第7話【問題用務員と訓練用魔法兵器】
副学院長が特に力を入れて研究・開発した魔法兵器とやらは『訓練用魔法兵器』の区画に展示されているようだった。
「訓練用魔法兵器って何をするんだ? 避難訓練?」
「いや戦闘訓練」
「わあ」
魔法が中心となったご時世でも、武力を重要視する輩は存在する。むしろ魔女や魔法使いに対抗できる手段こそが武力である。基本的に魔女や魔法使いたちは頭脳派であり、身体能力は全体を見通して低い傾向にあるので1発でも殴られればすぐ屈服してしまう。
そんな頭脳派が多い中、身体能力も高ければ魔法の知識も豊富に蓄えている万能型の魔女や魔法使いもごく少数ながらいる。そうした魔女や魔法使いは各国の戦力として重宝され、魔法兵士として王宮に仕えることになるのだ。
その魔法兵士が訓練の際に使用するのが『訓練用魔法兵器』である。
「それがここかぁ……」
「広さも圧倒的だねぇ」
「何かの魔法でも使ってるのかな!?」
「絶対に使っているでショ♪」
「凄い盛り上がりだ……」
「ほう、なるほど」
リリアンティアに言われてやってきた訓練用魔法兵器の展示区画は、かなりの観覧客で賑わっていた。
観覧客が注目しているのは、展示区画の中央にドンと置かれた金網で囲まれた模擬戦場である。そこでは2人の男性が向かい合っており、何やら魔導砲の小型版みたいなものを撃ち合っていた。
ただし、射出されているのは目に優しくない魔導砲特有の閃光などではなく、何やら塗料のようなものだった。金網で取り囲まれた模擬戦場は色とりどりな塗料で汚されており、向かい合う男性たちもまた全身を塗料で濡らしている。
歓声に包まれる中、ついに決着の時がやってきた。
「あ」
「あー!!」
ショウとハルアが思わずと言ったような雰囲気で声を上げる。
小型の魔導砲で塗料を撃ち合っていた男性たちのうち、片方が脳天で塗料を受け止めてパンと弾け飛ぶ。死んだかと思えばどうやら自動的に転移魔法が発動したようで、金網で囲まれた模擬戦場の外に全身塗料で汚れた状態でひっくり返っていた。模擬戦場の中に残っていた男性のみ、天高く拳を突き上げて喜びを露わにしている。
周囲の観覧客もまた、万雷の喝采で男性の勝利を喜んでいた。称賛の言葉を投げかけられる勝者はどこか誇らしげである。全然内容が分からないので、どう反応すればいいのか分からない。
完全に置いてけぼりを食らっている問題児の前に、観覧客の壁を掻き分けて見慣れた猫背の魔法使いがやってくる。ユフィーリアたちの姿を認めるなり「あー!!」と叫ぶも、拍手によってその声は掻き消された。
「問題児、問題児ィ!! よく来てくれたッスねえうへへへへへ待ってたよォ!!」
「うわ副学院長」
「うわ、て何スか。ちょっと傷つくわぁ」
会場の熱気によって汗を滲ませる猫背で目元を覆い隠した魔法使い、副学院長のスカイ・エルクラシスが揉み手でユフィーリアに擦り寄ってくる。
「いやァそれにしてもご到着が遅かったご様子でェ。どうスか、これ。どうッスかあれ!?」
「いや、あれって言われても」
ユフィーリアはすでに終わってしまった金網の模擬戦場を一瞥すると、
「何をやっていたのかも分からねえよ、こっちは」
「説明しよう!!!!」
「こいつうぜえな、別の場所に行っちゃおうかな」
説明を求める問題児たちに胸を張る副学院長。その内容を早く語りたくて仕方がないらしい。その妙な興奮ぶりが鬱陶しくて仕方がないので、このまま置いて帰りたい衝動に駆られる。
「今回、ボクが開発した訓練用魔法兵器は、名付けて――『カラフル・バレット・スクランブル』!!」
スカイはそれはそれは高らかに、自らが開発した魔法兵器の名前を口にした。
「実は以前から、魔導砲の小型化を考えていたんスよね。魔導砲は結構な大型の魔法兵器だし、使用したら冷却時間を置かないと再装填が出来なかったりと威力は大きくても使い勝手が悪いってんで他国からも色々と相談を受けていたんスよ。でも小型化する技術ってないんスよ折り畳むものじゃないし」
「ちょ、近い近い近い」
「折り畳まずにじゃあどうやって小型化するとなったらそれはもう形もガラッと変える必要があるしあれそうなると魔導砲じゃなくて別の魔法兵器になるんじゃないかと思うんスよねじゃあ別の魔法兵器になるなら最初から小型化を想定して設計しなきゃいけないけどこれがなかなか難しい何せ部品も何もかも小さいッスからね魔法式を刻み込もうにもかなーり難しい作業になるから難航してたんスよね困った困った」
「だから近いって」
説明をしながらグイグイと距離を詰めてくるものだから、ユフィーリアはスカイを突き飛ばしながらも説明だけは耳を傾ける。それでもなお近づいてくることは止まらなかったが。
ユフィーリアに遠慮なく距離を詰めるものだから、ゆっくりとショウの瞳から光が消えていった。このままでは世界で誰よりお嫁様が副学院長を全裸にひん剥く可能性がある。観覧客が多い中、生まれたての姿をフルオープンさせるのは社会的な死を免れられない。
ショウがいつ冥砲ルナ・フェルノをぶっ放さないかと心配になるのをよそに、スカイの説明はついに終わりを迎えた。
「そこで開発したのが、この魔銃ッス!!」
厚ぼったい長衣の下から引っ張り出したものは、ブーメランによく似た形状の魔法兵器だった。
よく見ると、持ち手の方は掴むことに適した長さに押さえられており、反対に攻撃する為の砲身の役割を果たす部分は長めに保たれている。砲身には穴が開いており、そこから先程のように塗料を射出するのだろう。大型の魔法兵器に分類される魔導砲と比べれば、明らかに小さい。小型化に成功していると言ってもいいだろう。
スカイが取り出した魔銃とやらを目の当たりにし、真っ先に反応を示したのは異世界出身のアズマ親子である。
「凄い、自動拳銃だ。玩具みたいだなぁ」
「この形状はベレッタ社製のもの辺りな訳だが。しかし細部をよく見ると銃火器の構造には存在しない機構があるから、やはり違うかもしれない訳だが」
「お、おう。何か詳しいッスね、特にキクガさん」
「こういうものは扱っていたことがある訳だが」
キクガはちょっと照れ臭そうにはにかみ、
「今回のような塗料ではないが、似たようなものを使用して撃ったり撃たれたりした訳だが。懐かしい」
「父さん、もしかしてサバイバルゲームも経験したことがあるのか? 羨ましいなぁ、話だけは聞いていたが俺も経験してみたい」
ショウは父親に羨望の眼差しを送る。キクガも息子の綺麗な瞳に対してにこやかに微笑むだけだった。
そのすぐ側で、ユフィーリアは押し黙る他はなかった。他の問題児も色々と察したのか、自分の口元を指先でなぞってお口を閉ざした。ショウから言わせれば『お口チャック』である。何も言ってはいけないという雰囲気が漂っていた。
もしかして、キクガの経験したものはこのように遊び要素が強いものではないのかもしれない。食うか食われるか、殺されるか生き延びるかの世界で生まれているのだ。魔銃とよく似たものを持っていても血を見る羽目にはなるだろう。
そんなキクガの真実を知ってか知らずか、スカイは「あー、でも」と口を開いた。
「今回は塗料を弾丸にしているんスけど、ゆくゆくはちゃんとした実弾を作れればいいッスねと思ってんスよ。弾丸を作ろうと思ったら意外と原材料が高いし、断念せざるを得なかったって言うか」
「なるほど。我らが冥府も出資するので前向きに検討をしていただきたい訳だが?」
「そりゃ願ってもいない申し出ッスね。学院長からの決裁が下りたらすぐに要請しようと思うッスよ」
普段から魔法工学の授業の分野で「予算を増やしてくれ」と要請しているものの、悉くを却下されたスカイにとって最高の支援者と言えようか。冥府から予算をもらうことが出来ればスカイの自由である。もう学院長の足に縋りついて予算の増額をおねだりしなくて済みそうだ。
「まあ、それよりも!!」
スカイはパンと手を叩き、
「この魔銃なんスけど、いくつか形式を変えて組み上げてみたんスよね。ね? ね? 経験してみたいないッスか?」
「確かに経験してみたいけど」
ユフィーリアはちょっと嫌そうな表情で、
「副学院長の魔法兵器の実験に付き合うと危ないことになりそうだからな」
「そんなことしないッスよ。ちゃんと魔法兵器の実験に関しては生徒から有志の協力者を募ったんスから」
魔法兵器展示会ということもあり、スカイもちゃんと魔法兵器の実験は済ませているようだった。いつもだったら問題児の高い身体能力を目当てに「実験に協力してくれないッスか?」と涎を垂らしながら眼球を血走らせて距離を詰めてくるのだ。医者を通り越して変人である。
まあ、すでに魔法兵器の実験が済んでいると分かれば、残りの魔銃とやらを見てみたい気分にはなる。見たことのない訓練用魔法兵器なのだ、面白そうなので体験したい。
ユフィーリアは頷き、
「じゃあ、体験させてもらおうか。自信があるようだし」
「アリアリ、全然自信あります。損はさせないんで!!」
スカイは早速とばかりに身を翻し、訓練用魔法兵器である魔銃が並ぶ裏手に引っ込む。そして「こっちッスよ」なんて裏手から顔を覗かせてユフィーリアたちを誘う。
互いの顔を見合わせた問題児は、スカイに誘われるがままに裏手へ足を踏み入れるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】訓練用魔法兵器の代表格『ゴーレム』をぶっ壊してあらゆる魔法軍隊の訓練場から出禁を喰らった。
【エドワード】訓練用魔法兵器のゴーレムを殴って凹ませて壊したら、あらゆる魔法軍隊の訓練場から出禁を喰らった。上司とお揃い。
【ハルア】訓練用魔法兵器のゴーレムを神造兵器で切り飛ばしたのがよくなかったのか、あらゆる魔法軍隊の訓練場から出禁を喰らった。上司と先輩とお揃い。
【アイゼルネ】訓練用魔法兵器などという脳筋魔法兵器とは無縁の存在。上司と先輩が「硬くて壊れない」と有名なゴーレムをぶっ壊したトリプル馬鹿であることは知らない。
【ショウ】まだ訓練用魔法兵器のゴーレムは壊していないのだが、多分壊すと思う。出禁候補。父親の本職には未だ気づいていないのは、多分何かしらのフィルターがかかってる。
【キクガ】組同士の抗争で銃撃戦を繰り広げたこともあるインテリヤクザ。息子には『サバイバルゲーム』ということで誤魔化した。
【スカイ】魔銃なる魔法兵器を開発した天才発明家。たまに馬鹿な方向にネジが振り切れるので、ショウから「馬鹿と天才は紙一重って本当なんですね」と言われたことがある。