないのか。
スカイは1番上に積まれた箱から順番に開けていき、中身をユフィーリアたち問題児とキクガに見せる。
「これが魔銃の種類ッス。全部で4種類あるッスよ」
目の前で開封された鋼鉄の箱は、全部で4種類。
2丁拳銃の魔銃、膨らんだ銃身が特徴的な魔銃、銃身が異様に長い魔銃、それから分厚い鋼鉄製の盾と縦長の缶みたいな見た目をした物体がずらりと並んでいた。最後の箱だけ系統が違う気がする。
並べられた4種類の魔銃を、スカイは1つずつ手に取りながら説明してくれる。
「これは軽量系魔銃。全体的に軽い素材で作られているから持ち運びしやすく、連射性能が高い代わりに威力はそこまでないッスね」
まず紹介してくれたのが、2丁拳銃の魔銃だ。同じ形をした魔銃が2丁用意されており、両手でそれぞれの魔銃を扱うのだと分かる。
試しにユフィーリアが持ってみると、その軽さに驚きが隠せなかった。まさに羽のような軽さである。持っていることを忘れそうなほどの軽さに果たしてちゃんと使用できるのかと心配になる。
次いで、スカイは膨らんだ銃身が特徴の魔銃を手に取る。
「これが連射系魔銃。基本的な魔銃として設計・開発したッスよ。性能・威力双方取っても平均的、ここから改造のし甲斐があるって訳ッスね」
膨らんだ銃身はおそらく、弾丸の代わりである魔法染塗料を大量に充填して置けるように設計されているのだろう。膨らんだ銃身の側面に取り付けられた出っ張りのようなものを引っ張ると膨らんだ箇所が丸ごと外れるようになっていた。塗料を再装填するのも簡単な動作のみとなっているようである。
平均的な魔銃ならば、その後の改造も如何様にも出来るということだ。幅広く自分で思うように改造が出来れば用途の幅も広がる。万人の手に馴染むものであれば、実戦配備だけではなく凶暴な魔法動物に悩む狩人なんかにも扱えるようになるだろう。
次にスカイは、銃身が異様に長い魔銃を掲げた。
「こちらは狙撃系魔銃。遠距離での運用を目的とした魔銃ッスね。遠くから一撃必殺の威力で塗料をお届け」
「暗殺系じゃねえか。危ねえな」
「でも射線が分かれば何てことはないッスね。実際、そんな遠くから撃てるような人物なんていないんスよ。やり方が地味だから万人受けしないみたいで」
肩を竦めるスカイが掲げる狙撃系魔銃は、全体的に槍のように細くて長い見た目をしている。他の魔銃と比べると銃身が細く、銃口部分が小さい。持ち手に当たる部分はどうやら肩に担ぐことでも想定しているようで、流線型に膨らんでいた。
遠くからちまちまと狙うような戦い方は一般的に好かれるような行為ではないが、威力は絶大である。死角からの攻撃は1番無防備になりやすい。「無防備な状況での攻撃は卑怯だ」という風潮はあれど、立派な戦術である。
最後に、スカイは盾と缶の2つを両手に持った。盾の方が妙に重そうである。
「ん、しょ。これが最後、防衛系魔銃ッスね。盾と組み合わせて使うのが塗料を込めた爆弾ッス。最前線で敵の塗料を防ぎながら爆弾で蹴散らし、味方を守るのに適してるッス」
「うわー、英雄思想の奴とか好きそう」
「紹介したら男子に人気が高かったッスよ」
重そうな鋼鉄製の盾で敵の塗料の嵐から味方を守りつつ、前線を切り開く大役を負えるとは、如何にも英雄のようではないか。魔法軍隊に配備されることを想定して考えられたとなれば花形職にでもなりそうである。
盾という主要兵器の他に持たされる缶の形をした爆弾も、たっぷりと塗料が詰め込まれている。地面に叩きつけられた衝撃で大量の塗料を撒き散らす設計になっているようだ。スカイが塗料のしこたま詰められた爆弾を揺らすものだから、いつその手から滑り落ちるかとヒヤヒヤした。
これで4種類の魔銃の説明は終わりである。天才発明家らしい、なかなか興味深い魔法兵器を開発したものだ。
「じゃ、そんな訳で」
スカイは全ての魔銃を箱にしまい、改めてユフィーリアたち問題児とキクガに向き直る。
「どれやりたいー? 今ならお試し撃ち放題ッスよー?」
「全部片っ端から、全部!!」
「まずは防衛系魔銃からやらせてぇ」
「オレ連射系魔銃やりたい!!」
「おねーさん、軽量系魔銃をお願いしたいワ♪」
「俺は狙撃系魔銃を試してみたいです」
「では私も、ショウと同じものを頼めるかね?」
「ぬほほほほ好奇心旺盛な諸君は最高ッスねぇ!! さあじゃんじゃん撃っちゃってくださいッスよ塗料もたんまり仕入れてきたんでねぇ、代わりと言っちゃ何だけど記録だけ取らせてもらうッスよぉ!!」
わらわらと魔銃が収められた鋼鉄の箱に群がる問題児と冥王第一補佐官に、スカイは変な笑い声を上げながら歓迎する。同時に「記録を取らせろ」と密かに実験への協力も添えてきたが、魔銃を吟味し始めるユフィーリアは構いやしなかった。
それから的当てを開始し、ついには的当てだけでは飽き足らず互いに狙い始めてデスマッチを繰り広げることになろうとは、まだ誰も予想――出来ていたので、当然の帰結であった。
《登場人物》
【ユフィーリア】身体能力が非常に高いので、アクロバティックな動きを要求する軽量系魔銃に適性あり。
【エドワード】無尽蔵の体力と常識外れな怪力が特徴的なので、体力と筋力が要求される防衛系魔銃に適性あり。
【ハルア】身体能力の高さはあれど、軽量系魔銃は壊す可能性が高い。連射系魔銃の方がいい。
【アイゼルネ】筋力がなく身体能力もあまり高くはないので、連射系魔銃の適性がいいかもしれない。
【ショウ】正確無比な狙撃の腕前と空間把握能力に優れているので、狙撃系魔銃の適性あり。
【キクガ】狙ったところに当てられるので狙撃系魔銃の適性あり。ただし眼光がめっちゃくちゃ鋭い。
【スカイ】魔銃の開発者。どさくさに紛れて実験記録を取り始める。