第5話【問題用務員と美容系魔法兵器】
履帯が取り付けられた魔法兵器を強制的に歩かされているルージュを捨て置き、問題児は次の区画に移動する。
「背後から悲鳴が聞こえてきたけどぉ」
「履帯にドレスのスカートでも巻き込んでいなければいいけれド♪」
「気にしねえ方がいいだろ。どっこい生きてるって」
「そろそろルージュ先生は痛い目を見た方がいいと思うんだ!!」
「日頃から運動をしないお方ですし、たまには強制的にでも歩かせた方が運動不足解消にも繋がりますよ」
「あの魔法兵器、冥府の刑場に導入して呵責に使えないだろうか……」
「親父さんだけ系統が違うのよ」
そんな会話を繰り広げながら移動した先には、美容系の魔法兵器を多数取り揃えた領域が広がっていた。
観覧客も大半が女性で、腰の辺りまでの高さがある展示台に飾られた小型の魔法兵器を興味津々といった様子で眺めている。コテや髪の毛の艶を維持する櫛、噴出する水蒸気で肌に潤いを与える魔法兵器など多岐に渡る。どこの部位に使用するのか不明な魔法兵器まで混ざっていたので、もうユフィーリアの理解の範疇を超えていた。
そして、この領域に来たということは、この人物が黙っていない。
「♪♪♪♪」
「ちょ、アイゼ痛い痛い痛い。肩を叩くなお前」
「♪♪♪♪♪♪♪♪」
ユフィーリアの肩をバシバシと叩きながら、アイゼルネが興奮したような甲高い声を上げる。言葉はなかった。逆に怖い。
「ユーリ♪ 片っ端から試しましょうネ♪」
「止めろ日が暮れる!!」
「問答無用ヨ♪」
「助けてえ!!」
興奮状態に陥ってしまったアイゼルネに腕を掴まれ、ユフィーリアはそのままずるずると引き摺られる。問題児の野郎どもは揃って合掌をしてユフィーリアを見送った。キクガだけはほわほわと笑いながら「いい経験になる訳だが」と語っていたが、何がいい経験になるのか。
まずはどこの魔法兵器から試そうかと、アイゼルネは真剣な様子で美容系魔法兵器を吟味していた。細い腕のどこからそんな力が出てくるのか、ユフィーリアがアイゼルネの手を解こうとするもなかなか振り解けない。これは解放された暁には腕に手形でもついていそうな勢いである。
すると、
「ほう、毛艶がよくなるとな。なるほどのぅ」
「はい。こちら、櫛の隙間から毛艶がよくなる成分が放出されるように魔法式が組まれておりまして……」
カッチリしたスーツ姿にスカーフを首元に巻いた女性が、展示台に掲示されている櫛の形をした魔法兵器の説明をしていた。綺麗で愛想のいい笑みと滑らかな説明の声に思わず聞き入ってしまう。
説明を受けていたのは、背の高い白髪の男性である。空調が効いているとはいえ、建物の外に1歩でも出れば灼熱のアーリフ連合国に於いて非常に珍しい着物姿をしていた。濃い灰色の着物に濃紺の羽織を合わせ、赤い絨毯を踏みしめるのは上等な見た目の草履だ。
雪のように真っ白な髪を背中に流し、魔法兵器を見据える真剣な眼差しは薄紅色をしている。精悍な顔立ちはどちらかと言えば儚げな印象があり、どことなく浮世離れした神秘性らしい空気が漂っていた。
誰かに似ているような気がしてじっと観察していると、白髪の男性がこちらの視線に気づいた。
「おお、おお!! ゆり殿、あいぜ殿〜!!」
「八雲の爺さん!?」
「あら、珍しい格好♪」
白髪の男性がにこやかな笑みで大きく手を振ってきたので、誰かと思えば八雲夕凪である。植物園のお荷物管理人として有名な白狐が、まさかのこんな美形に変化を遂げるとは驚きだ。
いや、極東に於ける狐は変化の魔法が上手いと聞いている。八雲夕凪もふわふわの尻尾を9本も生やした純白の狐なので、同じように変化の魔法によって容姿を変えているのではなかろうか。美形になろうが不細工に化けようが思いのままである。
八雲夕凪は「ちょうどよかったのじゃ〜」なんて言いながら、
「実はのぅ、妻に美容系の魔法兵器でも贈ろうかと思ってのぅ。よく性能が分からんから見繕うのに手伝ってほしいのじゃ」
「それは自分で探せよ」
「その方が樟葉さんも喜ぶわヨ♪」
「そんなつれないことを言うでないぞ〜、儂は悲しくなってしまうのじゃ〜泣いちゃうのじゃ〜」
八雲夕凪の申し出をユフィーリアとアイゼルネがにべもなく断ると、この狡猾なジジイは羽織の袖でメソメソと目元を覆い隠して泣き真似を披露してくる。今までは上手くこの性格を隠せていたのか、魔法兵器の案内をしていた女性は目を剥いていた。
妻の樟葉に美容系の魔法兵器を贈りたいのであれば、まずは本人に希望を聞くべきだろう。というより、展示されている魔法兵器は今後発売するかどうかも分からない代物も混ざっているので、商品化が確定されている展示品を探すべきだ。商品化される予定のない展示品を持っていこうものならただの泥棒である。
八雲夕凪は「よいではないか〜」と訴え、
「これらの魔法兵器がどれほど効果があるのか見たいだけなのじゃ。身体を貸してくれるだけでいいのじゃ〜」
「滅」
「ごぼぉッ!?」
予想できる一言を口にしてしまったが為に、八雲夕凪は風のような速度で懐に潜り込んだショウの右拳を食らって思い切り吹き飛んだ。可哀想に、全体重で地雷を踏みつけてしまったが故の罰である。
放物線を描いて吹き飛んだ八雲夕凪は、仰向けで絨毯に叩きつけられる。さらに他の展示台に頭をぶつけた上、顔めがけて展示していた櫛型の魔法兵器が落下して突き刺さっていた。負の連鎖が凄まじかった。
それだけでは終わらない。絨毯の上で大の字になる八雲夕凪にツカツカと歩み寄ったショウは、
「殴って顔の骨格を変える整形術を披露しますね。貴方が実験台です、光栄でしょう?」
「ぼ、暴力!! 暴力は反対なのじゃ!!」
ショウに胸倉を掴まれた八雲夕凪は、バタバタと右に左に暴れて抵抗する。先に彼の地雷を踏みつけておきながら、暴力から逃れることなど出来る訳がない。
「おや、俺の拳ではご不満ですか? 仕方ないですねぇ、代わりにエドさんにやってもらいましょうか」
「整形どころか首が千切れ飛ぶのじゃ!?」
八雲夕凪が「嫌じゃ!!」と叫ぶ。
ショウの拳ならば数発殴れば整形にもなるだろうが、エドワードの拳は1発でも顔面で受け止めれば崩壊待ったなしである。眼球は吹き飛び、歯は弾け飛び、顔の原型を留めなくなる。
ただ、拳による整形術が実行されるのは低いだろう。エドワードは暴力講師を嫌う平和主義者である。ショウの理不尽に巻き込まれても「止めなよぉ、ショウちゃん」と後輩を窘める立場にある先輩だ。よほどの理由がない限りはお暴力行使という事態にならない。
「いいよぉ、ショウちゃん。炎腕で八雲のお爺ちゃんを押さえておいてくれるぅ?」
「やる気、いや殺る気なのじゃ!?!!」
ところが今回は違ったようだ。後輩の理不尽に巻き込まれてもなお窘めるようなことはなく、代わりに受け入れてしまう始末であった。
エドワードはポキポキと指の骨を鳴らしながら、八雲夕凪にゆったりと歩み寄る。拳に関しては先程、筋トレ用魔法兵器のところで少しばかり慣らしてきたのでいい拳が繰り出せそうである。繰り出せば八雲夕凪が顔面崩壊することになるが。
頼れる先輩が出てきたので、ショウは八雲夕凪を一旦解放する。逃げる前に大量に生やした炎腕で八雲夕凪を拘束すると、準備万端と言わんばかりにキラキラと期待するような眼差しをエドワードに投げかけた。
「エド、珍しいな。いつもは怒らねえだろ、爺さんが馬鹿なことを言っても」
「いやねぇ」
ユフィーリアがエドワードの背中に呼びかけると、彼は微笑をこちらに投げかけた。
「八雲のお爺ちゃんが人間に変化したらこんな美形になるのが単にムカつくだけぇ」
「個人的な理由じゃねえか」
「当たり前じゃんねぇ」
今回は何か私怨があるらしかった。獣人でも強面のエドワードからすれば、普段は獣でも人間に化ければ美形になる八雲夕凪が許せなかった様子である。ユフィーリアでも何とも言えない気持ちになってしまう。
「ショウちゃん、顔の整形をやるならマッサージも必要だよね!! マッサージ用の魔法兵器ってあったから持ってきたよ!!」
「おお、どうやって使うのか分からないが、さすがだハルさん。ゴリゴリしてあげよう、ゴリゴリと」
「あいあい!!」
さらに、どこから持ってきたのか不明な魔法兵器まで携えてハルアも参戦する。その手に握られているのは棒状の持ち手に、先端に球体がついた謎めいた物体である。球体は肉を叩き潰す調理器具にも、老廃物を押し流す為の美容道具にも見える。あれが魔法兵器なのか。
と、思えばハルアが手にした魔法兵器の球体部分が小刻みに震え始める。どうやら高速で振動することにより筋肉へ刺激を与えるようである。マッサージ用の魔法兵器と謳われるだけある。
拳を握り込むエドワード、マッサージ用魔法兵器を装備したハルア、そして炎腕に拘束の力を強めに言いつけるショウと問題児男子組が揃って八雲夕凪に襲いかかる。甲高い悲鳴が魔法兵器展示会の会場内に響いたのは言うまでもない。
「…………あれ、どうすりゃいい? 止めた方がいい?」
「助けたら助けたでまた面倒ヨ♪」
八雲夕凪を3人がかりでボコボコにする問題児の野郎どもを眺め、ユフィーリアは仲裁に入るかどうか迷う。まあ、仲裁に入って「助かったのじゃ〜!!」とか感極まって泣かれても困るので助けない方が賢明だろう。ユフィーリアとて余計な地雷を踏みたくない。
アイゼルネも余計なことをしたくないのか、八雲夕凪を助ける素振りは全く見せない。ボコボコにされていく様をニコニコと高みの見物を決め込んでいる。
さて、この隙に。
「ユーリ♪」
「げ」
「逃がさないわヨ♪」
アイゼルネの手を振り払い、そっと逃げ出そうとしたユフィーリアは呆気なく捕まってしまう。今なら逃げ出せると思ったのが間違いだった。
「アイゼ、ちょっとだけならアタシだって付き合ってやるよ。でも魔法兵器の実験ってどれぐらいやるつもりだよ!? アタシの身体は1つだけなんだっての!!」
「おねーさんの気が済むまでに決まっているでショ♪」
「さも当然とばかりに言うんじゃねえ!?」
「ショウ……立派になって……やはりユフィーリア君に預けて正解な訳だが……!!」
「親父さん息子の成長に感極まって涙ぐむのは全然構わないんですけどちょっとこっちを助けてもらえませんか具体的に言えば身代わり的な!!」
息子の成長を喜ぶキクガに助けを求めるも、ユフィーリアはアイゼルネの手によってそのままずるずると強制連行されるのだった。
――そして、このままだと収拾がつかなくなるという危機を覚えたユフィーリアは、アイゼルネによる魔法兵器の実験に付き合ってから20分が経過した頃合いでショウに助けを求めた。最愛のお嫁様は『スーパーなでなで祭り』と称して炎腕でアイゼルネを取り囲むことで、ユフィーリアを救出していた。
《登場人物》
【ユフィーリア】基本的に美容はアイゼルネに一任している。
【エドワード】意外とちゃんとお肌とかに気を使う。
【ハルア】細胞が回復していくので美容が損なわれることはない。
【アイゼルネ】言わずと知れたおしゃれ番長。
【ショウ】ヘアケアにこだわりがある。
【キクガ】息子と同じくヘアケアにこだわりがある。おかげで寝癖知らず。
【八雲夕凪】動物の毛が入り込んで故障しても嫌なので人間の姿でお届け。