第6話【問題用務員と学習用魔法兵器】
どうやらいけ好かないエロ狐を袋叩きにしてスッキリしたようである。
「どうせなら外に放り出しておけばよかったねぇ」
「最終的に『美容カプセル』と謳われている魔法兵器に突っ込んできちゃいましたが、あれ大丈夫ですかね? 何ですかね、あの魔法兵器」
「別に悪いものじゃないと思うよ!! 副学院長が開発したものじゃないからね!!」
エドワード、ハルア、ショウの3人は清々しい表情で言う。
思いの外、美形に変化したのが八雲夕凪にとっての間違いだった。その美貌は問題児の男子組を嫉妬に狂わせ、袋叩きに遭うという悲惨な結末を辿る羽目になった。ほとんど八つ当たりのようなものだが、彼らに注意をしたところで今後もイケメン袋叩きの刑が発生しないとは限らない。
ちなみに袋叩きという憂き目に遭った八雲夕凪だが、ボコボコにぶん殴られたあとに『美容カプセル』と銘打たれた魔法兵器に叩き込まれて放置されてきた。説明文を読んでみると、どうやらお肌にいい霧状の液体が噴出されて全身の肌を整えることが出来るようだ。成人男性を詰め込めるぐらいだから大きさはかなりのものだったので、用務員室に置く場合は部屋を拡張する必要が出てきそうだ。
ユフィーリアはお疲れ気味に、
「よかったな……」
「ユフィーリアは大丈夫か? アイゼさんに魔法兵器の実験に付き合わされたのだろう?」
「ショウ坊が助けてくれたから何とか平気……」
問題児男子組が八雲夕凪をボコボコにしてスッキリしている側で、ユフィーリアはしおしおに萎れていた。原因はもちろん、アイゼルネによる魔法兵器の実験に強制連行されたからだ。
髪の毛に潤いを与える櫛の形をした魔法兵器とか、肌にいい液体を吹きかけてくるシャワー型の魔法兵器とか、その他色々とかもう何を試したのか分からないぐらい実験されたような気がする。同じような効能の魔法兵器も何度も試され、20分でユフィーリアの精神に限界が訪れた。そのせいで問題児筆頭はお疲れである。
妙にツヤツヤした様子のアイゼルネは、
「楽しかったワ♪」
「よかったな……」
何だか、ユフィーリアが有する元気をアイゼルネによって吸い尽くされた気分である。あとに続いた「お試しした魔法兵器は購入の予約まで済ませてきちゃったワ♪」と聞いて、本格的に用務員室に導入されるのかと頭を抱えたくなる。
「ところで、風景が変わった訳だが。ここは一体、どんな魔法兵器を置いてある区画かね?」
「確か学習用魔法兵器ってなっていたよぉ」
周囲を見渡すキクガに、エドワードが言う。
展示台に置かれた魔法兵器は、いつのまにか美容系の櫛や球体がついたマッサージ用魔法兵器から筆記用具やら机やら虫眼鏡やらといった形状のものに変化していた。これらの魔法兵器は全て、学習用の魔法兵器として分類されている代物である。
書籍に翳すと内容を説明してくれる虫眼鏡型の魔法兵器、どこでも魔法の研究が出来るようにと持ち運びが便利な折りたたみ式の机型魔法兵器、初心者が魔法薬の調合に失敗しないように自動攪拌の機能がついた鍋型魔法兵器など様々なものが置かれている。全て魔法の勉強がより効率よく出来るようにと組まれた魔法兵器だ。
「なるほど、学習支援のような魔法兵器もあるのかね」
「主に魔力の外付け装置が多いけどな」
ユフィーリアが視線を巡らせると、確かに魔力の充填された外付けの魔法兵器が多数展示されていた。保有する元々の魔力が少ない人用の補助装置である。見た目はペンダント形式のものが多いが、中には見た目を重視して角燈の形をしていたり、試験管のような容器に濃度の高い魔力が詰め込まれていたりと工夫が凝らされている。
保有する魔力が少ないと、使える魔法も大幅に制限されてしまう。魔力の保有量は生まれた時から大きく変化することはないので、元より魔力量が少ない人は補助装置で足りない魔力を補うことにしているのだ。魔法の勉強は実技や実践が多いので、こう言ったものが必要となってくる。
並べられた様々な形状の補助装置を眺めるキクガは、
「つまり、あの補助装置とやらがあれば私も魔法が使えるようになるのかね?」
「親父さんは魔法を使う為の神経が通ってないからまず無理」
「そうかね……」
ユフィーリアのど直球な否定に、キクガはしょんぼりと肩を落としていた。
こればかりは仕方がないことである。何せ異世界出身者であるキクガとショウの親子は、最初から魔法を使う為に必要な神経『魔力回路』が存在していないのだ。魔力回路に保有する魔力を流し込み、大気中の魔素と結びつかせることによって魔法を使うというのに、肝心の魔力回路がなければお話にならない。
とはいえ、キクガもショウも魔法より有能な神造兵器の適合者でもある。そちらの方が憧れの眼差しを向けられそうなものだが、本人からすれば魔法が使えた方が羨ましいのだろう。
「まあまあ親父さん、ショウ坊も何か楽しんでるみたいだし」
「そうか、ショウは楽しんでくれているか……そうか……」
「親父さん、魔法が使えないショックからいい加減立ち直ってくださいよ。いいじゃねえか、神造兵器が使えるんだから」
落ち込んだ様子のキクガの肩を叩き、ユフィーリアは視線を上げる。
その先にいたのは、学習机らしい区画を興味深そうに眺めているショウである。隣にはハルアも同じように学習机を模した魔法兵器を眺めているものの、あまりよく分かっていないのか展示品と後輩の顔に視線を巡らせるばかりだった。
ショウの眺める学習机は、いずれも小さく収納することが出来る代物で、持ち運びに便利な机型魔法兵器だった。いつでもどこでも机を広げて、魔法の実験や魔法の勉強も可能という訳である。しかも収納が簡単なので部屋の掃除も楽ちんと謳い文句が掲げられていた。
その机たちを眺めてから、ショウがポツリと一言。
「机ほしいな」
「よし買おう」
「親父さん待って、その展示品は売り物じゃねえし商品化も未定だから」
息子の呟きを聞きつけたお父様が即座に財布を取り出したので、ユフィーリアは慌てて制止した。商品化が未定な魔法兵器を購入するなど、さすがに厳しい。
「ではヴァラール魔法学院の副学院長に頼めばいいかね?」
「それも止めておいた方がいい。変に改造されてまともな机にならなさそうだから」
「では、私が監督すれば問題はないだろう?」
「親父さん、上手いこと言いくるめられて変な機能をつけてきそうだから余計に止めておけって。とりあえずパンフレットだけはもらっておこうぜ、な?」
息子の要望に応えるべく燃えるお父様に、ユフィーリアは何冊かの薄い冊子を差し出す。それらは全て机型魔法兵器となっており、今後は商品化される予定であることも明記されていた。いつになるか分からないが、魔女や魔法使いの時間は無限である。いくらでも待つことは可能だ。
ユフィーリアの説得が功を奏し、キクガは納得したように頷いて薄い冊子の束を受け取る。それらを眺め、性能を吟味し、頁を捲っては「ほう」とか「ふむ」とか声を漏らす。真剣に息子へ送る為の机型魔法兵器を選んでいる様子だった。子供思いのいい親である。
その時、
「あ、母様。皆様もお揃いで」
「お、リリアじゃねえか。お前も来てたのか?」
「はい!!」
聞き慣れた声が聞こえてきたので振り返れば、魔法兵器の展示会にはあまり似つかわしくない純白の聖女様――リリアンティア・ブリッツオールがこちらに向けてテコテコと歩いてきていた。
普段から着込んでいる随所に金糸で刺繍が施された純白の修道服、未発達な胸元で揺れる磨き抜かれた十字架。不吉な神父の服装をするキクガとは対照的で清純な印象を受ける幼き聖女様は、今日に限って何故か部品が1個だけ増えていた。
仲良しなリリアンティアの存在に気づいたハルアとショウは挨拶をしようとして、2人揃って「あれ?」と声を上げる。
「ちゃんリリ先生、眼鏡してる!!」
「眼鏡で矯正しなければならないほど、目が悪くなってしまったんですか?」
「はぅあ!?」
ショウとハルアに指摘され、リリアンティアは慌てて自分の顔に手をやる。
彼女の新緑色の瞳は、黒縁の眼鏡によって覆い隠されていた。慌てたように取り外したということは、どこからか持ってきてしまった眼鏡だろう。
黒縁眼鏡を握ったまま、リリアンティアは泣きそうな表情で「あうあう」と周囲に視線を巡らせる。この眼鏡の返却先を探しているようだが、どこから持ってきてしまったのか見つからない様子だ。
「母しゃま〜、リリアは悪い子です〜!!」
「眼鏡は気づかねえよな、リリア。自分で気づけただけでも偉いじゃねえか。ほら、係のお姉さんに眼鏡を返して『ごめんなさい』してこい」
ユフィーリアに促され、リリアンティアはメソメソと泣きながらその辺を歩いていた展示会の係員を呼び止める。それから「大変申し訳ございません」と言いながら、黒縁眼鏡を返却していた。
係員は笑顔でそれを受け取っていたので、おそらくよくあることなのだろう。リリアンティアが悪い子でも、彼女自身が気を揉む話でもないのだ。
戻ってきたリリアンティアの涙で潤んだ緑色の瞳を拭ってやるユフィーリアは、
「リリアは何か見てたのか?」
「はい、農業用の魔法兵器を見ていました」
リリアンティアは「こちらが発売されるらしいのです」と言いながら、パンフレットらしき冊子をユフィーリアの眼前に突き出す。
パンフレットに掲載された魔法兵器は、永遠に水が尽きない散水機と銘打たれていた。背負った巨大な容器の中には絶えず水を生み出し続ける為の魔法式が組まれており、それを手動で組み上げてシャワーのような注ぎ口から農作物に水を撒くようだ。
興奮気味にリリアンティアは「こう、シュポシュポするんですよ!!」と力説してくる。水を汲み上げる為のレバーが腰の辺りに備えられており、それをシュポシュポと動かすのが魅力のようであった。楽しそうなようで何よりである。
「それと、防犯用の魔法兵器もです。農作物が狙われないようにです」
「狼!!」
「狼さんだ」
リリアンティアが次いで修道服から引っ張り出してきた冊子には、防犯用の魔法兵器らしき狼の首を備えた案山子のような見た目をしたブツが載っていた。動く生物を検知すると大きな音が出るようである。
ただし、見た目が物凄く怖い。確かに防犯目的もあるから怖くしてナンボだろうが、赤く輝く眼球も、裂けるように広がった口も、何だか妙に怖かった。夜中に見たら泣きそうである。
ショウとハルアはそんな防犯用の魔法兵器を前に、
「エドを置いた方がいい気がする!!」
「エドさんなら頼りになりますよ」
「俺ちゃんのことを防犯用の魔法兵器と思わないようにねぇ、クソガキどもぉ」
防犯用魔法兵器扱いを受けたことで、エドワードはショウとハルアの頭を鷲掴みにしていた。彼らの口から甲高い悲鳴が迸ろうがお構いなしである。先輩による愛ある指導だ。
「そういえば母様、副学院長様のところには行かれました?」
「いや、行ってねえけど。何で?」
「副学院長様が探しておられましたよ。『とてもいい魔法兵器を開発したんだ』と仰られてました」
首を傾げるユフィーリアに、リリアンティアは可愛らしい笑みで言う。
「副学院長様の区画、何だかとっても賑やかでした!!」
――――何故だろう、盛大に嫌な予感がする。
《登場人物》
【ユフィーリア】魔法のお勉強は好き。問題児でも文武両道を是とする良家のお嬢様である。
【エドワード】こんな不良みたいな見た目をしていてもお勉強は割と得意な方。半分ぐらいユフィーリアの影響もある。
【ハルア】お勉強は苦手。眠くなっちゃう。
【アイゼルネ】お勉強は得意。特に人心掌握とか、情報戦のためにお勉強は欠かせない。
【ショウ】お勉強は得意。元の世界では模試で全国1位を取るほどではあった。
【キクガ】お勉強得意。特に金融関係の仕事()をしていたので、数字に強い。
【リリアンティア】お勉強苦手。意欲はあれど、文字が読めない文盲。